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第二十一話 ‡ Lagus

  第二の塔




 フレイ王国領、辺境の街ルセリア、砂漠になる前は緑に囲まれた豊かな場所であり、フレイ王国の都が置かれた事もあるが今はその面影はない。砂漠となった地はアールヴ達にとっては価値のない地、彼らの力で食い止めるのがやっとだった。

 漆黒の制服に身を包み、部隊を率いるのは皇国軍ラグズ騎士団団長のマリスだった。ルセリアに入ると外交官ラヴィスが部隊の前に出る、その脇にはフレイ王国の国旗を掲げた旗手がいる。人々は道の脇に避けて隊列を組み歩む彼らを見ていた。やがて広場に騎士団は集まり、住民を集められるだけ集めさせた。

「お集まりいただき感謝いたします、フレイ王国外交官ラフィス・ルートが、国王陛下のお言葉をお伝えします。」


 ラフィス・ルートはラヴィスの公式な名で、王宮でその名は呼ばれることがない。

 そして、静寂の中で民衆の一人が『出ていけ』と罵声を浴びせた。そして他の者達もそれに続くように罵声を浴びせる、ラヴィスにはどうすることも出来なかった。マリスが彼女の前に立ち民衆に向かって静まるように言った。

「神聖皇国ラグズ騎士団のマリスが宣言する、今この時より、ルセリアはアスタルテ皇国の統制下に入る、フレイ王国と共にこの地を再生し、復興します。協力せよ、強制はしない、だが協力者には寝る場所も水も食料も与えよう。」

 罵声を上げていた人々は静かになり、今度はマリスに目を向けた。彼女の目は真剣だ、その魔族のような瞳に見つめられると、何かに縛られたように動けなかった。

 フレイ王国でも身分の賤しい者、罪人、奴隷、ここにいるのはそういう者達だ。そんな民衆の間をかき分けて一人の男が前に出た。髪は乱れているが顔立ちはよく、シャツはよれていて黒いスーツも着崩れていた。

「ギュンター…さま」

 その名を口にして周りの民衆は彼の周りから離れた。ラヴィスもマリスの背後に隠れて怯えていた。

「何だ」

「話は聞かせてもらいましたよ。」

「なら話は早いですね」

「あ、あの、この方は…この辺一帯の盗賊団を仕切っていて…領主様でも敵わないって言うか…」

 ラヴィスは震えながらマリスの後ろから小声で言う、恐ろしい目にあったのだろうか、だがマリスは毅然としていて、怖れる様子もない。

「ここでは私が王、私に勝てたら従いましょう」

「穏便にと言われていましたが、仕方ありませんね」

 マリスが剣を抜くとギュンターも携えていたソードを抜いた。ラヴィスは二人を止めようとしたが、マリスは彼女に下がるよう命じた。互いに切先を相手に向ける、そして左手に持ったコインを人差し指と中指で挟み、それをギュンターに見せる、決闘開始の合図がコインの落下した瞬間であるというサインだった。そしてそのコインを軽く指で弾き飛ばした。宙を舞ったコインが落ちていく、地面に吸い込まれるかのように落ちて、チャリンと音を立てて地面に当たった。

 その瞬間、マリスの剣はギュンターの左脇を掠め、彼の剣はマリスの左頬を掠めていた。

「私の顔に傷をつけましたね」

「これは失礼。」

 間合いを取った二人は睨みあったまま動かなかった。動けないと言った方がいいかもしれない、今の一撃で互いの技量が互角であると感じていた。マリスの持つ剣はバスタードソードであり使い慣れていないと扱いは難しい、武器に精通したギュンターには彼女が十分に訓練されているのが分かった。交わすのが遅ければ彼女の剣が自分の心臓を貫いていただろう。

「どうしたんだ?」

 集まった民衆がざわめいた。ギュンターが再びマリスに斬りかかる、すかさず剣を弾く、騒がしかった民衆も静まり剣戟だけが響いた。

「なかなかやるじゃない…」

「どういたしまして、これでも数え切れないほどの修羅場をくぐってきていますので…、あんたの雇い主はどんな奴なんだい」

「私は傭兵じゃないんだよ、女皇様の親衛隊…ラグズ騎士団のマリス」

「国の飼い犬ですか…」

 ギュンターの剣が襲いかかる、マリスは交わすと斬りかえした。

「私が忠誠を誓ったのは国ではなく女皇陛下、彼女ほど純真で美しく偉大な天使はないでしょう」

 マリスは剣を振り下ろす、だがギュンターは横に飛ぶと剣を交わした。

「飼いならされていますね…、天使は奴隷に過ぎないというのに…」

「何とでも言いなさい…」

 マリスの切先は正確に隙を突いてくる、そしてマリスの剣先が彼の目の前に現れ、ギュンターの剣先もまたマリスの目の前にあった。

「吐き気がしますね。」

「彼女は優しい闇…、優しい炎」

 ギュンターは暫しマリスをみながら何かを考えていた。そこまで入れ込む女王とはどんなものか、一目みたいと思った。

「会わせてくれないか」

 そう呟くと、剣を仕舞うギュンターを見て、マリスも剣を納めた。

「それから、あんたの騎士団で雇ってもらえないかな」

「ご生憎様、それを決めるのは女皇様なのでね。」

 マリスは兵士達に道を開けるよう命令し、何人かいる魔導士の中で白いベールを纏った女性の前に跪いた。華奢な身体に、纏ったベールからは金色の長い髪が少し零れていた。彼女がベールを脱ぐと長い髪が解けて風に靡いた。

「アスタルテ皇国皇女ステラです、女皇陛下よりルセリアにおける全権を任されました。」

「白い羽根の悪魔でしたか」

 ギュンターは笑顔で言うがステラは別に気にした様子ではなかった。

「慎め」

 マリスはギュンターを睨みつけるようにして言う、改めて見るその紅い瞳にギュンターは恐れどころか悦びを感じて微笑した。

「陛下は所用の為来られません、私が代わりに話を聞きましょう。」

「私は女王陛下にお会いしたいのです」

「先ずは服を着替え、それからマリスの元を訪れなさい」

「承知しました。」

 それは遠まわしではあるが、ギュンターの希望を何らかの形で受け入れると言う意思表示にも受け取れる。

「お前たち、俺が戻るまで大人しくしとけよ」

 そう言うと彼に従う民衆は顔を見合わせるとギュンターを見た。彼を支持している民衆はそれで大人しくしているだろう、彼に従わない者は端から騒ぎ立てることはしないはずだ。

 その後、マリス達はギュンターの案内で街外れの古城に入った。扉は壊され、部屋に置いてあったであろう物は全て無くなっていた。

「ここを改修するように、それからマリアと共にこの地を治めなさい」

 ステラはマリスに淡々と命令を伝えていく、そして最後にギュンターを女皇のいる神都へ移送するように命じた。




 ユリュシア達がフレイ王国から帰る日、国王に一つだけ頼みごとをした。『エルフの鍛冶屋を探している。』彼が紹介状を書き、一人のエルフを紹介した。紹介状に記された場所には小さな工房があった。まだ作りかけの剣などが並んでおり、その刃は美しく研ぎ澄まされていた。

「邪魔だよ、どきな」

 後ろから声がして、見ると若いエルフが立っていた。金色の髪に碧眼、白く美しい肌に尖った耳、その容姿とは裏腹に口調は粗暴さがあった。

「ごめんなさい」

 避けて様子を見ると黙々と作業を始める

「いつまで突っ立ってるつもりだい、用が無いなら帰っとくれ」

「あの、サンドラさんは…」

「私だよ、でもその名前はちょっと嫌いだ、“らしくない”ってね。さ、用があるならさっさと言いなよ、用が無きゃ仕事の邪魔だ、出てっておくれ」

 国王の紹介状を彼女に渡すと、彼女はそれを読んでユリュシア達を見た。

「それでどんな剣を作ってほしいんだい?」

 一通り目を通したサンドラは自分の作業をしながら話を進めていく、普通なら客人相手に失礼ではないかと言いたいところだが、ユリュシアはそう思わなかった。

「龍剣を作って欲しいのです…」

「なんでだい、龍剣なんて二本もいらんだろう。」

「それが、剣が砕けたと言いますか…」

「おいおい、あの剣は並大抵の力じゃ傷一つつかない代物、天使でもあれを壊した者はいない、それを壊すなんてどこの化け物だい」

「こちらの、ユリュシア様にございます。」

 リムが丁寧に紹介すると、サンドラは大笑いした。その華奢な身体から、例え天使といえども壊すには相当な力が必要なはずだ、そんな力があるようには見えない。

「そんなわけないでしょう、この子がかい?おおかた偽物だったんじゃないのかい?」

「いえ、あれがそうです。」

 リムの示した方を見ると馬車の上に布に巻かれた“何か”があった。サンドラはそれに近づいて開けてみると巨大なそれは正しく龍剣の柄だった。剣身は見事に砕けているが、砕けずに残った部分を見ると確かに本物だった。

「この剣は私が見た中でもいい剣だ、ここまでの物は作れない、それに…この工房では狭すぎるな。」

「広い工房なら我が国にございます、是非貴女の力をお借りしたいのです」

「ま、国王の頼みじゃねぇ、断れやしないか、その代わり高くつくよ」

「承知しました。相応の報酬はお約束いたします。」

 サンドラにはまだ信じられずにユリュシアをみていた。天使ならそのくらいできても不思議ではないだろう、そう自分の中で答えを出した。しかしその剣に勝るものを作る自信は皆無に等しい。



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