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計画の始動

僕が生徒会の一員になってから、2週間が経った。

白石由花会長の指揮のもと、生徒会は秩序正しく動いていた。彼女の命令は明確で、無駄がない。その一方で、組織の中心には「反論できない空気」が渦巻いていた。

表向きは民主的、だが実質は独裁。僕は、それを嫌悪するどころか「美しい」とさえ思った。

「翔くん、今月の予算案、確認お願い。」

「了解しました。各部活からの要望は揃ってます。」

放課後、僕は印刷された書類を数枚めくりながら返す。白石由花は僕の前に座り、端正な顔でじっと書類を見つめていた。

予算案の話が終わり、生徒会メンバーはそれぞれ帰っていく。

「……翔くんて、やっぱり面白いですね。」僕と彼女を除く最後の1人が扉を閉めると同時に、彼女は切り出した。

「そうですか?」

「ええ。あなたって、最初からすごく“場の空気”を読んでいるような感じがします。でも、それだけじゃない。周りの人間が、君に自然と従っていく。」

由花の言葉は、あくまで穏やかだった。しかし、その奥に何かを探るような鋭さがあった。

気づき始めたか……

「ただの空気読みが得意な人、ってことじゃダメですか?」

「別に、今のあなたがダメなんて言ってません。いいんですよ。そういう人間が、組織には必要だから。」

由花は微笑んだ。だが、やはり目は笑っていなかった。

この人も、本心は見せないタイプの人間なのだろう。



「なあ、翔。」

僕が荷物をまとめていると、誠二が机の横に腰をかけて話しかけてきた。珍しく真面目な顔だった。

「由花先輩と……うまくやれてるか?」

「うん。淡々としてるけど、やりやすいよ。」

「そっか……。あの人、さ。たぶん、生徒会の中で唯一、“全部分かってる側”だと思う。」

「全部?」

「裏側も含めて、って意味で。」

誠二は、言葉の意味を濁しながら、僕をじっと見た。

……誠二も、気づいているんだな。俺が“何かを狙っている”ことに。

でも、それを指摘することも、咎めることもしない。彼はたぶん“最後まで見ていたい“タイプだ。

「安心して。俺は、誠二の期待は裏切らない。」

僕はそう答え、微笑んだ。



書斎代わりの自室。壁に貼られたフローチャートには、無数の線と矢印が書き込まれていた。

《生徒会 → 学園運営委員会 → 地域教育評議会 → 市議会付属教育支援部門》

……繋がったな。

僕の目的が「政治」だなんて、まだ誰も気づいていない。彼らが見ているのは「優秀な生徒会の新メンバー」。だが、僕はその肩書きを足がかりに、確実に“上”へ食い込んでいく。

不自然な形で再構築された日本の行政構造は、今や教育機関を通じて、地域の政治へと直結している。教育を制する者が、自治体を動かす。

そのルートに、僕は既に足を踏み入れていた。




「翔くん、少し話せますか?」

日曜の昼。学校の資料室で、由花と二人きりになった。

日曜日まで学校に来て生徒会の仕事をしているのかと、少し驚いたけど、そんなことを考えている余裕はすぐになくなる。

「……貴方は、何を見てるの?」

突然の問い。だが、僕は動揺しなかった。

「目の前のことです。生徒会の仕事とか。」

「いいえ。“もっと先”を見てる目をしています。貴方は……誰よりも冷静で、計算高い。人に合わせているようで、自分に従わせてる。自覚、あるのでしょう?」

……やはり、この人はただの“優秀な先輩”じゃない。

「……怖いですね。何か裏読みされてる気がします。」

僕は笑った。それにつられるように、由花も笑った。

「だったら、お互い様ですね。私も同じタイプですよ。」

初めて、彼女の目がわずかにほころんだ気がした。

「翔くん、生徒会を支えてくれてありがとう。でも、忘れないで。“誰かを動かせる力”は、同時に“誰かに見張られている力”でもあるんですよ。」



生徒会、白石由花、風間誠二……全員、利用できる。

僕は彼らの言葉を“信頼”としてではなく、“情報”として記録する。感情を交えず、ただ最短距離を見据えて、歩くだけだ。

「まだ“始まったばかり”だ。」

僕は机の引き出しから、新しいノートを取り出し、タイトルを書いた。

『学内支配構造解析 - 第二段階』




今の日本では、一つ大きな問題がある。

それは僕たち高校生にも関係してくることだ。

300年から400年前くらいの間、世の中は少子高齢化というものが社会問題になっていたらしい。子供が減ることで、次の世代が減る。しかし、医学や技術の発達によって高齢者となった人々は長く生きている。

年金なんていう今となっては意味わからない制度も、限界を迎えていた。消費税は20%を超え、所得税も、固定資産税も、何もかもが上がっていたらしい。

まぁ、今の時点でも消費税は10%あるし、その頃と比べたら安くはなっているけど、所得税と固定資産税は残っている。ただ、当時と比べて大きく違うのは法人税の割合が大きくなっていることだろうか。

大企業からできる限り回収するこの現在、昔のような物価高なんてほとんど起きない。もちろん、税金云々よりも大量生産ができるようになったからなのだが…

そして今、少子高齢化の代わりに来ているのは、子供増加による問題だ。所得問題が解決され、子供ができた家庭への手当てが大きく出るようになった。

子供を作れば作れるほど、生活が楽になり、儲けることができる。そんな状況になったことにより、子供を多く持つ家庭が増えた。大昔に解体されたというこども家庭庁なんてのが再復活し、慌ただしく動いている。

僕たちに関係してくるのはここからだ。

子供が増えた、つまり学生が増えたということで、多くの学校が必要になるということでもある。

そして、学校が多くなったことによってそこに割かれる国家予算が増えた。そんな問題が、いつまでも解決することなく続いているのだ。

これを利用しない手はない。

僕は、次の月曜日から行動を開始した。





「近年、日本では大きな問題が起きています。子供が増え過ぎているというこの問題に対し、僕たちにもできることをしませんか?」

生徒会に入って1週間と少し。この短い時間で言い放った僕に、周囲は驚愕の目を浮かべている。

由花も誠二も、驚きを隠せていない。

そりゃそうだろう。生徒会に入って1週間で今日本が直面している危機を回避する方法を考えようと本気で提案しているのだ。普通の人間はそんなことしない。

静寂が、この空間を支配していた。

1枚の資料もなく、解説もなく、前置きもなく、ただ急に飛び出したその発言に、困惑が溢れかえっている。その静寂を破り、どんなことをすればいいかを言おうとしたところで、間に割って入ってきた人間がいた。

「素晴らしい案です。是非とも、我が生徒会が主体となってやっていきましょう!」そう言って拍手をしたのは、中年の男、生徒会顧問の水谷洋平先生。

狙い通りだった。

この教師は、生徒会顧問という立場に立っている限り、生徒会の活動を盛り上げていかなければならない。そして、生徒会活動が廃れていくと、自分の責任だと叱責を買うのは必然だろう。自分の今後の進退にも大きく関わってくる。

今年度、これといった仕事を生徒会は行っていない。その理由は、去年色々なことに手を出し過ぎて、失敗を多くしたことらしい。

それを去年副会長として直で見ていた由花は、まず、去年の失敗を帳消しにするために動いている。しかし、前の状態よりも少しでも良くなることによっていい方向に動いていると考えるのは人間の心理だ。マイナスを0に戻すだけでも、0を通り過ぎてプラスになっていると考える人間は少なくないだろう。

だから、この教師はそれ以上の何かを求めている。だが、重要人物である生徒会長はそれに対して消極的。他の生徒たちも会長に従っている限り、大きな案が出されることはない。それに加えて、自分が発案し、生徒会に実行させ、それで失敗でもしたら、それはそれで大きな責任を負うことになる。

そんな状況で現れた、他の学校がやらなさそうで、学校側も誇ることができるような新たなプロジェクト。学校を巻き込んでしまえば、多少のミスがあってもどうにかできるという判断だろう。流石に生徒会顧問というだけあって、学校のシステムとか学校での立ち回りとかをよくわかっている。

この人物の賛成を得ることができれば、あとはほんの少し現実味があることを言えばいい。それだけで、このプロジェクトは始動させることができる。

「それで、このプロジェクトの説明なのですが、前提として、子供の数を減らすというのは不可能です。なぜなら、今の日本では子供が多ければ多いほど有利で、社会においても未来の労働力となる。家庭にとっても、社会にとっても、国にとってもメリットがあるんです。

しかし、国だけはメリットと同等ほどにもなるデメリットを抱えている。それが、子供の生まれた家に対する手当てだったり、いわば社会保障です。子供が多くなるにつれて、そこにかかる負担が大きすぎる。

だったらどうするか、ということです。」

僕の言葉を受け、周りは静まり返る。

一応、この学校は全国でも上位に名前が上がるほどの進学校だ。昨年も数十人の東大合格者を出し、その他国公立にも多くの学生を送り込んでいる。その上スポーツも抜かりなく、県大会優勝、全国大会優勝なんて言葉も結構普通に出てくる。学校全体で見れば、文武両道といったところだ。

だからこそこの学校が何かすることによる社会への影響力というものは大きいし、この生徒会にいるメンバーたちも頭がいい。これをやることによってどうなるのかというのを真剣に考えていることだろう。ここで大きな成果を残すことができれば、大学や就職といったところでも、周りと比べてさらなるアドバンテージを作り出すことができるのだ。やらない手はない。

そして、1人の生徒が手を挙げる。

「質問をしてもよろしいですか?もう少し、具体的な案を出していただけるとわかりやすいのですが…今の説明ではどんなことをやればいいのかわからなかったので……」そう言った生徒、生徒会長の由花は僕の方を見る。

至極当然の質問だ。というより、その質問をさせるために僕は周りくどく結論を先延ばしにしていた。そして、彼女が手を下ろすと同時に、僕は口を開く。

「僕が考えているのは、子供が社会に対して大きく貢献することです。子供が社会に貢献し、それが社会を動かす歯車の1部にでもなれば、このデメリットを薄めることができます。簡単に言うと、メリットだけを残し、デメリットを減らすことです。

そして、どんなことをするかの具体例ですが、皆さんはどんなことをすればいいと考えましたか?」

その僕の質問に、再び生徒会メンバーは思案を始める。そう、もう一段階、僕の考えを言うのを遅らせる。それにより、ここにいる人間の案を聞くこともでき、それに同意や補足を付け加えることによって、相手は自分の考えが受け入れられた、正しい考えだったと言う感情が生まれる。

それがあることで、自分の考えと似た考えを持つ僕の考えにも、賛成を示して良いという思考にたどり着く。

その思惑通り、1人の生徒が手を挙げる。名前は確か、内堀圭。

「僕は、ボランティア活動をするべきだと思いました。」と、普通に考えたら最も安丹に出てきそうな答えを口にする。

それに同意するように、10人の生徒会メンバーのうち4人が小さく首を振っている。僕は、会長に向かって言葉を投げる。

「白石会長はどう思いますか?」

それを聞き、少し考え込むような素振りを見せてから、ゆっくりと口を開く。

「そうですね…ボランティアというのも一つの方法だと思います。それを否定することはしませんが、私は少し違う視点から考えたいと思います。」周囲を見渡し、反応を見るようにしてから彼女は言葉を紡ぐ。

そして、その口から出てくる答えは、僕の想像を大きく超えてきた。

「たとえば、県や市に少し特別な学校を作ってもらうというのはどうでしょうか。1週間に1度くらい、HRだったりの時間がありますよね。高校生が小学生や中学生に勉強を教えるという学校を作り、その使える時間を用いて、学校全体を挙げて地域貢献するんです。

どうでしょうか?」

そう言って、彼女は僕の方を見る。内心、僕は驚いていた。彼女が優秀だというのはわかっていたけど、まさかこんな案を…いや、僕と同じ案を出すことができるとは思いもしなかったのだ。もちろん、新たに学校を作り出すというのは難しいことだが、少なくとも今ある学校でそれをやるならば十分可能性がある。それにしたって、そんな案を引っ張ってこれるこの生徒会長はすごい。そして、いつまでも驚いていちゃ進まないと考えた僕は声を出す。

「すごいですね、会長。僕と全く同じ意見です。」

その後、僕が同じ意見であったことを証明するように、このプロジェクトのメリットをいくつか挙げていく。

「小学校や中学校で勉強を教えるということには、もちろんいくつものメリットがあります。まず、高校生、つまり教える側の立場の人間が、地域とのつながりを深めることもでき、学び直しの機会にもなる。その上、責任感などの面での成長も見込めますし、将来教職員を目指している人からしてみても、大きな体験になるでしょう。

次に、教えられる側のメリットです。その地域ごと、最も近くの高校のお兄さんお姉さんが自分の学校に来て、勉強を教えてくれる。親しみやすい上に、自分が将来高校生になったらという点も少しは掴めるのではないでしょうか。」僕の発言に、多くの人は首を縦に振っている。

「学校の増加による教員不足にも、多少なりとも良い影響を与えるのではないでしょうか。これらは、このプロジェクトにおける最大のメリットになると思います。」言い終わった僕の発表に、それぞれが小さな拍手を送る。

正直言って、2500年のこの現代、ロボットやAIによる教育はあまり浸透していない。人間が人間にするのが教育だという思想家や、人間が教えることができるのは勉学以外の部分もあるという研究結果、昔はAIなどではなく、人間と人間のつながりを作る場が学校だという古い考えの人間も多い。それこそAI技術が進化し始めた2000年代くらいは、すぐにAIが世の中に受け入れられていくと言われていた。しかし、AIは進化こそ続けているものの、爆発的に利用されているわけではない。

車なんてのもそこまで多くなくなった。車を乗るとなると道路が必要になったりするからだ。もちろん、空を飛ぶ機体も今は多く出回っているが、車を止めておく土地が勿体無い。だから現代社会ではバイク型、つまり空飛ぶバイクが主流になっているのだ。

使える部分と使えない部分、こうもはっきりと分かれるのかと感じたことがある。教育の観点からしてみても、それは同じなのだろう。電子端末による授業、昔は黒板とかいうのを使っていたらしいが、今はそんなもの存在しない。全て画面一つで授業内容を表示でき、板書したものもタップ一つで消せるスクリーンだ。

時代の変化というものは、受け止めなくてはならない。受け止めながら、自分に何ができるかを考える。頭の良いやつは、そういう考えを持っているものなのだ。

そんなことを考えていると、水谷先生が口を開く。

「面白いアイデアじゃないですか。もしうまくいかなかったとしても、それは経験になります。一度、意見を煮詰めて校長先生に提案しましょう。」その教師の一言で、みんなは頷く。

━━━━━ひとまず、計画通りといったところだな。





生徒会での活動が終わり、僕は学園祭の準備をするべく生徒会室を後にする。

「なぁ、さっきのやつ本気か?」同じ行き先に向けて隣を歩いている誠二が聞いてくる。

「どれくらいできるかはわからないけどね。会長に言われたんだ。試しに色々とやってみたほうがいいって。」その言葉に、一瞬怪訝そうにしながらも、誠二はなるほど、と答えた。

「あっ!翔と誠二!遅いよー!」遠くから、手を振っている女子生徒が1人。言わずもがな、亜美だ。

「ごめんごめん、生徒会の仕事があったんだ。」

「それはわかってるけどさぁ〜寂しかったんだよ〜」

見ると、そこには亜美以外の人影がない。

「あれ?みんなは?」僕の言葉に、誠二が答える。

「明日はテストだろ?そのために帰ったんじゃないか?」そう言われ、確かにそういえばそうだったとテストの存在を思い出す。

「ていうか、亜美はいいの?テスト勉強しなくて。」そう言った僕に、待ってましたと言わんばかりの顔で彼女は両手を自分の腰に当てる。

「ふふふ…今回のテスト範囲は昨日全部復習しておいたんだ!つまり、家に帰ってからの少しの時間だけで勉強時間は十分ってわけ。」とにかく、すごい自信があるというのは理解できた。

「話は作業をしながらでもできる。残ってるのは細かい作業だけだし、パパッと終わらせよう。」バッグを床に下ろし、誠二が言う。それに頷いて、僕も作業を開始する。

その日の作業は楽しく、とてつもない速度で終わっていった。

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