夢のような夢のない話
あまり大きな欲を持つのも、良くないものです。
男は、夢物語を何よりも嫌っていた。
男は、物事を現実的に考えるのが大層好きだった。
ある時男は騒がしい街並みを歩きながらこんな事を考えた。
「どうにかしてこの世から全ての夢物語をなくせないものか。」
その時、男の目の前に得体の知れない生物のようなものが現れた。
そして、その生物はこう言った。
『おいそこの人間、お前の望みを一つだけ叶えてやる。言ってみろ。』
男はそのあまりの非現実ぶりに驚いたが、その提案はあまりに魅力的であったので、普段の現実主義ぶりはどこへやら、すぐさま願い事を言った。
「この世から全ての夢物語を消し去ってくれ。これが俺の唯一の願いだ。」
生物は頷き、
『いいだろう。その願い、叶えてやろう。ただし、後悔はするなよ。』
と言った。
その直後、今まで男の周りから、ありもしない話をする人々は消え去った。
男は大層喜び、
「これはいい。さ、早く続けてくれ。」
と言った。
次の瞬間、今度は車や自転車などが消え去った。
男は困惑した。
「ちょっと待て、俺は夢物語を消し去ってくれと言っただけだ。何故そんなものまで消す?」
『当たり前だ。乗り物なんてものは大昔の人間の抱いた夢物語から生まれたものだ。』
男は渋々といった様子で納得し、
「ありがとう。おかげで良い環境になったよ。」
と言った。
しかし生物はまだ周りのものを消し続ける。町並み全体まで消え、終いには見渡す限り何もなくなっていた。
男はさらに困惑し、
「待て、俺はここまでしろなんて言ってないぞ。」
と言う。が、
『今ここにある物は全て昔の人間がこうあったら、と思い描いた理想が形になったものだ。お前は、その全ての夢物語を消せと言った。』
「だがしかし、こうまでされてはとてもではないが生きていけない。」
男は本格的に焦った。生きられないぐらいなら夢物語があふれている方がまだマシだと。
「願いは取り消す、だから元の世界に戻してくれ。」
『俺は一つだけ願いを叶えると言った。そしてお前は今、生きていけない世界で往きたいと願ったな。それもまた、夢物語だ。』
生物はそう言い、男を消した。
『さて、こいつの願いから生まれた俺自身もまた、夢物語と言えよう。契約は守らないとな。』
そして最後には自分自身を消し去り、後にはただ、自然だけが残った。
さて、分相応な願いを持つ方が、自分にも周りにも良いとは思えませんか?