二つの龍
「おう、久しぶりだな。」
「この間は助かった。ありがとう。」
学園祭が終わってすぐに突入した夏休み1日目の夜、僕は極龍組の組長、梶谷と会っていた。
「いやいや。あんたが同級生を助けたいと言うんだから、こっちとしては助けるしかねーよ。
俺たちは今、あんたの下についている立場なんだからな。」
そう言いながらもその事実を恥じる様子なく、梶谷はニヤリと笑みを浮かべた。
「それで、もう一つの話の方も調べがついた。
ずいぶん時間を取らせちまったがな。」
「時間については構わない。
佐伯の事件、たった1日で犯人特定までやってもらえたのはだいぶ助かった。」
「颯から聞いた時、なるべく急いでという話だったからな。
極龍組の裏の繋がりから辿っていけば、犯罪者なんてすぐに特定できる。今回の件はあくまで身内で行われていたことだから時間がかかった。」
そして、僕は梶谷にその情報を教えてもらう。
「………なるほどな。」
「とりあえず、狩野奈津子に話を聞くのが1番手っ取り早そうだな。
ただ、次のターゲットにされる恐れもある。気をつけろよ。」
「あぁ、そうさせてもらうよ。」
……………
夜の街を見下ろしている僕たちの間に、わずかな時間の静寂が流れる。
「あんたくらいの人間なら、気づいてるんじゃねぇのか?」
梶谷が、こちらを見ることなく口を開く。
「誰かを護るために力を使うようなお前が、犯罪を見逃すのなんておかしい。ってことか?」
そう答えると、彼はハハっと笑う。
「やっぱし、考えてたか。」
「まぁ、な。
でも、極龍組のことはそっちのことだろ?僕が正式に極龍組のトップに立つっていうなら話は別だが、そんなことをするつもりはさらさらない。
僕よりも梶谷の方が向いてるだろう。
僕は、お前が今まで生きてきた世界がどんなものなのかを知らないしな。」
適材適所。
誰がトップを務めれば組織が強くなるか、うまくまとめられるかなんてのは誰にもわからない。
だが、今の時点で問題が起きていないということは、今の状態で十分ということになる。
いつかはその力を借りる時がくるが、それは数年後でしかない。
それまでに極龍組の力が極端に落ちるということがない限り、僕が動くことはない。
「適材適所ってやつか………
まぁ、それもそうかもしれねぇな。」
少し考えるようにしてから、梶谷は決心したように言う。
「ただ、あんたには知っておいてほいしと思う。
だから聞いてくれないか。」
雨の香りを感じながら、僕は梶谷に向けて頷いた。
「極龍組ってのは、ずいぶん昔から日本に存在している。
初代頭首の梶谷恵って人が80年くらい前に立ち上げた時からの組織だからな。
恵は、自分の持っていた力で周りの暴力団をねじ伏せていった。
1番最初に暴力団とやり合うことになった理由は、自分の友達を虐げられたからなんだと。
単身で数十人の組織に凸ってって、血まみれになりながら全員殴り倒していったらしい。
それから先、この国の暴力団を全てぶっ潰すという目標を掲げ、暴力団を従えていった。
10年くらいか時が経ち、ついに恵は東京中の暴力団を一つにまとめ上げた。
これが、極龍組だ。
だが、いつまでも力を振い続けていた恵は自分の行動に疑問を覚えるようになっていった。
暴力団に入ったり、ヤクザになったりしている人間は、何か理由があるんじゃないかと考えたらしい。
そこで、極龍組は東京を代表して、犯罪をして人生の先がなくなったやつも仲間に引き入れて、更生させてともに罪を償っていくという方針を掲げた。
後、親を失って孤児になった子供を引き取って育てるということもし始めた。
こういうのは、今も極龍組には残っている。
そんな甘い考えでは日本中の暴力団をまとめ上げることなんてできないと反発した奴らの集まりが、東京でもう一つの巨大組織、白龍組だ。」
「極龍組がやってくることはそんなに悪いことじゃないと思うんだが…?」
「あぁ、そりゃ犯罪をされた側からしたら思うところはあるかもしれない。
だが、受けるべきと言われた罪は受けた上でしか組には入れないからな。犯罪を犯した人間をサツに突撃して助けるなんてことはしない。
あくまでもその後、社会から見放された人間の救いの場としての存在になるだけだ。
しかし、組織というのは簡単に運営していくことはできない。
金もかかるし人員も必要になる。
そこに無駄な支出をしていたら全国なんて無理に決まっている。それが白龍組の考えだった。
ただ、あっちはあっちで自分たちの快楽のために全国の暴力団を潰そうとしているわけじゃない。
梶谷恵にも匹敵するほどの熱い意志を持っているやつが当時のリーダーで、恵に救われて極龍組に入ったやつだ。
普通組織を抜ける時はやるわけもないが、涙の盃なんて言って恵と白龍組のリーダーの2人が涙を流しながら最後の一杯を2人で飲んだって話がある。
まぁ、2人とも互いへの尊重やリスペクトなんてのがあったんだろうな。」
「今の白龍組も昔と変わらないのか?」
「あぁ。
極龍組も白龍組も初代の考えを引き継いでいる。
ただ、俺たちは他県の組織に舐められないように慈善事業見たいなのは隠しながらやってるけどな。
もしも争いになった時にそこが狙われたら無関係な命まで巻き込みかねない。
その点も白龍組は知っている。
向こうは向こうでこの前千葉のでかい組織に打ち勝ったとか言っていたな。
埼玉、千葉のほとんどはあいつらが平定し終わったと言っても過言じゃないだろう。」
約70年ちょっとかけて平定したのは埼玉と千葉だけか……
大きな理由は、極龍組が東京内の多くの人員を手にしていることと、直接勝負となれば一回ずつの人間的な損害が大きいからだろう。
極龍組が力を抗争以外に割きすぎているということも大きく響いていそうだ。
もしも二つの組織が力を合わせていれば、関東制圧くらいはできていたかも知れない。
「なんだ?うちと白龍が手を組んでいたらもっと勢力拡大できていたんじゃないかって顔だな。」
こちらの思考を見抜いたように、梶谷が苦笑する。
「そりゃあ、あんたの言う通りだ。だが、俺の祖父の時代から、戦いは白龍に任せるという風潮が出来上がってきてしまった。
だからそう易々と争うことはできねぇ。
ここだけ聞くと自分たちは安全圏にいるだけだと言われるかもしれないが、俺たちは俺たちでできることはしている。
極龍組の考えに賛同してくれている組織っていうのは、全国に結構存在している。
だから何かあった時に味方してくれる勢力はだいぶ数が多いと言っていい。
根本的に争うだけじゃない暴力団が増えれば、イメージされやすいような暴力団の数を減らせる。
そのバックに俺たちがいるってなればそいつらも安心して行動できる上に、周りから攻められることも少なくなるだろうからな。」
どうだ?と問いかけてくる梶谷に、ただただ感心する。
よくこんなことを思いついて実行できるもんだとしか言いようがない。
極龍組という東京最大の組織の名をうまく活用し、本来の目標を達成していく。
梶谷恵も、暴力団を力でねじ伏せる事だけが潰すということだとは考えていないのだろう。言い換えれば、悪の組織を潰し、善の組織に改変させると言える。
「佐伯の事件の犯人に手を出さなかった理由は………いや、こんなことを聞くのは良くないかも知れないな。
すまない。」
「いや、悪いのはこっちだってのはわかってる。
あの時、俺が本気で犯人を探していれば、すぐに見つかったかもしれない。」
俯いて、自分の判断ミスだったということをただ後悔している。
だが、年齢的にも組織のトップに立ったのは本当に2、3年前とかだろう。
言い方的に事件が起きた時にはすでにその立場だとしても、就任から1年くらいであるはずだ。
新たに表に出てきて、どれだけの力を持っているかもわからないリーダーをそう安易に周りが認めるとは思わない。
犯人を知っていた奴が元々犯罪を犯した人間で、その時の苦しさを知っている奴だった場合、境遇は違えど同情の思いが出てきてしまう可能性があることも否定できない。
極龍組という組織だからこそ起こる、普通じゃありえないような状況。
自分の仲間に詰め寄る梶谷の辛さを考えると、申し訳なさがちらついてくる。
「辛い役をさせてしまって悪かった。
ただ、お前のおかげで1人の少女の人生は大きな転換点を迎えた。
誇ってくれ、と言って受け入れられるかはわからないが、その事実が確かにあることを知っておいてくれ。」
遠くを眺めている梶谷にそう言って、僕は体の向きを変えて手すりに背中を預ける。
「こっちとしては助けてもらってばかりだ。
なんか助けてこしいこととかないか?できる限りはさせてもらう。」
その言葉を聞いた梶谷の小さな笑いが、風に巻かれて消えていく。
「そうだな、だったらこれを受け取ってくれ。」
そう言って、一通の手紙のようなものを手渡してくる。
「これは?」
光がなく中身が見えないため、本人に聞いてみる。
「中に3枚のチケットが入っている。
2枚は颯に渡して、もう1枚はもらってくれ。」
「2枚っていうのは、颯本人と三笠って人の分か?」
「そういうことだ。
そのチケットは、俺のまぁ、なんていうんだ……
家に帰ったら見てみてくれ。」
僕と梶谷の体の方向は真逆になっているため、少し体を逸らしてその顔を見る。
なぜか、いつもは絶対に見ないような恥ずかしそうな顔をしていることがわかる。
「なんだ、そんな顔できるんだな。」
「ちっ、うるせえよ。」
髪を掻きながら、その男は顔を見られないように首を回す。
「とりあえず受け取った。
颯経由で三笠にも渡してもらう。」
「あぁ、よろしく頼んだ。」
「この程度のことでいいのか?」
率直な疑問を投げかけると、
「あんたは簡単に颯の懐に入って行ったみたいだが、あいつは元来ちょっと変人なんだ。
自分に好意を寄せてくれる人間も、少し気に入らなかったらすぐに自分の前から除外しようとする。
きっと、俺というかあの組織のせいかもしれないけどな。」なんていう答えが返ってくる。
それはきっと、前に聞いた颯と梶谷の関係についての話が大きく関わってくるだろう。
「あんたのおかげで颯との空いた距離が少しだけ縮まった感じがする。
それだけで、俺にとっちゃ十分だ。」
そう言って差し出された手を、僕は握る。
「感謝してるぜ、翔さん。」
少し目元を潤ませているらしくない姿を見て、どれだけ颯のことを大切に思っていたのかが伝わってくる。
次期頭首というプレッシャー、周りからの目もある中じゃ、気の済むだけ颯のことを気にかけてはいられなかったのだろう。
あいつは自分たちの元を離れていった裏切り者といったレッテルが貼られていて不思議じゃない立場の人間を、心配することは許されない。
だが、心の中では常に心配していた。
自分の目の届かないところで大切な人がどんな人生を送っているのか。それが全くわからない怖さを、僕も知っている。
事の一端にでも自分が関係していれば、その思いはとてつもないものだろう。
いい兄貴を持ったな、颯。
「弟と会いたくなったらいつでも言ってくれ。
すぐにセッティングする。」
「あぁ、助かる。」
強く結ばれた手を離して、最後に伝えておく。
「あと、僕のことをさん付けで呼ばなくていい。
暁でも翔でも好きな呼び方でいい。
颯も翔って呼び捨てだしな。」
無駄な気を使わせないように笑みを浮かべて、僕は言う。
「わかった。
それじゃあ、これからもよろしく頼むぜ、翔。」
ニッと笑顔を浮かべた梶谷を見て、僕はしっかりと頷いた。
午後10時過ぎ、若干の暑さがある部屋の中で、そういえばとおもむろに思い出してポケットから貰ったものを出す。
チケットと言っていたがなんのチケットだ?
丁寧に包まれていたビニールを取って、書かれている内容に目を通していく。
『結婚式のご案内』
………ん?
『この度、梶谷秀羅と陽之森麗華の結婚式のご案内を申し上げます』
…………ん?
『是非ともご出席ください』
……………うん━━━━━━
『極龍組 白龍組主催』
……………………んん!?
困惑しながらスマホを取り出し、白龍組について検索をかける。
そこで出てくる組長の名前。
日之森麗華という文字。
……………こんなことあるんだな………
前に極龍組について調べた時に白龍組の名もちらりと目にしたが、流石に組長の名前なんてところまでは見ていなかった。
そうか……今颯が高校3年で18のことを考えると、その兄であるんだから結婚できる年なのは確実、か。
それにしても急だと思いながらも、僕は明日会えないかというメッセージを颯に送り、すぐについた既読と返信に時間と場所を話し合うのだった。




