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花岡夫妻の余生。最期は円満に。⑤

 その日の夕方、施設長と各部署の管理者は勝之さんの通夜に出席した。


 私は子供の迎えもあるので定時で帰宅した。


 その日の夜も心に穴が空いたようにすごく寂しい気持ちになった。


 勝之さんが亡くなったのもすごくショックだけど、いつも優しくて笑顔だった祥子さんが悲しい想いをしていると思うとかなり悲しくなってきた。まるで自分の祖父が亡くなったような感覚だった。


 次の日に出勤すると看護師さんが昨日の通夜のことを話してくれた。


「祥子さんは勝之さんのご遺体のそばにずっといて涙を流していた。大好きだったんだね、勝之さんのこと。私もその姿見て涙が止まらなかった。見てるのが辛かった。あと、祥子さんが認知症になって気が気がじゃなかった勝之さんも祥子さんを置いて逝ってしまったからとても辛いでしょうね。」


「ですよね・・・毎日祥子さんのこと寝ずに見守ってたくらいだから勝之さんも祥子さんのこと大好きだったんですよね。はあ・・・寂しいなぁ・・・」と私が言うと


「うん、そうね・・・寂しいよね。寂しいけどね。ほら、仕事はこなさなきゃ。切り替えて今日も頑張ろう!」と肩をポンっと叩かれた。


 昨日全然仕事が進まなかった分、今日は仕事がかなり溜まっていたので仕事に集中して寂しさを誤魔化した。その日はあっという間に一日が終わった。


 次の日、祥子さんと娘さんが施設に顔を出してくれた。


「父が今まで本当にお世話になりました。急だったもので私も母もまだ受け入れきれていません・・・。お通夜にも来てくれた職員の方たちにも感謝してます。ありがとうございました。」と窓口で話してくれた。


「いえ・・・この度はご愁傷さまでした。勝之さん、いつも私に手を振ってくれてとても優しく接してくれたのでとても寂しいです。」


「そうでしたか。そう言っていただいてきっと父も喜んでると思います。葬儀は明日なんですが、母は私と一緒にホテルに泊まろうと思います。父と過ごした部屋で過ごすのは母にとってまだ辛いと思うので。なので今日は必要なものだけ取りにきました。」


 そう言って祥子さんと娘さんは部屋にあがろうとしたが、祥子さんは部屋に入りたくないと言い出し、娘さんだけ部屋へ行き、祥子さんはロビーのソファーに座って待つことになった。


 ソファーに座って待っている祥子さんの後ろ姿はとても寂しそうだった。


 私は祥子さんの元へ行き


「祥子さん、朝ごはん食べましたか?」と話しかけると


「はい、今朝はお父さんと一緒にいつも通りにご飯を食べましたよ」といつもの満面な笑みで答えた。


 勝之さんが亡くなったことももう忘れてしまっているのだろうか。


 すると祥子さんが話を続けた


「あのね、お父さんね、最近怒ってばっかだったでしょ?でもね、こないだ寝る前にね、話してくれたの」


「何を話してくれたの?」と私が聞くと


「私にね、たくさん迷惑をかけたこと今になってすごく後悔してるって。もっと私に色々としてやればよかったって。二人でもっと旅行に行ったり、もっと優しくしていれば神様はもっと二人に時間を与えてくれたかもしれない。本当に今まですまんかったなぁ。祥子と夫婦になれて本当に良かったよ。ってね。

 だから私もね、私もお父さんと結婚できて本当によかったですよ。可愛い娘もできたしね。私もお父さんにもっと尽くしていればもっと楽しい夫婦生活が送れたかもしれないね、明日は二人で外に行って散歩でもしてみますか?って言うとね、お父さんは久しぶりに私の顔を見て笑顔で『そうしようか』って返事してくれたの。」


 その寝る前っていうのは、勝之さんが亡くなる直前の話だろう。私はその場のイメージが湧いてしまって涙が溢れてきた。


「えー?どうしたの?どうして泣いてるの?」と祥子さんはハンカチで私の涙を拭ってくれた。


「ごめんなさい・・・私が泣いちゃダメですよね」と言うと祥子さんは


「泣いちゃダメなんてないよ。私もたくさん泣いてきたからね。大丈夫。」


「うん・・・ありがとうございます。」


「今朝もね、お父さん、いつも通り私の横に座ってね、でもなんだか少し若くなったような感じだったの。だから結婚して二人で住んでた頃のような不思議な感覚だったのよ、うん、すごく不思議な感覚でなんだか私も少し照れくさくってね。んでね、お父さんが大好きな卵焼きを私の分を少し分けてあげたらね、今度はお父さんが苦手な梅干しを私の白ごはんの上に置いたの。もうおかしくってね!でもそれって新婚の時の毎朝のやり取りだったのよ。またそれも懐かしくてね。んで照れくさくなりながらもご飯を食べあげてご馳走様をするとね、いつの間にかお父さんがいなくなってて・・・散歩行く約束もほったらかしなのよ。相変わらず自分勝手の旦那様だわ。」


 と穏やかな顔をして話を聞かせてくれた。


 きっと、勝之さん、最後に祥子さんに会いに来たのかな。と思うと私は涙が止まらなかった。でも最後に二人で幸せな時間を過ごせたなら本当によかった。


 娘さんが部屋から出てきて祥子さんに「お母さん、行こうか。」と言うと


「うーん、でもお父さんがいないのよ。」


「お母さん、お父さんが待ってるから行こう。」


「あっ、そうなの?」と言い、ソファーから立ち上がり私に


「じゃぁちょっと行ってきますね」と言い、娘さんと頭を下げて施設を出た。


 認知症ですぐ忘れてしまう祥子さんが勝之さんが亡くなる直前の話と今朝のことを忘れていないのが不思議だった。これだけは忘れてはいけないっていうことだったのだろうか。勝之さんを愛しているからなのだろうか。


 次の日の葬儀も無事終わり、祥子さんは娘さんが住む他県に引っ越すことになった。


 退居する日に祥子さんは私に「今まででお世話になりました。またいつか会えるといいね。元気に頑張ってね。」と言いながら毛糸で編んだコースターをくれた。


 私はそれを大事に受け取って頭を下げた。


 花岡夫妻がいなくなった施設はなんだか寂しいけど、大好きだった花岡夫妻のことを思い出しながら仕事を頑張っていきたい。

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