第五話 † 天使と悪魔
天使と悪魔
レイティス王国の北、海をこえて更に山脈と広大な砂漠の先、痩せた大地にある貧しい国アスタルテ皇国 、そこはかつて天使アスタルテの守護した地、国を出ればまだ肥沃な大地があると言うのに、ここだけが取り残されたように荒れ果てている。
この不毛な砂漠の国は点在するオアシスを結ぶ道と、オアシスから成り立ったいくつかの都市国家が連邦を形成している、都は城塞都市レヴィトだ。
その街の片隅にある教会の神官は祈りを捧げていた。この恵まれない地に恵みを齎すように、この地を蘇らせる守護天使の降臨を願っていた。
毎日のように祈り続けていた。そんな或る日の夕刻、神官はいつものように夕刻のミサのために教会へ向かっていた。その時、空に巨大な魔法円が現れて光の筋が二つ降りてくるのが見えた。あわててそちらへ向かって走ると、そこは神官がいつもミサに使っている大聖堂だった。神官が扉を開けると、天使が二人、祭壇の前に静かに降り立ったところだった。神官は二人を見てその場にへたりこんだ、喜びと驚きで力が抜けたかのようだった。長く待ち望んでいた者たちがそこにいる、椅子を支えにふらふらと立ち上がり天使達を出迎えた。
「貴方ですか、救いを求めたのは」
天使の一人が凛とした美しい声で問いかけてきた。
「そうです、私がここで祈りを捧げていました。私はここの神官ニコラ」
「私達の事は“女神アスタルテの使者”と覚えておいてください」
神官は腑に落ちない様子で一通の手紙を使者に渡し、「女王に読んでもらうように」とだけ付け加えた。だがユリュシアは「第三者である私達が行ったところで聞き入れられないでしょう」と、一言返して教会を出た。
アスタルテの王宮は庶民の生活とはかけ離れた絢爛豪華な造りをしている、レイティス王国の外交官についてきた時と変わってはいなかった。謁見の間もまた綺麗に飾られているのだ、だがこの王宮は今の女王が造らせたわけではない、最初の王が自分の権力を誇示する為に建てたのだ。
「ようこそ、砂漠の不毛な地アスタルテへ、歓迎します。」
「自虐するものではございませんよ、リュティス様。私はユリュシア、こちらはリムです。お会いでき光栄に思います。」
「何処かで見たと思ったが、レイティスの小娘か、国はいいのか?」
玉座に座っているまだ幼さの残る女王は、相手がレイティスの者と分かると冷たい口調で言った。
「王は死にレイティスは既にありません、この地を救うことが神から与えられた使命です。」
「では、私を助けてくれるのか?」
「はい、女王陛下がお望みならば、この国に富と栄光をもたらしましょう。」
その言葉に女王は微笑だ。権力と金に縛られた魔族の女王はユリュシア達にとって恐るに足らない存在だった。その証拠に“富と栄光をもたらす”と言っただけでコインを裏返したように態度が変わった。「こちらに参れ。」女王が言うと、言われたとおり女王の傍まで進んだ。何をするのかと思ったが、女王は目の前に立つと、ジッとこちらを見るだけだった。
「そなた、思いのほか可愛いのだな…」
答えに困っていると女王はクスッと笑った。
「それでは、頼むよ。」
「はい。」
「必要なものがあったら言ってくれ、必要なら法を変えてもいい、もっとも法があっても無いに等しいが…。」
「法は女王陛下です。」
「そうか…、そうだな…」
「陛下、神官にこれを渡すようにと…」
神官に託された手紙を女王に渡すと、内容を見るや否や破り捨ててしまう。
「いつもと同じだ、見るまでもなかった。」
「そうですか」
ユリュシアもそれほど驚いてはいない、むしろ手紙を預かった時に渡すつもりさえ無かったからだ、結果が目に見えていたとも言える。私は頼まれた事をして、それを棄てたのは女王だという事実だけがあれば後はどうなろうと私に非は無いのだ。どうやって貶めるかを考えればそれで良かった。
「では、国内の事は全て任せる、報告は欠かさずにな」
「はい」
その時、扉が急に開かれた。「ジュエル…」女王がそう呼んだのは、ジュエルという名の王宮に仕える黒の天使、リュティスにとっては妹のような存在で、記憶の大半を失っている為口数は少なく言葉も少ない、ジュエルとは彼女の本当の名前ではなく誰かにつけてもらった名前であり、瞳が宝石のように美しいからということらしい。
「リュティス…その人は…」
「ジュエル、おいで、彼女は新しい内政官のユリュシアよ。」
「そう…」
ジュエルはゆっくりとリュティスの方へ歩いてくる、ユリュシアはジュエルに挨拶をする。
「ユリュシアです、よろしくお願いします。」
「名前は…ないから…ジュエルって呼ばれてる…黒の守護天使…」
ジュエルはリュティスに甘えるように抱きついていた。
「今日のところはお開きにしましょう」
ユリュシアは返事を返して部屋を出た。リュティスはジュエルの頭を撫でながらジュエルと何か話していた。
街の教会に戻ってきていた。これも部屋が用意されるまでの間、数日だけ泊めてもらうだけなのだが、どうも落ち着かない、叶うことなら羽根を伸ばして寝たいものだ…