第三話 † 黒の天使
Nero Angelo
神に反旗を翻した天使達、黒の天使達が地上に築いた国『アステリア帝国』彼らの目的は偽りの世界を滅ぼすこと、力のあるものが上に立ち、何ものにも縛られない自由な地、人がディストピアと呼ぶ場所である。
女王ティアリスは玉座に座ってリリスをじっと見ている、リリスは跪いて女王の言葉を待っていた。
「禁断魔法を使わせたにもかかわらず逃げ帰ったか…」
「申し訳ございません、しかし、守護天使達はほぼ消滅しました。」
「守護天使を葬った事は褒めてやる、だが私は“レイティス王国を制圧しろ”と言ったのだぞ?任務を完遂しろ。」
「はい…」
ティアリスは目的の為に手段を選ばない為、失敗したらどうなるか、リリスはそっちの方が怖く、今回も制圧できなかったことによりどんな罰を受けるのかと、それが怖くて仕方なかった。
「禁断魔法はどうする、使うか?」
「い、いえ…あれは…うまく使いこなせそうにありません。」
リリスはその力を使いたいが躊躇してしまう、その力を完全に制御できないと分かったからだ、現に少し脅すつもりが魔力を使いきり、消失してしまったのだ。
「使いたくなったら言えばいい、レイティスはリリスにくれてやる、好きにしろ。」
「はい…」
「顔色が悪いな、疲れているなら休んでからでも良い。」
「はい。」
リリスは自室へ戻ると夜になるのを待ちベッドに横になる、だが眠ることはできなかった。禁断魔法は古の時代に巨人族ネフィリムを滅ぼすために作られ、ネフィリムと同じ力と魔力を一時的に得るもので、巨人族のような大きさになるのはその力を収める器だという、しかし力の制御ができず暴走してしまったりと、使いこなせるものは殆どいない。ティアリスが使いこなせるのだから自分で行けばいいのにとリリスは考えながら休んでいた。
「そういえば、あの天使…ティアリス様に似ていたな…」
「誰が私に似ていたって?」
たまたま呟いたことをたまたま部屋を訪れたティアリスに聞かれてしまいドキッとした。ティアリスはベッドに近づくと腕を組んでこちらを見下ろしている、見下ろすのはいいのだがスカートの中が見えているのは気にならないのだろうか、もっとも気にする必要もないのか、ティアリスはまだ若いのだから恥じらいというものを…、そんなことを考えているとティアリスは寝ているリリスに跨って顔を近づけてくる。
「で、誰が誰に似てるって?」
「いえ、その…」
ティアリスは尋問しながらリリスの首を片手で締め上げていく、苦しくなってティアリスの手を掴むと彼女は力を抜いた。
「言いたくなければそれで良い、それから、私が禁断魔法使った方がいいとか思うならそうしてあげるわ、その代わりたっぷり虐めて御奉仕してもらうからね。」
想像して恐ろしくなる、確実に息の根を止められてしまうだろう、それこそ虫を殺すような感覚で…考えていると恐ろしくなってくる。
「遠慮しておきます…」
「遠慮することないのよ?」
「ティアリス様、本当はやってみたいのですか…?」
「リリスを虐めるのが好きなだけよ」
そう言ってティアリスが手を離すが、やっと解放されたと思ったのも束の間、相変わらず跨ったままで身動きはできない。
「ティアリス様、そろそろ行きたいのですが…」
「行ってこい」
リリスはベッドから降りて部屋の中心に立つと転移魔法円を作って発動した。リリスの姿がその魔法円の中へと吸い込まれるように消えていった。
夜のレイティス王国王都にリリスは舞い降りた。この国を滅す、彼らが逆らわなければ、リリスにはそのつもりは無かった。
レイティス王国は先の反乱で王を名乗る反乱の首謀者がいる、今宵は王を名乗るその者を民衆の前で殺す事が目的だった。女王ティアリスには全ての破壊を命じられている、これはリリスにとって賭けであった。
守護天使のいなくなった王都を、偽の王は配下の者を従えて歩く、王である事を誇示するのが目的でありレイティス王国の国王は皆そうしてきた。リリスは闇に姿を隠してその行列の上を飛んでいる、闇の天使たる黒い軌跡は闇に溶けていった。
王都の中央広場に差し掛かる、王が演説をする為に台座が用意されていた。
「そこがあなたの墓石になるのね…」
リリスは呟いて微笑していた。王が台に上り民衆に向けて挨拶をし、演説が始まった。
「誇り高きレイティス王国国民よ、私は元老院長のロズバイル、国王亡き今、私が新たな指導者となり、このレイティス王国を導くよう神に仰せつかった。私が真の指導者として全ての国民を導き、この興廃した国を復興し、輝かしきレイティス王国を再興するのだ。我が国民よ、共に王国を復興しようぞ…」
リリスはその長ったらしい演説を聞きながら上空を飛び回って様子を見ていた。リリスが彼の後ろにゆっくりと舞い降り、短剣を逆手に持って振り上げると一気に振り下ろした。ロズバイルは奇妙な呻き声をあげてその場に倒れた。リリスがその屍を足で無造作に台座から落とすと民衆の方を見た。
「私はあなた達を殺すつもりはありません、私の目的は偽りの国王を戒めることです。」
黒い天使の言葉は信じ難かったが、彼女が剣を捨て敵意が無いことを見せると周囲は静まり返った。何が始まるのか誰もが分からず、不安を感じている。
「私はアステリア帝国の守護天使リリスです、私はあなた達に真実を伝えに来ました。ロズバイルは悪魔と契約し、前の国王を亡きものにしてレイティス王国を乗っ取ろうと企てました。それによって私たちに王都攻撃を依頼したのです。私は守護天使を失った貴方たちに加護を与える為に来ました。異論があるならばすぐにここを立ち去って下さい、逃げたからといって危害を加えるつもりはありません、あなた達には自由に生きる権利があります。見ての通り私は黒の守護天使です、あなた達は私を恐るでしょう、しかし私の力は貴方たちの為のものです、恐れないでください、私の声に従ってください、私は今から貴方たちの守護天使です。」
リリスが天に向けて手をかざす。「リーテ イシェル オフェイル」
光の守護天使がかつてそうしたように、リリスはレイティス王国に光の祝福を与える、光は王都を中心に広がっていき、徐々に薄くなって消えていった。
「エリゼ ディ イフェラム ディエスエレスト」
二番目の詠唱で破壊されていた王都は元のように美しい町並みに戻り、優美な城も崩壊前の姿に戻っていた。誰もが目を疑い顔を見合わせている、争いで死んだ者も息を吹き返している、守護天使は死者を生き返らせる事は禁忌であるが、神に刃向かう黒の天使は肉体が残っていれば死者を蘇らせても咎められなかった。
事実、黒の天使達、悪魔とも呼ばれる彼らは死者を蘇らせて戦争を遂行することさえあるのだ、彼らにとっては造作も無いことである。
「アステリア帝国女王はこの人間達の醜く汚れた欲望の地を無に帰すように言いつけられましたが、私はそうしたくありません、私がこの国の王となりあなた達を導きます、力を貸してください。」
リリスが王であることを宣言し、この地を統治するという、逆らえばこの地は全て破壊されるという、まるで脅しだと誰もが思った。だが、守護天使は正統な王の下にしか現れない、王が死んだ時、天使達は天界に帰ってしまった。
レイティス王国は平穏な闇の時代を迎える、闇の力に支配され他国は容易に手を出せない、手を出せば北にいる悪魔たちが攻め入って来るからだ。
だが、攻め落とす機会でもある、時間が経てば国力が回復して攻め落とすことは難しくなる、ただでさえ世界最強を誇った軍を有する王国である、それに加えて悪魔達が彼らにはついている、弱体化している今こそ、連合して攻めれば倒せない敵ではないのではないか、しかし周辺国を始め、そう考える者はいなかった。