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作業と仕事

「おはようございます、翔くん。」

突然にして始まったあの戦いから1週間と少し、休日の昼に僕たちは待ち合わせていた。

「おはようございます。」

生徒会の頃の感覚が抜けきらず、お互いに敬語を使っている僕たちだが、付き合い始めて少しだけ距離が短くなったような気がする。

とはいえ、近くなったのは肉体的な距離なのだが。

「それじゃあ、行きましょうか。」由花さんは僕の腕に自分の腕を絡ませ、体を近づける。

その髪の柔らかな香りに体を包まれながら、僕たちは歩いていく。今日のデートは、とりあえず東京駅の中にできた新しいカフェに行くことになっている。

ガッツリ食事を摂るところではないとわかっているため、あえてのこの時間と言うわけだ。

そのカフェの前に立ち、僕は予想が当たっていることを確認する。どんな人でも考えるであろう、周りの行動パターンの逆を行く選択肢。

しかし、わざわざカフェに行くために昼食を早めたり遅めたりするかと言われるとそうではないだろう。学生なり社会人なり、だったら会社帰りや休憩時間に行けばいいと考えるのが自然だ。

そのため、食事処は混んでいるが、このカフェはそこまでの混みを見せていない。

まぁ、僕ではなくある人の入れ知恵なわけだが。

というか、今日のデートプランは僕が全てを考えているわけではない。

一部はもちろん僕が考えたものだが、こういったものは女子の方が理解しているものだ。

最初は嫌がっていたが、懇願すると考えてくれた。

申し訳なさなどどこ吹く風、僕が考えた唯一のスポットであるカフェの前に、僕たちは立っている。

あまり作ってもらったことを考えていては由花さんにバレる可能性もあるからな。

「翔くんは何を頼みますか?」

出入り口の前にあるメニュー表と睨めっこしながら、由花さんは僕に聞く。

「そうですね……ミルクティーにしたいなと思ってます。」そう答えると、由花さんは少し驚く。

「あれ?ミルクティーでいいんですか?

前は違うものを飲んでいたような気がするのですが……」

首を傾げる由花さんに、

「あの時はちょっと浮気してたんですよ。やっぱり1番はミルクティーです。」と答える。

「浮気って……え?もしかして私も浮気されちゃったり………?」

「いやいやしないですよ。

そもそもですよ?由花さんと別れて僕が誰と付き合うって言うんですか。」

「えぇ…いや…それは……」

すぐには名前が思い浮かばないのか、彼女は頭を抱える。

女子との付き合いの無さが、こんなところで役に立つとは。良いのか悪いのかと言う問題もあるが、ぶっちゃけた話、女子との関わりは少なくない。

しかし、ほぼ全てが業務連絡、あるいは他人の話であって1対1での会話はほぼない。

まぁ、この場においてはそれが有効に働いたと思っておくとしようじゃないか。

「ほら、そんなこと言ってたら後ろが来ちゃいますよ。」

そう言って、僕は由花さんを店の中へ。

「何になさいますか?」

店員の女性の眩しすぎる笑顔に、

「ミルクティー2つでお願いします。」と回答。

隣の由花さんを見ると、微笑みを浮かべている。

生徒会長としてテキパキ働いていた割に、こういうところは優柔不断なのだ。理由は分かりきっているから聞かなくても良いのだが。

席で待っていると、店員の人がミルクティーを持ってきてくれる。

わざわざ席で待つの?すぐ出てくるのでは?という思いをする人も多いはずだが、それがこの店のコンセプトらしい。

人がほとんどの作業を行い、商品も手渡し。今の時代にそぐわないような店なように見えて、昔の雰囲気を出すということに重きを置いている。

だからこそ、短い時間で自分の時間を大切にする人々はわざわざこの時間にこのカフェに来ないのだろう。

それはともかく、技術や文学、芸術が発達しても、何百、あるいは何千年も昔に作られたものや文化に影響を受けるこの世界はやはり面白い。

未来だけを見て人間が生きている訳ではないのだと理解させられる。

実際、僕たちが飲んでいるこのミルクティーでさえも、味は変わっているだろうがずいぶん昔から存在している。その味も、今は技術によって一時期の流行に合わせて味を変えることもできる。

なんともすごいものだ。そんなことを思いつつ、僕はミルクティーを飲む。

ちょっと砂糖をたすか…僕は机の上に置かれた瓶に目を向ける。

うーん、ぱっと見ではどれがどれだかわからん。

塩?砂糖?それとも違うもの?

目を凝らして凝視し、粒の大きさからおそらく砂糖と思われる瓶を取る。スプーンを用いて掬い上げ、それをミルクティーの中へ。

甘味が増して美味しい。

ゆったりとカフェを堪能し、僕たちはその場から次の場所へと移動を開始する。

ずっとカフェやミルクティーのことばっかりで由花さんのことを放置していると思われるかもしれないが、大丈夫だ。

僕が来てみたかったからここにくるプランを強引に捩じ込んだなんて、由花さんが知る由もないのだから。

「翔くん、ここに来たかったんですね。」

ばれた。やっぱり、この人の観察眼の鋭さには気をつけておかなければならない。

「なんでわかったんですか?」

「だって、ずっと私のこと放置して1人の世界を楽しんでましたから。」

少し怒ってそうな目をする彼女に怖さを覚えながら、僕は次へ行きましょうと言って歩き出すのだった。





その日のデートが終わり、僕はある人へ電話をかけていた。

「うん、とりあえず程よく終わったよ。ごめんねあんなこと頼んじゃって。」

ベッドの上、ゆったりと流れる空気の中で、今日あった出来事を報告する。

「じゃ、また。」

数分の電話を終え、僕はスマホを見る。

電話中を始める前にきたそのメッセージに既読をつけ、『おめでとう』と送る。

ま、ぶっちゃけわかりきっていたことだ。

誠二と真琴が付き合うことになったという誠二本人から届いた喜びのメッセージを閉じ、僕はベッドに横になった。






それから特に変わり無く日々は過ぎ去っていき、僕たちは高校2年生になる。

入学式の直後に行われる新入生歓迎会で、僕は司会を務める。

やることは1〜3年までが集まってボードゲームをしたりスポーツをしたりという簡単なものだ。

「えー生徒会長の高切颯だ。

君たちには、この学校で楽しく生活していってほしい。はい、以上。」僕から会長挨拶を振られ、ほんの10秒足らずで挨拶を終えた颯。事前の打ち合わせなんて要らなかったみたいだな。

別に良いかと思いつつ、僕は大体育館の舞台から下を見ている。

どうやらドッジボールをするらしい。

歓迎会には3時間という長い時間が取られている。先輩後輩という関係だけでなく、同級生同士で関係を深めることにも使える、貴重な時間と言えるだろう。

ちなみにだが、僕はこれをやった覚えは一切ない。

スポーツならできるだろうという颯の考えがあり、そこにスポーツが不得意な人たち向けにボードゲームの要素を僕が入れて学校に提出した。

今の時代でもいじめや不登校が完全に0というワケではない。だからこそ、学校内のコミュニティというのは大切なのだが……

颯の方を見ると、ある一点を怪訝そうに見つめている。僕が先ほど受けた感覚と同じだ。

それを証明するかのように、怒声が体育館中に響き渡る。

「なんだテメェ!俺の邪魔しようってか!」

すぐにその声がした方に視線を向ける。

映り込んできた光景は、威圧された小柄な少年が怯えてその場に縮こまっているところと、それを上から見下ろして怒鳴り散らしている奴だった。

先ほどでの流れを見ていた僕たちの判断は一つに定まる。

何をどうすれば良いのかわからずオロオロしていたところに、自分の歩いていく先に立つなという体の大きい生徒からの怒声といった感じだろう。

完全に怒声を発した側が悪いところだが、あの生徒たちを僕は見たことがない。

つまり、両方1年生ということだろう。

颯が、お前が行ってどうにかしてこいという視線を向けてくる。

やっぱりただの脳筋バカじゃないんだよなと思いつつ、僕は舞台から降りる。

本当な、颯は人のことを考えつつ行動できる人間なのだろう。

なんて思いながらもその事件の現場に行き、声をかける。

「はいはい、どうかしましたか?」

怯える少年をこれ以上怖がらせないよう、僕は笑顔を作る。

「あ?誰だオメェ。」

「さっき、司会をやらせてもらう生徒会副会長の暁翔って言ったはずなんだけどなぁ。」

「そんなもん知るかよ。」

そう答える1年生の言葉に、そりゃそうだと思う。僕みたいな人間じゃない限り、関わるはずのない生徒会メンバーの名前をわざわざ覚えようなんて思わない。

しかし、僕の名前を覚えていないこととこの状況にはなんの関係もないわけで。

「とりあえず、君はなんで怒ってるのかな?」

「あ?こいつが俺の前で丸まりやがって邪魔だからに決まってんだろ。」

「だったら、この子を避けて君が歩いていけば良いんじゃない?

そもそもこの子を怖がらせていたのは君だったように見えたけどね。」

淡々と話をしていく僕に嫌気がさしたのか、目上の相手にも関わらずその生徒は吐き捨てる。

「ふざけてんじゃねぇぞ?んなんで俺がこんなやつのために動かなきゃいけねぇんだ。」

低いトーンで怒りを表しながら、その男は言う。

「じゃあ、どうする?僕はこの子が動く必要はないと思っている。舞台から見てたし、君の話をすんなり聞いてあげるほどお人よしじゃないんだけど。もちろん、反論があるならしてもらって構わないけどね。」

「は?お前になんの権限があってそんなこと言ってんだ?」

「僕にある権限?生徒間の争いを仲裁すること、かな。一応生徒会副会長だs━━━━。」

「いつまでもヘラヘラ笑ってんじゃねぇ!」

僕の話の途中、突如として腕が振り上げられ、拳が振り下ろされる。

2年差にも関わらず、体格だけは颯と同等かそれ以上。どれだけ喧嘩慣れしていなくてもまともに食らえば痛いだろう。

そんなんことを思いながら、その拳を軽々と受け止める。

「なんだ、暴力に頼ることしかできないの?

だったら君、本当にバカなんだね。」

誰にも気づかれないようにその男に言う。

「ざっけんな!」

次に繰り出された蹴りも、僕は受け止める。

それにしてもだ。なんでこの学校は血の気の多いやつが一定数いるんだろうな。

とはいえ今大学1年になっている学年でそこまでの大きな話は聞いていないからそんなになのか?僕の同級生にも暴力好きな奴はいないはずだ。颯とこの生徒が異分子で、やっぱり異分子というのは注目を集めるということだろうか。

「とりあえず、話は後で聞くよ。」

そう言って僕は受け止めている手と足を離し、即座に後ろに回って手刀を決める。

ふっと火が消えるように彼の目が閉じ、その場に倒れかける。

倒れないように体を支えて教師に後を引き継ぐ。教師たちが間に入ってこないように止めていた颯には感謝しておかないとな。

「それにしても、わざわざあんなことする必要があったのか?」あっさりと仕事を終えて舞台に戻った僕に颯が問いかけてくる。

「良い悪いは別にして、ほぼ確実にさっきの生徒は1年の中で強い発言力を持つようになる。そうなった時、1年生に対する僕の発言力も多少は増すだろうからね。

あと、1年生の前で僕が十分な力を持っているってことも証明しなきゃ。」

「ま、それはわかっていた。じゃなかったら俺が行っていたからな。」

なんか調子が狂うということで、僕と話す時もいつも通りの口調で良いと言ったからか、威厳があるような気がする。

その後は暴力沙汰が起こることもなく段々と活気を取り戻して、僕たちは歓迎会の仕事を終えるのだった。

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