表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そらみみの絵空事  作者: あき
本編
4/5

呼び名に意味があるのなら

同じ部屋にいても好き勝手なことをしているが、決まった行動というのも確かにあって、はっと我に返った蛍灯に、もうこんな時間かと目を細めた。


「大変! 始まっちゃう」


蛍灯の独り言に気付いて、本のページをめくっていた蜻蛉がテレビの電源に手を伸ばす。


「メェちゃん、そこのピコピコ貸して!」

「へ? ピコピコ?」


呼ばれた羊が妙な声をあげた。


「もゆる君、君が欲しいのはコレのことかな?」


絡繰が持ち上げたのは、テレビのリモコン。


「そう! イトちゃんありがと! あれ? "ピコピコ"っていわない?」

「いわないよー」

「そうかなぁ。じゃあ、メェちゃんはなんていう?」


うっと言葉につまった羊の代わりに、絡繰がリモコンを差し出して、肩を竦める。


「そうだね。我が家は"チャンネル"、かな」

「へぇ。絡繰サンの家は、そうなんだ」

「そういう蜻蛉君はどうなんだい?」

「残念ながら。面白みなく"テレビのリモコン"だから」


唐突に集まった視線に溜息をつくと、蜻蛉が小さく笑った。


「あきサンはイメェジないよね」

「残念ながら。"カチャカチャ"っていう」

「へぇ。意外な感じ」

「もゆる君の"ピコピコ"、あき君の"カチャカチャ"は、オノマトペの一種といえるかな」

「そんな音鳴らないけどね」

「でも、カゲちゃん。小説でも良く使うじゃん? "しくしく"泣く。"リンリン"鳴る。"カタカタ"打つ」


キーボードを叩く真似をしてみせて、蛍灯は小さく肩を竦める。


「擬音って取っ付きやすいんだよね。幼児語にも通じるけど」

「そういう意味でも、絡繰サンの"チャンネル"は、媒介と媒体がイコールになってるわけだから、所謂"定規"を"線引き"って呼ぶようなものだよね」

「導く結果だから、確かに解りやすいと思うなぁ。歯を磨くから"歯磨き"って風に」

「"歯磨き"って"歯ブラシ"のこと?」

「そうそう。髪ゴムとかバレッタとか総称して、"髪留め"とかね」

「そういえば、先日友人が、髪留めを"パッチン"と呼んでたね」

「あ、解るなぁ! ICカードとかは"ピッ"ていっちゃうんだよね」

「電子レンジを"チン"て呼んでる友達がいるんだよね」

「玄関のチャイムのこと、"ピンポン"って呼んでるのは聞いたことあるけど」

「それこそ、公共バスの降車ボタンを"ピンポン"ていうよね」

「"ピンポン"は卓球だと思いますが」


ぽんぽんと飛び交う言葉の応酬を眺めていると、不意に絡繰がはたと顔をあげる。


「そういえば」

「どしたの、絡繰サン?」

「もゆる君。テレビは良いんですか?」

「うわぁ!」


はっと思い出したように、蛍灯がリモコンを操作してチャンネルを変えると、目当ての番組の代わりに青いグラウンドが映し出された。


『本日は試合延長のため、予定を変更してお送りしております。なお、この時間に予定されていた番組については、来週』

「良かったぁ。普段なら憤慨ものだけど、今日は感謝だよ」

「案外媒介呼びのものって多いね」

「そうかい?」

「今、絡繰サン、"テレビ"っていったけど、正確に云えば、"番組"が正しいよね?」

「あ、そっか。でも、私もいうかも。"テレビ見ていい?"とか」

「媒介呼びは対象が明確だからね」


小さく苦笑して、絡繰は机の上から絆創膏を取り上げる。


「あとは、一般名称と商品名というのもそうではないかな?」

「あ、それ解る! みんな一緒くたで考えてるから、通じちゃうんだよね」


うんうんと頷いた羊に、途端に蛍灯が不思議そうな視線を向けた。


「メェちゃん、それどういう意味?」

「ほら、絡繰ちゃんの持ってる怪我した時に貼るもの、もゆるちゃんは何ていう?」

「え? えぇと、バンドエ」

「もゆるサン。それ、商品名だから」

「うえぇ? そうなの?」

「そうだよー。絆創膏が正解かな」

「あとは、そうですね」


うむと首を傾げた絡繰に、肩を竦めて口を開く。


「波打ち際の波止めブロック」

「あぁ、それは有名ですね」

「それって、もしかしてテトラポ」

「その通りです」

「うえぇ? し、知らなかったよ」


驚いたような蛍灯に、絡繰はくすりと笑った。


「まぁ、結構多いと思いますよ。それこそ、代表的な商品は代名詞のようになってしまいますし」

「確かに、虫刺され軟膏、うがい薬、引っ越しなんかの緩衝剤、なんかはいい例だよね」

「だってひとつの会社でしか作ってないものもあるもんね」


蜻蛉と羊が顔を見合わせ、それから唐突に蜻蛉がぱちんと指を鳴らす。


「それこそ、此処だってそうでしょ。もゆるサン」

「えぇ?」

「もゆるサン、羊サン、絡繰サン」

「あきちゃんに蜻蛉ちゃん」

「それぞれ名前を持ってるけど、総括して”そらみみ”は、あてはまる訳だし」

「まぁ、”そらみみ”って呼ばれたら、振り返っちゃうもんね」


納得したように頷いた蛍灯に、僅かばかり目を細めた。


名前というのは不思議なものだ。

自分と世界を分けるための言葉。

そして、その分けた世界と自分が繋がるためのもの。

独りきりなら、名前なんて必要ない。

リモコンでも、ピコピコでも、カチャカチャでも、自分ひとりそれが何かわかっていればいいから、名前を呼ぶこともない。

けれど、世界とそれを共有しようと思ったら、其処にはどうしたって言葉が、名前が必要になってくる。

存在しない事象には名前がなく、名前がある以上この世界にその事象は存在する。

この場所が「そらみみ」の名に縛られているように。


「(去る者追わず、か)」


この場所が「そらみみ」であることはずっと変わらない。

けれど、内包される人間の方は、きっとどんどん変わっていくのだ。

それは個人に当てられた名前ではないのだから。


眩しそうに4人を眺めて、零れそうになったため息を飲み込んだ。

今はまだ、未来の不安は必要ない。

今この時間、この空間が全てで良い。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ