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雨中の体育祭

大熱狂の中に、僕はいた。

そう、今日は体育祭なのだ。

しばらく大雨ということで空には球状のドームが張られ、雨を防いでくれている。

昔は行事で雨が降るたびに延期したりしていたらしい。そう考えると、それはそれでなかなか面白そうだ。

去年は周りからの視線ばかりを気にしていたため大した思い出はないが、今年は少し楽しめている。

亜美がこの場にいないのが数少ない心残りではあるな……

そんなことを思っていると、横から一本の水が現れる。

「お疲れ。練習してはいたけど、だいぶ体力が持ってかれるな。」

そう言って水を差し出してくる誠二にお礼を言いながら、それを受け取る。

「さすがに準備期間が短すぎるような気がするよね。」

「来年からはもうちょい長くしてくれよ、未来の生徒会長。」

笑って受け流しながらも、種目決めから体育祭当日までは2週間くらいという短さなのだ。

練習してきたと言ったが、元からの体力の有無が必要になってくることは確かだろう。

僕と誠二は第3種目の球入れに出場した後。痛そうに肩を振り回す彼氏の横で、真琴が呆れている。

この程度でへばってどうするのだと言いたいんだろう。

さすが、体育会系は違うな。

「とりあえず、勝つことができてよかったけどな。自分たちが出た競技で負けたらいい気はしないし。」

誠二の言うように、僕たちにとっての一試合目は結構な圧勝だった。

ちょっと本気になりすぎたかとも思ったが、クラスメイトからの熱意ある労いの言葉に頬を緩めた。

その時、

「おいおい!大人げなさすぎだろ!」という笑い声が周りから飛び交う。

その声につられて視線を移すと、現在の競技は50メートル走。

しかし、学年ごとの勝負ではなく、1年生から3年生までの学年別対抗らしい。

うちのクラスから出ている生徒は、走りに定評がある高道だ。

同時に走っているのは6人で、高道は2位。順位だけ見れば良い調子だと言えるが、周りが気にしているのはそこじゃない。

必死に歯を食いしばって走っている高道の遥か先を、風を巻き起こしながら平然と疾走している生徒。

想像には難くないと思うが、相手は3年。

その生徒がゴールテープを切ると、学校史上最速!という言葉が放送から聞こえてくる。

地面を揺るがすような生徒たちの大発狂と共に、記録が表示される。

そこで、人々の歓声は限界を超えるかのようにぶち上がる。

モニターに刻まれた、高切颯50メートル走5.67の文字。

「まじかよ。」

さすがの僕でも、驚くしかない。

世界レベルで見ても、50メートルで5.5辺りが最高記録だったはずだ。

もしかしたら日本トップ3に入る記録なんじゃないか……?

そんなことを思いながら、僕の目はモニターに釘付けになる。

次の記録が出て、高道永徳6.33という数字が視界に入る。

たった約0.7秒という時間だがレベルが違う。

苗字に高がつくやつは足が速いのか?なんていう憶測を立てつつ、僕は誠二にもらった水を流し込むのだった。






午前中、白熱した戦いが繰り広げられ、体育祭は昼食の時間になる。

興奮冷めきらぬように前半戦を振り返りながら、クラスメイトと共にご飯を食べる。

そういえば去年、亜美との仲を深めるきっかけになったのも体育祭だった。

体育祭や学園祭といった学校行事は、生徒間に新たな関係を構築するために大きく役立つ。

もっとも、良い方にも悪い方にも傾くものだが、現在進行形でそれを良いものとして利用している人間を僕はぼんやりと眺める。

女子50メートルで見事1位を記録した佐伯綾香だ。

本来50メートル走に出る予定だった生徒が体調不良で登校できず、代走を決めなければならなくなった時に彼女は手を挙げたのだ。

今までお淑やかで静かなイメージを持っていたクラスメイトたちからしてみれば、予想外も予想外。本当に彼女に任せて大丈夫なのかという雰囲気が全開だった。

しかし、体育好きな女子たちはすでに2つの競技種目の枠を決めてしまっているわけで、1つしか出る種目が決まっていない生徒はさほど多くない。つまり、体育が苦手な女子たちばかりの中から50メートル走の代走を決めなければいけなかった。

文句は言えない。やってくれるなら任せたい。

そういった非体育会系女子の多くの声に後押しされ、彼女が走ることがスムーズに決まった。

十分過ぎるほどの運動神経を周囲に示し、今は女子たちの間で注目の的だ。

タイムも、体力テスト時の真琴と同レベルとまではいかないが、最高レベルに届くか届かないかくらいの実力。

歓声の中で今まで見たことがないような笑顔を見せている彼女に、少し殻を破ったことへの温かい言葉を心の中で投げかける。

あくまでも、心の中でだ。実際に話しかけに行って労いの言葉をかけようものなら、周りからの異常な視線は避けられないからな。

僕は唐揚げを口に放り込み、誠二たちとの話に参加しておくとしよう。

それはそうとして……先ほどからずっと視線を感じているのはどういうことだろうか?

………まぁいいか。そう割り切って体に溜まった熱を冷ましながら、僕たちは談笑を続けた。





後半戦の第1種目は、男子クラス対抗リレー。

メンバーは僕と誠二、高道、吉野と小牧だ。

休憩時間によって一度温度が低くなっていた場内に熱気が再び満ち、全員の気が引き締められる。

僕はアンカーであるため、しばらくの間仕事は来ない。

スターターの音と共に、一斉に走者たちが駆け出す。

1人目は、ほぼ互角。横並びのまま次の走者へとバトンが渡される。

2人目、うちのクラスからはここで高道が出ている。

ここから先に向けて余力を残しておき、メンタル面で焦りを生まないようにするためだ。

追いつかなければならないという思いが強すぎては、バトンパスでミスをしてしまいかねない。

狙い通り、入り組んでいる集団から一歩抜け出し、ウマの群れの中から姿を現すチーターのように高道が視界に入る。

第三走者の小牧にバトンが渡され、次のバトンパス目前で2位に順位を落としたものの、誠二にバトンが回る。

人数の合わせ的に仕方ないことだが、誠二は走るのが苦手らしい。運動神経に定評はあるが、全力で走るという感覚がいまいちわからないらしい。

それでもなんとか7位中3位を保ち、僕にバトンが渡される。

それを受け取ったと同時に、高切颯の記録、5.67という数字を思い出す。

やってみるか……

目を開いて、地を蹴る。

前を走る2人の姿が近づき、すぐに追い越す。

ついていた差はたった10メートル。

そんな差は、2秒もかからずに覆される。

1位に踊り出た僕は、さらに加速していく。

僕が求めているのは自分の限界。

いったいどこまで記録を出せるのか、純粋にそれが気になったのだ。

だから、走る。

サバンナを走るチーターの如く、海を泳ぎ回るカジキの如く。

コンマ数秒までに見えていた景色が、目まぐるしく移り変わっていく。

ゴールテープを切り、確かな満足感と達成感が胸に刻まれる。

100メートル走っても息はあがっていないが、呼吸ができる間は無制限に記録が伸び続けるというわけではないため、自力の問題だ。

場内の歓声によって現実に引き戻され、僕は周囲の人間の視線の先を見る。

先ほども聞いたアナウンスを耳にし、モニターに映し出されたタイムを視界に捉える。

暁翔100メートル9.58という記録。

リレーであるため記録を出すことはないだろうと思っていたのだが、テイクオーバーゾーンが無いという謎ルールの理由はこれか。

一応、少し前までの100メートル走の世界記録が9.58だったはずだが、記録は塗り替えられている。加えて、リレーであるためこの数字は正確ではない。

この記録によってどうこうなることはないだろう。

結構楽しかったな……

そう思いながらチームの元で集合し、クラスの観客席へと戻る。

ヒーローインタビューさながらの空気感にやや気圧されつつも、みんな満足そうな顔をしていたので十分だろう。

共に走った仲間とハイタッチを交わし、次なる競技に目を向けていく。

終盤に差し掛かり、想像以上の速さで終わっていく体育祭の中で、僕は常に感じていた視線の正体に呼び出された。

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