この世が終わるその日まで
プロローグ 最後の予告
世界が終わる日が、決まった。
“彗星衝突による地球消滅まで、あと31日”
そんなニュースが世界中に流れ、人々の生活は一変した。
誰もが絶望し、希望を失っていく中――
僕は、彼女に会いに行くことを決めた。
最後の1ヶ月。
もう何も失いたくないこの世界で、
僕が選んだのは「君と生きること」だった。
第一章 君が泣いた、その夜から
高校3年の春。
朝のチャイムが鳴るギリギリで、僕は教室に滑り込んだ。
そこには、変わらない景色があった。
賑やかなクラスメイト。ぼんやりした黒板。
そして、窓際でひとり本を読んでいる彼女――如月澪。
小さくて、無口で、でも不思議と目が離せない人だった。
その日、僕は彼女が泣いているのを見てしまった。
誰もいない帰り道、桜の木の下で、ひとり。
「澪……?」
声をかけた瞬間、彼女ははっとして顔をそむけた。
「なんでもないよ……ごめん、見ないで」
そのときは、僕もそれ以上聞けなかった。
でも、その涙の理由が“世界の終わり”だったと知るのは、もう少し先のことだった。
第二章 告白よりも先に世界が終わるなんて
彗星の衝突が予告された翌日、
教室の空気は一変していた。
「どうせ終わるんだから、勉強なんて意味ないだろ」
「今のうちに好きなこと全部やるんだ!」
そんな声が飛び交う中、澪はただ静かにノートにペンを走らせていた。
僕はその横顔を見ながら、ずっと抱えていた想いを飲み込んだ。
――「好きです」と伝える前に、世界が終わるなんて。
そんなの、あんまりだ。
「澪、来週、時間ある?」
「うん……あるよ」
「一日、一緒に過ごさないか?」
それが、僕らの“最後のデート”のはじまりだった。
第三章 君と歩いた、終末の街
休日、澪と僕は街へ出た。
誰もが浮かれていたり、泣いていたり、怒っていたり――
混乱と諦めがごちゃまぜになった世界の中で、
僕たちはアイスを食べたり、古本屋で詩集を眺めたり、
何でもない時間を精一杯大切にした。
「ねえ、空くん。私、この景色、ちゃんと覚えてたいな」
「俺も。澪と見たこの街が、最後になるなら――絶対に忘れたくない」
「じゃあ、約束ね。世界が終わっても、忘れないって」
そう言って、澪が小指を差し出した。
僕はその小さな指に、自分の指を絡めた。
“約束”は、世界の終わりにも負けなかった。
第四章 澪の秘密
1週間後、澪は突然学校を休んだ。
心配になって家を訪ねると、彼女の母親が出てきて言った。
「澪ちゃん……このところ、病院に通ってたんです。
持病があって……正直、あまり良くないみたいです」
胸が潰れるような思いだった。
澪が、あの日あんなに笑っていたのは、
きっと“限られた時間”を知っていたからなんだ。
「私、ずっとね……“先に終わる側”だったの。
でも、今はちょっとだけ、ずるいと思ってる。
だって、世界が終わるって聞いて、みんなと同じになった気がしたんだもん」
僕は、澪の手を握りしめた。
「ずっとそばにいるよ。絶対に」
第五章 二人の時間
残り20日。
僕らは、“世界が終わる日まで”一緒にいることを決めた。
・澪が行きたがってた小さな美術館
・誰もいない校舎の屋上でお弁当
・夕日が沈む河原で手をつなぐだけの日
「なんで、空くんは泣かないの?」
「澪が笑ってるからだよ。俺、君が泣いたら泣くと思う」
「じゃあ、笑ってていい? 最後まで、笑ってていい?」
「うん。ずっと、そのままでいて」
時間が止まってほしいと思ったのは、このときだった。
第六章 夜空の手紙
残り10日。
澪は、眠れない夜、星空を見ながら手紙を書いていた。
「未来の私へ。
もし奇跡が起きて、君が生きていたら――
空くんのこと、ちゃんと“ありがとう”って言ってあげてね」
僕はその手紙をこっそり読んでしまった。
「澪、奇跡は俺が信じてやるよ。
君が信じられない分、俺が二人分信じる」
澪は泣きながら笑って、言った。
「ほんと、ズルい人だね。
だから、私、好きになっちゃったんだよ」
第七章 “その日”が近づく音
残り3日。
空は灰色になり、ニュースでは避難誘導が繰り返されていた。
でも、僕らは逃げなかった。
澪の病状は悪化し、歩くのもやっとだった。
でも彼女は、最後まで外を見たがった。
「空くん……一緒に終わってくれて、ありがとう」
「終わるんじゃない。始まるんだ。俺たちは、ここから」
そんな言葉しか、もう出てこなかった。
第八章 最後の約束
残り1日。
澪が言った。
「来世でも、会いたいな。空くん、探してくれる?」
「もちろん。何度でも見つける。
また好きになって、また一緒に歩く」
「……そっか。じゃあ、私も探すね」
そして彼女は、微笑みながら目を閉じた。
その手には、小さな折り紙の星が握られていた。
「また、会おうね」
第九章 この空の下で
「澪、どこにいるの!」
最終日前日、澪は姿を消した。
僕は必死で探し回った。
彼女がいたのは、ふたりで流星を見たあの丘だった。
彼女は空を見上げていた。
「……そらくん、来てくれたんだ」
「当たり前だろ……もう一人にしないって言ったじゃんか!」
「うん……ごめん、最後に、ちゃんと“ありがとう”って言いたかったの」
「そらくんに出会えて、よかった。
こんな世界でも、生きててよかったって思えたよ」
僕は彼女を抱きしめた。
小さくて、細くて、でもあたたかい――僕のすべてだった。
第十章 世界の終わり、君との始まり
4月30日、最終日。
人々はテレビの前で、空を見上げて、静かにそのときを待っていた。
僕と澪は、ベンチに並んで座っていた。
「ねぇ、怖くないの?」
「ううん。隣にそらくんがいるから、怖くないよ」
澪は、そっと目を閉じた。
僕は、彼女の手を握りしめた。
カウントダウンが始まる。
10……
9……
8……
そのとき、澪がふっと微笑んだ。
「来世でも、見つけてくれる?」
「何度でも」
5……
4……
3……
「じゃあ……来世も、好きになってね」
「……絶対に」
2……
1……
――静寂。
光に包まれた世界で、僕は確かに、彼女の声を聞いた。
終章 君の声が届く場所で
――目が覚めると、そこは真っ白な世界だった。
僕は生きていた。
地球は、奇跡的に衝突を免れた。
だけど、澪はいなかった。
彼女は、あの日の夜、そっと息を引き取っていた。
彗星でも、病でもなく、
“時間切れ”という形で僕の隣から旅立った。
彼女の枕元には、1通の手紙が置いてあった。
「そらくんへ。
君がこの世に生きている限り、私は“終わらない”よ。
だって、君の中で生き続けているから。
――この世が終わるその日まで、ずっと愛してる。」
エピローグ 来世でも、君を探すよ
数年後。
僕は教師になった。
春の入学式。校門の前に、見覚えのある後ろ姿があった。
振り返ったその少女は、こう言った。
「……はじめまして、ですよね?」
でも僕には、もうわかっていた。
この声を、この目を、この空気を――
僕は、忘れたことなんてなかった。
「……うん。はじめまして。
でも、また会えたね」
『この世が終わるその日まで』、僕はずっと――君を待っていた。