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第十五話 † Espada

  龍帝




 龍族の国ガイル、その国境の街セイデ。そこそこの規模を持つ街だが目立った産業などはない、砂漠のオアシスといったところか、商業的にも位地が悪くこれ以上の発展は望めない、特別貧しいわけでもないが豊かとも言えない場所だ。



『グルルルルゥゥゥ…』



 低いうなり声、街の真ん中に龍帝はいた。人間とは比べ物にならない大きさ、まさに龍族の王に相応しい風格だ。

「ユリュシア様、ガーラント様が到着されたようです、というか、あまり失礼な紹介に少々ご機嫌が悪いようですが。」

 リムがティーカップを片手にユリュシアに伝えたが、「急いで飲むものではない。」と言って、女皇はお構いなしに紅茶を飲んでいた。


「お待たせして良いのですか?」

「あまり良いとは言えないが、邪魔するのも悪いだろう。」

 リムに外を見るように合図すると、外ではガーラントが子供たちと遊んでいる、遊んでいるというよりは、遊ばれていた。国内各地を自ら回る龍帝は皆に慕われている、恐怖で押さえつけることをしない、だが彼の力を侮ったら血を見ることになるだろう。それでも、ここに来る人間の中には名誉を欲する者達がいる、“ドラゴンスレイヤー”として名を上げたいと願う者達。

「さてと…ちょっと運動した方がよさそうですね。」

 席を立ち、金貨を一枚テーブルの上に置くと店主に軽く挨拶をして店の外に出た。既にガーラントの周りから人の姿は消え、皆が建物の中に身を潜めていた。彼の前には“竜殺し”と呼ばれる大剣を持った男が立っていた。

「おっと、勝利の女神様の登場か」

 男はこちらを見てそんなことを言っていたが、今はそんな時ではないだろう、もっともその男に負けるようなガーラントではないのだが。


「やめておいたほうが身のためですよ」


 そう言ってもガーラントに剣を向けている男は引こうとしない、子供達も怯えてガーラントの後ろに隠れたり、近くの民家に逃げ込んだりなんかしている。

「龍帝に剣を向けた己の愚かさを知るがよい」

 ドラゴンの姿をしたガーラントは天に向かって咆哮を上げ、男を見下ろしていた。建物の中から様子を見ていた人々が、各々に龍帝を囃し立てる、子供たちも『おにーちゃんかっこいいー』などといって応援していた。実に微笑ましい光景ではないだろうか、さすがはこの国を統べるだけのことはある、身体もでかいが器もでかい。


「さっきから失礼なことばかり考えてないか?」


 ガーラントが思考を読んだかのように言うがそこは敢えて受け流しておくことにした。


「俺には勝利の女神様がついてるから平気だ」

 ユリュシアを勝利の女神だと勘違いしている男はこちらを見てウィンクしてみせる、気がついたら左手に光の剣を召喚していた。


「陛下抑えてください」


「分かっている、ちょっと地獄を見せてあげようと思っただけだ…」


 男は大剣を構えて龍帝との間合いを詰め、剣を振りかぶると力いっぱい振り下ろした。だがそれは空を切って地面に当たっていた。龍帝は身体に似合わず素早い動きで後ろに交わしていたのだ。

「龍帝、ここでは被害が出る」

 言葉の意味を察して男を捕まえたガーラントは街の外へ飛び去った。男を地面に降ろすと、彼は投げ出されたように地面に転がる、何とか受身を取って立ち上がると剣を構えた。

「ここならば存分に戦えよう。」

 龍帝は翼を思い切り広げた。男を威圧するには十分すぎる、普通の人ならそれだけで気負いしてしまうだろう。遅れて着いたユリュシアは城壁の上に立っていた。この城壁ですらガーラントの胸元の高さでしかない、改めてその大きさを思い知った。



 剣をしまってガーラントの方を一視する、彼の足元では先ほどの男が必死で斬りつけているが、龍帝は軽くあしらっていた。諦めが悪いのはどうしようもないのだろうか、ガーラントが本気を出せばどうって事はないだろう、龍帝はそれを分かって手を抜いていた。龍帝の足元に降りて男に諦めるように促す。

「命が惜しくなければ諦めなさい。」

「諦めてたまるか」

 男は剣を振り、龍帝に斬りかかるが体格の差で負けている、まさに足元にも及んでいなかった。龍帝は呆れたようで、尾を振ってその男を弾き飛ばした。落ちた場所は砂漠の砂の上だ、死んではいなかったが気を失っていた。

 ガーラントは戦いを挑んできた男に勇敢なる戦士の証として『聖杯』を手渡した。

聖杯というが、ガーラントにしてみれば酒盛りの杯であって、銀製という以外特徴はない。その男は満足していたので良いだろう、龍帝に剣を向けて生きている方が奇跡だ。

「屈辱の報酬だな」




「龍帝、手合わせ願えますか」

 その言葉に驚いたのはガーラントだけではなかった。先程龍帝と戦った男もまた、驚いて引き止めようとしていた。

「やりましょうか」

 龍帝はドラゴンの姿を解いて人の姿になると、彼の尾に固定されていた剣を抜いて右手に握り締めた。ドラゴンの姿を解いたと言っても、その大きさはドラゴンの時と変わっていない、そして、ドラゴンの時より自由に動けるので、実質能力は上がっていると思われる。

 左手に再び剣を召喚して握りなおす。

「そち、右利きではなかったか」

「はい、しかし右手は使えないのです。」

「そうか、だがしかし、手は抜かぬぞ、では参る」

「はい」

 戦いは前触れもなく始まった。龍帝は剣を高らかに掲げ、一気に振りおろした。それを避けるように飛び立つと、下の方では、剣が地面に当たった衝撃で『ズゥゥン』という轟音と砂塵が巻き起こった。

「ユリュシアよ、一つききたいのだが…」

 言いつつ今度は右側から剣が迫る。

「はい」

 その刀身の上に右手をついて刀身を飛び越える。

「私を呼び出したからには重要な話があるのだろ」

 隙をついて懐に飛び込むが、龍帝は左手でそれを防いだ。その腕を踏み台にするように上空へ飛翔すると、剣を振りかざして龍帝の頭上から振り下ろすように斬り掛かる。

「率直に申し上げます。」

 龍帝の剣が目の前に現れたかと思うと低い金属音が響く、彼の剣がユリュシアの剣を受け止めていた。剣の向こうには彼の瞳が見える、金色に光る龍族の目がそこにある。

「我が皇国は…」

 剣を振り切って身を乗り出すようにして彼の剣を越えると、そのままの勢いで彼の左肩に飛び乗り、彼の首筋に剣をあてる。

「この地を必要としております。」

「そうか、ならば私を倒してみろ、話はそれからだ」

 龍帝の剣が目の前に割り込んでくるとユリュシアの剣を弾いた。彼の剣は奇麗に磨かれていて鏡のようにユリュシアの姿を映していた。

「はい…。」

 龍帝の剣がユリュシアに向かって素早く斬りつけられると、その刃を剣で受けるが力では圧倒的に負けている、簡単に弾き飛ばされ宙に投げ出された。空中で態勢を直そうとした瞬間、龍帝が後方に飛び身体に回転をつけて、斬り上げてきた。身体を反らして辛うじて交わしたが、態勢が整っておらず宙返りをするような格好で降下し、龍帝の翼の下を潜って更に降下する、次の瞬間には龍帝の尾が鞭のように襲ってきた。ドスッと見事に身体に当たり、そのまま城壁まで吹き飛ばされた。剣は天高く弾き飛ばされ、砂漠の砂に突き刺さって消失した。城壁まで距離があった為、身体の向きを変えて城壁の壁を蹴って飛び上がる。

 龍帝は笑ってる、本気ではないのだろう。斯く言う私も未だ魔力は使っていない、『エルテ エシュヴァルト エンダルク』、呟くように呪文を唱える、光の剣が召喚されそれを握り再び構えた。

 両手でしっかりと握り一気に間合いを詰める、龍帝がそれを遮るように剣で防ぎ、しっかりと受け止める、剣が不快な金属音を立てる、『ヴェルカ』その瞬間、龍帝の剣は砕け散っていた。

 そのまま突き進み龍帝の鎧に剣を突き立てる、剣は深々と鎧に突き刺さっていた。

「剣を砕くとは…、だが鎧までは貫けまい」

 剣を鎧から抜き、間合いを取った。龍帝は真っ直ぐこちらを見ている、その表情から何も読みとることはできなかった。


「よい、そなたに預けよう。しかるべき時がきたら返してもらうが良いか」


「はい」


「領主には話をつけておくが、ここの領主も困った奴でな、正直手を焼いているのだ。」

 街へと戻ると人々の様子は明らかに変わっていた。距離をとり、遠巻きに様子を見ているようだった。龍帝にはそれが自分ではなくユリュシアに対する反応だと云う事はわかっていたが、そもそも“人”と“使者”を比べる方が間違いなのではないだろうか、龍帝はそんな事を考えながら何故かニヤついていた。


「その砕けた剣を私にお預けください」


 突然の申し出ではあったが、予備の剣もある、そして彼女は「剣が無い間は私がガーラント様の剣になりましょう。」と言ったので、何をするつもりかという疑問は残るが剣を預けることにした。

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