5 五山
「花火を見に行こう」
その言葉に驚いて、「たいちゃん」を見た。
夜空に炎の花が咲くのを、楽しみにしていた。ずっとずっと楽しみにしていた。
太一が、約束をしてくれたから。いつか、せつの為に花火を上げるって。
花火職人の太一。太一に惚れ込んだのが、せつだ。
その太一が、花火を作らなくなった。もう作らないのかと聞くと、「何故?」と答える。
「何故って、たいちゃんの花火、すごく楽しみにしているのに」
太一は、答えなかった。その太一がやっと花火を見せてくれるのだ。
東の夜空に浮かび上がる。「大」の火文字。どこからともなく、拍手がわき起こる。
「たいちゃん」
少し気分を悪くして、せつが言う。
「花火を見に行くって」
「うん」
太一が笑う。
「でも、綺麗だろう?」
花火とは違う、炎。
ゆらゆらとゆらめく、静かな炎。
せつは少しせいのびをして、周りを見回した。
浮かび上がった先に見える「妙法」、遅れて北に船の形。西にもう一つの「大」そして、鳥居形。何故か胸が痛い。
「綺麗」
心が、痛い。
「だったら、もう行こう」
差し出された、手。せつは、首を振る。
「花火、見たい」
太一は頷いた。
目の前で、ぱちぱちとはじける線香花火。
「ごめんね。たいちゃん」
しわがれた声が、告げた。
「お婆ちゃん?」
孫の泰司が、せつの手を取る。
「ごめんね。心配をかけたね」
戦争に行った太一は、帰って来なかった。身ごもったせつを置いて、死んだ。
だから、せつは送ってやらなかった。迎えにも行ってやらなかった。
でも、たいちゃんは迎えに来てくれたんだね。
山には、まだ炎の文字がくすぶっている。
線香花火の雫が弾け、落ちた。