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エピローグ:一九八五年の残響

 二〇二五年、鈴鹿の街はすっかり様変わりした。


 かつての療養病棟も建て替えられ、僕が今過ごしているのは、明るく清潔で、けれどあの頃のような濃密な死の影も生の火花も感じられない、近代的な施設だ。


 六十七歳になった僕は、窓際の椅子に深く腰掛け、手元にある古いポータブルラジオのダイヤルを回す。デジタル選局の合間に、ふと聞き覚えのあるイントロが流れてきた。


――「夕暮れ時は寂しそう」


その瞬間、僕の鼻の奥に、懐かしい消毒液と湿った雨の匂いが混じったあの頃の空気が蘇った。まぶたの裏に映るのは、一九八五年の、あの午後五時過ぎの無人の待合室だ。


 赤い自販機の前で、僕たちは肩を並べて座っていた。


 手元の瓶コーラはまだ冷たくて、炭酸の泡が指先にチクリと痛かった。隣には、少し雨に濡れた亀山高校の制服を着た彼女がいて、僕が録音したテープの曲に合わせて、小さく、本当に小さく『夕暮れ時は寂しそう』を口ずさんでいた。


 彼女は今、どこで何をしているだろう。


 二十歳で結婚した彼女も、もういい歳になっているはずだ。孫に囲まれて笑っているだろうか。それとも、時折ふと思い出して、逆方向の列車に揺られたあの切ない放課後を愛おしんでいるだろうか。


 病室の戦友だったタカシたちは、もう誰もいない。僕だけが、あの日々を語る最後の生き残りのように、こうして生き永らえている。


「……美味かったな、あのコーラ」


 独り言が、静かな部屋に溶けていく。


 ラジオから流れる明るく前向きなポップス。あのリサイタルで、彼女と一緒に拳を突き上げた曲。今聴くと、歌詞の意味が昔よりずっと深く、残酷なほど優しく胸に響く。


 僕はゆっくりと、震える手でラジオの音量を少しだけ上げた。


 一九八五年のあの場所。

 暗くなるまでの短い散歩。

 初めて触れた唇の柔らかさ。  


 それらはすべて、今も僕の体の中で、瓶コーラの泡のようにキラキラと弾け続けている。

 夕暮れ時は、確かに寂しい。

 けれど、あの夕闇の中で彼女と出会えたからこそ、僕の人生は、今日まで続いてきたのだと思う。


 窓の外、鈴鹿の空を、一羽の赤とんぼが横切っていったような気がした。




この作品はAI40%、筆者60%で書きました。

原案100%筆者。

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