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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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番外編『八号さんとほんわかぱっぱ①』


 「んがああああああああああっっ!!!」

 我ながら動物みたいな声だと思いつつ、久喜原はサンドバッグに縛りつけた巨大なウサギのぬいぐるみをぶん殴り続けていた。



 ━━━・・・。



 その様子を、『四号』と『八号』が微妙な表情を浮かべながら見つめている。

 このNBA選手みたいにデカいウサギのぬいぐるみは、例のみかん畑とかいうアホみたいな名前のオカマ野郎が何かのテレビの企画で獲得したものらしく、

 『立さんの娘さんって、確か僕と同い年でしたよね? だったら、このぬいぐるみは娘さんに差し上げますので、よかったら貰ってやってください』

 と言って、お母さんを通して久喜原に贈ってきたものである。

 久喜原は、心の底からこんなぬいぐるみは欲しくなかったのだが、電話中のお母さんが「サブにお礼を言っておきなさい」と言ってスマホを渡してきたので、仕方なしに、

 『お礼に久喜原の尻を舐めさせてやるから、ダッシュで家まで来いなのです』

 と言ってやったら、お母さんにグーでしこたま殴られた。

 久喜原が「この件は然るべきところに報告させてもらうのです!」と捨て台詞を吐きながら自室に戻ると、



 ━━━・・・。



 『四号』と『八号』が、揃って何か言いたげに久喜原を見ていた。

 何ですか?と訊ねると、『四号』が「いや・・」と首を振り、



 ━━━最近の子って、進んでるんやなぁって思っただけや。



 と、よく分からないことを言った。横で、『八号』がうんうんと頷いている。

 二人が何を言っているのか分からないが、何故だかひどく侮辱されているような気がした。お母さんといいコイツらといい、尻を舐めさせるくらい何だと言うのか? アメリカでは普通にやってる(※やってません)ことなのに。昭和生まれの考えることは本当に分からない。

 何かイライラしたので、腹いせにネットの海を漂う収益化出来ずに散っていた名も無きVtuberたちの怨念をウサギのぬいぐるみの中に詰め込んでみかん畑に送り返してやろうと思ったのだが、思っていたよりも怨念が強かったらしく、ウサギのぬいぐるみはその日の夜に自我を宿して起き上がり、



 ━━━コペルニクス! コペルニクス! コペルニィィィィクゥゥスゥゥ!!!

 

 

 と、訳の分からんことを叫びながら家の中を走り周り始めた。何やら言いようのないぞわりとしたものを感じた久喜原は、即座にウサギのぬいぐるみをダクトテープでぐるぐる巻きにしてサンドバッグに拘束したのだが、時すでに遅く、いつの間にか後ろに立っていたお母さんに頭をミシリと掴まれ、「ぬいぐるみの中にへんなもん入れるのやめろって言ったよな? パクリだって思われんだろうが!!」と、訳の分からんことを言われてグーでしこたま殴られた。翌日。然るべきところに「お母さんが意味不明なことを言って久喜原をいっぱい殴ってくるの」と相談したら、数日後に結構なおおごとになった。それはともかく。

 既に中に入っていた名も無きVtuberたちの怨念は滅却済みなのだが、案外殴り心地がよかったので、久喜原はウサギのぬいぐるみをサンドバッグに縛りつけたままにしていた。その腹を、ボタンを連打すれば出せる必殺技のように殴り続けながら、久喜原は猿のような奇声を上げ続けていた。



 ━━━お前・・もうそろそろ落ち着けや? ウサギちゃんがスプラッターハウスになってまうで?



 横で久喜原を見ていた『四号』が、ため息混じりに言う。それをキッと睨みつけながら、

 「これが落ち着いていられるかってんです!! あのクソ野郎・・っ!! 誰だ!! あんなのを市長になんかした奴はっ!! 出て来いっ!! ぶっ殺してやるのです!!!」

 久喜原は更なる怒りを込めて、ウサギの腹に拳をぶち込んだ。

 『四号』と『八号』は揃って顔を見合わせ、処置なしと言わんばかりに肩をすくめた。



 ことの発端は、数時間前に遡る。



 日付が変わる直前の深夜、お母さんが能面のような無表情で帰宅してきた。

 「・・・」

 お母さんは無言のまま久喜原の部屋に入ってくると、ハードヨガをやっている久喜原を無視してスタスタとサンドバッグの前まで歩いて行き、

 「んがああああああああああっっ!!!」

 と叫ぶと、急にサンドバッグを連打し始めた。

 久喜原は『四号』『八号』と顔を見合わせ、来るべき時がついに来てしまったのだろうかと不安げに眉を落とす。『八号』が、



 ━━━ちょっとチェックしてくる。



 と言って、お母さんの肩の辺りに軽く取り憑いた。しばらくして、



 ━━━セーフ。



 と言い、『八号』が腕で○を作ってきたので、久喜原と『四号』は揃って安堵のため息を吐いた。しかし━━

 「・・・来るべき時が来たわけじゃないとしたら、お袋はいったいぜんたいどうしたんでしょうかね? あんまり大きな声でバシバシ音を立てたら、『あそこのシンママさん、また子どもを・・』って近所で噂になってしまうのですよ」



 ━━━不謹慎すぎるネタやめて、くっきー。ライン超えだよ? ・・・それはともかく、くっきーのお母さん、何かあったみたいだね。頭の中が怒りに支配されちゃってるよ。



 サンドバッグに縛りつけられたウサギのぬいぐるみは、お母さんに殴られすぎて今にも綿を吐き出してしまいそうである。

 久喜原は、ペットボトルのお茶を横からスッと差し出し、

 「お袋。これを飲んでとりあえず落ち着けなのです」

 と言って、お母さんの肩を叩いた。開栓したのはだいぶ前だった気がするが、多分大丈夫だろう。

 「・・・」

 お母さんはそれをひったくるようにして飲み干すと、「かあーっ!」と、酒呑みのような声を上げ、その場にあぐらをかいて座り込んでしまった。

 「・・・」

 その両肩からは、未だ怒りの湯気が立ち昇っている。

 「えらくご機嫌斜めのようですが、いったい何があったですか?」

 そう訊くと、お母さんは何故かじっと久喜原の顔を見つめてきた。

 本当にどうしたのだろうと、久喜原が小首を傾げると、お母さんの目にみるみる涙が溜まっていく。久喜原が狼狽し、「・・え」と声を上げると、

 「びすけ・・どうしよう・・」

 お母さんはそう言って、久喜原の肩を掴んで泣き始めた。

 久喜原はどうすればいいか分からず、ただオロオロとすることしか出来なかった。



 その後。



 『四号』と『八号』にフォローしてもらいつつ、何とか泣きじゃくるお母さんを寝かしつけることに成功する。

 その際、途切れ途切れに聞き出したところによると、どうやら土井山の市長と揉めているらしいことが分かった。

 いったいぜんたい何がどうなってそんな大事になったのかは話してくれなかったので、お母さんが眠った後、久喜原は『八号』に頼んで記憶を探ってもらった。すると━━



 ━━━・・・。



 数分後。硬い表情をした『八号』がお母さんの身体から出てきた。

 「何か分かったですか?」

 久喜原が訊ねると、『八号』は悩むように首を傾げ、



 ━━━視てもらった方が早いと思う。



 と言って、記憶を『飛ばして』きた。

 それによって、分かったのは━━



 お母さんは、久喜原がこれまで起こしてきた様々な『やらかし』をネタにされ、土井山の市長から脅迫を受けていることだった。



 ※※※

 ※※

 ※



 土井山の市長は、みかん畑を土井山市の広告塔にしようと、あれこれ画策していたらしい。お母さんとは、その交渉を行う過程で知り合ったようだ。

 しかし、みかん畑も事務所も、そういった仕事を受けるつもりは一切なく、みかん畑のマネージャーであるお母さんは、市からのオファーを断り続けていた。

 市長は、見た目通りの昭和系パワハラ経営者のテンプレ宜しく「相手は女なんだから押せば何とかなるだろう」と考えていたようだが、お母さんは九州の女であり、幼小中高と『しずかちゃん係』を勤め上げてきた女傑である。腹の弛んだジジイからの圧力など、三年落ちのハンディ扇風機の送風程度にしか感じない。どれだけ圧力をかけられようが、お母さんは断固として依頼を断り続けていた。しかし━━



 ある日の交渉の席で、市長は気味の悪い笑みを浮かべながら、お母さんの前に一通の茶封筒を差し出してきた。

 お母さんが「これは何ですか?」と訊ねても、

 「まあ、見てくださいよ」

 としか言わない。

 お母さんが訝しながらそれを開けると、封筒の中には、久喜原のこれまでの『やらかし』が詳細に記された報告書が、何枚もの写真と一緒になって入っていた。

 お母さんは、青ざめながらその報告書を改める。そこに記載されていたのは全て事実であり、晴信君や山じぃに何とかしてもらったもの━━ストレートな言葉を使うなら、隠蔽してもらったものばかりだった。

 ただ、隠蔽と言っても、それらは何かしらの必要性があって隠蔽したものばかりだった。



 除霊の過程上、やむを得ず依頼人の同級生をボコボコにしたりとか、



 解呪の都合上、やむを得ず重要文化財を破壊したりとか、



 久喜原の気分上、やむを得ず墓荒らしをしたりとか、



 隠蔽した『やらかし』は、そのような事情があるものばかりだった。

 しかし、言うまでもなく、そういったことは『表』の世界では一切忖度されない。久喜原がやらかしてきたことは、『表』の世界では歴とした犯罪行為である。

 これらが明るみに出れば、危うくなるのは久喜原の立場だけではない。『西』の実質的なトップである晴信君ならともかく、静佳ママや山じぃといった、隠蔽に関わった他の一般人の協力者にも確実に類が及ぶだろう。

 何とかしようにも、『西』は『東』と違い政治力がない。要するにコネがない。芸能人がやらかした時に電話一本で令状を無かったことにしてくれる都合のいい謎の権力者とのコネを持っている奴など『西』には一人もいないのである。

 ことの重大さを理解したお母さんが血の気の引いた顔を上げると、そこには勝ち誇った市長の顔があった。

 「例の件ですが、受けて頂けますよね?」

 その目が言わんとしていることは明らかだった。

 お母さんは返事を保留にし、市庁舎を辞した。



 ※※※

 ※※

 ※



 『ポンオフィス』の事務所に戻った後、お母さんは真っ先に晴信君に連絡をしようとした。

 しかし、捕まらない。

 お母さんは知らぬことだが、晴信君は去年辺りに()()()()()()()()()()に巻き込まれていて、その処理のために、日本のみならず世界中を飛び回っている状態だったのだ。

 晴信君が今どこにいるのかは、誰も知らない。

 もうかれこれ半年近く、誰も連絡すらつかない状態だった。ここまで連絡がつかないとなると、流石に生死が危ぶまれるところだが、晴信君の『式神』━━正確には『()()()()』であるが、そいつが言うには、一応は生きているそうである。一応、というのがすごく不穏だが、こればかりは考えてもしょうがない。どこかのゲリラに捕まっていないことを祈るばかりである。

 話が逸れてしまったが、そういった晴信君の裏事情を知らないお母さんは、一向に繋がらないスマホを睨みつけながら、

 「さっさと出なさいよ、晴信・・」

 と言い、苛々と爪を噛んでいた。すると━━



 「立さん、どうしたんですか?」



 ハッとして顔を上げると、いつの間にか側にみかん畑が立っていた。

 その姿を見たお母さんは、慌てて表情を整えて「何でもない」と答えようとしたのだが━━



 その目から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。



 「あ、あれ・・?」

 お母さんが狼狽した声で言う。

 何とか笑顔を作って誤魔化そうとしたのだが、うまく笑うことが出来ない。どうにかこうにか言い訳しようとしても、頭がうまく回らない。そうこうしている内に、目からはどんどん涙が溢れてきて、ついにはどうしようもなくなってしまう。

 お母さんは両手で顔を覆い、肩を振るわせて泣き出してしまった。

 「・・・」

 みかん畑は、そんなお母さんを心配そうに見つめた後、



 「立さん・・何があったんですか?」



 と、優しい声で訊ねた。



 その笑顔を見た瞬間、久喜原の身体の奥にある何かが、ピクリと跳ねたような気がした。



 ※※※

 ※※

 ※



 「ふわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」

 久喜原がいきなり奇声を上げたので、『四号』と『八号』は揃って飛び上がった。



 ━━━な、なんや、お前・・急にデカい声出しよってからに? びっくりしたやろうが。



 ━━━くっきー、大丈夫? 何か顔赤いけど・・。



 『四号』と『八号』が、久喜原の方を心配そうに見つめてくる。

 「だ、大丈夫なのです・・べ、別に何でもないのです」

 久喜原は髪をかきむしりながら答える。何故だか、髪をわしゃわしゃしたくてたまらなかった。

 うー、と唸りながら髪をわしゃわしゃしている久喜原を見て、『八号』が、



 ━━━体調悪いんだったら、『記憶』を視るの明日にする?



 と、訊いてくる。

 久喜原は慌てて首を横に振り、

 「だ、大丈夫なのです!! つ、続きを視るのです!!」

 と言い、自分の頬を両手でペチペチと叩いた。

 脈拍が異様に早い。

 自分は何か呪的な攻撃を受けているのだろうかと不安になるが、『八号』と『六号』の防御を破り、久喜原にその手の攻撃を仕掛けられる奴がいるとは思えない。『力』で身体の中をセルフチェックしてみても、病気らしい兆候は何も見られなかった。それなら━━



 この胸の奥がドキドキするような不思議な感じは、いったい何なのだろうか?



 「・・・さっき、『トゥンク・・』とか、『ズキュゥゥゥゥン!!』って音が、どっかから聞こえてきませんでしたか?」



 ━━━え? ・・・いや、別に聞こえてへんけど?



 『四号』が、「お前は?」という感じに横を見るが、『八号』はふるふると首を横に振った。



 ━━━・・・おい、じゃりん子。お前、ホンマに大丈夫か? 『八号』の言う通り、やっぱり明日に━━



 「ダ、ダメなのです!! 久喜原は、お袋に何が起こっているのかを早急に知らなくてはいけないのです!! 久喜原は大丈夫ですから、早く続きを視せろなのです!!」



 ━━━いや、でも・・



 「いいから!! 本当に大丈夫ですから!!」



 ━━━・・・。



 『四号』と『八号』は難色を示したが、久喜原が折れそうにないことを悟ると、渋々ではあるが、お母さんの『記憶』の続きを久喜原に『飛ばして』くれた。そこに映っていたのは━━



 ※※※

 ※※

 ※



 みかん畑は、お母さんの告白を黙って聞いてきた。

 話し終えると、お母さんはハッとした表情になり、

 「ご、ごめんね、サブ! こんなこと話ちゃうなんて、私、いったい何考えてるんだろ・・。今の話は、聞かなかったことにしてちょうだい」

 そう言って、頭を抱えた。

 「・・・」

 みかん畑は、そんなお母さんをしばらく見つめた後、その肩にゆっくりと手を置いて、

 「それって、僕が土井山市の仕事を受ければ、すべて丸く収まるってことですよね。だったら、その仕事受けちゃいましょうよ、立さん?」

 と言って、笑った。

 お母さんはぎょっとしたように顔を上げると、大慌てで「それはダメよ!」と首を横に振る。

 話には聞いていたが、どうやら久喜原が思っている以上に、みかん畑は無理をして土井山に帰ってきているようだった。

 これ以上スケジュールを詰めてしまったら、睡眠時間の確保さえままならなくなる━━お母さんはそう言ったのだが、みかん畑は何でもないことのように笑い、

 「中途半端に寝るよりも、徹夜しちゃった方が楽ですから。僕は立さんと違って、まだ若いですからね」

 と言って、おどけて見せた。

 お母さんは、そんなみかん畑を泣き笑いのような表情で見つめると、アイツの額を指で軽く小突いた。

 「・・・生意気なガキめ」

 「えへへ、ごめんなさい」



 みかん畑のパァっとした笑顔を見た途端、久喜原の胸も、何故かパァとなった。



 ※※※

 ※※

 ※



 「うみゅううううううううううううううううっっ!!!」



 ━━━またかっ!? お前、さっきから何やねん!?



 「ご、ごめんなさいなのです!! な、何でもないですから!! 本当に何でもないですから!! どうぞ続けてくださいなのです!!」



 ※※※

 ※※

 ※



 その後。お母さんとみかん畑は、長い時間、押し問答をした。

 自分のせいで無理はさせられないと言い張るお母さんと、無理ではないから構わないと言い張るみかん畑。

 みかん畑は、ふわふわした見た目とは裏腹に、一度コレと決めたら絶対にそれを曲げない気性の持ち主らしく、お母さんの説得に頑として首を縦に振らなかった。

 その言い争いは長く続いたが、遂にはお母さんの方が折れた。

 「・・・ありがとう」

 お母さんは、涙を浮かべた瞳でみかん畑に抱きついた。その背を、みかん畑は「いいんですよ」と言いながら、ぽんぽんと優しく撫でる。そして、

 「・・・ねぇ、サブ」

 「はい。何ですか、立さん?」



 「今度、また一緒にお風呂入ろうね? 次は、背中だけじゃなくて前の方も━━」

 「・・・いえ、それは大丈夫です。本当に、大丈夫ですから・・」



 ※※※

 ※※

 ※



 「んがああああああああああっっ!!!」

 久喜原は九回裏に逆転満塁ホームランを打たれた甲子園球児のように床ドンする。



 ━━━・・・。



 そんな久喜原を、『四号』が気の毒そうな顔で見つめている。そういうリアクションはやめてほしい。本当にやめてほしいと、久喜原は心の底からそう思った。

 『八号』が、恐る恐るといった風に近づいてくる。



 ━━━く、くっきー、落ち着いて? 国が国なら一生GPS案件だけど、日本ならセーフだから。・・・たぶん。



 「うるせぇええええええええええええっっ!!!」

 久喜原は『八号』を振り払うと、寄生虫に脳をやられたキツツキのように壁に頭を打ちつけた。

 「んがああああああああああっっ!!!」

 今の久喜原には、とにかく痛みが必要だった。お母さんの結構アレなところを知ってしまったとか、みかん畑の笑顔を見ると何かヘンになってしまうとか、久喜原家の醜聞を他人に見られてしまったとか、そういったことをすべて忘れさせてくれる、何らかの痛み的なやつが。

 久喜原は、心の中のぐちゃぐちゃをぶつけるように、壁に自分の頭を連打し続けた。



 数分後。



 部屋の壁に、敷金は返ってこないだろうなというくらいの穴が開いた頃、久喜原の心が一応鎮まった。



 ━━━・・・。



 『四号』と『八号』は、そんな久喜原をチラチラと見ながら、どっちが声をかけるかでボソボソと言い争いをしていた。二人のコントに付き合う気分ではなかったので、

 「・・・続きを」

 と低い声で言ったら、『八号』が「はい」と頷いて、即座に記憶を視せてくれた。そこには━━



 ※※※

 ※※

 ※



 場面が、再び土井山の市長室に移った。

 テーブル越しに、お母さんが厳しい眼差しで市長のデブを睨みつけている。

 対する市長は、殴りつけてやりたくなるようなムカつく半笑いを浮かべていた。

 二人の間にあるテーブルには、いくつかの書類が並べられている。どうやら、みかん畑を土井山の広告塔に起用するという話を詰めているところらしかった。

 あれこれとやり取りを交わした後、何かの書類にサインしたお母さんが顔を上げる。

 「・・・話はまとまったわけですが、これで娘の件はなかったことにしていただけるんですね?」

 お母さんがそう訊くと、市長は「ん?」とわざとらしく耳に手を当てる。ぶち殺したくなるくらい、イラッとくる仕草だった。



 「何のお話ですかな?」



 市長はニタニタと気味の悪い笑みを浮かべながら、そう答えた。

 お母さんは「・・は?」と言って顔を歪めて立ち上がった。その手が、市長の胸ぐらを掴もうとする。だが━━

 「おっと、暴力はいけませんよ? 暴力は? もしもここで何かが起こってしまったら、あの封筒がどこかの出版社やテレビ局に飛んでいってしまいますよ?」

 「・・・ッ!」

 お母さんは、唇を噛み締めながら手を引っ込める。

 その様子を見て、市長は勝ち誇った顔でふふんと鼻を鳴らし、

 「次の打ち合わせは、市庁舎ではなく、ホテルで行いましょうか? ・・・もちろん、来てくださいますよね?」

 と、言った。

 お母さんは返事をせずにテーブルを蹴り飛ばすと、書類を乱暴に鞄に戻して市長室を後にした━━



 これが、お母さんに今日起こったことのすべてである。



 ※※※

 ※※

 ※



 そして、冒頭に戻る。

 怒りのままにボコボコにしていたウサギのぬいぐるみは、今にも爆散してしまいそうになっていた。

 このままボロ切れになるまで殴り続けてもよかったのだが、ふいに、このウサギのぬいぐるみは、みかん畑からの贈り物だったことを思い出す。

 本当に━━本当に何故だか分からないけれど、ウサギのぬいぐるみを破壊するのが急に惜しくなってしまった久喜原は、手を止める。そして、サンドバッグから離れ、テーブルに置かれていたペットボトルのお茶を一気に飲み干した。開栓したのがいつか分からないが、そんなことはどうでもよかった。空になったペットボトルを壁に向かって乱暴に投げ捨て、

 「カチコミじゃあああああああああああ!!!」

 と、天に向かって吼える。

 「クソ野郎がっ!! 豚の分際でお袋に舐めた真似しやがって!! 今からこの久喜原が、てめぇを世界一汚ねぇハムの詰め合わせにしてやるから覚悟しやがれなのです!!!」

 そんな久喜原を見た『四号』と『八号』は、揃って肩をすくめ、



 ━━━やめとけ言うても止まらんやろうな、これは・・。



 ━━━だよね。まどっちがブチギレてた時と同じだもん。



 ━━━あー・・確かにな。アイツも普段は斜に構えとるダウナー系のくせに、一度ブチギレたらマジで手がつけられへんかったからなぁ・・。



 ━━━なんか思い出してきちゃったよ。まどっちもさ、何かイラつくことがある度に、激カス君を鍛錬だとか何だとか言って無理矢理連れ出して、修練場でボコボコにしてたもんね? 



 ━━━あー、そんなこともやっとったな。んでもってリーダーの奴、ウチらと組み手やる時はいっつも立ち技ばっかやのに、神楽野とやる時だけは、何故かやたらと寝技に持ち込もうとするんよなぁ・・。



 ━━━そう!! そうそうそう!! しかも、関節とか全然極めずに、めっっっっっっっちゃ長い時間押さえ込むんだよね!! あれってさ、絶対あわよくばそのまま挿━━



 「お前らっ!! やる気がねぇなら久喜原一人で行くですよ!!!」

 久喜原が青筋を立ててそう怒鳴ると、『四号』と『八号』は揃って首を縮ませ、



 ━━━ごめんなさい。



 と、言って頭を下げてきた。



 ※※※

 ※※

 ※



 ━━━しかし、拉致るにしても闇討ちするにしても、その手のことをやるには『七号』の『家銘』を借りんといかんのやけど・・アイツ、今日いけるんか?



 『四号』に訊かれた『八号』が「うーん・・」と唸り、



 ━━━微妙な感じだけど、たぶん大丈夫じゃないかな? 激カス君が脇フェチだって知った『七号』がチューブトップ着て迫ったら、アイツに鼻を押さえて「くせぇ」って言われた時の話をすれば、たぶん起きると思うよ?



 ━━━もう話とるやないかい。お前、ホンマあの話好きやな? ウチも好きやけど。・・・まあ、それはともかくや。じゃりん子がまたピキっとるから、呼べるんやったら早う呼んでやり。



 ━━━OK牧場〜。



 『八号』がよく分からないことを言って指を鳴らすと、『棺桶』がガタガタと音を立てて振動し、中から一本の日本刀が飛び出してくる。久喜原がキャッチしたその刀の鞘には━━



 ━━━読島万智(よみしままち)



 と、刻まれていた。



 「ん?」



 ━━━え?



 ━━━あれ?



 久喜原と『四号』『八号』、三人揃って目が点になる。



 久喜原が手にした日本刀━━それは、()()()()()()()()()()()()()()()



 ポカンとする久喜原の身体に、突然地球の重力が何倍にもなったかのような重圧が襲いかかってきた。

 「・・・う」

 思わず膝をつき、そのままうつ伏せに倒れ込む。身体に力がまったく入らず、立ち上がることすら出来ない。

 「・・・何の・・」

 久喜原は何とか首を動かし、背中に乗っかるような形で取り憑いている『ソイツ』の顔を睨みつける。



 「いったい何のつもりですか? ・・・『()()』?」





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