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第十九話 † Obscur

蜉蝣






 その影は黒の天使のようだった。その黒の天使はアシュレイの身体を抱き上げてティアリス達をジッと睨んでいた。ティアリスも彼を見るのは初めてだった。彼の楽園は深い地の底、魔界とも呼ばれる場所にある、完全なる自由な世界、月の門が開かれようとも彼が地上に出る事は“あの日”から無かった。

 彼は大きな漆黒の翼を広げると飛翔し、ティアリスの目の前を舞う、彼の目は敵愾心に満ちていた。一触即発の状況とはこういう状況を言うのだろう、どちらかが動けば戦いが始まる、そんな気がした。だが、ティアリスは毅然として怯む様子はない、ただ彼の目を見ていた。彼の容姿は美しく、むしろ見惚れてしまう程であった。

「我を恐れぬか」

「どうして恐れる必要がありましょうか…」

 彼は剣をティアリスの首筋に当てた。アリス達がその黒の天使に剣を向けるが、ティアリスはそれを制止した。冷たい刃がティアリスの首筋をわずかに傷つけている、その剣先が首から離れると、ティアリスの被り物を上に弾いた。

「面白いやつだな、お前。我と共に来ぬか」

「せっかくですが、お断りします。」

「そうか、残念だ」

「地獄の秩序がお前であるように、ここの秩序は私です。」

 サリアは笑いながら剣を収めていた。ティアリスがサリアを見ていると、突然、サリアはティアリスを抱き寄せて無理矢理に唇を奪った。さすがのティアリスも動揺し目を見開く、抵抗しようにも出来ずにいると、彼がスッと離れた。

「お前が神の忠実な僕であるように、私も神の忠実な僕…、人間は地上を支配するに値する種か?彼らは不完全で欲深く汚い」


「私はそれを浄化するだけです」


 その言葉から今も彼らは変わっていないと言うことが十分に伝わってきた。


「いつでも来い、歓迎するぞ」

 彼は最後にそう言うと後ろに倒れるように身体を反らしてまっ逆さまに地上へ落ちていった。魔法円が暗闇に暗い炎のように光を帯びると、彼はその中へ消えた。

 黒の天使達が地上にゆっくりと舞い降りてくる、街は焼けて随所に火の手が上がり、人の気配は無かった。ティアリスは力が抜けてその場にへたり込んでしまう、アリスがティアリスの身体を支えるようにして、そのまま抱きかかえた。

「ジークリンデ、この国はお前にくれてやる…」

「はい」

  アリスはティアが震えているのを感じていた。アリスは何も言わず抱き上げたまま、その顔をそっと見つめた。その視線に気づいたティアは視線をそらしたが、アリスは器用にティアリスの顔を自分の方に向けると唇を奪った。

「んっ…何をする…」

「私たちの陛下を穢すなんて、許せませんので…」

「お、降ろせ…」

「照れなくてもいいですよ」

 アリスは悪戯な笑みを浮かべている、ティアリスは顔を背けて被り物で顔を隠すと頬を赤らめていた。他の黒の天使達もクスッと笑っている、微笑ましい光景だった。だが民衆はあり合わせの得物を手にして恐る恐る近づいた。




 ジークリンデが彼らの前に立つと、民衆は立ち止まった。ジークリンデの手に武器はない、彼女は両手を広げて無抵抗の意思表示をするが、彼らは得物を構えたままその場に立ち止まっていた。相手が黒の天使である以上、武器を持っていなくても油断はできない、また彼らの武器など意味をなさないだろう。ジークリンデは剣を抜くと、それを彼らの前に放り投げる、地面に突き刺さったそれは銀色に妖しく輝いていた。

「やりたければ殺りなさい、私は抵抗しません。ですが、私たちがこの大乱で罪無き者達を殺めた事があるでしょうか。解放を謳って地に這い蹲り、徒に戦火を広げる解放軍、彼らこそ罪無き者達を戦争という罪にいざなう元凶ではありませんか、武器を捨てなさい、あなた方は罪を犯すべきではない」

 民衆の間を縫って男がジークリンデの前に躍り出ると、地面に刺さった剣を手にして構えた。臙脂の軍服、階級章は少将、ユースティアに展開していた解放軍の師団長だった。

「悪魔の言葉など聞くな!奇麗事ばかりでやっていることは非道!」

「その言葉、そのままお返ししましょう。」

「き…貴様…」

 師団長が詰め寄ろうとした時、天から皇国の天使達が降りてきて間に立った。二人の天使の腕にはアクアマリンとアシュタロスが抱きかかえられていた。




「悪魔と契約させてまで守りたいのは名誉か、それとも権力か?」


 彼らの前に立つ白い羽根の使者と黒い羽根の使者は民衆の様子を窺った。数では圧倒的に勝っている解放軍とユースティアの兵士、民衆も、たった数名の使者の前に何も出来なかった。

「私に協力してくれる者はこの愚か者を排除せよ」

 ジークヒルデは民衆達に向かってそう言った。民衆はその言葉に得物を構えて解放軍の少将を囲んでいく、彼女の言葉の意味するものはそれだった。人が光の天使に剣を向けることは許されることの無い罪なのだ。

「剣は返してもらうよ、危ないからね。」

 ジークリンデは微笑し、彼の手から剣を奪い返すと後方に飛んでアリスの隣に戻った。それを見て民衆は将校を取り囲んだ、わめき声が聞こえるが何を言っているのかは分からない。民衆は彼を戒めと言わんばかりに制裁を加えたのだ、解放軍の兵士たちもそれを止めようとは思わなかった。


「あ、悪魔めぇぇぇ!」


 彼の断末魔の叫び声が聞こえた。

「皆さんそう仰いますが、悪魔ですから。」

 呟くように言ったジークリンデのその言葉は、民衆の声にかき消されて彼の元には届いていない。

「陛下、面白いものが見れましたね。」

 ニコッと微笑んでジークリンデは眼鏡を掛けると結っていた髪を解く、大人びた妖艶な姿のジークリンデがそこに立っていた。ティアリスは飛び降りるようにアリスの手を逃れ、ジークリンデの前に立ってジッと見た。

「お前、目は悪くなかろう」

「お気に召しませんか、陛下」

 妖しく艶かしい声でティアをからかっているかのように言ってみせた。そして民衆の方を向くと、彼女は自分がユースティアの王となって治めることを宣言した。




 アクアマリンが目を覚ました時、それはいつもと変わらぬ自分の部屋だった。まるで夢を見ていたような、はっきりとしない記憶と意識、身体についた傷が夢でなかったことを教えていた。窓から見える空はいつもと変わらない、海から吹く風が心地よかった。


「窓…開いてたの…?」


 いつも窓を閉めて寝るが、何故か開いたままになっていたようだ。ベッドを降りて窓に近づく、いつもと変わらない景色、夢だったのかなと思った時、一陣の風が吹いた。城門の上に掲げられた旗が靡く、それはアステリア帝国の旗だった。


「夢…じゃ…なかった…」


 思わず声にして呟いていた。




「姫、お目覚めですか」


 振り向くとジークリンデがそこに立っていた。


「姫…って?」


「私が王になるのでは、この国の人たちが納得してくれませんでしたので、この国の魔術師であるアクアマリン様にでしたら従っても良いと仰るので、そのようにさせていただきました。」


「何を勝手に決めて…、私の意思はどうなるんですか…」


「ございませんよ、それに本来敗戦国であるはずのユースティアの人達の意見など聞かずとも良かったのですが、寛大な処置といいましょうか…、ティアリスがそうしろと仰るのでそうしたまでです。もし、この国を再び自分達の手で統治したいと望むのであれば、今は時が来るのを待った方が賢明ですよ。」


 アクアマリンには何故彼女がそんなことを言うか理解しがたかった。少なくとも永久的に支配するつもりはない、いつになるか分からないが、いつかアステリア帝国はこの国を出て行くということなのだろう。自分が生きているうちか、死んだ後かはわからない…


「約束できますか?」


「ええ、問題がなければ、それまで私が貴女のお世話をいたしますよ。それから貴女と契約していた天使は、帰っていただきました。」


 ジークリンデは眼鏡を直しながら言った。その顔を覗き込むと目を逸らして頬を赤らめて苦笑いしていた。一瞬だけ信じてもいいかなと思った。それに、契約が解除されたのなら、アクアマリンには魔法を使う力はない、ただの魔術師でしかない、それはアクアマリンが目の前にいる天使に抗うことはできないと言うことだ。


 黒の天使は悪魔だと聞いていた。だが実際に目の前にいる天使は約束を守ってくれると、そんな気がした。本当に黒の天使は悪魔なのだろうか、だが、天使はここへはこない、アクアマリン達を魔族であると忌み嫌うだろう、ならばジークリンデは黒の天使として目の前にいるのだ。そして、彼らにとって地上における大国という大国は支配下、勢力下に置かれて、もはや敵というものはなかった。


 これ以上大きな戦いというのも起きないだろう、ユースティア連邦を構成する各国の軍をも少数精鋭で壊滅状態にまで追い込んだのだから…。




 世界は平和に閉ざされた…


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