番外編『八号さんとほんわかぱっぱ②』
━━━だめ。・・むにゃむにゃ。
長い前髪のせいで、顔の上半分が全隠れしてしまっている女幽霊━━『六号』が、久喜原の背中に乗っかった格好で、むにゃむにゃと口を動かしている。
コイツの『家銘』は『吸収』。
『六号』の『家銘』は、『怨霊』や『何か』の原動力となっている『力』、そして、気力体力精神力といった、人間のバイタルに影響を及ぼす『力』を吸い取ることが出来る。
その『家銘』の影響によって、『力』を吸われてしまった久喜原は、三徹明けのサラリーマンのように床に突っ伏したまま動けなくなってしまった。
━━━ちょっ、ちょっと、『六号』! 急にどうしたのよ?
『八号』が駆け寄ってくる。
『六号』は、『四号』『八号』と同様、正気を維持してはいるものの、常に眠っている状態の幽霊だった。なので、久喜原は『六号』と会話したことは数えるほどしかなく、このような真似をされたのも初めてのことだった。
久喜原は、上に乗っかる『六号』をキッと睨みつけ、
「・・・反乱というわけですか? 上等なのです。あの豚をバーベキューにする前に、お前を先に調理してやるのですよ・・」
と宣言する。が、そうは言ったものの、身体にまったく力が入らない。『力』もうまく練れない。今まで何度も借りてきた『六号』の『家銘』だが、自分が食らうとこうも凶悪なのかと歯噛みする。いや━━
(今まで久喜原が借りていたのは、コイツの『家銘』のほんの一端でしかなかったのだろう。これが、『六号』本来の『家銘』の威力・・)
改めて、『棺桶』の中にいる連中はバケモノ揃いなのだと実感する。
しかし、だからといって、泣いて許しを乞うという選択肢は存在しない。
誰が主なのか思い出させてやると、久喜原が『左眼』の封を解くべく、眼帯に手をかけた瞬間━━
━━━落ち着いて、びすけっと。私に、反逆する意思はない。むにゃむにゃ・・。
『六号』はそう言って、猫のように顔を久喜原の背中に擦り付けてきた。
━━━いい匂い。むにゃむにゃ・・。
「嗅ぐなです。・・・反逆じゃないとしたら、これはいったい何の真似ですか?」
━━━闇討ちするのを止めにきた。危ないから、びすけっとは手を出さない方がいい。むにゃむにゃ・・。
久喜原は、「はぁ?」と言って顔を歪める。
「この久喜原が、あんな豚に遅れをとるとでも思っているのですか? あんな奴、指先一つで残飯にしてやるのですよ」
━━━そうじゃない。あの市長自体は何の問題もない。アレはただの豚。・・・でも、アイツの後ろにいる奴。ソイツは違う。
後ろ?と、久喜原は眉を寄せる。
『六号』はわずかに顔を上げると、『八号』の方を見て、
━━━『八号』は気付いていたんでしょう? びすけっとのお母さんが、あの男の子に話をしていた時、首筋に『道』を打ち込まれていたのを。
(・・・『道』?)
聞き慣れない単語に、久喜原は内心で首を捻ったのだが、
━━━はぁ!?
『四号』が、激しく動揺していた。
━━━『道』を打ち込まれとったって・・そんならなにか? じゃりん子のオカンは、誰かに無理矢理喋らされとったってことかいな? 『道』で相手の口を割らせるとか、相当な高等技術やぞ? 『六号』。お前それ、ホンマのことなんか? 何かの間違いやないんか?
━━━間違いじゃないよ。
『八号』が、硬い表情で割り込んでくる。
━━━確信が持てなかったから黙ってたけど、『六号』がそう言うのなら間違いない。くっきーのお母さんは、あの時『道』を打ち込まれてた。しかも、それだけじゃなくて、あの部屋は誰かが『目』と『耳』を『飛ばして』た。単独なのか複数なのか分からないけど、相手側には、『五号』と同じ『伍代』の人間か、あるいは連中に『家銘』を教わった人間がいる。つまり━━
━━━『冥道』が関わってる。
『八号』の言葉を、『六号』が引き取る。またもや知らない単語が出てきたのだが━━
━━━おいっ!!
その言葉が出た瞬間、『四号』が怒りを露わにする。
━━━その名前は、この子の前では絶対に出すなって決めてたよな!? どういうつもりや、読島っっ!!!
今にも掴みかからんばかりの勢いの『四号』に対し、『六号』はあくまでも冷静な声で、
━━━落ち着いて、志乃。私も、出来ることならこの子の前で、その名前を口にしたくはなかった。・・・でも、もうそんなことを言っていられる段階じゃないの。
と、言った。
『四号』は眉根を寄せ、「どういうことや?」と問う。
━━━順を追って話すけど、その前に一つ。びすけっとが再三口にしている『晴信君』という人だけど、その人は『西』━━『陰陽大・西派』の人で間違いない?
『六号』に問われ、久喜原は頷く。
━━━その『晴信君』は、かなりの重要人物とみたけど、『西』ではどのくらいの位置にいる人なの?
「『西』は『東』と違い、組織ではなく、相互扶助を目的とした組合のようなものですからね。『東』のような『長』はいないのですが、強いてあげろと言われたら、ほぼ全員が晴信君の名前を上げる━━それくらいには影響力がある人なのですよ」
━━━つまり、実質的な『西』の代表。びすけっとは、その人の庇護下にあるということで合ってる?
「まぁ、そうなるんでしょうね。ちょっと前に会った例の晴信君の『元・式神』ですが、アイツが言うには、晴信君は『東』や『他の方面』に、『久喜原親子にちょっかいをかけたら許さない』と、通達を出してくれているそうなのですよ。外野からは、久喜原は晴信君の身内だと思われているでしょうね」
━━━・・・答えたくなかったら答えなくていいけど、その『晴信君』は、どうしてびすけっとにそこまでしてくれるの?
「どうして、と言われましても・・晴信君は久喜原と同じ、あか婆の弟子ですからね。同門のよしみという奴じゃないですか?」
━━━『晴信君』は、びすけっとの様々な犯罪行為も隠蔽してくれている。いくら同門でも、そこまでするとは思えないけど・・。
━━━ちょっと、『六号』・・。
『八号』が、戸惑った表情で『六号』を見ていた。傍らの『四号』も、似たような表情をしている。そんな二人に向け、『六号』は、
━━━二人の言わんとしていることは分かっている。でも、これは考えがあって聞いていることだから、黙っていてほしい。
と言った。
━━━・・・。
『四号』と『八号』は、不服そうな顔をして黙り込む。
どうやら二人は、何かを懸念しているようだが、それが何なのかが皆目見当がつかない。
久喜原は内心で首を傾げつつ、続けた。
「同門であること以外に理由があるとするなら、アレじゃないですかね? お袋も静佳ママも、それについては詳しいことを教えてくれないのですが、晴信君は久喜原が産まれる前に、何かをやらかしてしまったそうなのですよ。それが何だったのかは知らんですが、晴信君は静佳ママから『次に会うたら、おまんの生皮を全部剥ぐ』と、リアルガチに宣告されているそうですから、相当なことをやらかしたんだと思いますよ? その負い目で、晴信君は久喜原に色々と便宜を計ってくれてるのではないでしょうか?」
それを聞いた『八号』が、「あちゃー」と、額に手を当てる。
━━━これってさぁ、やっぱりアレだよね? 『お前、外に出すって言ったよな!?』的な・・ヴォェッ!!
『八号』が、顔面正拳突きからの無限腹パンを『四号』から食らっている。その横で久喜原は、
「・・・? 外に出す? 何をですか?」
と、首を傾げる。
━━━あのバカの言ったことは気にしなくていい。恐らくではあるけれども、『晴信君』とやらが、びすけっとを守る気持ちに裏がないのは分かった。・・・その『晴信君』について、もう一つ質問なのだけど、その人が従えている『式神』━━いや、従えていた『元・式神』か。アレは━━
━━━いったい『何』なの?
『六号』がそう訊くのと同時に、『四号』が手を止める。『八号』は白目を剥いていた。
━━━あれ程の『力』を持つ『式神』は今まで見たことがない。もしかして、アレが噂に聞く『開祖の式神』なの?
『六号』に問われ、久喜原は頷く。
「そうです。『西』と『東』がそれぞれ一体づつ所有している『開祖の式神』。アイツは、その内の一体なのですよ」
『陰陽大』の開祖が使役していた『式神』であり、元々一つだった『陰陽大』が、『西』と『東』に分裂するきっかけにもなった二体の強力な『式神』━━それが、晴信君の『元・式神』の正体である。
━━━やはり。それならば、あの強さも納得がいく・・。生前、何百年にも渡って使役者が現れなかった『開祖の式神』を調伏した天才が、『西』から現れたという噂を耳にしたことがある。名前までは知らなかったけれど、それが『晴信君』で間違いないだろう。
久喜原の話を聞いた『六号』が、一人頷く。そして、
━━━びすけっと。『晴信君』は、あの『式神』をどの程度操れたの?
と、訊いてくる。
「アレは、ラジコンのように術者が操るモノではなく、完全な自律型の『式神』なのです。なので、一度召喚さえしてしまえば、あとは術者の『力』が続く限り、好き勝手に戦ってくれるのですよ。ただ━━」
その召喚には、多大なリスクが発生する。
あか婆が亡くなった後、『封印倉』の主を祓う際に、久喜原は一度だけ、晴信君があの『式神』を召喚するのを見たことがある。
その時、晴信君は比喩抜きで死にかけていた。
身体中の穴という穴から血が噴き出てて、口からは木枯らしのようなヒューヒューという音が漏れていた。久喜原は、静佳ママに助けを求めるべく、電話をかけようとしたのだが、
『静佳さんに見つかったら生皮を剥がされてしまいますから! 救急車を! 普通に救急車を呼んでくださいなのです!!』
と、晴信君に腕を掴まれ止められた。久喜原は、
『いや、救急車を呼ぶよりも、静佳ママに病院まで担いでいってもらった方が早いですから』
と言って腕を振り払い、再度静佳ママに電話をかけようとしたのだが、
『やめてくださいなのです!! お願いしますなのです!!』
晴信君はそう懇願し、久喜原の身体に泣きながらしがみついてきた。久喜原はその身体を突き飛ばすと、晴信君の頬を全力で張り倒し、
『久喜原に触るんじゃねぇです!! このロリコンがっ!!!』
と、大声で怒鳴りつけた。晴信君は女の子座りで頬を押さえながら、信じられないものを見るような目で久喜原を見ていた。
『びすけっ!! どうした!!』
久喜原の声を聞きつけたお母さんが、大慌てで『封印倉』に飛び込んで来る。久喜原は晴信君を指差し、「コイツに身体を触られたのです」と言った。晴信君は「はへ?」と変な声を出した。能面のような無表情になったお母さんは、蔵の入り口に立てかけてあった木の棒を無言で掴むと、そのままツカツカと晴信君の前まで歩み寄り、
『私の娘に何してくれとんじゃ!! このクソロリコンがっ!!!』
と怒鳴りつけ、最前列でヘドバンするバンギャのように木の棒で晴信君を滅多打ちにし始めた。薩摩ぼっけもんでもここまではやるまいという容赦のない打ち込みだった。晴信君はやめてくださいしんでしまいますと繰り返していた。その声がだんだん小さくなり、二日目を迎えた金魚掬いの金魚みたいに口をパクパクし始めた頃、もうそろそろヤバいかなと思った久喜原は『封印倉』に何故か置いてあったプロレス用のゴングを手に取ってカンカンカンと鳴らした。ゴングを聞いたお母さんは名残惜しそうに「ちっ」と舌打ちすると、白目を剥く晴信君に木の棒を投げつけ、
『オラァッ!! さっさと失せろや、このクソダボがっ!!! ちんたらしとっと静佳呼びつけて、おまんをリアル人体模型にさせっぞっ!!!』
と、怒鳴りつけて唾を吐いた。晴信君は自分の血がべっとりとついた木の棒を杖代わりにして立ち上がると、産まれたての子鹿のように身体をカクカクさせながら夕陽に向かって歩いて帰っていった。その時の晴信君の哀愁を極めたような後ろ姿を、久喜原は忘れようにも忘れられなかった━━それはともかく。
「・・・まぁ、そんな感じで、あの『式神』の召喚は、文字通り命がけになるのですが・・お前らも見た通り、今のアイツは━━」
━━━常時顕現状態で、しかも、人間の子どもに擬態している。
久喜原の言葉を『六号』が引き取る。
久喜原は小さく頷き、
「あの『式神』はスペースシャトル並みに燃費が悪くて、晴信君では顕現させるのは三分間が限界でした。そんな奴が、どういうわけだか自由に動き回れていて、しかも、人間に擬態して普通に日常生活を送っている━━あり得ないことなのですよ。そのエネルギーはどこから来てるんだって話です。久喜原はそこが知りたかったのですが、お前らも聞いてた通り━━」
━━━ごめんなさぁい〜。いくらびすけちゃんでも、それは話せないんですよぉ〜。
と、身体をくねくねさせながら、はぐらかされてしまった。
「どうやら去年辺りに晴信君が巻き込まれた、極めて厄介なトラブルとやらが関係しているらしいですが・・それが何なのかも、まったく分からないんですよね。晴信君は━━」
『藪をつついたらゼットンが出てきたでござるの巻』
「・・・って、意味の分からんことを言うだけですし。久喜原は令和の小学生なんだから、昭和の例えを使うんじゃねぇと何度言ったら分かるんだか・・。次に晴信君に会ったら、静佳ママにお願いして、左半身の皮を全部剥いでもらうことにするのです」
久喜原が頬を膨らませていると、『四号』『六号』『八号』は揃って浮かない顔をし、
━━━ゼットンって・・。それ、絶対に超絶ヤバいヤツにぶち当たったってことだよね?
━━━まぁ、そういうことなんやろうなぁ・・。『六ノ宮』絡みでも引いてもうたんかな?
━━━『西』の代表がゼットンなんて例えを使っているのだから、恐らくはそれか、それに近い何かのはず・・。
と、何やらボソボソと話していた。久喜原にはゼットンが何のことやら分からなかったが、この三人には分かるらしい。流石は昭和生まれですね、と皮肉を込めて言ってやると、
━━━お前なぁ!! ことあるごとにそれ言いよるけど、ウチらは平成の生まれやからな!? 昭和生まれやあらへんぞ!!
『四号』の言葉に、『六号』『八号』が揃ってうんうんと頷く。
久喜原は、すごく小さな声でボソリと、
「・・・どうせギリギリ平成ってだけでしょうが。四捨五入すれば昭和に決まっているのです」
と、呟く。
━━━あ゛? 何か言うたか?
「いえ、何にも。・・・話を元に戻しますが、晴信君とあの『式神』については、他にも分からないことだらけなのです。何で晴信君は世界中を飛び回ってるのか? 何であの『式神』との契約が切れたのか? そして何よりも一番分からないのは━━」
「今現在、あの『式神』が契約しているのはいったい誰なのか、ということなのです」




