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第二話 † 守護天使

 その日、王都の守護天使達は異変を感じていた。魔の気配にも似たそれは、言いようの無い不安を守護天使に与えた。だが、原因が分からない為どうすることもできない、下級天使達に注意を促すだけに止まった。


 レイティス王国は青い海と美しい森に囲まれた島国であり、その王都は世界有数の巨大都市、人々は豊かで幸せな生活を送っていた。その影では権力者同士の醜い争いが絶えない、欲望に溢れた国と言ってもいいだろう。前王が崩御してからというもの、特にその権力や派閥の争いが絶えなかった。




 辺りが暗くなり夜も更けた頃、王都に異変が起こった。王都各所の王国軍から『魔物が侵入した』との報告が相次いで騎士団長の元へと入ってきたのだ、当然のように『排除しろ』という命令が下る。だが、それは兵士達を戸惑わせた。彼らの見た魔物は、魔物のようだが明らかに“人”だったのだ。兵士の中には目の前で人間が魔物へと変貌するのを見たと言う者まで現れた。




 王都の 民衆達の目は悪魔に憑かれた目をしている、酷い者は身体が奇妙に変形さえしていた。そうなってしまえば人間に戻る事はできないだろう、彼らには可哀想だが死が待っていた。

「こいつら憑いてやがる、守護天使はどうした!」


 騎士団長の怒鳴るような声が響く、「国王の消息不明」兵士がそう答えた。それは守護天使が戦闘に参加できる見込みが限りなく皆無に近いということだ。

「そんな事言ってる場合か!探せ!」



 守護天使は神に祝福を受けた国王の言葉しか聞かない、国王不在とあれば自分達の力で目の前の敵を討つしかないのだ。


 王国軍第五小隊長のヴァルトには心当たりがあった。国王は今後の国政や外交、その他諸々の会議の為に大臣達と共に地下の作戦室へ行った。それは数日前に急に決まったことで、参加できない者が大勢いてそれを決定した大臣に批難の声を浴びせる者が多かったので覚えている。




 そして恐らくは外の状況を知らない、この緊急事態に誰も報告しないというのはありえない、誰かが呼びに行っていると信じるしかないだろう。だが、もしこれが何者かによる策略なら、恐らく国王はその部屋に軟禁状態にある、この国はそうやって汚い手を使ってでものし上がろうとする者達がいるのだ。ヴァルトの進言に軍団長は意を決して命令した。「国王を呼び戻せ!妨害する者は敵味方構わず殺せ!」最早敵味方に構っている暇は無い、国王を守り連れ戻す事が国を守る為の軍の使命なら、それに逆らう者は皆敵というわけだ。




 彼の言葉で部下達数名が城の中へと入って行った。城の中は既に地獄絵図のようで、敵味方の死体が床を埋め尽くし、吐き気がする程むせ返るような血の匂いが漂っていた。魔物になった民衆が先ほどまで戦っていた兵士や民衆達を貪り食っている、部隊長以下五名の兵士は敵を倒しつつ地下へ向かった。



 階段の先は不気味な静寂に包まれていた。扉の前には衛兵が二人立っており、その場を守っている。

「王立騎士団王都守備隊隊長ヴァルト・ロアセ、国王陛下への謁見を要求する。」

「誰も通すなと国王陛下のご命令である、すぐにこの場を立ち去れ、さもなくばここで死ぬ事になるだろう。」

「そうくると思ったよ、やれ。」

 ヴァルトは仲間に命令し、自らも持っていた剣で衛兵に斬りかかる、だが衛兵は人間とは思えない速さで交わすと隊長達を切り裂いた。

「こいつら、既に…」

ヴァルトが最期に見たのは悪魔に魂を売った者の狂気的な目と獣のような身体だった。




 最初の報告からどれだけ経っただろうか、空はやや明るくなり始めていた。戦場の空を三筋の光が横切り、ゆっくりと城に降りていった。黎明の空に光の軌跡を残したのは三人の天使だった。

死を導く者ヴィエル、魂を刈り取る者フェリエル、魂を癒す者エイリエル、この王都の十二使徒の配下で最下級に属する六天使のうちの三人だった。

「戦闘許可はありませんが、守護天使様をお守りする為、対魔戦闘を行います。先制攻撃は禁止、これは対魔戦闘です。」


 あくまでも“魔”に対して防衛の戦闘をするという建前だった。実際には罰せられて当然である。

「ヴィエルは王都、フェリエルは私と城の敵を排除。」

「リジェルとアザリエは?」

「あとから合流します。」

「ユリュシアはどうするんですか?」

 ヴィエルが訝しげにエイリエルに問う。

「彼女は戦えない、私達だけで戦います。」

「何かあったらどうするんですか…」

「彼女にはイリス様がついておいでです。」

ヴィエルはニヤリとして城から飛び立つと王都へ降下して行った。

「まったく、そんなにあの子がいいわけ?」

「あの子可愛いですからね。」

「あんたまで…」

「嫉妬ですか?」

「違うわよ。」

 エイリエルは城に降りていく、フェリエルも慌ててついていった。城の中の戦闘はほぼ終結し魔物の巣窟になっている、そうは言っても元々は人間であり魔物と化したといっても高が知れている。

「行くよ!」

「はい!」

 エイリエルは光の大剣を握り敵に斬り込む、フェリエルがショートソードと楯を持ち後方から援護している、斬っても斬っても次々と敵が現れていた。

「きりがないわね…。」

「魔法でまとめて吹き飛ばす?」

「城まで吹き飛ばしたらどうするのよ、味方まで殺す気?」

「大事の前の小事っていうじゃないですか」




 ユリュシアは突然叩き起こされる、目の前にはヴィエルがいた。

「ユリュシア、戦えるか?」

「何、藪から棒に…」

「王都で魔物狩りだ」

 まだ眠りからさめたばかりの彼女にはヴィエルが何を言っているのか理解できなかった。


「とにかく、王都に魔物が大量にわいたから狩るって言ってるんだよ」

 そこにイリスが部屋に入ってきた。

「私も行くから、ユリィも来なさい。」

「はい…」

 素早く着替え終わるとそのまま外へでて飛び立つ、王都は既に魔物に支配されているた。地上を見るとリジェルとアザリエが魔物と交戦中だった。二人の周りを魔物が囲んでいる、それを見たイリスはそこへ向けて降りながら弓を構える。

「エイルヴェレイエン」

 イリスの放った矢は何筋もの光に別れてリジェル達の周りの敵を殲滅していった。

「やるぅ」

 ヴィエルは感嘆の声を漏らすとリジェル達のもとへ降りた。

「ちょっと、私の獲物とらないでよ。」

「あら、ごめんなさい。」

「って言うのは冗談…イリス様!」

 リジェルを見てヴィエルがクスクスと笑っている、何が面白かったのかは分からずにアザリエは障壁を張って敵を食い止めていた。

「イリス様、おはようございます…。」

「おはよう。」

「挨拶はいいのですが、今はそれどころではないと思います。」

「あ、ユリュシアさん、後ろ…」

 アザリエがそう言っている間にイリスはユリュシアの後ろにいた敵を弓で射抜いていた。

「では、行きましょうか」


 イリスがそう言ってニッコリと笑って見せた。ユリュシアは光の剣を両手でしっかりと握る、ヴィエルはサイスを握って合図すると二人は敵に向かって行った。イリスはそれを後方から援護する。ヴィエルのサイスは周囲の敵を全てなぎ倒す、ユリュシアの剣もまた周囲の敵をなぎ倒すが、戦闘に不慣れなせいもあってどこかぎこちない、イリス曰く『それが良い!』らしい。

「ユリィもヴィエルも酷いなぁ」

「イリス様は先ほど広範囲において同様に敵を殲滅し、一度に六十二の敵を倒しました。」

「そうだっけ…?」

「はい…、数は適当ですが」

 イリスはこの魔物達を呼び出している“モノ”を探しつつ敵を殲滅していった。王都も城も戦闘は終わることなく、天使達も長時間の戦闘ではさすがに疲れ始めていた。その時、空が再び夜になったように暗くなったかと思うと城の上空に魔法円が現れ、辺りを静寂が襲った。

「今度は何…」


「あの魔方陣…どこかで…」


 イリスはそう呟きながらその魔方円を見て考えたが、答えはすぐに目の前に現れた。魔法円から現れたのは巨大な黒の天使だった。


「対ネフィリム魔方陣…ちょっと、あれ大きさ的に卑怯よ。」

「そういう問題ですか…」

 イリスの言葉にアザリエが冷静に返す・そんなことはお構いなしに、それはゆっくりと地上に降りてきて、その衝撃で城の一部は崩壊した。

「私は黒の天使、リリス…、あなた達を葬ります…」

「あの無駄なでかさと無駄な露出何とかならないのかしらね…、ここは任せる。」

 イリスはアザリエに後を任せて飛び立つとリリスに向かう、近づくにつれてリリスの大きさのせいで感覚が狂ってくる。

「エイルヴェレイエン」

 光の矢を放つがリリスに傷をつけることはできなかった。リリスの周囲の障壁が全ての攻撃を弾いているのだ。

「攻撃しているつもりか…?」

 フェリエルとエイリエルも城を出てイリスと合流した。

「何なのこれ…」

「私に従うなら生かしてやる…」

「冗談じゃない、誰があんたなんかに…」

 リリスは両手を翳して魔力を集めると三人の天使に向けて放つ、イリスはそれに気づき二人の手を掴み急降下して逃げた。リリスはイリスに向けて魔力の結晶を浴びせる、無数の結晶は地面に突き刺さり砂埃を舞い上げる。

 リリスがゆっくりと歩き出す、城は最早原形を留めない程に崩れていた。市街地も同じ運命をたどるのだろう、リリスとの戦闘は一方的に攻撃されるだけだった。逃げる事が精一杯で反撃の余裕すらない、寧ろ逃げ回ることによってリリスの攻撃による被害が増えるだけだった。

 生き残っている王立騎士団と神殿騎士団はリリスを見て絶望の淵に立たされている、王都は既に大半が崩壊していた。リリスは目の前にあるものを敵も味方も関係なく無差別に攻撃している、その力を制御できていないのだろう。

「あれを見ろ!」

 兵士が指差した方向、西の空から四つの光が近づいて来る。

「守護天使だ!」

 ほぼ焦土と化した王都に歓喜の声が響く、光の軌跡が四つ、頭上を横切ると大きな円を描きリリスと対峙した。リリスの周囲を飛び回っている、守護天使達は歌っているかのように呪文を唱えて魔法円を描いていた。天使の歌、レクイエムだった。

 そしてリリスを囲むようにして四方に移動すると魔法円が光りだす、リリスは魔法円を破ろうとしたが強力な結界で動くことっはできなかった。

「葬ってやる…」

 魔法円に捕らわれたリリスは両手を前に出してクロスさせると呪文を唱える、口は動いているが声は聞こえなかった。詠唱が終わると手のひらに集まった闇の光が放たれ、リリスの前方、広範囲を全て消し去った。魔力を使いきったリリスの姿は元の姿に戻り地面に落ちていく、リリスの攻撃で王都は半分以上が地上から姿を消し、天使達も消えていた。

 リリスの攻撃範囲から外れていたユリュシアは剣を構えてリリスを追うように急降下していった。完全に息の根を止めるつもりだったが、追いついたとき、地上に降りたリリスはその剣を受け止めていた。

「ティアリス…違う…」

『そいつを傷つけるな』

 リリスはその声で手を止めた。そしてユリュシアを見た瞬間“時”が止まったかのような感覚に襲われる。

「私はリリス、アステリア帝国四将の一人、殺されなかったこと感謝なさい。」

 リリスはそのまま魔法を唱えて魔法円の中へ消えていった。



 王都は静寂の中にある、ユリュシアと一緒にいたヴィエルだけが生き残っていた。他の使徒たちの姿は見えない、廃墟となった王都を捜すが誰も見つからなかった。王都を回って城壁のあった場所までいくと、守護天使アイヴェルが倒れているのが見えるた。急いで降りていくと、近づくにつれてその痛々しい姿がはっきりと見えてきた。

「アイヴェル様」

 ユリュシアは近づいてアイヴェルの手を握る、白い服が赤く染まるほど出血していた。治癒魔法でも完全に治せない、仕方なく自分の服を破ってアイヴェルの腕や脚に巻きつけて傷口を押さえて止血した。

「なかなか上手じゃない…」

「こんなことくらいでしか…お役に立てません…」

「皆、生きていてくれるといいですが…」

「はい」


 応急処置が終わると行方の分からない仲間を探すために街へ戻ったが誰も見つけることはできなかった。そう簡単に殺されるはずはないと信じているが、その魂すらも感じることができない、完全に消失したかのようだった。瓦礫の中から出てくるのは魔物に成り果てた住人と、それと戦っていた兵士達の亡骸だけが出てきた。




 レイティス王国の天使達は廃墟となり王のいなくなったレイティスを後にして天界へと帰っていった。何の未練も無いのかと言えば嘘であり、叶うならば元の美しき王都が戻る事を望んだ。だがそれは守護天使の役目ではない、人が築き上げたモノは人の手によって復活させる、天使は人間の事に過剰な介入はできないのだから仕方が無かった。



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