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僅かに揺れる日常

翌朝、教室に入ると、すでに数人のクラスメイトが集まっていた。昨日の学園祭準備で疲れた様子も見せず、皆が楽しげに話し合っている。

「翔、昨日はありがとうな!」「ほんと助かったよー!」

僕に向けられる笑顔と感謝の言葉。これが欲しかった。僕はいつも通り、にこやかに応える。

「いやいや、僕なんて大したことしてないよ。」

「そういうとこだよな~翔は。真面目で、優しくて、かっこいいってやつだ!」と笑いながら言ってくるのは、クラスのムードメーカー、風間誠二。彼は誰とでも打ち解けるタイプで、僕にとっても“利用価値のある存在”だった。

「やめてくれよ、持ち上げすぎると照れるって。」僕は笑いながら返す。周囲から笑いが起こる。

誰も気づかない。この笑顔の裏に潜んだ冷めた目に。




「──では、次に2500年のエネルギー政策の変遷について説明します。」

教師の声が教室に響くが、僕の意識はすでに別の場所にあった。

昨日、誠二は僕を“信頼できる奴”と周囲に話していた。亜美も僕のことを“冷静で頼れる”と認識している。このまま行けば、あと半年もあれば、クラス内での影響力は確実に固まるだろう。

僕はノートを取りながら、ふと悠斗のほうを見る。あいつは、勘が鋭い。

彼は時折、僕を見る目が少し違う。仮に僕の目的の片鱗に気づいたとしても、今の段階で動きはしないだろうが、警戒はしておく必要がある。




「翔くん、ちょっといい?」

自販機に飲み物でも買いに行こうとしていたところに声をかけてきたのは、学年でも特に目立たない文学少女・佐伯綾香だった。珍しい。彼女とはほとんど接点がなかったはずだ。

「うん?どうしたの?」

「昨日の準備、手伝ってくれてありがとうって……その……直接言いたくて。」

「ありがとう。わざわざ言いに来てくれるなんて、嬉しいよ。」

彼女は顔を赤らめて小さく頷いた。そして、立ち去ろうとしたとき、ぽつりと呟いた。

「……翔くんって、優しすぎて……どこか、怖い時あるよね。」

僕は一瞬だけ思考を止めた。だが、すぐに笑顔を作って返す。

「え、それって褒めてる? それとも、警戒されてる?」

「ご、ごめん!変なこと言ったかも!」と慌てて逃げるように去っていく綾香。

……興味深いな。感性が鋭いのか、それとも単なる偶然か。

綾香の言葉は小さな綻びだった。だが、こういう綻びは放置してはいけない。後で彼女の情報を集めておく必要がある。




準備も佳境に入ってきた。今日は大きなステージ用の装飾と、発表のリハーサルの準備。真琴と誠二が中心になって動き、僕もそれに協力する。

「翔、こっちの飾り付け、一緒にやってくれ!」

「了解。バランス見ながら配置しようか。」

会話はごく自然に交わされる。翔としての表の顔は、誰から見ても完璧に馴染んでいた。

「翔ってさ、ほんと何でもできるよな。将来何になりたいんだ?」

誠二が尋ねてくる。真琴も興味津々な目で僕を見る。

「んー……何だろう。特に決めてないけど、なんか“でかいこと”やってみたいとは思ってる。」

僕は冗談っぽく笑いながら、しかし少し真剣な口調を混ぜて言う。

「世界を変えるとか?」

「うわ、それめっちゃ中二病っぽい!でも翔ならなんかやれそうだよね。」

真琴が無邪気に笑う。誠二も「お前ならやるかもな」と肩をすくめて笑った。

━━━━━そうだよ。僕は“世界を変える”。お前らが気づかないうちに。




今日の出来事を頭の中で反芻する。綾香の違和感、誠二たちとの関係、信頼の積み上げ。すべては予定通りだ。

「“怖い”……か。面白い感性だな。」

手帳に小さくメモを書く。【佐伯綾香 → 観察対象。感性鋭い。警戒軽度。】

そして、机の引き出しからもう一冊、誰にも見せられない黒革のノートを取り出す。中には、5年前から僕が組み上げてきた“世界計画”の概要と、必要な要素が整理されている。

次のフェーズは「学外への影響力の拡張」。クラス内での信頼は十分に高まりつつある。今後は生徒会、近隣の学校、SNSなど、外部へと視野を広げていく必要がある。

「焦るな。すべては順を追って、確実に。」

僕はノートを閉じ、静かに部屋の電気を消した。






僕がその名前を聞いたのは、学園祭の翌週、午後の授業が終わった直後だった。

「翔、ちょっといい?」

呼び止めてきたのは、クラスメイトの風間誠二だった。彼は普段、明るくて適当で、いじられキャラで、誰からも好かれている──少なくとも、そう見えている。

「ん? どうしたの、誠二。」

「……生徒会、入らないか?」

その言葉に、一瞬だけ僕の脳内で思考が高速回転した。誠二の声はいつもと変わらず軽かったが、その中に、妙な確信があった。

「いきなりだね。どうして?」

「俺、生徒会で書記やってんだよ。で、会長から“新しい人材が欲しい”って言われてて。俺、翔がいいと思ったんだ。」

なるほど。選挙ではなく、推薦──つまり、任命制。権力は静かに、しかし確実に個人の判断で回っている。僕の計画にとって、好都合な条件だった。

「それって、先生とかに許可取らなくていいの?」

「必要ない。うちの生徒会、割と独立してるんだよな。推薦者が出して、会長が認めたら入れる。あ、会長の名前は白石由花だ。」

「ふぅん……ありがたい話だけど、なんで僕なんかを?」

誠二は、少しだけ真剣な表情になった。

「翔ってさ、誰にでも優しいし、冷静だし、クラスでもバランス取ってるじゃん。何かトラブルがあっても、絶対パニクらないし。会長、そういう人欲しがってたんだよ。」

……それはつまり、「管理しやすい人材」という意味にも取れる。だが、誠二がそれをどこまで理解しているかは不明だな。

「考えさせてくれないか?」

「もちろん。無理強いする気はないよ。俺は、翔が生徒会に入ってくれたら“面白くなる”って思っただけだし。」

そう言って誠二は笑った。いつもの調子、でもその奥には何かを秘めた視線があった。

風間誠二……お前は本当に“ただのバカ”なのか?




翌日、僕は生徒会室を訪れた。ドアの前で軽くノックをすると、中から「どうぞ」と女性の声がした。

中にいたのは──

「来てくれたんだね、翔くん。」

生徒会長の白石由花。才色兼備、学年首席、生徒会の絶対的リーダー。教師たちからの信頼も厚く、校内の行事のほとんどを彼女が仕切っていた。もちろん、学校におけるただの一端である僕でもその名前と実績を知っている。

「風間くんから話は聞いてます。ぜひ、力を貸してもらえたら嬉しいのですが。」

「……僕でいいんですか?」

「ええ。あなたの評判は聞います。冷静で、調和を重んじる。今の生徒会に、そういうタイプが必要なんです。」

冷静で調和を重んじる──裏を返せば、“問題を起こさず、自分の意見を否定しない存在”とでも言いたいのか……やはり、この人はそういう人材を欲しているようだ。

「それでは、これからよろしくお願いします。」

僕は微笑みながら頭を下げた。ここで断る理由はない。むしろ──ここからが本番だ。

白石由、高校3年、学年主席。才色兼備、冷静沈着、完璧主義。その名を知らぬ者は、校内にほとんどいない。

由花は、僕を見つめながら言った。

「推薦は風間くんからだったけど、私は元々あなたのこと、少し気になっていたんですよ。」

「……気になっていた?」

由花は椅子から立ち上がり、窓の外を見ながら静かに語る。

「学園祭の準備の時、教室をいくつか見回ってたんですよ。あなたのクラスの展示、他と比べてもすごく秩序があって、無駄がなかった。皆が、自然と翔くんの指示に従っていたんですよ。」

……見ていたのか。あの程度で「気になる」とは、観察眼が鋭いのか、あるいは演技か。

「僕が指示していたわけではないと思いますけど。みんなが頑張ってくれただけです。」

「ふふ、そういうところも含めて、ですね。」

由花は振り返って笑った。冷たいようで優雅な微笑み。完璧に整えられた言葉と態度。しかし、その目だけは笑っていなかった。

「……それで、僕に何をして欲しいんですか?」

由花は、生徒会室の机に置かれた書類の束を指差す。

「今すぐに仕事を振るつもりはないのですけど、ただ、“観察”させてもらいたいんですよね。生徒会という場で、あなたがどう動くかを。」

やはり、“試してくる”ということか。

「わかりました。僕なりに頑張ります。」

「ええ。期待しています。」


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