神足通
「ウヒッイ」
恐怖と驚きが混ざった声が、変な声が反射的に喉から出た。
頭で考えるより早く、奈緒美は白刃から逃れる様に背後に跳ぶ。
しかし奈緒美のその行動より早く、白銀のレインコートの姿がスッと消える。
「状況判断が遅い。その上に避け方が拙いうえに間違っている」
奈緒美の頭が一瞬にして真っ白になる。
なぜならその声は奈緒美の耳元、しかも背後から聞こえたからだ。
声のした方へと振り返るが、姿は見えないどころか影すらも見えない。
それどころか耳元から聞こえた声は、まだ話を続けている。
「次に入る動作の挙動を相手に悟らせるな、能力者の戦闘においては致命的になる」
気配を探ると背後にいるのは確かだ。
恐るべき神足通に対抗するために、奈緒美は今回の為にと宗像から持たされた竹刀袋から一本の棒をとりだすと、腰だめに構えると自分を中心ひ薙ぎ払う様に振り回す。
「守部神道流の杖術か。判断はいいが、少々練度が甘い」
「っ⁉」
背後にいるならばこれで当ると思っていたが、手応えどころか擦りもしない。
霧島の名前の通り、霧や霞と戦っているみたいだった
そして今もなお、声は聞こえる。
障害物がないこの昼間の芝生。
広く見渡せるこの場所で、白銀のレインコートの服の端すら見えない。
更に言うならば、一番解りやすいであろう励起法の副産物たる空間に影響を及ぼす励起波すら感じない。
どんなにコントロールがうまい能力者といえども、大なり小なりと必ずは出る励起波が解らないのだ。
特に識者たる奈緒美が感じないなんてありえない。
それは『励起法すら使っていない』と言う事実が重く彼女にのしかかる。
奈緒美はイギーの言葉を思い出す。
別次元の生き物、まさにその通りだと知らず知らずに顔が引き攣った。
「化け物」
相手は人外、自分の想像していた以上の化け物。
ただの訓練と思って高を括っていたが、まさか命の危険を感じる程とは考えつかなかった。
だが奈緒美はそれでも、この機会を作ってくれたイギーと宗像に感謝する。
今から飛び込むであろう世界は、ここ迄ではないだろうが、自分以上の化け物が跳梁跋扈する世界。
「望む所だ‼」
不思議な話だが、その時の奈緒美の顔は楽しそうに笑っていた。
眦を少しあげ新しい遊びを見つけた幼子の様に、それはとてもとても楽しそうに。
学園都市に来てからの奈緒美の顔は常に痛みを耐えるように暗く沈んでいた。
それは仕方が無い事だ。
飛び級をして大学に行くほどの知識があり能力者とはいえ、彼女はまだ14の女の子。
両親を亡くし、小さな妹を育てる為に色々背負う覚悟をした彼女には余裕がなかった。
アメリカの学校に通っていた時の彼女は、好奇心旺盛で負けん気の強い少女。
しかし学園都市に来てからの彼女は、その活発さはなりを潜めていたのだ。
余裕がなかったのだろうが、それは今解き放たれようとしていた。
好奇心旺盛で、負けん気が強い性格がこの絶体絶命にも似た状況を打破する為にプラスに働いたのだ。
「はああああっ!!」
裂帛の気合、呼吸法を行い攻撃力を倍加させる、守部神道流禁手『山鳴り』。
身体の身体能力を瞬間的に引き上げた状態で、同時に励起法を行う荒業。
瞬間的に励起法の出力を引き上げるが、身体にとんでもない負担をかける禁術に相当する。
自身が今できる最大限の励起法深度を引き上げると同時に、奈緒美は杖を先程と同じ様に振り回す。
「むっ」
やはり擦りもしないが、先程とは違い声が違った。
「カッ‼」
振り向くと同時に、聴こえた声のした方に杖を長く持ち突き込む。
そこでようやく見える白銀のレインコート。
踏み込んだ足を軸足にスイッチングしてさらに付き込む二連撃で追撃をかけようとするが、その前に奈緒美の身体が止まる。
「……守部神道流の山鳴り。出力を引き上げる禁術、身体に痛みが走ったのか」
奈緒美の言葉は出なかった。
なぜなら身体が止まった理由が、その通りだったからだ。
「……君はまず励起法のコントロールを習熟した方がいい」
身体中に走る痛みを我慢しながら奈緒美は涙目で頷いた。




