番外編『八号さんとほんわかぱっぱ③』
━━━そう。私もまさに、それが知りたかった。『冥道』の狙いも、恐らくはそれ。びすけっと。アナタは、その謎の契約者について心当たりはある?
久喜原は首を横に振る。
「久喜原は『陰陽大』の情勢についてそんなに詳しいわけではないのですが、もしもそんなすごい奴がいるのなら、流石に久喜原の耳にも届いていると思うのですよ。そうでないということは、その謎の契約者とやらは、『陰陽大』とは無関係の人間だと思うのです」
久喜原の言葉を受け、『六号』が頷く。
━━━私も概ね同じ意見。あの『式神』の現在の契約者は、恐らく『陰陽大』関係ではない。もしそうだとしたら、『冥道』はとっくの昔に、謎の契約者が誰なのかを割り出しているはず・・。
「何でそんなこと言い切れるですか?」
━━━『冥道』は、『陰陽大』の上位機関だから。
思いがけない言葉に、久喜原は思わず息を呑む。
「・・・『陰陽大』は、それ自体で完結している組織だと思っていました。その『上』があるなんて初耳なのです」
━━━無理もない。『冥道』の存在は、裏社会でも秘匿中の秘匿。『陰陽大』でも、知る人はごく僅かのはず。
━━━そんでもって、『冥道』が従えとるのは『陰陽大』だけやない。
『四号』が、仕方なしといった風に小さくため息を吐く。
━━━従えとるのは、全部や。日本の裏社会を構成する組織は、すべて『冥道』に忠誠を誓うとる。極道のような『表』にも認知されとる集団から、『陰陽大』のようなカタギには全く存在を知られとらん組織まで、日本のありとあらゆる『裏』の組織は『冥道』の支配下にあるんや。じゃりん子。お前、特撮の戦隊シリーズは見たことあるか?
『四号』に訊かれ、久喜原は頷く。
「はい。久喜原は、こう見えて特撮が大好きなのですよ。一番好きな戦隊は、ジェットマンなのです」
━━━なんでよりにもよってそれなんや・・。というか、令和の小学生が何でジェットマン知っとんねん。意味が分から━━
━━━『四号』『四号』・・。話がズレるから・・。
『八号』が、ため息を吐きながら『四号』の肩を叩く。
━━━要するに『四号』が言いたいのはね、『冥道』は、戦隊シリーズに出てくるような『悪の組織』ってことなの。私たちは、そこの戦闘員・・いや、最後の方は『怪人』だったのかな? ・・・まぁ、どっちだっていいんだけど、つまりは私たちは、そういう奴らってわけ。
「・・・悪いことをいっぱいしてきた、ということですか?」
久喜原が不安げな声でそう訊ねると、三人は苦笑し、
━━━そうや・・と、言いたいところやけど、違う。ウチらは他と違って、人間相手にあれこれやるような部署とはちゃうかったからな。ヤクザもんがやるような仕事は一切しとらん。ウチらの主な仕事やったんは『狩り』で、ターゲットにしとったんは、お前がぎょうさん祓ってきたバケモノ━━『何か』の類や。
それを聞いた久喜原は、ほっと安堵し、
「それなら、やっていることは久喜原たち陰陽師と同じじゃないですか? 全然『悪の組織』ではないのです」
と、少しだけ非難混じりに言う。すると、
━━━ところが、そうとも言えない。
『六号』がゆっくりと首を振る。
━━━私たちは生前、『影腹』という『冥道』の下級部隊に籍を置いていた。その役目は、在野の陰陽師や能力者が手に負えなかった『何か』を狩ること。しかし、名目上はそうなっているが、実態は違う。私たちが真に課せられていたのは━━
━━━捨て駒になること。
『四号』『六号』『八号』の三人が、一斉に暗い声で言う。
その声のあまりの暗さに、久喜原は思わずたじろいでしまう。
━━━『影腹』とは、すでに切腹しているのを隠し、苦痛を悟られぬよう演じ切れという、歌舞伎や浄瑠璃における訓。『冥道』における『影腹』とは、その訓の如し、死と苦痛を乗り越え、成すべきことを成すための特攻隊の意。つまり、死ぬのを前提に投入される捨て駒ということ。己の命が続く限り『敵』と戦い続け、それで死んだら『次』を投入する━━それを、相手が死ぬまで繰り返す。それが、『影腹』の戦い方であり、在り方。
━━━それの構成員のことを、『草』というてな。その言葉からも分かる通り、そこら中におって、いくらでも生えてくるっちゅう意味や。ウチらは量産型の消耗品っちゅうわけよ。そんな戦い方を是とし、人の命を使い潰すような組織が、陰陽師と同じなわけがない。いくら大義名分がある言うてもな。
━━━『冥道』の大義名分っていうのはね、『人の世界を『何か』から守り、世の秩序を正す』ということなの。その大義名分の下に、私たち一族は何万何十万と犠牲になってきた。それが『何か』との戦いだけで失われた命なら、まだ救いがあった。けれど、実際はそうじゃない。
「どういうことなのですか?」
━━━なに、つまらん話や。ヤクザの世界にもある、仁義なき戦いっちゅうやつよ。『冥道』の反乱分子、『冥道』を敵視する地下組織、『海外』の得体の知れん奴ら、そして『冥道』にとって都合の悪いカタギ衆・・・『冥道』が相手にしとるのは『何か』だけやない。人間もその対象なんや。
━━━正確な統計なんて知らないけど、『何か』との戦いで命を落とした『草』よりも、人間との戦いで命を落とした『草』の方が圧倒的に多いはずだよ。単なる縄張りと利権争いのために、人の命を湯水のように使うとか、そんなのヤクザ者と何も変わらないよね? 昔ならいざ知らず、現代の『冥道』は、『何か』から世界を守るために戦っている組織じゃない。奴らが動くのは、『上』の連中の利益━━要するに金のため。『何か』を狩ることは、単なるオマケ。『冥道』の大義名分は、いつのまにか手駒━━『草』を量産するための建前になってしまったの。
━━━私たちの存在はあまりにも暗く、そして呪われていた。数多の屍と犠牲が積み重なる地獄の山の上に立ち、自らもその山の一部となるまで永遠に戦い続ける・・。正義ではなく、金のために。そんなことをさせるような組織が、『悪』ではないとしたらいったい何だというの? 『八号』の言う通り、私たちはヤクザ者と何も変わりがない・・。
「・・・」
久喜原は黙ることしか出来なかった。
育った環境があまりにも違いすぎて、三人の気持ちを推し量ることすら出来ない。けれど━━
「・・・確かに、『冥道』は悪の組織なのかもしれません。・・・でも、お前たちは違うのですよ」
久喜原は、三人を順に見回す。
「『四号』は、戦い方や身体の鍛え方とか、色々なことを教えてくれました。厳しいことを言っているように見えても、『四号』の言うことはいつも正論でしたし、その言葉には、いつも久喜原の身を案じてくれる優しさがありました。何の才能もないくせに、無鉄砲で考えなしな久喜原のことを見捨てずにいてくれること、本当に感謝しているのです」
「『八号』は、たまに変なセクハラとかしてくるけど、いつも久喜原の話し相手になってくれました。久喜原はこんなんだから友達はいないし、お母さんは仕事が忙しいから、久喜原はいつもひとりぼっちでした。だから、人と会話する楽しさというのを、久喜原はずっと忘れていたような気がします。それを思い出させてくれたのは、『八号』。お前なのです」
「『六号』はいつも眠ってばっかりですが、それは自分の中の『狂気』を抑えるための手段で、今こうして久喜原と話をしているのは、相当な無茶だということは分かっているのです。久喜原なんかのためにそこまでしてくれるのは素直に嬉しいし、感謝もしているのです。『家銘』のことにしたって、思えば久喜原は、『六号』に助けてもらってばかりでした。もしかしたら、久喜原が一番お世話になっているのは、『六号』なのかもしれませんね」
まとまりのない言葉が、勝手に口をついて出る。
久喜原は前髪をかきむしりながら、自分はいったい何を言いたいのだろうと、頭の中で悶絶する。けれど、IQが160もあるはずの久喜原の頭はうまく回ってくれなくて、久喜原が本当に言いたいことの100分の1も表現することが出来ない。脳を駆け巡る無数の言葉を捕まえることが出来なくて、焦りばかりが募っていく。
久喜原が、『棺桶』たちに感謝しているという気持ちに嘘はない。
嘘はないけれど、言葉として口に出してしまった瞬間、それがひどく陳腐な台詞に聞こえて、久喜原は思わず赤面してしまう。
大事な人に、何かひどく辛いことがあって、心がたくさん傷ついてしまっている時、言葉で慰めるのがこんなにも難しいのだということを、久喜原はこの時初めて知った。
どうしようどうしようと、思わずその場にしゃがみ込みそうになる。その時ふと、久喜原は至極単純な事実に気付いた。
伝えたい言葉は山のようにあるけれど、伝えたい気持ちは一つしかないのだということに。
久喜原が伝えたいたった一つのこと、それは━━
「久喜原は、お前たちのことが大好きなのです」
それを聞いた瞬間、三人は虚を突かれたような顔を見せた。
「例え元いた場所が悪の組織だとしても、そこにいたお前らまで『悪』だなんて、そんなことは絶対に違うのですよ。それは、久喜原が魂にかけて保証するのです。お前たちはいい奴らなのです。久喜原の友達なのです。だから━━」
久喜原は軽く鼻を啜り、
「自分たちのことをヤクザ者だなんて、そんな悲しいことは言わないでほしいのです・・」
と、言った。
━━━・・・。
三人は、しばらく黙っていた。
その表情は、久喜原の顔越しに、久喜原の知らない誰かを見ているようでもあった。
ややあって、『四号』が、肩の力が抜けたようにふっと笑った。
━━━正直、その言葉を別の誰かからもう一度聞くことになるとは夢にも思わんかったわ。しかもそれが、お前みたいなじゃりん子とはな・・。でもまあ、アイツん時と同じく、なんか救われたような気持ちになったわ。・・・ありがとな。
『四号』が久喜原の頭を撫でてくる。久喜原はそれをスッと交わし、
「子ども扱いはやめてほしいのです」
と、頬を膨らませる。
それを見て、『四号』は苦笑する。
━━━いや、お前は子どもやろうが。
━━━だよね。
━━━違いない。
三人に一斉にくすくすと笑われ、久喜原は憮然とした表情を浮かべる。
前髪をわしゃわしゃとかいていると、ふいに『六号』が真顔になった。
━━━話が随分逸れてしまったが、『冥道』とはつまり、戦隊シリーズに出てくるような『悪の組織』だということ。連中には、金も権力も武力もあるし、びすけっとが想像もつかないような搦手をいくつも持ち合わせている。あなたのお母さんを監視していたのは、そういう組織だということ。それを、肝に銘じて欲しい。
場の空気が、スッと冷え込む感覚がした。
━━━『冥道』が謎の契約者の情報を僅かでも把握しているなら、元・契約者のむす・・ゲフンっゲフンっ! え、えっと、その・・か、関係者の母親を探るような、ぼやけたことは絶対にしない・・。連中の今の狙いは、恐らく『晴信君』だろう。
━━━あっ、それは私も思ってた。
『八号』が手を挙げる。
━━━『晴信君』なら、謎の契約者が誰なのかを確実に知ってるからね。くっきーのお母さんを監視しているのは、『晴信君』を捕まえるための網を張ってるんだと思うよ。
━━━う〜ん・・。ホンマにそうかぁ?
『四号』が、ピンと来ないといった風な表情で首を傾げる。
━━━『冥道』の目的が謎の契約者を見つけることだとして、そのために前の契約者のむす・・ゲフンっゲフンっ! ・・・か、関係者の母親を監視するて・・。いくらなんでもぬるいんとちゃうんか? じゃりん子の前で、あんまこんなことは言いとうないんやけどな、『冥道』はそんな甘い連中ちゃうぞ? やっとることが何かおかしくないか?
『八号』が、何かに気付いたように「あ」と声を上げ、
━━━言われてみれば、確かにおかしいよね。この手の人探しで『冥道』がやることといったら、拉致って拷問して吐かせるだけ吐かせた後に指切って送りつけるとかだもんね。それをしてないってことは━━
━━━おい・・っ!
『四号』に胸ぐらを掴まれた『八号』が、ハッと我に帰ったように目を見開く。その横で━━
「・・・」
久喜原は、身体の震えが止まらなくなってしまっていた。
━━━びすけっと、落ち着きなさい。
『六号』が、久喜原の肩を掴む。長い前髪の隙間から、聡明な光を宿した意志の強い瞳が覗いている。
━━━『冥道』が、あなたのお母さんに危害を加えることは絶対にない。詳しい説明は省くけど、『道』を使って相手の口を割らせられるような一流が、『草』の下の下がやるような監視任務につくことは絶対にない。あの技は本来、出来るというだけで『殺攻百選』━━『冥道』の上位百名の能力者に名を連ねられるほどの高等技術。にも関わらず、そんな貴重な人材を監視任務に充てているということは、『冥道』は謎の契約者をそれだけ重要視━━あるいは警戒していると考えていい。びすけっとのお母さんに『道』を打ち込んで口を割らせるなどという回りくどいことをしていたのは、相手を極力刺激したくない、または、自分たちの存在を勘付かれたくないという、『冥道』側の慎重さの現れに他ならない。故に、『冥道』があなたのお母さんに危害を加えるなどということは絶対にありえないの。・・・だから、どうか安心して。
「・・・でも、でも、もしもこれから先、晴信君がずっと見つからなくて、謎の契約者が誰なのかも分からなくて、『冥道』が痺れを切らしちゃったら、そしたら、そしたら、お母さんは・・」
━━━びすけっと。
『六号』が、久喜原の肩を強く揺らした。
━━━そんなことはさせない。私たちが絶対にさせない。短い付き合いだけど、アナタは私たちがどれほど強いのかをすでに知っているはず。・・・けれど、アナタが知っているその『強さ』は、私たちの実力のほんの触り程度しかない。私も『四号』も『八号』も、未だアナタには本気を見せていないし、それは『五号』と『七号』も同じ。そして、びすけっとの側には、本気の私たちを遥かに凌駕する『一号』『二号』『三号』もついている。例え『冥道』が『殺攻百選』を差し向けてこようとも、私たちに負けはない。何故なら━━
━━━私たちの『班』は生前、『冥道』最強の部隊だったのだから。




