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第十一話 † 解放

  隷属の天使






「こんなところで何してるの」

 不意に後ろから声がしたので思わず大鎌を振ったが、その姿を見て手が止まる、そこにいたのはリリスだった。

「私の邪魔をしにきたのか?」

「そうよ、あなたのお仕事が遅いから…、これどかしてくれるかしら」

 リリスが喉元に突きつけられている大鎌を指先でつつきながら言うと、何を言うでもなく引っ込める。

「下の事は私の軍に任せなさい、貴女の持ち駒はお休み中よ」

「貴女、勝手に命令だしたの?」

「態勢整えるまで守ってやるんだから感謝なさい」

「あら、お気遣いどうも」

 ジークヒルデは腕を組んでニヤリと笑う、リリスの口調はヒルデに対していつも喧嘩ごしになるが、なぜかは分からない、だが悪意あって言っている訳ではないというのは、ヒルデがよく知っている。

「そうそう、ヴァルトノア王国が友軍として参戦したので、先を越されないように…」

「そう、私たちの敵ではないですね」

「こんなところで苦戦していてよく言うわね」

「何のことだか」 

 ヒルデは大公国首都を目指し、リリスもそれに従ってついて行く、夜も更けていた。大公国軍の前線部隊は疲弊して士気は低く、『不完全な生命体』も魔法円の大半が破られて弱体化、無力化された。魔導鏡でリリスの代わりに指揮を執っている将校に進軍を命じる、朝には首都近郊まで進めると予想した。


『報告します、アステリア帝国軍が第一防衛線に接近中、南部国境にも敵が現れたようですが国籍は恐らくヴァルトノア。』大公は険しい表情をして椅子に深く座った。机に両肘をついて頭を抱える、敵を侮っていたのだ、エイシア王国から撤退中の部隊も恐らく間に合わないだろう、そうなれば最後の要は守護天使だけだ、だがその守護天使は既に使い物にならない。

 大公はこのままでは敗北すると悟った。休まず戦っている公国軍、大公もまた眠る時間さえ与えられずにいた。軍政官に任せてもよかったが、彼自身不安で眠れなかった。


 ジークヒルデ達はベイン大公国の宮殿、その上空まで直行していた。ティアリスの命令ではない」く、あくまでも独断であった。七日間の内に作戦を終了させる事が目標だが、戦略上の拠点を築く事も任務の内である、リリスは『偵察だ』と言い張るので、それに従う、偵察も必要任務に違いはないが、こちらから戦闘を仕掛ける事はできない、それをリリスは『偶発的戦闘は仕方ない』などと言う、どうしてそこまで軍規に従う必要があるのかはわからない、ティアリスに言わせれば、軍人は野蛮な盗賊ではないと言いたいのだろう。




 宮殿の窓は所々に灯りが見える、守護天使のいるのは宮殿の外れにある中央塔、この真下だ、だがおかしい、相手が黒の天使や魔族であれば首都に近づいただけで奴らは現れるはずだ、最低でも宮殿の近くを警戒しているものである。何かの罠かとも思ったがそれも無さそうだった。塔自体は最下層部から最上階まで分厚い石の壁でできているが、警備兵などはいなかった。まったくもって不可解である、入り口らしい入り口もなく窓すらなかった。普通の人なら入れない場所であろうことは確かだ、そう、普通の人なら…

 ジークヒルデが屋根に魔法円を直接書いて発動すると、その魔法円の書かれた部分が下の空間まで繋がった。結界もなくすんなりと中には入れる、中に入り見渡すがやはり人の気配はなかった。いや、暗闇の中で微かに気配を感じる、リリスが手に炎を召喚して照らすと、部屋の中には守護天使が椅子に座っていた。それを見た瞬間吐き気を覚えた。座ってエいる椅子に首や手足を拘束され、天使の身体から管が幾つも出ており、わずかに出来た管と皮膚の間から時折血がにじみ出ていた。管は背中の方で束ねられ床の下へと続いている、その管がどこまで続いているか分からないが、その管から魔力の流れを感じる、それが守護天使の魔力を吸い出していると感じた。

「酷いな…」

「神はこの子を見捨てたのか…」

 死んでいる訳ではない、虚ろな瞳でこちらを見ている、焦点は定まっているようには見えなかった。

「今楽にしてやる…」

 守護天使に向けて手を翳すとリリスがそれを制止し、リリスはその天使に名前を尋ねた。

『助けて…』

「お前の名は」

リリスは守護天使に名前を言うように言ったが、何度か聞いても答えなかった。

『私は、守護天使…名前は…名前は…』

「お前の名前は何だ、答えろ」

「こんなもの今すぐ壊す、止めるな」

 リリスの制止を聞かず、守護天使に向けて魔力で作った楔を放つ、それは天使を拘束している金具を砕いた。

「殺すつもりだったんじゃ…」

「壊すとはいったが、殺すなんて一言も言ってない。」

 リリスはクスッと笑い、ヒルデの肩を軽く叩いた。

「この管を切ったらどうなる?」

 リリスはヒルデに問いかけるが、どうなるかなんて分からない。

「さあ…」

 可能性の域をでないが、助かるという可能性は限りなく零であることに間違いはないだろう。

「助からないの…?」

「待って、ティアリスなら方法を知っているかもしれない…」

リリスは魔導鏡を出すとジークヒルデに渡した。

『緊急以外使うなと言っておるだろう』

「緊急です」

『簡潔に言いなさい』

「ベイン大公国の宮殿最上部で守護天使を見つけましたが…」

『何だ』

ジークヒルデは魔導鏡に守護天使の姿を映した。

『助けるつもりならやめておけ、本人の為だ』

「ティアリス様は助けた事がお有りでしょう」

『育てる気がなければ生き物は拾うなと教わらなかったのか』

「守護天使がこんな目にあっていて、ティアリス様は見捨てるつもりですか」

『おまえは黒の天使だ、守護天使は敵だ!命令に従え、言う通りにしろ、分かったら返事をしろ。』

「分かりません」

 ティアリスはその天使をどこかで見た気がした。どこかは思い出せない、しかしそれほど昔でもないはずだ。

『やれやれ、その守護天使を捕虜として連れて来い、解除方法を教える。』

「はい」

『その守護天使の足下に魔法円があるはず、その魔法円に、対極 となる属性の魔法円を書いて力を相殺しろ、魔法円の無効化くらい知っているだろう』

 ジークヒルデは言われた通り魔法円を無効化する為の魔法円を書いた。

「できました。」

『あとは身体から出ている管を全てとって、しっかり治癒を施しなさい。それで大丈夫なはず…』

 ティアリスは俯いて黙り込む。

 ティアリスが助けた守護天使は黒の天使へと堕ちた。それは意図せず翼が黒く染まったのだ、その拒絶反応で記憶が消えたと、以前聞いた事を思い出した。だが今のこの守護天使を見ていると、既に記憶など消えているのではないかと思わされる、いずれにしても足りないものは闇の魔力で補うしかない。

 気がつくとジークヒルデはその守護天使の前で涙を流していた。

『リリス、伝令から良い知らせだ、例の死者の群れは消滅した。勝手に持ち場を離れたのは命令違反だが結果として障害が消えたのだ、褒めてやる、後はジークヒルデに任せて帰ってきてもいいぞ、どうするかは任せる。それから、まだ首都制圧はしていないのであろう、速やかに制圧するか一旦引くこと推奨する、死ぬなよ。』

「はい。」

 ある程度魔力が戻ったのか、守護天使は虚ろな瞳でヒルデを見るとヒルデの手を握ってきた。羽は純白だ、闇を受け入れたのだろうか、拒絶することも無い。

「リリス、私はこの天使にこんな酷いことをしたやつを許せない、軽く神罰を下してきます…この子を見ていて」

 ジークヒルデはリリスに残るように言うと外へ出て宮殿の入り口へ回り込む、兵士が二人立っていた。こちらに気づいて槍を構えている、しかし、その目は明らかに怯えていた。

「通しなさい」

兵士の手が震えている、重い鎧がカタカタと音を立てていた。

「どうした、あんなモノが無ければ戦えないのか」

あんなモノとは死者の軍団、偽りの魂、錬金術から生み出された偽りの生命のことだ。ジークヒルデは嘲笑うように言うと続けて言った。

「お前達は斬る価値もない…」

ジークヒルデは扉に手のひらを当て、扉を破壊すると中に足を踏み込んだ。

「うわああぁぁぁ」

先ほどの兵士の一人がジークヒルデに槍を突き刺そうと襲いかかったのだ、漆黒の翼を貫き、ジークヒルデの背中に突き刺さった。血が柄を伝って手元まで流れてきた。



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