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4 打ち水

 彼女は、毎朝水を撒く。

 朝の掃除の後に打ち水をするのは、昔からの習わしだ。涼を得るという意味もある。

 でも、それ以上に。

 ゆっくりと、影の中から伸びた小さな手。彼女は水を撒く。

 手は、はじかれたように影の中に戻った。

「お行き。ここはお前が来る場所ではない」

 口の中で呟きながら、彼女は水を撒く。

「情のない女。お前の孫だろうに」

 毛布を被った女が、そう告げた。

 その風体に驚くこともせず、彼女は毎日水を撒く。



「やっと逝ったね」

 喪服を脱ぎ捨て、妻が告げた。

「真夏に死ぬなんて、最後までくそ意地の悪いばばあ」

 吐き捨てるように母親の悪口を言う、妻。

 妻と母の関係は、最初から悪かった。三十年。よく我慢したと男は思う。

 家に帰るのが嫌で、外に女を作った事もあった。全部、頑固な母のせいだ。

「あんた、暇だったら表に水を撒いてよ。ばばあがやっていたみたいに」

 そう、母は毎日打ち水を続けた。

 暑い夏の日はもとより、凍て付く冬の日も。近所から苦情があってもそれを続けた。

 どこまでも頑固な女だった。でも、これで家の中も落ち着くだろう。男は、ほっとしてビールの栓を抜いた。



 ずるり。

 這うような音に、男は目を覚ました。

 だが、身体が動かない。

 ずる、ずる。

 その音はゆっくりと近づいて来て、やがて柔らかいものが男の頬にふれる。ぞくんと怖気だった。

「きゃ」

 耳元で響く、赤ん坊の声。

 心臓が、がんがんと鳴っている。

 隣屋で、悲鳴が聞こえた。

「二十年。待った」

 そこから、毛布を被った影が出てくる。

「結界が消えた」

 毛布の下には、頭が割れた女の姿。

「やっと、一緒に暮らせる」



 男は、最後に母を呼んだ。

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