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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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番外編『宮本さんと風間さん㉓』


 「・・・でさぁ、そいつがくっっそウザくてさぁ、今度飲み会やるから一緒に行きましょうって延々誘ってくんの。最初はさ、私も社会人で一児の母なわけじゃん? だから『あっ、け、結構ですぅ・・』みたいな感じで、割と社交的に断ってたんよ。そしたらあのクソ野郎、コイツ押せばヤレるぞって勘違いしたらしくてさ、サブと一緒に楽屋にいる時に、取り巻きども連れて圧をかけに来やがったのよ。それでもう流石の私もブチ切れちゃって、『てめぇら何だその不自然な日焼けと病的な頬の窪みはよぉ!! てめぇら打ってんだろ? 打ってるよなぁ!? 打ってんのかって訊いてんだよ!!! 答えろやっ、このクソダボがっっ!!!』って怒鳴ってやったら、アイツら()()()()()()()()()()()()()()()()()()。大の男が雁首揃えて女一人にビビり倒すとか、ホントだせぇったらねぇわ」

 ねぇ?と、久喜原立夏に同意を求められた北野桝塚恵は、「は、はい・・」と、引きつった笑みを浮かべて頷く。その表情には、『そんな怖い話を聞かせないでください』という拒絶と、『この人はいったい誰なんだろう?』という疑問符が張りついていた。

 先ほどからまるで竹馬の友のように愚痴を吐いているが、久喜原立夏と北野桝塚恵は普通に初対面だった。一ヶ月近く病室に通っていたので、脳が勝手に知り合いだと思い込んでしまっているのだろう。

 宮本静佳はそのことを指摘しようかどうか迷ったが、結局「まぁいいや」と思い、病室のドアを開ける。

 「ごめんね、りっちゃん、恵ちゃん。私ちょっと、びすけちゃんにお礼言ってくるから」

 そう言って病室を出ようとする宮本静佳に、久喜原立夏は「お礼とか調子乗るだけだからいいのに・・」と、不満そうに口を尖らせ、北野桝塚恵は『え? こんな違う意味で怖い人と二人きりにするんですか?』と、目を丸くする。

 宮本静佳はそんな北野桝塚恵にウィンクし、軽く手を振って病室を出て行った。北野桝塚恵は少しだけイラッとした。

 ドアを閉めると同時に、「うってるやつにうってるやつがいて・・」という暴露がうっすら聞こえてきた。良いタイミングで逃げれたなと宮本静佳は思った。

 「さて・・」

 廊下を歩きつつ、宮本静佳は久喜原びすけっとの姿を探す。少し時間が経ってしまったので、もしかしたらもう駐車場についてしまってるかもしれないなと思っていると━━



 ━━━ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ



 という、何か硬いものを叩いているような音が聞こえてきた。

 宮本静佳は大慌てで音のした方へと走り出す。音は下の階から聞こえた。階段へ続く廊下を曲がろうとしたところで━━

 「痛ッ!」



 ━━━いきなり、『何か』にぶつかった。



 感触としては、人間に近い。が、辺りを見回しても誰の姿もなく、目の前に何かがあるわけでもない。それに気付いて、

 (あー・・これ、アレだ。久しぶりに『例のアレ』にぶつかったな・・)

 と、宮本静佳は、かすかに痛む額を抑えつつ嘆息した。



 ━━━子どもの頃から、こんな風に()()()()()()()()にぶつかることがちょいちょいあった。



 それは、今みたいな人間のような感触の時もあれば、コンクリートのように硬い感触の時もあった。

 その『何か』にぶつかる度、宮本静佳は『何か』の正体を暴いてやろうと周囲を隈なく探すのだが、それっぽいものが見つかったことは一度もなかった。

 この謎の現象はいったい何なんだろと、子どもの頃の宮本静佳は大いに悩んだ。

 しかし当然というか、いくら悩んだところで答えなど出るはずもなく、そのうち宮本静佳は『何か』について考えることをやめてしまった。

 当時の彼女にとっては『剣』がすべてであり、たまに自分にぶつかってくる正体の見えない『何か』など、心底どうでもよかったのだ。

 たぶん、スカイフィッシュにでもぶつかったのだろう。

 宮本静佳は、そう思うことにした。



 ━━━そのスカイフィッシュ(仮)とぶつかるのは、()()()()()()()()()()()()()()だということに、彼女は結局最後まで気付かなかった。



 そして現在。

 確かスカイフィッシュって捕まえたらお金貰えたよねと、そこそこ浅ましいことを考えながら周囲をキョロキョロしていると、階段の踊り場でこちらをじっと見ている久喜原びすけっとに気がついた。

 宮本静佳は慌てて姿勢を正し、婦警さんの顔に切り替える。

 「・・・」

 久喜原びすけっとは何故か、複雑そうな表情で宮本静佳を見ていた。

 「ど、どうしたの、びすけちゃん?」

 いい年齢してスカイフィッシュ探してたのがバレたら恥ずかしいなぁと思いつつ声をかけると、久喜原びすけっとはゆっくりと首を振り、

 「・・・久喜原の周りは訳の分からないことだらけですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけなのです」

 と、言った。

 宮本静佳は「え?」と首を傾げるが、久喜原びすけっとはそれに答えることなく背を向けると、

 「何か用ですか?」

 と、訊いてきた。

 「用っていうか・・びすけちゃんに、ちゃんとお礼言ってなかったなって思って」

 「久喜原は礼を言われるようなことは何もしてないのです。さっきも言いましたが、『しつこいの』にまとわりつかれて、仕方なくここに連れてきてやっただけなのですよ」

 「それでも、よ。・・・ありがとうね、びすけちゃん」

 宮本静佳がそう言うと、久喜原びすけっとはふんっと鼻を鳴らして軽く髪をかき上げた。



 ━━━久喜原びすけっとは、生まれつき霊能力ようなものを持っている。



 それは、母親の久喜原立夏のように()()()なものではなく、彼女は『霊魂』の存在をはっきりと『視る』ことが出来た。

 しかも、久喜原びすけっとの能力はそれだけではない。

 彼女は、先ほど北野桝塚恵にしてみせたように、他人に『霊魂』を『視せる』ことも出来た。そしてもう一つ━━



 ━━━久喜原びすけっとは、『霊魂』を『祓う』ことも出来るのだ。



 「・・・()()()()は、まだ近くにいるの?」

 宮本静佳が、穏やかな声で訊ねる。

 久喜原びすけっとが連れてきた『しつこいやつ』の正体が、風間菜々子の弟である風間隆であることに、彼女はすでに気がついていた。

 久喜原びすけっとは、ゆっくりと首を横に振る。

 「強制成仏させてやろうと思ったのですが、どっかに逃げちまいやがったのです。・・・死んだ人間がこの世に留まり続けても碌なことにならないってのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とか何とか言いやがって・・。まったく、あのガキは」

 はぁ、と苛立たしげにため息を吐く。そんな久喜原びすけっとに、宮本静佳は、

 「・・・ねぇ、びすけちゃん。今度、たかし君に会ったら、私に教えてくれないかな?」

 と、お願いする。久喜原びすけっとは少しだけ眉根を寄せ、「何でですか?」と訊く。宮本静佳は真剣な表情をして、

 「会ってほしい子がいるの。たかし君に」

 と、答えた。

 「・・・」

 久喜原びすけっとは何かを考え込むような仕草を見せた後、ゆっくりと口を開いた。

 「・・・それは、もしかしてあのガキの姉のことですか?」

 宮本静佳は頷く。

 「うん、そう。菜々子ちゃんっていうんだけど、私、その子にたかし君をどうしても会わせてあげたくて━━」



 「それは無理なのです」



 宮本静佳の言葉を遮るように、久喜原びすけっとは断言する。

 どうして、と彼女が訊く前に、

 「正確に言うと、()()()()()、というのが正しいのです」

 と、答えた。

 「あのガキが私を訪ねてきた時、一番最初に会わせてくれといったのは、あいつの姉だったのです。ですが━━」



 ()()()()()()、のだそうだ。



 「あいつの姉のところまで行って、さっきの牛乳女みたく『眼』を貸してやろうと思ったのですが、どういうわけだか貸せなかったのです。・・・こんなことは初めてなのですよ。相性か何かの問題かと思って、『コイツら』にも訊いてみたのですが、分からんと言われました」

 そう言って、久喜原びすけっとは自身が背負っている『棺桶』を軽く叩いた。

 中にいる『モノ』が、それに応えるようにゴンッと音を立てる。

 「『コイツら』の中には、ソッチ系に詳しい奴がいるのですが、そいつ曰く、()()()()()()()()()()()()()()()、のだそうです。あれこれ色々と試してみたんですけど結局ダメで、久喜原は諦めるしかなかったのですよ」

 『棺桶』が、再度ゴンッと音を立てる。

 霊能力や霊魂のことなど何一つ分からない宮本静佳は、「そうなの・・」と眉を下げることしか出来なかった。



 ━━━久喜原びすけっとの背負っている『棺桶』の中にいる『モノ』たちは、今や彼女の師匠のような存在になっている。



 『ベルゼブブの二十一秒間』が起きてすぐに、久喜原びすけっとは『修行』と称して、様々なことをやり始めた。

 ランニングや筋トレ、精神統一のためのヨガや坐禅、果ては食事管理に至るまで、彼女は『強くなる』ために有用とされることはすべてやった。



 ━━━が、まったく足りない、と久喜原びすけっとは首を横に振る。



 このままではダメだと言い出し、次に彼女は自分の眼を眼帯で塞ぐという奇行に出た。頑丈な革製の眼帯を更に小さなベルトで囲い、自らの眼に完全な封をした。

 それで日常生活を送れるのかと、久喜原立夏と宮本静佳は心配したのだが、久喜原びすけっとは平然として、

 「全然余裕なのです。・・・()()()()()()()()()()()()で、久喜原は正直困っているのですよ」

 と、答えた。

 二人は苦虫を噛み潰したような顔になったが、その言葉通り、久喜原びすけっとは何の支障もなく日常生活を送れていたので、まあよしとすることにした。

 しかし、その後。

 『腕を縛っちまった方が色々と掴みやすくなる気がするです』

 『足枷をつけた方が入りやすくなる気がするのです』

 『あのクソ女を呪った襷を常に身につけておいた方がよく届く気がするのです』

 などと言って、久喜原びすけっとの身体を覆うパーツは、デアゴス何ちゃらのように日を追う毎に増えていった。



 そして、それに比例するように、久喜原立夏が警察や児相に通報される回数も増えた。



 その度に、宮本静佳は顔の広いヤマさんにお願いし、あれやこれやを何とかしてもらうという、結構アレな日々が続いた。

 「アンタねぇ、私だけならまだしも、静佳やヤマさんや他の人たちの迷惑になってるんだから、そのおかしな仮装はやめなさい!!」

 「うっせーのです!! これは久喜原のアイデンティティであり存在意義なのです!! 黙って好きにさせろなのです!!」

 久喜原立夏と久喜原びすけっとの親子の間には喧嘩が絶えなくなり、昭和のホームドラマのような致命的な亀裂が刻まれるのは時間の問題だと思われていたある日のこと。



 久喜原親子に、一つの転機が訪れる。




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