番外編『八号さんとほんわかぱっぱ④』
「・・・え」
『六号』の言葉に、久喜原は思わず顔を上げる。
「最強って・・。で、でも、さっき、『六号』は言ってたじゃないですか? 自分たちは使い捨ての下級部隊だったって・・」
『六号』はゆっくりと首を横に振る。
━━━それは最初の話。私たちは『そこ』から実績を積み重ね、最終的には『最強』と呼ばれる存在にまで至ったの。・・・使ってはならない『モノ』を使って。
「? どういうことですか?」
久喜原が訊くと、『六号』の顔に、何かを悔やむような表情が浮かんだ。
━━━私たちは、ズルをした。・・・今風の言葉に置き換えるなら、『チート』と呼ぶべきだろう。私たちは、その『チート』を使い、『殺攻百選』をも上回る『力』を手に入れたの・・。
そう語る『六号』の表情は酷く暗く、『四号』『八号』も同様の暗闇を宿していた。
そんな三人を見回しながら、久喜原は、
「な、なら、その『チート』というのを、久喜原にも使わせて欲しいのです。それで『力』を手に入れて、久喜原も『冥道』からお母さんを守れるようになりたいのです!」
と、すがるように言ったのだが、『六号』はゆっくりと首を横に振り、
━━━申し訳ないけど、それは出来ない。
と、言った。
━━━その『チート』が使える人は、すでにこの世にいない。私たちのように、『怨霊』一歩手前の存在となって、この世に留まってもいない。あの子は、あの子の身体と魂は、もう━━
ギリッ、と、『六号』が歯を軋ませる。
『四号』が、項垂れる『六号』の肩に手を置く。
━━━仮に、その『チート』を使える奴がここにおったとしてもな、それをお前に教えるわけにはいかんのや。・・・アレは、ウチらの最大の成功にして、最悪の失敗でもあった。あの『チート』はな、人間が絶対に手を出してはいかん外法の類やった。ウチらは、それを知らずにイキり倒して調子に乗って・・何も考えずに暴れ続けた結果、その『チート』を与えてくれた奴を失い、『上』の連中から睨まれる羽目になってもうた。その結果が、ご覧の有り様や。まさに、因果応報っちゅうやつやな。
━━━あの時は本当に、色々な『悪いこと』が、いっぺんにやってきたよね・・。誰かに嵌められてるんじゃないかってくらいに。
『八号』が、いつの間にか『六号』の傍らに立っていた。
━━━あの時、私たちの『班』はこれ以上ないくらいボロボロの状態だったの。そんな時に、あの『追いうち』があったから、尚更━━
『八号』が、探るように『四号』を見ている。
『四号』はそれを見て、小馬鹿にしたように鼻を鳴らすと、
━━━警戒せんでもええぞ。同じネタをアホみたいに擦り続ける昭和産のコテコテのお笑いやあるまいし、いつまでも同じ話でズッコけてられるかいな。
━━━だしちゃん・・。
『四号』が、渇いた声で笑う。
━━━・・・ウチはな、本当は分かっとるんや。全部分かってて、全部憶えてて、それを何も知らん風に装って、今日まで自分を誤魔化して正気を保ってきたんや。・・・でももう、それも終いや。
瞬間、『四号』の身体から強烈な邪気が立ち昇った。
久喜原と『八号』は瞬時に身構えるが、『四号』が手を上げてそれを制した。
━━━大丈夫や言うたやろ。・・・ウチはもう、狂気なんぞに負けはせん。そんなもんに振り回されとる余裕なんぞないんやからな・・。
『四号』が、内なる狂気を抑え込むかのように自らの顔を片手で掴んでいる。その隙間から覗く目は時折輪郭を失い、燃え盛る紫色の炎のように変じかけていた。
それは、『霊』が『何か』へと変貌する前兆。
本来ならばすぐさま祓わなければならないところなのだが━━
━━━舐め腐りやがって・・。
『四号』の口から漏れたその声に、久喜原はぞくりと身体を震わせる。
━━━またか・・またウチから奪うんか? 死んでからも尚、ウチから大事なモンを奪い続けるんか? ・・・舐め腐るのも大概にせぇよ・・そんなに皆殺しにしてほしいなら、お望み通りにしたろうやないか・・。
『四号』の全身が、一際大きな紫色の炎に包まれる。まるで生き物のように暴れ回るその炎は、『四号』の体内に引き摺り込まれるようにして収縮したかと思うと、次の瞬間には、爆発したかのように勢いよく体外へ燃え広がる。そしてまた収縮し、再度燃え広がる・・それを、延々と繰り返していた。その様子は、まるで『四号』の内面の戦いをそのまま映しているかのようだった。
「・・・『四号』」
久喜原と『六号』『八号』は、黙ってその光景を見守ることしか出来なかった。
攻防は長く続いたが、やがて『四号』が何かを噛み砕くようにガチリと歯を軋ませ、大きく目を見開く。そして、天に向かって大きく身体を仰け反らせると、
━━━『赤田』の『赤兎馬綾仕』の真髄、もう一度貴様らに見せたるわっっ!!
その咆哮に呼応するかのように、『四号』を中心に衝撃波のようなものが迸る。その波動が収まると、『四号』の身体を覆っていた紫色の炎と邪気が消失する。
後には、しんとした静寂だけが残った。
ひりつくような緊張が支配する中、逆立っていた『四号』の髪がふっと弛緩し、肩に落ちる。その隙間から覗く顔には、強い疲労が滲んでいた。
「・・・自分の中の狂気を、精神力だけで無理矢理抑え込んだですか・・」
久喜原は、愕然とした表情で呟く。
「何でそんな無茶なことしたですか? そんなことして、もし失敗したら『四号』は━━」
『四号』は、深い疲労を滲ませた表情で、はっと笑い、
━━━ウチらは、これから『冥道』を相手にドンパチせなあかんのや。『リーダー』もおらん、『一号』『二号』『三号』もあてにならん、そんな状況で、いつまでもウチが曖昧なままではおられんからな。・・・おいっ、聞いとるかっ!!
『四号』が、『棺桶』に向かって激を飛ばす。
━━━お前らっ!! いつまでそこに引きこもっとるんやっ!? そうやって下向いていじけて、乗り越えなあかんもんからも逃げ続け、グダグダと流されるまま流された結果がどうなったんかをもう忘れてしもうたんか!? ウチらは失ってはいかんもの━━絶対に失いたくはなかったもんを失い、ウチら自身も死んでしもうた。・・・でもな、アレはウチらが万全の状態やったら、防げたことやったろうが? お前らの後悔と苦しみの根源は『そこ』にあるのは分かっとる。あの時ああしていれば、こうしていれば・・そんなことを延々と考え続けとるのは分かっとる。正直言うとな、ウチはこれまでは、それでええと思っとった。後悔と苦しみだけを抱え続け、自分が何者かも分からんくなるまで同じ場所をぐるぐると周り続ける・・それでええと思った。それが、ウチらに似合いの地獄やと思っとった。だから、何も言わへんかったし、正そうともせえへんかった。・・・でもな、今は違う。お前ら、気付いとるか?
━━━ウチらはな、あの時と同じ失敗を、また繰り返そうとしとるんやぞ?
━━━これから状況がどう転ぶんかは分からん。だがな、高い確率でウチらはこの先、『冥道』と揉めることになる。そん時に、お前らは『棺桶』の中に引きこもって、この子が『青いの』と同じ目に遭うのをただ黙って眺めとるつもりか? ・・・ぶち殺すぞ!! ウチは許さんぞ。あの時と同じことを繰り返すのは絶対に許さん!! 二度とウチの目の前で子どもを殺させるようなことは絶対にさせへん!! そのために、ウチは己の狂気と向き合い、呑み込み、克服したんや!! 『冥道』と再び殺り合うためになぁ!!
『棺桶』が、かすかにカタカタと振動し始める。
━━━お前らが、ここまで言うてまだ引きこもり続ける言うんなら、ウチはもう知らん。そのまま一生負け犬のままで朽ち果てとけや。それが嫌なら━━
『棺桶』の中から、何かが大きく跳ねる音がした。
━━━ウチに手を貸せ。もう一度、『冥道』相手に戦争するぞ。
瞬間、『棺桶』の中から大勢の霊が咆哮する声が聞こえた。
その勢いに呼応するように、『棺桶』から激しい圧を宿した紫色の炎が立ち昇る。
その炎は久喜原の部屋を覆い尽くし、天に向かって更に伸びていく。ガラス窓が割れんばかりに激しく揺れる。本棚から本が飛び出し、部屋中に散らばったペットボトルが水揚げされた魚のように跳ね回る。サンドバッグに縛り付けられたウサギのぬいぐるみが、『棺桶』の『力』に当てられて出鱈目に暴れ回る。まるで暴風雨の真っ只中に立っているかのよう。それは、今まで経験したことのない狂乱的なポルターガイストだった。
部屋の床が大地震のように揺れ続け、その振動はやがてマンション全体に広がっていく。久喜原の部屋の壁がみしみしと音を立て、窓ガラスに細かい亀裂が入る。このままではマンションが倒壊するのではないかと思われた矢先━━
ふいに『棺桶』が鎮まり、『力』の放流も止まった。
一拍遅れて、部屋中を飛び回っていた本やらペットボトルやらが、ストンと床に落ちる。ウサギのぬいぐるみも、事切れたように大人しくなる。
静寂の中、『八号』が『棺桶』の側までゆっくり歩いて行き、その蓋に手を置いた。『八号』は目を瞑り、棺桶に額を寄せる。
━━━・・・うん、大丈夫。
ややあって、『八号』が顔を上げた。
━━━みんな眠ってるね。『四号』みたいに完全に覚醒したってわけにはいかなかったみたいだけれど、それでも前よりは随分と良くなってる。『狂気』が薄くなってるよ。これなら━━
━━━あの三人のうちの誰かを、起こすことが出来るかもしれない。
『八号』が、希望を宿した表情で笑う。
それを聞いた『四号』は腰に手を当て、
━━━一番見込みがありそうなんは『二号』やな。アイツの声が一番デカかったわ。まあもっとも、アイツの声がデカいんは生前からやけどな。
と言って、カラカラと笑った。
『六号』が、笑みを浮かべながら『四号』に近付く。
━━━流石は、円香が一番頼りにしていただけはある。あなたでなければ、残りの子たちをここまで呼び戻すことは出来なかっただろう。
『四号』は肩をすくめる。
━━━買いかぶりや。ウチは、思うとることをそのまんま声に出したに過ぎん。それに、みんなが応えてくれただけや。あと、『リーダー』が頼りにしとったんは、ウチじゃなくてお前と御堂やろ?
━━━それは違う。円香が私に求めた役割は裏方で、桜に求めた役割はムードメーカーだった。ここぞという時、命のやり取りをする時は、円香は常にアナタを一番の頼りにしていた。現に、円香は自分に何かあった時、私や桜ではなく、アナタを班長にするよう言伝けていたのだから。
『四号』が目をぱちくりさせる。
━━━何やそれ、初耳やぞ? 何でウチなんかをそこまで評価してくれたんか分からんけど・・。まぁ、あの『リーダー』に、そんだけ認められてたっちゅうんは、素直に嬉しいわ。
『四号』が、はにかむような表情で頬をかいた。が、ふいに「ん?」と眉根を寄せると、
━━━え? でもそれっておかしくないか? 『リーダー』は、自分にもしものことがあった時は、ウチに班長を任せるって話とったんやろ? それなら何であの時━━『リーダー』が重症を負って離脱した時、ウチやなくて『アイツ』が班長になったんや?
『四号』にそう問われた『六号』は、「それは・・」と言って目を逸らす。
━━━理由があった。複雑な話だから、それはいずれまた今度話す。それよりも、今は━━
『六号』が、久喜原へと目を向ける。
「・・・忘れられてるのかと思ったのですよ。久喜原をほったらかしにして、盛り上がらないでほしいのです」
久喜原が頬を膨らませると、『六号』は苦笑し、ごめんなさいと頭を下げた。
※※※
※※
※
━━━今後の方針を決めよう。
『六号』が、全員を見回しながら言う。
━━━まずは話を一旦整理する。びすけっとのお母さんは、何者かから監視を受けている。相手は、まず間違いなく『冥道』。連中の狙いは『晴信君』と、『西』の『開祖の式神』を操る『謎の契約者』の二名。相手をスカウトするつもりなのか、排除するつもりなのかは分からないが、連中の目的はそれだと仮定する。・・・ただ━━
『六号』が、何故か横目でちらりと久喜原を見た。
━━━もしかしたら、連中の目的は『謎の契約者』ではなく、別にあるのかもしれないが・・。今回は、その可能性はあえて考えないことにする。びすけっとのお母さんを監視している者━━仮に『監視者』と名付けるが、私はこいつこそが、土井山の市長に告発状を送りつけた犯人だと睨んでいる。そんな真似をした理由は、ただ一つ。びすけっとのお母さんを追い詰めるため。そうすれば、びすけっとのお母さんは必ず『晴信君』を頼る━━そういう筋書きだと私は読んでいる。故に、『晴信君』が市長に何か仕掛けてくることを期待して、『監視者』は市長にまで監視の目を広げていると考えていいだろう。まずはそれを利用し、『監視者』に『牽制』をかけることにする。
「・・・牽制、ですか?」
久喜原が小首を傾げると、『六号』が「そう」と頷く。
━━━今回は牽制だけに留める。相手の正体も力量も分からない以上、いきなり排除に動くのはあまりにも危険する。だから今回は、土井山の市長を使って、メッセージを送ることにする。
(・・・使う? メッセージ?)
久喜原の頭が「?」になる。久喜原には、『六号』が言わんとしているのことがまったく分からなかったのだが━━
━━━おっ!
『八号』が、目を輝かせていた。
━━━『六号』の言いたいこと、分かっちゃったかも。つまりはつまりは、私の出番ってことだよね!!
『八号』が、その場でぴょんぴょん跳ねながら、嬉しそうに破顔する。しかし━━
━━━待てや。
『四号』が、待ったをかけた。
━━━・・・一応訊くわ。『六号』。お前の言う案って、何や?
━━━そりゃあ勿論、『八号』ちゃんの『家銘』だよ。ね、『六号』?
『八号』が、『六号』の肩に手を回す。『六号』は無言のまま、静かに頷く。『四号』の顔が見る見る険しくなった。
━━━・・・そもそも、『監視者』を挑発するようなことはせずに、当初の予定通りターゲットを土井山の市長だけに留めるべきやないんか? 相手は女を脅迫して意のままに操ろうとする真性のクズや。『七号』と『五号』の『家銘』を使って探りを入れれば、人生終わらせてやれるレベルの醜聞がわんさか出てくると思うで? それを集めて、どっかの雑誌社にでもリークしたらええんやないか?
━━━そんなことしたら足がついちゃうじゃん? 『冥道』には追跡のプロがいっぱいいるんだから、逆探されてすごく面倒なことになっちゃうよ?
━━━どのみち、じゃりん子に関する情報は相手に割れとる。今更やろが。
━━━違う違う。そうじゃなくて、『週刊誌にリークを流した』って事実が残るのがヤバいの。それをネタに、また面倒な脅され方をするかもしれないじゃん? そうならないようにするためにも、ここはやっぱり、『八号』ちゃんの出番だと思うんだけどなぁ〜。
━━━・・・ウチはそうは思わんけどな。今更脅迫の材料が一つ二つ増えたところで変わらんやろ。それよりも、お前が『やる』方がウチは怖い。お前はいつもやりすぎるねん。昔、まだウチらが生きとった頃、それで何回『リーダー』や『先生』に迷惑かけたと思っとるんや? 最初の時は、『西』の奴らの呪法━━『神懸かり』やったか? 都合よくウチらの『家銘』だけ使えるなんて、そんなことが出来るとは思っとらんかったから、お前に任せてしもうたけど、最初から出来ると分かっとれば、ウチは絶対にお前の好きにはさせへんかったぞ?
━━━ヤリスギィなのは確かにその通りだから謝るよ。・・・でもさぁ、真面目な話、この件で私以上の適任はいないんじゃない? それは、『四号』だって分かってるでしょ?
━━━・・・。
『四号』は無言だ。対して『八号』は、ニヤニヤと笑ってはいるものの、目がまったく笑っていなかった。
二人の間に、いつものような仲良さげな雰囲気はまったくない。
久喜原はどうしていいか分からず、オロオロと二人を交互に見つめる。
━━━『四号』。
二人の間に流れる気味の悪い緊張に、『六号』が割って入る。
━━━あなたの言いたいことは分かるが、ここは『八号』に任せるのが最善。言うまでもなく、びすけっとを直接行かせるのは論外。かといって泣き寝入りするのも、びすけっとや私たちの気性的に不可能。アナタの言う通り、『五号』か『七号』に任せるという手もあるけれど、今回に限っては『八号』でなければならない。
━━━何故や?
━━━びすけっとの側に『八車』の人間がいると分からせたいから。『八車』のやり手がこちらにいると分かれば、相手は迂闊な手出しが出来なくなる。その楔を、早急に打っておきたい。先にも言った通り、『監視者』がびすけっとの母親に対して、監視以上の行為に及ぶことはないと思うけど、絶対とは言い切れない。何故なら、びすけっとの母親は、目の醒めるような美人だから。・・・私の言いたいことは、あなたなら分かるはず。
━━━・・・。
『四号』は不快そうに顔を歪めた後、ちっと舌打ちする。
━━━・・・確かにお前の言う通り、『八号』に任すのがええんやろうな。それが一番安牌や。ただな、『八号』。お前に一個だけ確認したいんやが━━
『四号』が、スッと目を細め、
━━━お前、まさかとは思うが、自分が楽しみたいだけとちゃうやろうな?
と、訊いた。
━━━・・・。
『八号』はしばらく黙った後、急にニッと破顔すると、
━━━やだなぁ、『四号』。そんなわけないじゃん〜。
あはは、と笑い始め、『四号』の肩を馴れ馴れしく叩き始めた。
━━━・・・。
『四号』は何も言わない。肩に寄りかかる『八号』から目を背け、固い表情を浮かべている。
━━━みちる。
『六号』が、一歩前に出て来る。
━━━恐らく徒労に終わるだろうが、念のため市長に『監視者』について何か心当たりはないか吐かせておいて。それともう一つ。・・・やりすぎるな。相手側━━『監視者』に、こちら側には『八車』の人間がいると分からせる程度でいい。
━━━おーけー、おーけー、分かってるって。・・・というか『六号』。私のこと名前で呼んじゃダメじゃん? 狂気が溜まりやすくなるから、お互いのことは『番号』で呼ぼうって決めたの『六号』でしょ?
━━━あなたには、『それ』は意味がないでしょう?
今度は『六号』と『八号』、双方に不気味な緊張が走る。
だが、それは一瞬のことで、『八号』はすぐに破顔すると、パンッと両手を叩く。
━━━じゃ、これで話は決まったってことでいいよね? それじゃあ、くっきー。いっくよーー!!
『八号』の号令と共に、『棺桶』の蓋がガチャリと音を立てて開き、中から古い一本の日本刀が飛び出してくる。その鞘には━━
━━━八車みちる。
と、刻まれている。
何が何だか分からなかったが、久喜原は反射的にその刀を宙で掴み、流されるがまま鯉口を切る。
「冥打━━」
「「━━━物見八獄遊界」」
『家銘』を唱えると同時に、久喜原の身体の中に『八号』の『力』が流れ込んできた。
『八号』の『家銘』は、使用すると得体の知れない重さと粘性を感じる。
その感触は、まるで無数の蛇に巻きつかれているかのようだった。
『家銘』の得体の知れない不快感に耐えつつ唇を噛んでいると、やがてその『力』の流れは久喜原の肩と背中から、煙のようにするすると上へ向かって抜けていく。同時に、
━━━んじゃ、行ってくるね!! ・・・あっ、そうそう、一つ言い忘れてた。もしも、三日経って私が戻って来なかったら、その時は私のことはやられちゃったものとして考えてね? ・・・そんじゃ、今度こそ行ってきまーす!!
まるで遊びに出かけるかのような能天気な声と共に、『八号』の気配も消える。
久喜原が、その気配の残滓を見るともなしに目で追っていると、
━━━では、私は『棺桶』の中に戻る。何かあったら起こして。むにゃむにゃ。
久喜原は、「あっ」と口を開いて『六号』を指差す。
「語尾が戻っているのです。久喜原はずっと『急に普通に喋り出したけど、こいつキャラ忘れてるのかな?』って思っていたのですよ」
━━━キャラ作りでも、忘れていたわけでもない。さっきまでは頑張って話していただけ。でも、もう限界・・むにゃむにゃ。
本当に眠くてたまらない奴はむにゃむにゃなんて言わねぇよと思ったが、久喜原は優しいので黙ったまま『六号』を見送ってあげた。
『六号』の気配が『棺桶』の中に消えると、
━━━おい、じゃりん子。
『四号』が声をかけてきた。
目を向けると、『四号』は腕を組んだ格好のまま、険しい表情でどこか一点を凝視していた。
━━━アイツ・・『八号』のことはな、信頼はしてもええけど、信用は絶対にしたらあかんぞ。
「・・・何故ですか?」
言葉の意味を測りかた久喜原が、そう返すと、
━━━ウチらの中で、アイツだけは何があっても『狂気』に飲まれることがあらへん。それは、何でか分かるか?
久喜原は、小首を傾げながら答える。
「『四号』や『六号』のように、耐性があるからではないのですか?」
『四号』は、ゆっくりと首を横に振った。
━━━ちゃう。アイツの家系は、お前のところの『西』に近いところやけど、アイツには、ウチや『六号』のような耐性はないんや。
え、と久喜原は目を見開く。
「・・・じゃ、じゃあ、何で『八号』は・・」
『四号』は、戸惑う久喜原にスッと目を合わせると、
━━━『八号』が『狂気』に呑まれんのはな、アイツの頭が元々狂っとるからや。




