My Birthday Epsode
少し古い作品になりますが、私が学生時代・就職活動時に実際にあった、ささいな出来事をベースに、小説風に表現してみました。ある意味、私小説です。
もう この歳で
喜ぶことじゃないのかもしれないけど
それでもね……
外に出ると、空はすっかり昼の明るい輝きを手放し、代わりに地上に溢れかえるネオン達は、それぞれに自己主張を始めていた。
「はぁ〜疲れた」
東京のとある駅の改札口で、今日同じ採用面接を受けていた就活仲間に別れを告げた後、私はプラットホームに滑り込んできたばかりの電車に直ぐ様乗り込んだ。
そして居心地の良い隅の席にすばやく腰を下ろし、携帯電話の液晶画面にて時間を確認する。
液晶には遠慮なしにデカデカと、デジタル数字が時間を刻んでいて、それは見た瞬間に一部形を変えた。 ただいまの時刻、午後6時半。単純計算すると、今から電車が走りだしたとして、自宅に着く頃には軽く10時を越すだろう。
私はそう考え携帯を閉じると、ふうっと短いため息を漏らした。
同時に今までの緊張が解け、身体全体に一気に疲れが押し寄せてくる。
……何でこんな日にまで就活なんだろう。
私は膝に乗せた鞄を抱え、軽く唇を尖らせた。
まぁ、別にもうそんなんで喜ぶ年齢じゃないんだけどさ。
言い訳がましく、私は心の中で呟いてみる。
昔なら今日という日を、とても特別な日だと知っていて、それを本当に心待ちにしていた気がする。
それは何を隠そう、今日は私がこの世に生を受け外の世界に触れた日…平たく言えば、誕生日であるからだ。
今日のある瞬間を境目に、私はまた違う自分になる。と言っても、中身や外見がガラリと変わるわけでもない。たった1つ歳を取るだけ。
今が21歳であれば22歳になるだけのことだ。
幼い頃はそれだけで、めったに食べることのないホールケーキを食べることを、唯一許されていた日であって。
それが子供ながらすごく嬉しくて、私はたった1つ歳を取るだけの事が、ものすごく偉いことだと感じていたのだ。
滑稽かもしれないが、反面微笑ましい記憶である。
今だってそのサイクルは変わっていない……しかしどうだろう。
現に今私が置かれている状況は、大きなホールケーキを目の前に瞳を輝かせていた頃には程遠い。
目の前にケーキはないし、誕生日という事実に心踊っているわけでもない。
まるで、一昨日や昨日と変わらない日常のような錯覚に囚われている感覚だった。
そして、乗り込んだ電車内は、見知らぬ顔ばかりの乗客達。
この中で私が今日、誕生日を迎えている事を知る者なんていない。
誰も知らないし、気付くこともないのだ。
そう思うと、別に誕生日を喜ぶ年齢ではないと、認識しているのにその心にさぁっと乾いた風が押し寄せてきた。
こういった時に、人の矛盾した欲求というものが成り立つのだろうか。
身近に自分を知る者がいて、誕生日を祝ってくれるという行動が、妙に恋しくなった。
もう少しで電車が発車時刻を迎える。
そして電車に揺られながら、私は22歳になるのである。
……仕方がないのだ。周囲に知り合いがいないのだから。
一人で迎える誕生日がどんなものか、これも人生の経験と思えば良いのだ。
私は半ば、そんなやけくそな感情で、もう一度携帯電話を覗き込んだ。
「!?」
そこで私はハッとする。どうやらマナーモードしていた為、今まで気付かなかったようだ。
画面には1通のメール受信通知が表示されていた。
…誰からだろう。
私はゆっくりと受信BOXを開いた。
真っ先に出てきた名前は、高校時代の友達であった。
もしかして……。
期待して後悔したことだってあったのに、それでも私は図々しくも何かに期待をしていた。
ためらうことなく、その友達からのメールを開く。
そして液晶に表れた文字に私は目を通す。
そこには私が図々しくも期待していた言葉が、連ねられていた。
『HAPPY BIRTHDAY!
誕生日おめでとう☆
良い一年になりますように…』
そんな書き出しで始まって、下には『また時間があったら遊ぼう』というメッセージが続いている。
「……っ」
文字に目を通した後、私は言葉では言い表わしきれない感情が沸き上がってくるのを感じていた。
それは一般的に『嬉しい』とか『感動』とか、そんな風に表現するのだろうけど。
今のこの感情を、そんな短い言葉達で言い表わしてしまうには、どこか物足りない気がしたのだ。
良く『メールの言葉は確実性がない』と、耳にすることがある。
けれど、それだけじゃなくて、やはり逆に良いこともある。
こうして誰も知る人のいない場所に居ても、届けられる言葉があるのだから。
この歳で喜ぶことでもないなかもしれないけれど。
どこか何気ない事で嬉しくなれるってことは、何歳になったって良いことなんだと思う。
人にとっては、たったそれだけのことと感じるのかもしれない。
だけど私にとっては、それがあるのとないのとでは、明日とかその先の何かが確実に違ってくるキッカケになる気がするのだ。
「…っよし!返信しよう」
こんなにメールの返信で、心弾むのは初めてかもしれない。
私は小さく深呼吸をすると、そのメールに返信の言葉を打ち込み始めた。
もうすぐ私が変わる、その時間がやってくる。
これを告げるかのように、騒がしい電車内に、発車の時間を告げるアナウンスが、流れ始めていた。
『お待たせいたしました。18時36分発××行き、まもなく発車致します。
ご利用のお客様は、ご乗車のままお待ちください……』
End.