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第七話 『月島さんとごへいもちん⑤』

 

 土井山高校の男子生徒の七割を女性不審にした、後に『やなつき地獄変』と呼ばれる文化祭でのミスコン事件。その最終盤、壇上にて柳田さんと月島さんによるラップバトルが開催された。

 しかし、ラップバトルと銘打ってはいたものの、その実態はルールとか韻とかをすべて無視し、ただひたすらにお互いが罵詈雑言と放送禁止用語と大暴言をぶつけ合うという、この世の終わりみたいな悪口大会だった。

 その最中、柳田さんは終始ニヤニヤと性格の悪さが滲み出た薄笑いを浮かべ、対する月島さんは顔を真っ赤にしてギリギリと歯軋りをしていた。こういう所で、芯まで性根が腐っている人と、口は悪いけど根は素直で優しい人との差が如実に現れていて面白い。

 ラップバトル()は、終始柳田さん優勢で進行した。

 最初は笑っていた観客が次第にドン引きし、会場が冷え冷えを通り越して北極のようになった頃、ついに月島さんが臨界点を迎えた。

 「てめぇ、柳田!! そこまで抜かすなら性病の検査キットここに持ってこいやっ!! 今ここでションベンしてやっからよぉ!!!」

 そう言って自分のスカートの中に手を突っ込もうとした所で緑ヶ丘先生の金属バットが後頭部を一閃。しん、と静まり返った会場で、「・・チッ」というガチヤンキーの本気の舌打ちにみんなが震え上がる中、柳田さんは一人アマゾンの猿みたいな声で大爆笑していた。月島さんは打ち上げられた魚のようにうつ伏せのままビックンビックンしていた。

 緑ヶ丘先生にゴミ袋のように引きずられていく月島さんを尻目に、柳田さんは「これで土井山ナンバー1の美少女は私で決まりだね!」と、どの口がほざいてるのか分からん勝利宣言をし、観客全員が「バカかコイツは」という目を向ける中、審査委員長の校長先生より柳田さんと月島さん両名の失格と停学が厳かに言い渡された。・・・残当である。

 はて? それでは誉ある土井山高校ナンバー1美少女の座は、いったい誰の手に渡るのであろうか?

 風間さんはコンプライアンス的な理由でNG。僕の幼馴染であるニャンちゃんこと桜川(さくらがわ) 猫猫猫猫(もふもふニャンニャン)は、幼児向けのイベントブース『土井山高校が世界に誇る珍獣、もっふーと一緒に遊ぼう!!(NGなし)』で、子どもたちに一日中おもちゃにされた結果、すべての気力体力を使い果たし、先程ひっそり息を引き取ったとの報告があったのでこれも除外。

 ではいったい誰が? と首を傾げる僕の前で、まさかまさかの『アイツ』が栄冠を手にしてしまい、僕の顔から一気に血の気が引いていくのであった━━

 ・・・って、そんな話はどうでもいい。


 今は、早急に正さねばならない問題がある。



 「月島あああああああああああああ!!!」



 顔を真っ赤にした柳田さんが月島さんの両肩を掴む。ミスコンの際、ありとあらゆる暴言と挑発を半笑いで受け流していたあの柳田さんが、現在爆裂にバチギレしていた。

 「・・・な、何にょにょんか?」

 流石の月島さんもこれには思わずたじろぐ。その肩をぐわんぐわん揺らしながら、柳田さんは鼻息荒く叫んだ。

 「月島ぁ!! アンタ、人として『それを言っちゃあおしまいでしょ』ってラインあんでしょ!? アンタ今、それを超えたんだよ!? 分かってんの、この人でなし!! 来世は虫になれ!!」

 「はぁ? ・・・にょにょん」

 月島さんは不愉快そうに眉根を寄せる。そりゃあ人でなし世界代表みたいな人にそんなことを言われたら腹が立つのは当たり前だ。

 「何をそんなにキレてるにょにょんか? お前らみたいなやつをバカップル以外になんて表現するにょにょん? 普通にカップルなんて言葉を使ったら世のカップルに失礼だにょにょん」

 月島さんがそう言うと、柳田さんは「それ!!」と言って月島さんの顔を指差し、

 「それがライン超えって言ってんの!! 何!? 何なわけ!? 私、アンタにそんな酷いことを言われなくちゃいけないようなこと何かした!?」

 と、言った。

 ブチっ、という音が月島さんの方から聞こえた気がした。

 「てめぇどの口がほざいてやがるにょにょんか? 食ったパンの枚数なんていちいち憶えてないにょにょんよ?」

 ブチギレそうな気配を感じたが、月島さんはふいに動きを止めると、何かを呑み込むように軽く深呼吸をし、

 「・・・それにしても、お前それだけキレるってことは、そのクソ犬と付き合ってることを案外大切に思ってるにょにょんな? まさかバカップルって言っただけでこんなにキレるとは思わなかったにょにょん」

 と、しみじみした表情でそう続けた。

 「だからそれやめろっつってんでしょうが!! 話が通じねぇなぁ、もうっ!!」

 柳田さんは「んぎぎぎぎっ!!」と歯軋りし、髪をかきむしり始めた。



 ・・・さっきからこの二人、微妙に話が噛み合っていない気がする。



 柳田さんはとりあえず置いといて、僕は「何コイツ怖いんだけど・・」という顔をしている月島さんに声をかけた。

 「あの、月島さん・・。さっきからずっとへんなことを言ってるけど、何か大きな勘違いをしてない?」

 月島さんは小首を傾げた。

 「勘違い? 何のことにょにょんか?」

 「いや、その・・」

 僕はちらりと柳田さんの方を見つつ、



 「僕と柳田さんが付き合ってるとか、そういう━━」



 言い切る前に、柳田さんの強烈なアッパーカットが腹に飛んできた。

 月島さんの一撃と違い、柳田さんの一撃は命の危機を覚える重さがある。僕は四つん這いの姿勢のままピクピクと震え、涙目で柳田さんを見上げた。

 「・・・何で僕いま殴られたんですか? 間違いを訂正しようとしただけなのに・・」

 「うるせえ!! 死ね!!」

 今度はつま先が腹に飛んできた。この人、もしかしたら本気で僕のことを殺そうとしているのかもしれない。そう思わせる威力があった。

 「・・・同じ箇所を執拗に狙い続けるのはやめろにょにょん。ここで殺っちまったら私まで共犯にされるにょにょん。殺るなら私のいないところでやれにょにょん」

 月島さんが柳田さんの肩に手を置き、庇っているのかそうでないのか迷うようなことを言った。

 「こんなのと付き合ってるのを知られたくない気持ちは分かるにょにょんが、これはお前が始めた物語だにょにょん。受け入れろにょにょん」

 「誰がこんなクソゴミカスサイコパス野郎と付き合うか!! アンタ、さっきからいったい何を根拠に私がこんなのと付き合ってるだなんてほざいてんの!? 電波か!? 何か受信したんか!? アルミホイルが必要な案件か!?」

 「人を勝手にアカンやつ扱いするなにょにょん。・・・根拠も何も、私は見たにょにょん」

 「何をよ!?」



 「お前らが、近所の運動公園でキスしてるところだにょにょん」



 しん、と、世界の崩壊が五秒前に迫ったような沈黙が降りた。

 柳田さんの目から、どんどん光が消えていく。

 僕は思わず「あちゃー・・」と顔を覆った。まさか、『アレ』を月島さんに見られてしまっていたとは・・。

 どうしたものかと、僕はため息を吐いた。

 月島さんが誤解したのも無理ない話だが、『アレ』は本当に、そういう話ではないのだ。

 「月島さん、違う違う。アレはね━━」



 「ぎゃあああああああああああああ!!!」



 突然、主人公パーティに打ち滅ぼされた悪役令嬢みたいな断末魔が辺りに響き渡った。

 何事?と思い声の方を見やると、柳田さんが両手で髪をわしゃわしゃと掻きむしりながら、アスファルトに自分の頭を何度も叩きつけている所だった。『私はバカの低脳です』と書かれたプラカードが、柳田さんに合わせてビッタンビッタン跳ねていた。

 この光景さっき保健室で見たなと思っていると、柳田さんはキッと顔を上げ、野生動物のような動きで月島さんに再度掴みかかった。

 「月島ああああ!! ア、アンタ、そのこと誰かに喋った? 喋ってないわよね!? アンタお高く止まってるだけのクソ隠キャだもんね!? おしゃべりするような友達なんて誰もいないもんね!? ね!?」

 「てめぇぶち殺すぞにょにょん。・・・私は喋ってねぇにょにょんけど、土井山の九割くらいはもう知っているはずにょにょんよ? あの運動公園、ウチの高校の運動部の御用達だから、結構な数の奴らに目撃されてたにょにょんよ?」

 柳田さんが、顎にいい一発をもらったボクサーのようにカクンッと膝から崩れ落ちた。

 マジか・・と頭を抱える。最近やけに殺気を感じると思っていたけど、どうりで・・。

 糸の切れた人形のようになった柳田さんを跨ぎ、僕は月島さんの前に立った。

 「月島さん、違うんだよ。アレは、誤解なんだ」

 「誤解? 何がにょにょんか。私はハッキリ見たにょにょんよ。お前らが抱き合って、こう━━」

 「してない。そうなったように見えただけで、僕らはキスなんてしてない。付き合ってもいない。何にもな━━」

 い、と言おうとしたところで、再度柳田さんのアッパーカットが僕の腹を襲った。僕は30センチくらい宙に浮き、白目を剥いて地面に蹲る。

 「・・・あ、あの、柳田さん。僕は誤解を正そうとしてるだけなのに、その度に殴ってくるの、何なんですか・・」

 「うるせえ!! 死ね!!」

 さっきからそれしか言われていない気がする。

 茹で蛸のように顔が真っ赤になった柳田さんと、プルプル震えながら何とか立ちあがろうとする僕の横で、月島さんはキョトンとした表情をしていた。そして、

 「・・・え、お前ら、もしかして、本当に付き合ってないにょにょんか?」

 と、言った。

 「そうだよ」

 「そうよ!!」

 僕らはほぼ同時に答えた。そして、僕は何故か柳田さんに石を投げられた。

 「・・・ふ、ふーん」

 その時の月島さんの表情を、いったい何と表現すれば良いのだろうか?

 月島さんはほんのりと頬を赤らめ、はにかむような笑みを浮かべると、


 

 「そ、そうなんだ・・」



 と、呟くようにそう言った。

 その表情を見て、僕は不覚にもドキリとしてしまった。

 何に対するときめきなのかは、よく分からなかったけど。



 「ん? んんん?」



 柳田さんの目が急に光を取り戻した。そして何故か、月島さんの周りをウロチョロし始める。・・・何だろう? この動き、既視感がある。

 「・・・何にょにょんか?」

 月島さんが胡乱げに訊くと、柳田さんは口元に手を当てた格好でニタニタと性根の腐った薄笑いを浮かべ、

 「あれ? あれれ? あれれれれ? 月島? 月島ちゃん? 月島のの子ちゃん?」

 と、明らかに含みのある呼び方をした。

 「・・・いきなりフルネームで呼ぶなにょにょん。だから、何にょにょんか?」

 月島さんは眉根を寄せ、蝿を追い払うような仕草をした。

 柳田さんは悪魔みたいな笑みを浮かべたまま、月島さんにぐいっと身体を近付けると、こう言った。



 「のの子ちゃんって、もしかして三郎くんのこと、好きだったりする?」




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