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第七話 † Loreley

Loreley




フレイ王国から船で七日ほどの場所にエイシア王国という国がある、幾つかの島からなり、海賊が根城にしているともいわれている。




 フレイ王国の軍港に集まった連合軍の大船団は武器や弾薬、食料を大量に積みこみ出航の時を待っていた。



「軍旗を掲げろ!順次出撃せよ!」



 連合軍総司令の号令と共に、湾内にる二百隻の戦闘艦が軍旗を掲げる、連合軍旗、国旗、部隊旗、旗艦にはもう一つ旗艦旗が掲げられている。そして次々と出航していく、まさに壮観だ、エイシア上陸部隊は別の港に集結している、そちらの数も二百隻ほどだという。



 アスタルテ皇国は大型の戦艦はもっていない、停泊できるような大きな港が造れない為だ、その代わりに小型の戦闘艦と魔航艦を持っている。今回参加するのは六隻、小型だが機動力や火力はそこそこある。そして今回、軍師としてラインハルトが参加し、アスタルテ皇国海軍を指揮することになった。




 出航して半日ほど、早くもエイシア艦隊と遭遇した。その数は十隻と、エイシア海軍では標準的な編成だった。だが、予想より遥かに早い敵との遭遇に総司令官は慌てた。進路上で敵と遭遇するならば、予想では二日ないしは三日後にエイシアの艦隊に遭遇すると予測されていた。偵察に来ていたか、もしくは他に意図するところがあるのだろう。


「全艦中央突破だ!」

 総司令の命令が信号によって全艦に伝えられる、フレイ海軍司令がが総司令官に散開して針路を塞いだ上での包囲殲滅を提案したが、却下されてしまう。フレイ王国軍は針路をわずかに変えてエイシア艦隊の針路を塞げるようにしていた。

「敵の腹を突いてやる!砲撃用意!」



 エイシア艦隊は縦列陣でこちらを狙っていた。敵は腹を見せている、だがそれはエイシア海軍が最大火力の攻撃してくることを意味している、彼らはそうやって戦い抜いてきたのだ。


「エイシア艦隊の前方を塞ぐように左舷へ回頭してください。」

 エイシア艦隊が移動を始めて、一斉射撃をしてくると、連合軍の艦艇の前に着弾している、反撃する連合軍の弾はエイシア艦隊には届いていない、エイシアの砲弾のほうが射程が長かった。先行する連合軍大型戦闘艦は被弾し、密集した隊形もあってエイシア艦隊からの弾幕を殆ど回避できずに被害だけが増える、その上エイシア艦隊は距離を保ちながら戦域を離脱しつつあった。フレイ王国海軍の高速艦十隻とアスタルテ皇国軍六隻がエイシア艦隊の針路を遮りつつフレイ海軍の高速艦を先頭に梯陣から単縦列陣になり、エイシア艦隊に攻勢に出る、エイシア艦隊はさらに針路を北に変えて全速で戦域を離脱した。


 エイシア海軍の砲撃は終わったが、連合軍本隊は次にくる非常事態に対処しなくてはならなかった。旗艦を守る先頭の戦闘艦が被弾し、水中から水柱が幾筋も上がっている、機雷だった。


「全艦停止!」


 総司令の命令が再び全艦に伝わっていく、リュティスはその光景を見ながら船上で笑っていた。



「やはりエイシアの蒸気は早いですね…、針路変更、左舷四〇」


 ラインハルトが独り言のように言うと、航海士が進路を変えるために舵を回す。フレイ王国にしろアスタルテ皇国にしろ、海はある程度慣れている、連合軍の大半は内陸国家であり、操船技術は未熟だ、それで形ばかりの大型戦闘艦をかき集めてるのだ、宝の持ち腐れである。



 この短時間の戦闘で連合軍は二隻が行動不能になり三隻が被弾、数隻に軽微な損傷が見られた。エイシア王国の目的はこの機雷を敷設した海域に誘いこみ、連合軍を足止めするのが目的だったのだろう。そして見事にその罠にはまった総司令官、それを笑うリュティス女王、リュティスと同じく魔族の女王、ヴァルトノア王国の女王も同じように笑っているのだろう。



「それにしても、エイシアにしては手ぬるいな…」

 リュティスは船長室で状況を聞いて思った。ちなみに、戦闘艦に女王が乗船する為の部屋はない、別に部屋を用意してあるが、狭いからという理由でリュティスは船長室にいる。

「警戒を怠るな、ここはエイシアの海だ、それにこの先は暗礁域、不用意に船を動かすのは自殺行為だと総司令官殿にお伝えしておけ。」

「了解しました。」


「どうせ聞く耳を持たないと思うが、その方が面白いものを見れそうでいいんだけれどな」




 夜になり、船団はゆっくりと航行している、船上は松明で明るく照らされていた。敵を警戒する為、船同士の衝突を避けるため、機雷を避ける為、暗礁を少しでも避けるため、ラインハルトは抗議した。錨を下ろして停船し、朝を待てと言ったが聞き入れられなかった。


 総司令官は先の戦闘で敵を逃がし、時間が経てば敵に準備する時間を与えることを恐れている。それは一理あるのだが、道中で不要な損害を出せば攻めきる為の戦力が減る、それでは元も子もないのだ、ラインハルトは自室で計略を立てる、海図を見ながら、あらゆる分析をしていた。フレイ王国軍は船の明かりを消して航行している、この海域は彼らにとっては庭みたいなものだ、エイシアと比べても申し分のない航海技術を持っている、むしろ連合軍の本隊にこの海域を熟知した航海士が少ないのだ。




「敵襲!」

 本隊から叫ぶ声が聞こえて甲板に上がると遠方から矢が飛んでくるが、どこから来ているのかまったく見えなかった。その矢はどう見ても明かりを目印に放たれている、ラインハルトは叫んだ「明かりを消せ!」だが突然の夜襲で気が動転しているのか聞こえないのか、明かりもそのままだ。月明かりと炎の明かりが海面を照らしているが、敵の影は見えない。ユリュシアはリュティスの下を訪ねた。

「陛下、戦闘許可を…」

「いい加減見てられないか、なかなか面白いとは思わないか、エイシアに踊らされる連合軍が…」

 リュティスは邪笑している、この状況を楽しんでいた。だが本隊は楽しんでいる場合ではなかった。矢が雨のように降り注ぐ、途切れることなく、いつ終わるか分からない恐怖の中にある。



「索敵しろ!」

 総司令が命令を下し、有翼人の兵士達が空を舞う、空からなら敵を見つけられると思った。だが、彼らの報告は「水中から放たれている」だった。敵は水面下に潜んでいる、こちらから弓を撃っても当たらないだろう。

 天使達に水中での行動制限は殆ど無いが、やはり水中戦はしたく無い、ユリュシアがリュティスに出撃の許可をもらいに行くと、リュティスは言い放った。

「お前に何ができる。」

 ラインハルトがそれを聞いて笑うと、リュティスは合図した。『行ってこい』ということらしい。

「私もいく…」


 ジュエルが珍しく参戦した。

「ユリスを援護してやれ。」

 ジュエルが甲板上にゆっくりと上がると、先に行っていたはずのユリュシアが白銀の翼を広げて飛びたつところだった。リムは既に船の上を飛び回っていた。

「待ってたの…?」

 ジュエルは不思議に思って訊ねた。

「待っていた訳でもないけれどね。」

 そう言ってユリュシアは音もなく空へ舞い上がる、ジュエルも漆黒の翼でそらへ舞い上がった。海面ぎりぎりまで降下して敵の位置を探る、ジュエルはユリュシアの後方からそれに従う。

「どうやって、燻り出そうか…」


 ジュエルは闇の剣を呼び出して握り締め、ユリュシアは光の剣を握り締めた。

「隔離結界…」

 ジュエルが一言そういったので、ユリュシアはそれに従って合図をすると、ジュエルが魔法円を海面の上に描き始める、その周りをさらに大きな円を描くようにユリュシアが光の軌跡を引きながら飛んだ。


 水面下からは白い軌跡が見える、潜んでいる者達はそれが天使であることに気づいた。これはさすがに予想外の事で、水面下に潜む者達は静かに光と反対側へと逃げていった。その逃げた先にあるのはジュエルが作った漆黒の魔法円だ。ジュエルが魔法円の中心で剣を天に向けて上げる、頃合を見計らってジュエルは魔法を発動した。

 黒い魔法円が怪しく光る、魔法円の淵に沿って結界が生成されていった。その結界はしだいに狭くなり、中心に集まると、そこにいたのはセイレーン、人間が人魚と呼ぶ者達、彼らは本来深海の底に暮らしており、人前に出たり、ましてや危害を加えることはない。

「黒の天使、なぜここにいる」

 一人が弓を構えるが、仲間に制止されて弓を下ろす。

「あら、海中から撃てるなんてすごいわね。その弓、どうなっているのかしら。」

 ユリュシアがきて彼らを見下ろす。

「守護天使…」

「誰に頼まれたかは知りませんが、あの船団をこれ以上攻撃したら許しません。」

「私たちの住処を荒らしに来たと聞いたんだ…」

「では、彼らがいつ荒らしたのか教えてください、私達はあなた達の領域を侵すつもりはありません、ましてや無関係な者たちを傷つけるつもりはありません。」

 ユリュシアは淡々と語り、セイレーン達は顔を見合わせた。

「もし、彼らがあなた達に剣を向けるなら、私が彼らを罰します。」

「どうかお許しください…」

ジュエルに合図して結界を解くと、セイレーン達は波間に姿を消し、ユリュシアとジュエルはしばらくその場に留まった。少しして彼らが消えた後、ユリュシアは彼女達が消えた方とは反対の海面に向けて魔力を放つ、轟音とともに水柱が立った。そして、微かだが歌が聴こえてくる、心地よく響く歌声だった。




 ジュエルは何かを考えているのか、ボーっとしていた。何かを思い出していたのだろうか、唇に指先を当ててため息をついていた。


「ジュエル?」

 なんだかかわいいジュエルの頬を指でつつくと彼女は我に返ってユリュシアを見て慌てていた。

「帰ろう」

「は、はい…」

 船に戻るとリュティスにあった事を報告していく、現状では実際問題、機雷の方がセイレーンより遥かに厄介の代物である、今でもそれを除去すべく本隊はその作業に追われていた。

「弓を放っていたのはセイレーンでした。説得して帰っていただきました。」

「捕まえて脅して帰したの間違いではないのか?」


「どこをどう見たらそうなるのか分かりませんが…」


 リュティスは軽い冗談だといわんばかりにクスクス笑っている、どうも危機的状況を楽しむ癖でもあるようだった。




 部屋に戻ると先に戻っていたリムは相変わらず外で警護についている、それが仕事なのだから仕方ないが、たまには休んでもいいと言っているのに、なかなか言う事を聞いてくれなかった。任務に忠実なのはいいが、もう少し自分を労ってもいいのではないかと思う。



 ジュエルはユリュシアの部屋の前に立つと扉を二度ノックしたが返事がない、ノブを回すと鍵がかかっていなかった。そっと扉を開けて中を覗くと明かりは消えている、ユリスは寝ているようで、部屋は静かだった。そっと部屋に入ると扉に鍵をかけた。ユリスの服は無造作に椅子にかけられ、ユリスは下着姿のままベッドに横になっている、着替える前に眠ってしまったのだろうか。ジュエルはユリスの隣に横になるとシーツをかけ、ユリスに抱きつくようにして目を閉じた。




静かな部屋にはただ波の音だけが響いている


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