足がかり
「面白い計画を立てていると水谷くんから聞いたよ。」校長室に呼び出された僕と、生徒会長の白石由花は、理事長と校長の前に並んで座っていた。
「これを現実に行い、少しでもこの社会問題が解決するのであれば、それは日本にとって大きな利益になる。」とか言いつつ、本当は自分たちの学校がもっと飛躍するためくらいにしか考えてないくせに。と心の中で付け加える。
しかしまぁ、学校側の思惑なんてものは僕にとってはどうでもいい。大切なのは、これを提案したのが僕であることと、成功させて世間に僕の名前と存在を認知させることだ。
「是非とも、私たちも協力しよう。できることややってほしいことがあったらいつでも言ってくれ。」理事長からのその言葉ほど、この学校内で強いものはない。
理事長と校長が、僕のことをどこまで理解しているかはわからないが、この学校に入ることができたということは、少なくとも“向こう側の人間ではない“ということだ。その中で、できることから行っていく。
━━━━━さぁ、世界を手に入れるための第一歩の始まりだ。
亜美と花火を見に行ったり、友達と映画に行ったり、一学期お疲れの意味を持つ打ち上げへ行ったりしていたら、夏休みはあっという間に過ぎ去っていった。着々と、計画を練ることも忘れずに試しに受けてみた試験で、模試で同じ点数を取れば新東京大学がA判定であることを確認した。正直言って、そんなところは通過点にすぎない。
ある有名な人間は言った。
『この世は勝つことが全てだ。』と。
その通りではあると思う。しかし僕は、その先を追い求める。勝った後、その後に見える光景がどんなものなのかを知りたいからだ。
そして今、僕が立っているのもその過程の一つだ。
目の前には、小学6年生のクラス、そして前に立って黒板に算数の問題を書いている白井由花の姿がある。そう。僕が発案したあの計画は、すでに開始されており、今日がその1回目のシミュレーションなのだ。
子供たちも最初の方は驚いていたけれど、どんな生徒にも優しく接する由花とすぐに親しくなった。5、6時間目限定の短時間としては、素晴らしいほどの成果だろう。
そのまま授業は粛々と続き、ついに終わりを迎えた。
帰りの会が始まる時間が来て、僕たちが教室から出て行こうとすると、名残惜しそうな声が教室中から聞こえてくる。もっとも、多くが由花に向けられたものだ。彼女は彼女で、手を振って笑顔を振りまいている。どこの天皇家だろうかと思わず言いたくなってしまうほどだ。
「すごい人気でしたね。」僕は隣を歩いている会長に声をかける。
「あなたも、これくらいはできるんじゃないですか?」僕の全てを見抜いているように、彼女はこちらを見る。僅かな怖さを覚えつつも、僕たちはその学校を後にし、僕たちの学校へと歩いていく。その間に飛び交う他愛もない話は、僕にとっては結構重要なこと露だったりする。
誰かの話だったり、知らない話を聞いて知識をつけることほど大切なことはないのだからな。そんなことを思いつつ学校に戻り、雑務を終わらせて僕たちは帰路についた。
それから少し経ったある日、生徒会の顧問である水谷先生にある連絡が入った。その内容を僕たちに誇らしげに語り、僕はこの計画の勝利を確信する。
“貴校の取り組みに対し、我々は惜しみなく協力いたします。”文末に綴られた、そんな言葉。地域教育評議会から送られてきたものだ。
思わず浮かびそうになる笑みを堪え、平静を装ってその書類に目を通す。
全国的に見ても上位に位置する有名高校。そんなこの学校がホームページに僕の案を元とした今回の企画を張り出した時、少なからず世間の関心を惹きつけていた。
その時からすでに、地域教育評議会は動いていたのだろう。
“この学校のやり方で成功したら、自分たちも乗っかろう”と。そして今、数回にわたる試験を乗り越え、僕の案を実現可能だと判断したらしい。
評議会や教育委員会、学校側が生徒や教員に圧力をかけ、半強制的に他校との連携を強めろなんて言い出したら大問題だ。
そして、僕が提案した企画は、評議会側から言い出せば、生徒や教員に負担をかけさせることにもなる。
馬鹿だけが集まっている組織でないのだから、僕と同じような考えに至った人間がいる可能性は十分にある。しかし、実行されていなかったということは、やはり圧力と受け取られるのを危惧してのことだろう。
だが、今回は違う。有名学校が、そこの生徒会が、そこの生徒がそれを言い出した。“生徒の発案“であれば、どこかが圧力をかけたとかそういう話にはならない。
卒業生や在校生から話を聞き、この学校における生徒会の発言力がまぁまぁ強いのも有名なはずだ。つまり、あくまでも優秀な生徒たちが社会のためにやり始めた行動というのが1番最初にきて、あとはそれを評議会が後押しすればいい。
僕がやりたかったのはその場を作り上げてやることだ。
評議会も学校も、1度乗っかってしまったら、しばらくはそのままにするしかない。今日の朝、普通に更新されていた評議会のホームページにも、うちの学校の名前がデカデカと名指しされていたしな。
鼠取りに、ネズミを捕まえる装置をつけずにチーズだけを置いておけば、いつもネコと追いかけっこをしては逆にネコをボコボコにしている茶色のネズミですら食べに来るだろう。
飴と鞭の飴だけほど、人間が欲しいものはない。
ま、作戦成功、と言ったところだろうな。