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第十八話 † 天秤

  Pandora




 連邦と解放軍の十数万の兵士の中に皇国の天使は取り残される、帝国の天使達が退き際に放った魔法は皇国の天使達の周囲の敵を一掃し、ヴェルス・アシュタルテは天を睨んだ。ユリスが障壁を張り、ジュエル達が敵陣を切り裂く、敵陣の只中にあって迂闊に彼らに近づける者はいなかった。



 魔族の兵士の間を掻き分けて女がユリス立ちの前にいた。

「アクアマリン様!」

 歓声が聞こえてくる、逃げ腰だった兵士達の士気もすっかり上がってた。魔女っ子帽子にマントに無駄に露出の多い服、手には銀色の聖杖を持っている、何よりその撫子色の髪が印象的だった。

「ユースティア連邦王宮魔術師アクアマリン、呼ばれてないけど参上ですっ☆」

 可愛らしくポーズを決めたアクアマリンを見てジュエルは「私より露出が多い…」と呟いた。比べるものを間違っているが構っている暇は無かった。

「呼ばれてないなら来るな」

 相手は魔法を詠唱し、ユリス達に向けて放たれた炎が爆炎を上げる、だがユリスはそれを防いでいた。

「契約しているのか…」

「あら、よく防げたわねぇ」

「何が何でも通してもらいますよ」

 アシュタルテはジュエルとリムに「行け」と言った。感心しているアクアを余所にリムとジュエルがアクアマリンに斬りかかる、契約者が危険に晒されれば当然契約を交わした者が現れる、特に相手は魔術師、見たところ彼女の周りに護衛できそうな者はいない。ジュエルとリムはアクアマリンの周囲の敵を切り裂きながら間合いを詰めた。

 魔術師は結界を張って応戦するが、すぐにユリスによって結界は打ち消された。それでも尚、障壁を張り巡らし応戦する姿は兵士達を勇気付けた。天使と渡り合える者が味方にいると言うだけで心強い。その時だ、魔術師の背後に妖しく輝く魔法円が現れ、そこから姿を現したのは黒い翼の天使だった。

「下がれ!」

 ヴェルスの叫ぶような声でリム達は後退しヴェルスがリム達の前に出た。その手にはしっかりと剣が握られ、目の前にいる敵に向けられていた。そして何も言わず敵に斬りかかる、敵はそれを手で受け止めていた。その手に血が滲む…

「この私に剣を向ける愚か者は誰だ…」

「愚かで悪かったわね、アシュタロス」

「げ…何故お前がここに…」

 慌てて離れようとした彼女の手をアシュタルテは掴んでいた。

「な、何だよ…」

「私の行く手を阻むならば、捩じ伏せて差しあげますよ」

「やれるものならやってみろ」

 アシュタロスは間合いを取って剣を振る、アシュタルテは剣に魔力を込めて敵に放つとアクアマリンの障壁がそれを防ぐ、完全には防げていないが威力は殆ど掻き消されていた。

「やるじゃん」

 アシュタルテは不敵な笑みを浮かべて言った。

「リム、ジュエルは魔術師を止めろ、ユリスは私を援護なさい!戦女神たる所以、貴様の身体に刻み込んでやる!」


「これだから数で勝てると思っている輩は…」

 天使達は黙って命令に従い、アクアマリンと対峙して戦闘に入る、魔術師は防戦しつつ呪文を唱えるが隙のない攻撃に反撃もままならない、防御用の障壁を展開するので精一杯だった。アシュタルテの熾烈な攻撃はアシュタロスより遥かに勝っていた。それに加えてユリスの魔法はアシュタロスの攻撃を弱体化させ、彼女の受けた傷を即効で治してしまう。四人相手に二人では分が悪い、味方も戦闘域へは迂闊に近づけなかった。近づけばユリスの障壁とアクアマリンの障壁で敵味方構わず致命傷を負うのは目に見えている、障壁が消えた隙を狙ったとしても致命傷を与えることができるだろうか…


「その数に押されてるじゃないの」


 アシュタロスが一瞬迷った隙をついてヴェルスの剣はユリスの破った障壁の隙間から深く入り込んだ、切先は身体に届いてはいないが、わずかにアシュタロスの腕を掠めていた。



その光景を文字通り高みの見物をしていたティアは微笑し、アディル達に攻撃開始の合図をした。

「目標ユースティア宮殿、薄汚れた大地を浄化しなさい」

「はい」

 アディル達はラグナロクを構えて宮殿に狙いを定めた。宮殿の三方向にそれぞれラグナロクを構えた三人の女神は、それぞれの力を解放した。 アシュタルテは天を仰いだ。

「全員離脱!『ディ メイル ディル ガーティエン』」



 アシュタルテは結界を張り上空へと舞い上がり、天使達もそれに続いた。三方向から地上に放たれたそれは宮殿を中心にして目も開けていられない程の閃光を放った。光が収まった時、地上は炎に包まれていた。燃え盛る炎の中、宮殿のあった場所に黒く異質な箱があった。ちょっとした小部屋くらいの大きさの箱、錬金術士が作った魔法陣、更には契約でのみ使役できる魔族の魔法円が刻まれていた。それが消えないように更に外部からの結界が張られている。

「ティアリス様、いかがいたしましょう。」

「お前はどう思う。」

ティアリスは余裕の表情でアリスに問いかける、アリスもわかっているのか微笑した。

「災厄を逃れる箱舟か、災厄の詰まったパンドラの箱…」

「我らの与えるのは絶望、全てが終われば希望になる」

 黒の天使が空を舞う、絡み合う黒い軌跡が魔法円を形成していった。ティアリスとアリスの魔法円は夜の空に黒く妖しく輝きはじめる、発動した魔法円は地上の魔法円と反発して消失し、外側の魔法円を破壊した。だがそれはすぐに再生されていく…

「たかが魔族の分際で…」

ティアリスは愚痴をこぼすが、どことなく楽しそうで、その口元は不敵に笑っていた。ティアリスは静かに目を閉じる、声には出していないが、何かを呟くかのように唇を動かしていた。両手を天に向けて翳す、天に巨大な魔法円が形成され白く輝いた。そして一筋の光、全てが現れた時、それが剣である事が分かった。

「目の前の障害を打ち砕け…」

 ティアリスが手を振り下ろした時、その光の剣は地上へ落ちていく、結界を破り魔法円を壊していった。ティアはゆっくりと地上に舞い降りる、紅く燃えている、紅蓮の炎が…、その炎の中に禍々しい姿を見た。漆黒の甲冑に全身を包み、兜の奥の赤い瞳が光って見えた。

「私より悪役ぽい所が気にいらないな」

「陛下も十分…悪役です」

 ティアリスが剣を召喚して抜く、魔剣ヴァルハラ、普段使い慣れたロングソードよりも大きい大剣だ、魔を斬るために鍛えられたそれを構えて素早く間合いを詰め斬りつける、鎧の男は剣を抜きながら受け止めた。

「貴様が戦場に出ない事は無かった。何故隠れていた。」

その問に答えず敵は剣を全て鞘から抜く、その勢いでティアリスを弾き飛ばした。だが、ティアリスは翼を広げて地上に降り立つ、そして翼をスっと閉じた。ティアリスは違和感を感じ、相手をジッと睨みつけた。

「貴様、誰だ」

 その重々しい甲冑を鳴らし、彼はティアリスの方へゆっくり歩みよった。ティアリスが姿勢を低くして剣を構え、切先を相手の顔に向けたままゆっくり引く、そしてレイピアを扱っているかのように素早い攻撃を繰り出すが、相手はそれを交わしていく、ティアリスが斬りつけた剣は敵のわき腹に直撃するが相手はびくともせず金属のすれる音が響いた。


 男の剣がティアリスを襲う、それを受けながしながら後方に飛んだ。相手が剣を構える前に、すかさず地面を蹴り前方へ跳ねると、剣先を地面に刺し、それを軸にして身体を捻り“甲冑の男”の頭めがけて右足で蹴りつける。態勢の整っていなかった相手がバランスを崩し倒れかかった。右手を地面について身体を支えるが、蹴られた拍子に兜が外れ、地面に転がり落ちた。

「やはり、アシュレイか」

 アシュレイと呼ばれた者は鎧を脱ぎ捨て剣を手にした。有翼の魔族アシュレイは甲冑を脱ぎ捨てると剣を構え、羽根を広げて一気に飛び上がってくる、それは魔族らしからぬ動きだった。

 ティアリスの剣を素早く交わしてアシュレイが反撃し、ティアはそれを交わす。

「最下級の天使並みかしら」

 アシュレイの攻撃をティアリスは確実に交わし、受け流していく、その表情はアシュレイと対照的に余裕すらあるように見えた。だがアシュレイも今まで戦ってきた魔族とは違う、特に空中では圧倒的に不利な魔族だが、アシュレイはティアリスの動きにしっかりとついてくる、一瞬だが不安が過ぎり手が止まった。アシュレイはそれを見逃さず、素早くティアリスに斬りつけていた。危うく斬りつけられる寸前で剣を盾に受け止めるが身体ごと吹き飛ばされた。

「陛下、お遊びが過ぎますよ、あんな攻撃くらいしっかり受け止められるでしょう」

 弾き飛ばされた先でアリスに抱きとめられていた。確かにあの攻撃でここまで飛ばされることは無い、追撃されたら少し危ないかもしれないが、間合いを開くことができて丁度良かった。

「やつの契約者は誰だ…、久しぶりに楽しませてもらった。」

 アシュレイは黒の天使か悪魔と契約している、ティアリスはそう感じたのだ、そうでなければ魔族の中でも優れた能力を持っていたとして、空中で黒の天使についてこれる筈はないからだ。だが、それが契約を結んだのであれば話は別だ、黒の天使の魔力と力の一部を行使できるようになる、アシュレイは魂をも、そのまだ見ぬ黒の天使に力の代価として支払ったのだろう、そして契約が全て履行されたとき、アシュレイもその黒の天使によって命までも奪われるだろう。

「そういえば、ジークリンデが来ましたので船でお待ちしております、いつでもお呼び下さい。」

 船とは本国からアストレアまで持ってきた空中戦艦のことだ。そうしている間にも敵は襲ってくる、アシュレイが斬りかかってきたが、アリスは女王を抱いたまま飛び上がって回避する。

「“お茶を飲む暇があったら助けろ”と言え」

 更に斬りつけてきたアシュレイの剣を宙返りをして避ける、女王は危うく落ちそうになったがアリスにしっかりしがみついた。

「はい、もう来るころかと…。」

 アシュレイが剣を突いてくると、飛び上がったアリスはその剣先に立つかのように降りた。

「フン…お前も遊んでるではないか、それから…もう少し優しく扱え」

「はい、陛下」

 ティアがアリスから離れて再びアシュレイに剣を向ける、アシュレイは相変わらず無表情で何を考えているのか窺い知れない、次の行動が予測できないのだ、予測できないが相手の行動にはついていける、先制しても相手はそれを確実に受けている、勝てる気がしないが負ける気もしない、そんな気がした。


 その時、目の前を影が急降下して通り過ぎ、その直後アシュレイが引っ張られるように落ちて地面に叩きつけられた。ジークリンデが来たのだ、彼女は鞭をアシュレイの首に絡めつけると降下する勢いのまま地面に向けてアシュレイをたたきつけたのだ、落下した場所に砂塵が舞い上がり衝撃の強さを物語っていた。




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