第一楽章 Aπōκάλυψις
Angel Ryuel scrolls
リュエル(Ryuel)は『慈愛』『癒し』の智天使だった。その澄んだ声は清らかで、姿は美麗なる天使、だが創造された時から黒い羽根を持っていた。水を操り、漆黒の大鎌を持つ姿は『死』『復讐』『破壊』の天使と呼ばれ、その眼を見ると呪われるとさえ云われた。
『神は何故私を創造されたのか、私に神を見る資格なし』その一言を告げて自ら堕ちていった。
その瞳は今でも深い水の底から天の光を見ている
神界の天使の一人が地上へと降り、人々に告げた。
『偽りの神を信仰する者達、滅びよ。』
大陸の北の果て、一年の半分が雪に閉ざされる大地に一夜にして巨大な都市がうまれた。その都市国家は多くの犠牲の上に創造された。離反した天使たちは各地に散らばり、彼らによって七十七日間で大陸のほぼ全ての国々を支配した。彼らに逆らうものは殺されるか、魔物となり果てた姿で野に放たれた。当然帰ることもできず、路頭に迷い、やがて人々を襲い、略奪、強姦、あらゆる罪を犯すようになった。
黒の天使に従う者は彼らから力を与えられ、人よりも長く生きられる生命力を持つに至った。そして、彼らは魔族と呼ばれるようになり、黒の天使に従った。だが、やがて彼ら魔族の一部の者達は離反して人からあらゆる物を略奪し、生存圏を築き上げていく、そこにはやがて魔物達も何かに引き寄せられるように集まっていた。
神々はこの“黒の天使”と“悪しき魔族”から人々を守る為、地上に天の使者達を送り、黒の天使達と魔族達に戦いを挑んだ。長い戦いで黒の天使達の多くは死に、全ての黒の天使を退けて戦いは終息したように見えた。しかし神々は全ての黒の天使たちを排除することはできなかった。それでも黒の天使の活動はほぼ無くなり、地上は再び平穏な日々を迎えた。
しばらくして、守護天使に加護された人間はその力をもって戦争をし、領域を拡大していった。それは時として守護天使同士の悲惨な戦いを生んだ、そして神々は守護天使に地上への介入を禁止した。結果、地上の多くの守護天使達は飾り物のように、そこに存在しているだけのものになり、その心は人との関わりから汚れていった。中には自ら黒の天使に堕ちた者もいたという。
七十七日の間に死した魂の殆どは地獄へと落ちていった。
異端者
街の灯りも消えて、外は月明かりが街を染めていた。魔術師の女は分厚い本を捲り、流すように見慣れぬ文字を読んでいる、不要な情報を省いて必要なものだけを拾い上げていく、自分のほしい情報だけあれば十分であった。読んでいる本は錬金術の本であって魔術が載っているわけではない、表向きは錬金術師なのだから仕方ないと言える。
錬金術書の中に書かれている魔術を見出そうとしているのだ、これは本来魔術書であり、錬金術に置きかえられている。
このご時世、魔術は“悪魔の法”と呼ばれて弾圧される対象になっているが、錬金術は認められている、やっていることは殆ど違わないというのにこの差は何なのだろう。多くの魔術書は焼かれてしまい、手元には錬金術の本しかない、魔術書を所持していれば処刑される、そんな世の中だ。魔法も存在するが扱えるのは天使や悪魔である、人が使うことはできない。要するに神の領域に踏み込むなと言うことなのだ。彼らと契約すれば人も魔法を使うことができるという、而してそれは“死”である。
魔術書の内容は錬金術書として書き換えてしまえばごまかせる、しかしそのままでは間違った錬金術であり使い物にならない、使い物にならない故に使い物にならないという証明になる。万が一同じような事をして失敗しても、それは失敗の証明だと言えばいいのだ。そうすればたいていの人はそれ以上考えない、魔術書として読めば難しいことではない、魔術に精通している者なら分かるだろう、“賢者の石”の所在すらも…。
魔術師の女は使い魔を呼び出すと手のひらにそっと乗せた。自らの血で生まれた従順な使い魔、その姿は小さなドラゴンかガーゴイルにも似ていた。「今宵の獲物を探しておいで」そう言って窓から放つ、小さなカラスの鳴き声のように啼いて、使い魔は夜のやみの中に消えた。
魔術師は部屋着を脱ぎ捨てるとベッドに仰向けに寝て目を閉じて深呼吸をした。使い魔の見たもの、聞いた事、それらが頭の中に浮かんでくる、まるで夢のように無意識の中に感じた。不意に危険を感じて飛び起きると、机の上に置いてあった魔法陣の書いてある紙を燃やし、紙は激しく燃えて一瞬で消えた。
急いで服を着て部屋を出ようとすると、扉の向こうに足音が聞こえた。一人や二人ではない、声が微かに聞こえる、異端者狩りをしている王国銃士隊だ。
「出てこい!」
扉を叩き大声で呼ぶ声、渋々扉を開ける
「このような時間に何用でございましょう」
魔術師の女は落ち着き払った様子で騎士団の者に答えた。彼らは少しでも気に食わなければ人々を罰する、善悪も関係ない無秩序な銃士隊である、彼らが魔女だと言えば、処刑の対象になり、助けようとすればその人もただでは済まない、人々からは恐れられていた。
「魔術の実験をしているとの報告がある、部屋を見せてもらうぞ」
「どうぞ、私は錬金術を生業としております、国王陛下の認可証もございます。やましい事はございません、納得のいくまでお調べ下さい。」
魔術師の女が銃士隊の兵士にそう告げると、彼らは部屋の中をサッと見ただけで出ていった。
「この辺で妖しい生き物を見た者がいる、心当たりはないか」
「ございません、この辺りだけでも錬金術を生業とする者は三十人はおりましょう。誰がどこで何の錬金術をしているかまでは分かりません、何か見つけましたらご報告致しましょう。」
「よろしい、何か見たり聞いたりしたら宮殿の銃士隊まで問い合わせろ」
銃士隊が部屋を出ていくのを魔術師の女は深々とお辞儀をして見送った。女はほっとしてベッドに座ると目を閉じる、そしていつの間にか微睡んでいた。
守護者
砂塵、噎せ返るような血の臭い、荒廃しきった戦場に白銀の翼を翻し、銀色の剣を振りかざす天使がいる。その呪文は歌うかのように、剣捌きは舞うかのように…、一人敵陣の中、目の前の敵を斬り裂いていく…
王都近郊の深い森の中、本来は立ち入ることを禁じられている森、街でパンを盗んだ少年は、逃げているうちに気がつくと深い森の中に迷い込んでいた。帰り道が分からず彷徨っていると、パンの匂いをかぎつけたのか、人間の匂いを嗅ぎつけたのか、魔物にまで追われる羽目になった。
少年は逃げ出す、どれだけ逃げたか、いつの間にか魔物は増え、少年は次第に追い詰められていった。『もうダメだ』そう思って地面に伏せた。だが魔物は襲ってこない、歌が聴こえた気がして恐る恐る後ろを見た。
そこには天使がいた…、白銀の羽、光の剣で魔物を切り裂いていく、その姿に見惚れていた。全ての魔物を倒すと、少年に近づいた天使は森の外まで案内してくれた。お礼を言う間もなく天使は手のひらに何かを握らせた。彼女が城の方へ飛び去った後、手を開いてみるとそこには金貨が三枚あった。
王都は権力者の欲望に塗れた声が飛び交い、自らの地位を高めよう、権力を得ようと醜い争いが絶えない。王族はその殆どが謀反により倒れ、血筋などは失われたに等しい、誰もが国の終わりを悟った。
そんな混沌とした国でも、落ち着ける場所はある、広場へ続く道から一本路地裏へ入ったところにあるお店、茶店とでも言うのか、紅茶などを専門的に出してくれる店があった。そして不思議なことに、ここでは武器を売っている。
そうはいっても装飾剣であり、実用的ではない、店主曰く『装備すると攻撃力が1上がる』…謎である、本当は武器商人になりたいらしい、「どうぞ」頼んではいないが紅茶が出される、女店主は微笑みながら「毎日来てくれるからサービスよ」そう言って再び店の奥へ消えた。
テーブルの上に本などを置き紅茶を飲み、本を開く、ふと視線を感じて其方を見ると、青年がこちらを見ていた。目が合うと青年は視線を逸らす、自分も本の続きを読み頁を捲った。そこに女店主がやってきて私の席の向かいに座ると「あの人、異世界から来たんですって」そう言って頬杖をついていた。
女店主はクスッと笑う、「貴女って本当に好奇心とかないの?」悪戯っぽく言ってみせる女店主に「ない」と簡単に答えてしまう、無いわけでもないがあるわけでもない、興味ないことに無関心なだけであって、興味を示すこともある、だが異世界から誰が来ようが、エルフや羽の生えてる人達、猫耳に尻尾の獣人だとか、ドラゴンが普通にいるのに異世界から誰が来ようが大きな問題ではない。ちなみにこの店主ともなぜか親しそうに話しているが、名前は知らない、いや、ずいぶんと前に教えてもらった気もするが、忘れた。
「貴女こんなところでゆっくりしていていいの?」女店主の言葉に「大丈夫」とだけ答える、用があれば呼び出される、なければ呼ばれない、それだけだ。
もっとも天使が介入できるはずがないのだ、助言くらいしかしてあげれないのが現状である。現に外交官について他国を回ったり、見習い外交官に礼儀などを教えたり、そのくらいしかやることはない。重要な役目ではあるが、既に他国からの信頼は失われている、国内が落ち着かなければ外交だってろくにできないのだ。
「そろそろ店じまいね。」店主はそう言うと席を立って片付けをはじめる、外はまだ明るいが、暗くなると危ないので仕方ないだろう。店の手伝の店員もカウンターの中で片付けを始めているようだった。
「手伝いましょうか」その問いかけに女店主は「私の仕事だからダメ」と、悪戯っぽく言ってみせた。時間も時間なので邪魔になるといけないということで、荷物をまとめて店を出た。晴れた空を夕日が赤く照らしている、狭い路地裏は日陰になっていて少し暗かった。