歯車
体育祭の後、テストを乗り切った僕たちの間では学園祭の話が出てくるようになってきた。
去年の発表は宇宙で、擬似宇宙空間を実際に作り出して体験してもらうというものだった。
今年は何をするかという話し合いの中で、いくつか案が出る。
肝試し、映画、サバイバルゲームの3つを中心にして10個と少しの数だが、クラスの注目はこの3つに向いているらしい。
「映画って、画像や映像だけは簡単に作れるけど、声はどうしようもなくない?
機械音声から拾ってきてもいいけど、それじゃあレベルには限界があるでしょ。」
「このクラス全員が出演するのか、一部の人のみが出るのかで労力とか違いすぎない?」
教室内の何箇所からかそんな声が飛び出し、ディベートへと突入した……かのように思えたが、映画というのは先ほど誰かが声に出したのをみんなが同調したことで大きくなった案であるため、まず発案者がわからないという事態が起こる。
発案者本人も映画という考えに強い思い入れを持っているわけじゃないのか、名乗り出てこない。
「発案者がプレゼンしないならここで除外するけどいいかー?」
前で教室全体を見渡しながら聞く誠二に、みんなが頷く。
先ほど聞いていた限りでも、本気でやりたいと思って言ったような感覚はなかったため、この結果になっても異論はなさそうだ。
映画というテーマが消え、肝試しかサバイバルゲームかという二択を迫られる。
肝試しはおそらくずっと昔から変わっていないだろうが、夜の怖そうなスポットに行ってどれだけ耐えることができるのか。みたいな感じのやつだ。
現代技術を持ってすれば大人向けのだいぶ本格的な霊やお化けから、子供向けの可愛い感じのものまで簡単に作り出すことができる。
3D画像としての投影も、実際の物質として作り出すことも容易だ。
学園祭でやる出し物について去年調べたときは、お化け屋敷や肝試しのようなものも多く出てきていた。
昔は人がコスプレをして脅かし役をやっていたという話もあったため、それはそれで楽しめるのではないかとも思っている。機械的じゃなく人力で何かをするほうが今の時代には興味を持たれるのではないかと考えているからだ。
サバイバルゲームに関しては、教室の中にバーチャル世界を作り出して純粋に乱戦をするというものだが、いくらなんでも部屋が狭すぎる。
となると、投票するのは消去法で肝試しだろうか。
結果、過半数以上の票数を集めて肝試しに決定された。
教室からは大きな拍手が巻き起こり、どれだけの人が肝試しに投票したかがわかる。
“お化け屋敷“ではなく“肝試し”であることがよくわからない部分ではあるが、やることは変わらなさそうだ。
そして、僕たちは肝試しに向けて駆け足気味に準備の話を始めるのであった。
「それじゃあ、これでいいか?」
そう言い放たれた言葉に、
「何か意見がある人は挙手をお願いします。」と重ねて尋ねる。
生徒会長である高切颯の締めくくりの言葉に一応の確認をとりながら、僕は周囲を見渡す。
少し夕日が差し込んでくる生徒会室の時計は、午後5時半を知らせている。
反対意見や質問がないことを見届け、
「では、決定となります。みなさん、当日に向けての準備もクラスの方と埋め合わせをしながらよろしくお願いします。」と言って話し合いを区切る。
今年の学園祭での取り組みが生徒会で正式に決定され、僕たちはその決定に従って仕事を進めることになる。
「これで今日の議題は終わりか?」
時計を見てちょうどいい時間だと言いたげな颯に、少し待って欲しいとストップをかける。
「地域の小学校への高校生の派遣について、他校とも協力を図って進めていきたいと学校側から言われているのですが、何か案はありますか?」
颯が会長になってから極端に開催される数が減った生徒会では、一回一回が重要になってくる。毎日のように行って雑な仕事をしたりするのは非効率だという颯の考えによるものだ。
正直言って、僕もこれでいいと思っている。1週間に5回生徒会を開くなんていうことも去年はあったが、事実仕事はそこまで多くない。
毎日の負担を減らすために仕事を分けていただけにすぎないからな。
だからこそ、ここで僕の案を聞いておいてもらう必要がある。
去年と同じ、忙しくなっていくタイミングでの新たな議題。
今全員の頭の中は学園祭の話でいっぱいなはず。この件は僕に任せてもらいたいといった時に利用しやすい方法だ。
予想通り、その場にいる者はどうするかと顔を見合わせている。
静寂から約30秒、僕からの視線を受け取った颯が口を開く。
「この件の発案者はお前だろう?翔。誰よりも適任者だ。
翔に一任していいのではないかと思うが、どうだ。」
颯の言葉に、助かったというような顔で皆が頷く。
「ということだ。
何か行き詰まったことがあれば誰かに相談すればいい。」
視線を落として目を瞑った颯に小さく礼をし、今日の生徒会の解散を言い伝える。
颯と話をするためにその場に留まっていると、席を立たない生徒がもう1人。
「いかなくていいのか?誠二。」
そこに座っている誠二に、僕は声をかける。
「少し、2人と話したいことがある。」
そう言って、彼は視線を上げる。
「正直言って、2人はどういう関係なんだ?」
唐突に放たれたその言葉に、
「どういう関係も何も無いな。
俺は生徒会長、翔は副会長。それだけだ。」当然のように颯は答える。
だが、今の誠二はいつもとは少しだけ違う。
生徒会に入らないかと誘いをかけてきた時と同じような、全てを見透かしているような目。
さすが、としか言いようがないだろう。
遺伝とはなんとも恐ろしいものだと改めて痛感させられる。
「別に、僕と高切会長は特別仲がいいわけじゃない。
この前の事件があったから多少信頼は深まったかもしれないけどね。」
横から口を挟む僕を、誠二は一切信用していない。
「悪いが、そんなこと俺は信じられない。
お前は、何を隠してるんだ……?」
キツく飛ばされる視線に、僕は動じずに答える。
「何も隠していないよ。
僕は生徒会の仕事をちゃんとやりながら、学校生活を楽しみたい。それだけ。」
「じゃあ、俺と高切会長、どっちを信頼してる。」
突然誠二の口から飛び出した言葉に、僕は口を結ぶ。
ここでどう答えることがこの後有利になってくるか、次に口から出す言葉を考える。
そして、導き出した答えを僕は言う。
「正直言って、僕は誠二のことを信用してる。でも、高切会長は信用とかじゃ言い表せないくらい僕にとって必要で大切な人なんだ。」
「必要?お前やっぱり変じゃないか…?」
必要とか大切とかいう言葉は使うか悩んだが、誠二の僕への不信感をより強く持たせるためにはちょうどいい。
「お前、亜美が死んでからどっかおかしくなってないか?
確かに今までみたいに学校に来て、友達と話て毎日を過ごしてる。
そこまではいい。そこから先がないんじゃないか?
なんて言うか、本心で誰かと接してないように思える。
入学してきてすぐもそうだったが、亜美との関係が進むにつれて、お前はだんだん変化していってるみたいに見えた。
それが、亜美の死からまた逆戻りしていっている。」
言葉をそこまで荒げているわけじゃないが、的確に論点を突いて誠二は話を進めていく。
佐伯も同じだが、思ったことを素直に言える性格というのは内心羨ましいものだ。それはそれとしても、誠二が出してくる言葉は佐伯とよく似ている。
僕の変化がいつ起きたのかまで、しっかりと考えて話をしている。
こいつも、過去に何かを抱えている可能性がある、か。
そんな推測を立てながらも、口を開いて受け流しのような否定をする。
「驚いたよ。誠二にそんなことを言われる日が来るなんて。
僕は大丈夫だ。
亜美がいなくなった影響はあるけど、今も十分楽しく生活できて━━━━━━━」
「本当か?」
僕の言葉を遮って、誠二は距離を詰めてくる。
「お前の目、亜美が最後にいた時と比べて明るくないぞ。
なんなら、亜美が死んだ時よりももっと暗いような感覚すら持っている。
あの後、何かあったんじゃないのか?」
誠二の目からは、心配の色が一色だけ映っている。
だが、ここで僕が本当のことを言うことはできない。
友達だからという理由で教えていいことじゃないと分かりきっていることだ。
「僕は何も隠すつもりはない。
誠二の存在は大きいし、僕も楽しく暮らせている。」
そう言ってから小さく笑みを作って、言葉を紡ぐ。
「安心してよ。
誠二が僕のことを信用できないなら、僕を遠ざけてもらっても構わない。
今の誠二には、僕よりも大切にしないといけない人がいるんだから。」
一瞬、喉を詰まらせたような顔をした誠二は、少し考えてから答える。
「お前のことを、じっくり見させてもらってもいいか?
友達として、俺はお前を放っておきたくない。」
「あぁ。好きにしてもらっていいよ。」
こちらとしては、僕という人間がどんなやつであるかをもっと知ってほしい。
誠二にも、真琴にも。
その上で僕と関わりを持ち続けたいと言うのであれば、こちらが断る必要はない。
だから少しずつ、僕のことを知っていってくれればそれでいい。
会話はそこで終わり、誠二がドアを開けて先に出ていく。
「………あいつにも、何があったか教えてやってもいいんじゃないのか?」
そのままの姿勢で問いかけてくる颯を振り返って僕は言葉を返す。
「それは駄目だ。
できることならば、俺はあいつを巻き込みたくない。
最低限の協力だけして貰えば後は距離が離れてもいいようにしておくことのほうが先決だ。」
「巻き込みたくないとか言う割には、しっかり利用できるところまでは利用するんだな。」
颯は少しだけ嫌味っぽく僕に言う。
「まぁ、な。
こっちはこっちで大切なことがある。
ここで計画が破綻すれば、もう2度と亜美に顔見せできなくなるからな。」
「お前の心を開いた斎藤亜美ってやつが俺は怖いまであるな。全く、どうやったんだか。」
「あいつは……僕にとって大切な人間だったからな。」
そう、ずっと前から。
━━━━━僕があの名を誇っていた頃から。
一通の手紙が、脳裏に浮かび上がる。
丁寧な、それでもやはり幼さのある文字で書かれていた言葉。
『つきあさぎくん
昨日はありがとう!
また何かあったら私を助けてね!
私も絶対あなたを助けるから!
渚亜美より。』
たったそれだけのことが書かれた手紙を、僕はいつまでも忘れることなく覚えていた。
自分のしたことで誰かを助けられると、感謝してもらえるということに確かな喜びと幸福感を覚えた。
人生に絶望し、何もかも投げ捨てようと思って家を離れた日。偶然にも、暴漢に襲われそうになっていた1人の少女を見つけた。
その少女を助けた次の日、再び同じ場所を通りかかった時に彼女に渡された手紙。
当時の僕は小学4年生。僕の人生が大きく変わり始める転換点のちょうど1年弱くらい前の時だ。
高校に入って『あみ』という名前を聞いた時、僅かに胸の高まりを感じたのを覚えているが、人違いだと思っていた。
しかし、彼女の祖母の苗字が渚だと聞いた時に僕は確信を持った。
そのせいで僕はそれまで以上に亜美のことを意識するようになったというのもあるかもしれない。
そんな僕の思いとは裏腹に、僕があの時の少年であることを彼女は知らない。
………いや、覚えていないかもしれないな。
5年以上の時が経ち、2人とも名前が変わって再び出会うなんて誰がわかっただろうか。
━━━━━━つきあさぎ。
漢字がわからなかったためにひらがなだったのだろうが、名前を聞かれた時にそう答えた。
苗字さえあればそれだけでいいと思っていたから。
自分の苗字を誇りに思っていたからだ。
2度目に会った時、下の名前を聞かれて翔と名乗った。
月浅葱 翔。この名を知る人間は、今の世界でたった数人。
ただし、月浅葱という名前だけは聞いたことがあるという人間は多いだろう。
378代目総理大臣、月浅葱 楼鶴の名前は多くの日本人が知っている。
名前からもわかる通り僕の親戚、祖父にあたる人。
現総理大臣の埠頭健太郎の父、埠頭義和が長期にわたる政権を保持する中で、近年で唯一その情勢をひっくり返した『烈日の政治家』とも呼ばれる人物。
だが、日本を明るい道へと歩み出した直後、彼は暗殺される。
その後を継ぐべくして立ち上がったのが、僕の父親である新見 松陽。
新見という名は、本来うちの家系に使われている苗字。楼鶴が月浅葱という名を名乗ったことによってほぼ無きものにされた。
それが、功を奏した。否、それを見越した上で楼鶴は苗字を創るといった策略に出たのかもしれない。
新見松陽と月浅葱楼鶴が親子であると気づく人間は皆無。楼鶴も本当に信用できる一部の人間にしかその事実を話さなかった。
暗殺前、いつ自分の命の灯火が消えゆくことになるかわからなかった祖父は、父に向かって“世界征服計画“というものの存在を暴露した。
当時、日本時空間管理局での功績を着々と積み始めていた父は、その言葉に絶句した。
埠頭が何を考えているのか、それを聞いた人間は全員同じ反応をするだろう。
僕が父からその話をされた時もそうだった。
埠頭家の悲願である世界征服計画、そして月浅葱家の目標となった世界征服阻止計画。
相対するこの二つの計画は、政界、財界、経済界を巻き込み、日本と世界の運命まで狂わせる大きな歯車として回り始めた。
死んだ祖父と父も、壊れた母も、亜美も、誠二も、真琴も。
颯も白石由花も、全てその争いの中の1ピースに当てはまっているだけに過ぎない。
無くなったとしても、新しくピースを作り出してしまえばいいだけだ。
だが、亜美と白石由花に関しては明確に役割が違う。
亜美に関しては役割と言えるかどうかもわからない、完全な個人的感情が入ってきている。
白石由花とは今もゲームの最中だ。
もちろん、彼女がゲームに参加している自覚があるかどうかはわからないが、このゲームの終局は高校生という長いか短いかもわからない期間では訪れない。
高校を卒業して数ヶ月後、あの場所でゲームエンドとなる。
それまでは、僕の彼女として楽しい時間を共有するのみだ。
彼女に持っている確かな感謝の感情と共に。
超今更感がすごいですが、ルビの挿入方法を学びました……
これからはルビも活用しながらやっていきますのでどうぞよろしくお願いします!
(前までに投稿してきた部分もルビを入れようと思いますのでご承知ください!)




