いつかのサイファ学園都市
演劇の劇場を連想させる半円型の講堂。
百人近く入るであろうその場所の中心にある場所に、スーツ姿の男が規則正しい靴音を鳴らしながら教壇へと歩みより立った。
男は教壇の引き出しからピンマイクを取り出すと、襟元につけ咳ばらいをする。
と同時にチャイムが鳴り響く。
「時間だ。今日は儀式理論の教科書82ページ、中世儀式から近代儀式の移行期の歴史とその推移の講義になる」
先週までは、古代から中世にかけて魔法円と呼ばれる儀式だ。
その中でもポピュラーなものは『結界儀式』で、『ラビュリントス』『忌避の鐘』『永劫回帰陣』『太極図』『奇門遁甲』や、亜流の『異界結界』『風水封印結界』の共通項から見る方向性と基本理論から考える考察については前回までの講義で話した。
今回は中世から近代の儀式の移り変わりや、儀式の方向性と理論を講義する。
前々回の講義でも話した通り、ヨーロッパにおいての中世儀式は魔女狩りによって鳴りを潜める事となる。
この様な出来事は歴史上度々ある、一番最近では中国における文化大革命とも共通しているな。
レポートに出すから、覚えるように。
ただ、この様な弾圧は、逆に『儀式』発展させる事になる事もあるのだ。
1900年代ドイツ、バーンブルク家の火術儀式とその当時発達し始めた科学の融合から始まる。
その当時は皆も知っての通り、世界情勢は不安定。
特にドイツは、隣国のフランスとロシアの露仏同盟が成立し、フランスとロシアの二国に挟まれる形となっていた。
そんな状況でドイツは外交による戦争回避より、軍事強化による勝利を選択しており、この様な背景を考えると行き先は、自然と解るだろう。
以前の講義で話した通り能力者だけではなく、儀式を使う人間も滅多に表には出て来ない。
それはどちらも戦力と言う意味では、絶大な力となるからだ。
だから国や組織は隠す為と守るための二種類の意味で、能力者を裏の世界だけで運用していた。
儀式使いや数多くの能力者を排出してきたイギリスのメリーズ家やフランスのブランケット家は今ある諜報機関の前身となり、ドイツのバーンブルクは軍事部門の先駆けとなる。
そして始まるのが政治的な戦いではなく、裏の世界の戦い。
火を見るより簡単な流れだと言える。
話を儀式の話に戻そう。
最初に話した通り、始まりはバーンブルク家だ。
それまであった火炎儀式『スルトの炎』と、科学技術の進歩により大量生産出来る様になった儀式剣の融合。
炎刃剣『フランベルジュ』が誕生した。
1900年を境に儀式使いや、能力者のあり様が変わった。
これまでの儀式とは『儀式舞』『呪歌』『儀式紋』『儀式型』、などの単発で終る物ばかりだった。
スルトの炎で言えば瞬間的に3000℃までのエネルギーを発生させる儀式だが、その発動時間は一瞬で終わりもう一度発動させなければ続かない。
しかし使い捨て、もしくはその都度発動する今までの儀式とは違い、この『フランベルジュ』は使用者の精神波を察知し発動、更に剣が破壊されない限りは何度も発動出来る。
この新しい儀式により、裏世界のパワーバランスが変わり、新しい儀式の開発競争が始まる事となる。
それにより儀式の根源は解明され始め、科学技術は爆発的に引き上がる事となる。
さて歴史はここまでにして、理論に入ろう。
バーンブルク家の儀式は、ルーン文字を主体とした攻撃特化型の儀式だ。
今ではどうだかは知らないが、彼ら一族の祖はかの有名な炎神『スルト』、炎等を操る炎に特化する能力者の一族と言われている。
それゆえ彼らの儀式は炎系統の儀式となる。
これは以前、『能力者の系統と儀式の系統』の講義で触れた通り、能力者の………
「これで講義を終る。次回は、世界大戦時で消えた儀式と生まれた儀式科学に焦点を当てる。予習しておく様に」
講師が咳ばらいの後、講義の終了を告げるとガタガタガタと生徒達が我先にと席をたつ。
今日はもう講義がない者は家に帰る準備をしていたり、後ろの席の人間と喋って談笑していたり、グッタリ机に突っ伏すものも居たりと様々。
講師こと重金浄はその様子を見ながら、何時の時代も生徒は変わらないなと思わず笑ってしまった。
「教授、何笑ってるんですか?」
「むっ、たしか君は折紙奈緒美だったかな?」
「はいっ教授」
顔を横にやれば長い黒髪にやや吊り目がちの少女が、教壇に身体を寄り掛かりながら浄をにこやかに見ていた。
彼女の名前は『折紙 奈緒美』。
元々はアメリカの大学に飛び級で入学した若き才媛だが、先日事故で両親を亡くし幼い妹の為に帰ってきた。
しかしながら、その頭脳を同年代の子供達の中で埋もれさせるのが惜しいと考えた彼女の両親の知り合いが、日本における裏の最高学府へと推薦したのである。
日本の普通の学校であれば、彼女の14才と言う歳では義務教育過程で中学生。
しかし此処は『裏』とつくだけあって、そんな決まりは通用しない。
それ以前に辰学院は彼女の学力を考慮し、入学を許した。
浄はその件については少し不満がある。
辰学院の経営陣の決定で推薦者が一族の知己の者とはいえ、精神が発展途上で思春期真っ只中の14才の少女を大人の世界に入れるのはどうかと思ったのだ。
(如何せん、まだ若い。甘えたい年頃だろうに)
「教授、私そんなに子供じゃないですよ」
そんな事を考えていたら、自分の心の声に冷静に突っ込んできた彼女に浄は驚いた。
一瞬、考えが表情に出ていたかと思ったが、直ぐに違うと浄は断定する。
返事が余りにも具体的すぎる。
そう考えた浄は、予想できる状況を10パターンほど算出し、それを証明するべく………………高深度の励起法を起動した。
「っっっ!!」
結果は劇的、目の前の奈緒美は驚きに目を見開き顔を引き攣らせる。
「やはりな、君は………識者か。折紙と言えば…」
「すみません、勝手に読んでしまって…」
浄は以前耳にした、この国の暗部を務める人間の苗字を思い出す。
「君の能力はサトリ、いや遥か昔に居た神々のうちの一柱『事代主』の末裔か」
「事代主?」
奈緒美は聞きなれない言葉を聞いて頭を傾げる。
「いや、何でもないさ」
その反応に淨は何事も無かったかの様に声色を変えて話を続ける。
「まあ、君は子供じゃないと思っているかもしれないがね。実際、年齢としては十分子供さ」
「それでも私はそう思っていないです」
「…まあ君の意志でそう思うなら、そうなんだろうさ。だがな奈緒美君、君が思っているより子供の時間は長くも短い。大切にする事だ」
そこまで言って淨は教壇の上に置いていたピンマイクをなおすと、来た時のように靴音を鳴らしながら入り口へと歩いていく。
「そうだ奈緒美君、君は部室棟の一番奥の同好会を知っているかな?」
「同好会…ですか? 私そう言うのは行った事ないんで知らないですよ」
「なら行くといい。地下二階の一番奥にある第三戦術研究部って所だ。きっと君の今後の人生に潤いを与えてくれる」
「はぁ」
そこまで言うと淨は靴音を立てて去っていく。
奈緒美はその背中に『戦術が自分の人生のどこに潤いがあるんだろう』と言葉にならない疑問をぶつけていた。