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そらみみの絵空事  作者: あき
本編
3/5

文字使いにも継げる歌なら

「雨あめ、ふれふれ。母さんが」


しとしとと降り出した雨に、創作活動を中断した羊が窓辺によって声をあげた。

梅雨入り宣言前だというのに、良く降る雨にうんざりしてしまう。

けれど、羊は雨が好きらしい。

この間も買ったばかりの傘を持って、雨の中に出て行った。


「蛇の目でお迎え、嬉しいな」

「そういえば、蛇の目傘というのは種類がいろいろあったらしいですね」


同じく手を止めた絡繰が、ふと思い出したように呟く。


「ふうん。例えば? 絡繰サン」

「歴史としては元禄の頃で、塗りによって黒蛇の目、渋蛇の目、奴蛇の目などと呼び分けられていたとか。先は、僧侶などが用いていたようですが、明治以降は主に女性が用いたと聞きますので、このように歌われているのでしょう」

「へぇ。流石物知り」

「蜻蛉ちゃんとは大違いだねー」

「因みに、羊サン。その歌、最後まで歌える?」


一番を歌い終えて口を挟んだ羊が、途端に頬を膨らめた。


「蜻蛉ちゃんの意地悪。どうせ一番しか知らないもん」

「羊君。あめふり、は五番までありますよ」

「そんなに長いの?」

「あきサン知ってる?」


唐突に投げられた言葉に、顔を上げて肩を竦める。


「知らない。蜻蛉が童謡に詳しいことも知らなかった」


博識な絡繰はさておいて。そっけなく紡ぐと途端に蜻蛉が不機嫌に目を細めた。


「母親が良く歌ってくれたから。あきサンは全然知らないんだ?」

「作詞が北原白秋なのは知ってる」

「変なとこで物知りだよね、あきサンて」

「ねぇねぇ。童謡クイズやろうよ」


ぱたぱたと窓枠から離れて、羊がぽんと手を叩く。

きょとんとした絡繰をびしっと指さして、まず絡繰ちゃんからね。羊はニコリと微笑んだ。


「まず、ですか?」

「何でもいいよ?」

「ええと、では。鯉のぼりが泳ぐのは、何の波と何の波の間でしょうか?」


簡単すぎますか?。困ったように目を細めた絡繰に、羊が首を振って眉を顰める。


「鯉のぼりって、屋根より高い鯉のぼり、だよね? 波ってなに?」

「羊サン、もう一曲知らないの?」

「もう一曲?」

「甍の波と雲の波、重なる波の中空を。てのがあるんだけど」

「えー、知らないよ? そんな歌があるの?」

「あきサン、これは知ってる?」

「一番はね」


困ったように肩を竦めると、これは三番までありますよ。絡繰が小さく笑った。


「私も、一番だけ知ってるの結構多いかなぁ。ひなまつりとか、とうりゃんせとか」

「とうりゃんせはもともと一番だけですよ、羊君」

「あれ?そうなの?」

「はい」

「羊サン、全部歌える歌はないの?」


驚いたような蜻蛉に、羊は一瞬焦ってから、はいと手を上げる。


「あるよ、あるある。雪! 雪やこんこん、霰やこんこん」

「え?」

「だから! 雪やこんこん! 霰やこんこん! 振っては降ってはずんずん積もる! だよ」


唐突に笑い出した蜻蛉と絡繰に、羊が目を丸くしてこちらを見た。

二人は笑いが収まらないらしく、仕方がなく口を開く。


「羊。こんこ、が正解だから」

「え? こんこ?」

「そう。こんこんではなく、雪やこんこ」

「えー? そうなの?」


もっと目を丸くした羊に、蜻蛉が漸く笑いを収めて頷いた。


「可愛いけどさ、こんこん」

「狐みたいですね」


くすりと笑って、けれど。と絡繰が続ける。


「語源があやふやですから。”来む来む”であるなら、こんこん、で間違っていないという解釈も聞いたことがあります」

「滝廉太郎の『雪やこんこん』は?」


そう口にすると、絡繰は頷いて、曲は違いますが。と小さく微笑んだ。


「奥が深いんだね、童謡って」

「都市伝説とか、本当は怖い、とか結構騒がれてると思うけど?」

「あ、かごめかごめとか?」

「あれは本当に多いですね。埋蔵金なんて話も聞きますし」


僅かに目を細めて、絡繰が不意に口を開く。


「お月さんいくつ、十三ななつ。まだ年は若いね。と」

「絡繰、かごめかごめに連想してそれ歌うと、歳が解るよ」

「おや。そういうあき君も似たような歳でしょうに」

「喧嘩しないでよ、あきサンも絡繰サンも。童謡は、歌い継がれてこそなんだから」

「そういう蜻蛉君の、気に入っている曲はなんですか?」


絡繰の問いかけに、蜻蛉は目を瞬いて腕を組んだ。


「そうだなぁ。昔はよくおちゃらかやって遊んだけど」


蜻蛉の言葉に、羊が楽しそうに歌いだす。


「おちゃらか、おちゃらか、おちゃらか、ほい!」

「絡繰サンは?」

「私は、冬景色ですね。良く祖母が歌っていたので」

「早霧消ゆる湊江の、舟に白し朝の霜。ただ水鳥の声はしてー」


あき君はどうです?。投げられた言葉に頬をかく。

気に入っているかはさておいて、口をつくのはあの歌だ。


「でんでらりゅうばでてくるばってん、でんでられんけんでてこんけん」

「でんでられんけんでてこんけん」

「最近有名になりましたね、その曲も」

「ほんとだよね」

「羊は?」

「雪も好きだけど、村祭りも好きなの! あのお囃子のところとか」


ふふふと笑った羊が、唐突にあっと声を上げた。


「あ、晴れてきた!」

「あぁ、本当ですね」


雨上がりの、澄んだ空気がふわりと部屋を満たしていく。

それは何処か、荘厳さを含む日本らしさに似ていた。

窓を開けた蜻蛉が、気付いた様に振り返る。


「梅雨が終われば、祭りの季節だね。羊サン」

「うん。みんなで花火見に行こうね」

「良いですね」

「ドンと鳴った、花火だ。綺麗だな」


蜻蛉の歌声を聞きながら、ふと思う。

歌は歌い継がれて、生きていくものだ。

途切れてしまえば、後には何も残らない。

歌詞だけの歌は、詩でしかない。

童謡も、お囃子も、ヒットソングも、それは変わらない。


「歌われてこそ、歌は歌、か」


何百赤い星、一度に変わって青い星、も一度変わって金の星。

口をついたメロディに、小さく肩を竦めた。



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