新たな道
次の日、翔は学校に来なかった。
空いた2つの席を交互に見つめながら、担任はふぅと小さくため息を吐く。
俺だって、できる限りのことをしたはずだ。
それなのに、昨日あいつに向かって投げかけた言葉は、間違っていた気がする。
「誠二?起きてる?」
不意に声をかけられ、俺の思考は覚醒する。
「ど、どうした?」
真琴の顔を見上げ、俺は話を聞く。
「今日の放課後、翔の家に行こうと思って。でも私1人で行っても多分何もできないから、誠二にも一緒に来てほしい。」
真琴は真琴で、翔のことをどうにかしてあげたいと思っているのだと理解できる。
その時、教室内でざわめきが起こる。
「そのお話、私にも詳しく教えていただけませんか?」
現れた白石会長に、俺は驚く。
「詳しく…とは?」
「今日の何時からかということです。
今日は生徒会の仕事は無しということを伝えに来たのですが、翔くんの家を訪ねるのですよね?」
やはりこの人はどんなことでもすぐに見抜いてしまう。もちろん、声が聞こえていた可能性もあるだが……
そんなことを思いつつ、真琴に視線を向ける。
「私は全然大丈夫ですけど……誠二は?」
「俺からしても白石会長がいれば心強いです。
じゃあ、今日の15時半に学校の門集合でいいですか?」
2人からの同意を得て、今日の放課後の予定が確定する。
「ここが……」
会長の案内の元、俺たちは翔の家の扉までたどり着く。
迷うことなく、真琴がインターホンを押す。
こういう時に真琴がいるとやっぱり頼もしいが、そんな真琴の目からはいつもの堂々とした姿が見られない。
彼女も、緊張しているのだ。
「お2人は、とても仲がいいのですね。」
返事の返ってこないインターホンと睨み合っている中、空気を和ませるように会長が言う。
しかし、この場での急なその言葉は、俺と真琴に動揺をもたらす。
ピリピリとした空気、お互いに自分には何ができるかを考えていたところだろう。
「あっ…失礼しました。
なんでもありません。」そう言って、会長は申し訳なさそうな笑顔を浮かべる。
「出て来ませんね…」
インターホンを押してから3分、翔が出て来る気配は一向にない。
「もう一度押してみて出て来なければ、日を改めましょう。」
そう言って、白石会長がインターホンを押す。
体感では長い長い時間が経ち、扉の鍵が開く音を聞く。
俺たちは顔を見合わせ、扉に視線を向ける。
「はい…暁です。」
ずっと寝ていなかったのか、目の下にはクマができ、何度も涙を拭ったのか、鼻の下とクマができている場所が赤くなっている。
翔と対面した第一声、
「翔くん、次に生徒会に顔を出すのはいつになりそうですか?」と会長が問いかける。
真琴からしたらなぜ今生徒会の話をするのか理解ができないのだろう。こんな話でいいの?という視線に向けてくる。
しかし、これは会長なりに考えてのことだと俺にはわかっている。
きっと大丈夫だ。そんな視線を送り返し、俺たちは沈黙する。
「ご迷惑をかけているのはわかっています。
僕のせいで士気に関わるようなら、生徒会から除名していただいても構いません………」
力なく、こちらを見ることもせずに翔は答える。
「わかりました。
翔くんが戻ってくるまで、席はそのままにしておきますから。」
おそらく、どんな答えが返ってきてもそう言うつもりだったのだろう。
学校に、いつまででも居場所を作って待っている。たとえクラスの人たちと疎遠になったとしても、生徒会は温かく迎え入れる。
そんな言葉に、俺も頷く。
「俺だっているし、会長が卒業したとしても高切先輩もいる。
絶対、みんなお前を待ってるぞ。」
そう言葉を投げかけても、翔は顔を上げない。簡単なことではないとわかっていても、心からの言葉が届かないっていのは辛い。
「生徒会だけじゃない。クラスだってそうだよ。
亜美がいなくなって、みんなも辛い。
そんな時に翔までいなくなっちゃったら、みんなもっと寂しくなる!」
真琴も強く言い放つ。
それでも、翔はこっちを向いてくれない。
翔と話はできるのかという思考がいつの間にか変わり、何と言えば良いかということを考える。
何ができる?なんて言えば、翔の心の傷を癒すことができる。
どうすれば、友達を闇から連れ出せる?
教えてくれよ………亜美。
お前なら、わかるんじゃないのか?
俺にはわからない翔を、俺が知らない翔をお前は知ってたんじゃないのか?
グッと、奥歯を噛み締める。
自分の彼女じゃないのに、彼女を失った苦しみは翔の方が大きいはずなのに、その姿を思い返して涙が溢れそうになる。
あのバカ………なんでいなくなっちまったんだ━━━━━!
いつもみたいに笑って、翔や真琴と笑い合う日々を終わらせてよかったのかよ!
どうしようもない運命の中で、俺は何を思っているのだろうか。
翔を悲しませないでほしかった。そんな思いは、俺の独りよがり以外の何ものでもない。
亜美だって、あんな風に死ぬのを望んでなんかいなかったはずなのに。
そんなことわかりきっているのに、今の翔を見ると、この感情のやり場が無くなっていく。
思考を巡らせる。酸素が頭に回っていかない。
耳鳴りがして、頭にズキズキと痛みが走る。
どうして俺は━━━━━━こんなにも無力なんだ。
友達を前にして、何もできない。心を動かすことも、顔を上げさせて俺の方を向かせることさえできない。
どうすれば……どうすればいい。
激しい思考の中で、ふわりとした感覚が、俺の意識を現実へと連れ戻す。
気づくと、白石会長が俺の肩に手を乗せて優しい笑みを浮かべていた。
ハッとして扉の方を見る。
そこには、翔の小さくなった背があった。
しかし、あの事故現場で見た背とは少しだけ違う。
ひとまわり。
いや、そこまでいかないかもしれないけど、少しだけ、ほんの少しだけ大きくなっているように見える。
「ありがとう、誠二。」
空耳ではないかと思うほど小さな声で、翔は確かにそう言って扉を閉めた。
何を言えばいいのかわからなくなって、俺はその場に立ち尽くした。
その次の日、僕は学校へ行った。
クラスメイトは、僕を温かく、優しく迎え入れてくれた。
「翔、来たんだな。」
ニッと笑顔を浮かべ、担任は席に座った僕を見る。
「よーし。今日は席替えだ。
1年最後の席替えだからな。お前たちの移動したいところに行っていいぞ。
ただし、言い合いになった時は即座にくじに切り替えるから覚悟しておくように。」
歓声が上がり、それぞれが席を立って話し合いを始める。
「一つ、お願いがあるんだけど…いいかな?」
そう誠二に伝えると、全てを理解したように彼は力強く頷いて言う。
「あのさ、亜美と翔の席を隣にしてやってくんねぇかな。
もちろん、1番後ろの席をあげてくれないんて言わないからさ。」
その言葉を聞いて、みんなは顔を見合わせる。
男子たちを誠二がまとめ、女子たちを真琴がまとめる。
ほんの数十秒で、唯一1番後ろの列である2席を、僕と亜美に座らせたいという話になった。
「本当に…いいの?」
彼らに問いかけ、温かい視線を受け止める。
「ありがとう………」
目元をこすりながら、僕は感謝を述べる。
それから先、席替えは3分ほどの時間を使って完了する。
僕の前に座ったのは、誠二。その隣、亜美の前の席に座ったのは真琴だった。
これも、クラスメイトたちの温情だろう。
亜美が席からいなくなって受けた授業は、なぜかいつもよりもつまらないように思えた。
「翔、この後の生徒会はどうする?」終わりのホームルームの後、誠二は僕に聞いてくる。
「うん、行こうと思ってるよ。」
「そうか、それはよかった。」
訪れた沈黙を破って、僕は口を開く。
「少しだけ、話を聞いてくれないか?」
頷いた誠二を見て、僕は少し遠くを見る。
「正直、僕はずっと不安だった。
今日ここに来ることで、亜美のことを考えちゃうんじゃないかって。
いや、実際に何度も亜美のことを考えた。
あの笑顔を、あの横顔を。何度も何度も。
こんな僕を好きになってくれて、こんな…こんな僕のことを亜美は………」
力の籠る手に、誠二は手を重ねてくる。
「本当は、俺なんかじゃだめだってわかってる。
今のお前の傷を癒すことができるのは亜美だけだって。
だが、このままお前が弱っていくのを俺が黙って見ていちゃ、俺は亜美にあの世で顔向けできない。」
そう言って、誠二は僕の手を強く、握りしめる。
「時間は前にしか進まない。けど、心は後ろに置き忘れたものを何度でも迎えに行ける。」
そうだろ?と言うように向けられた誠二の力強い視線が、僕の目をまっすぐに捉える。
「あぁ、そうだね。」
フッと笑みを浮かべ、僕は立ち上がる。
その顔を見てか、彼は少しだけ驚いたような顔をしたが、すぐにその顔は笑顔になる。
「よっし、行くか。」
伸びをしながら言う誠二に頷き、僕たちは教室を後にする。
「翔くん、来てくれたんですね。」
先に生徒会室の椅子に座っていた会長が、僕を見て言う。
「ご迷惑をおかけしました。」
僕の言葉に首を横に振り、会長は手にした資料に視線を落とす。
「完全復帰、だな。」
隣の席の颯がそう呟き、僕は小さな笑みを浮かべるのだった。




