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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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番外編『宮本さんと風間さん㉒』


 「あ、いたいた」

 病室のドアが開かれ、数人の看護師がぞろぞろと中へ入ってくる。

 何だろうと首を傾げる宮本静佳をそっちのけに、看護師たちは迷いなく久喜原びすけっとの前に立つと、彼女を囲うように半円陣を組んだ。

 「・・・あん?」

 久喜原びすけっとが眉根を寄せると同時に、正面に立つ年配の看護師が彼女の肩にポンと手を置く。

 「もうっ、ダメじゃないの、勝手に抜け出して・・。アナタ、どこの病室の患者さん?」

 途端、久喜原びすけっとは、頬をかぁっと赤らめると、その手を乱暴に振り払い、

 「やめろですっ!! 久喜原は病人じゃねぇのですっ!! 勘違いするなですっ!!」

 と言って、暴れ始めた。見た目に何の説得力も無かった。

 「びすけちゃん、タンマタンマ・・。これは仕方ない、仕方ないから・・」

 宮本静佳が、即座にブレイクに入る。看護師たちは気の毒そうな顔をして、

 「・・・鎮痛剤を打った方が・・」

 と、ヒソヒソ話を始める。すると、

 「・・・あ、すいません。ソイツ、一応私の娘でして・・ここの患者さんではないんです。ほんと、すいません・・」

 久喜原立夏が、ものすごく小さな声で、ぺこぺこと頭を下げながら割って入ってきた。その背には、形容しがたい深い哀愁が漂っていた。

 「コイツ、アニメとかゲームが好きなんですよ。・・・あ、はい、そうです。呪術●戦とか、鬼●の刃とか、あの辺のやつです。私、アニメとかゲームとかあんまり詳しくないからうろ憶えなんですけど・・何でしたっけ? あの黒い眼帯に白髪の、港区女子が好きそうな名前のキャラ・・・あっ、そうそう、それです。3P。3Pのコスプレしてるんですよ、コイツ」

 にわか同士のゾッとするような会話が繰り広げられる中、久喜原びすけっとは、

 「久喜原を勝手にアニオタにするのはやめろなのです!! 児童の権利と著作権と利用規約の侵害なのです!!」

 と喚いて暴れていたが、宮本静佳は黙って彼女の口を塞ぎ続けた。

 その後。

 病院の照会が終了し、久喜原びすけっとが本当に入院患者ではないことが判明すると、誤解(?)の解けた看護師たちが続々と退室していく。そんな中、

 「もしよろしければ、こちらを・・」

 久喜原立夏は、菩薩様のような顔をした年配の看護師から何かを手渡された。

 入院案内だった。

 「・・・あ、はい・・。検討させていただきます・・」

 久喜原立夏は恭しい仕草で入院案内のパンフレットを受け取ると、それを食い入るように読み始めた。久喜原びすけっとはパンフレットを無言で引ったくると、「あーっ、まだ読んでる途中なのにっ!!」という母親の言葉を無視し、それをビリビリと破いてゴミ箱の中に突っ込んでしまった。

 「まったく、アンタは本当に・・」

 久喜原立夏は、腰に手を当た格好でイライラと歯軋りする。そして━━



 「サブと同い年だとはとても思えないわ。何だってアンタは、いつもいつもそんななのかしらね?」



 と、言った。

 その言葉に、ぴくり、と久喜原びすけっとが反応する。

 それを見た宮本静佳は「あ、ヤバい」と思ったが、時すでに遅く、

 「またみかん畑とかいうアホみてぇな名前のガキの話ですか? 毎回毎回、久喜原をそんな自己顕示欲のバケモノみたいな奴と比べるなって、何度言えば分かるですか? お袋」

 明らかにイラついた様子の久喜原びすけっとが、母親へと食ってかかる。

 久喜原立夏は「はぁ?」と顔を歪め、

 「アンタが自己顕示欲どうこう言える立場か? 鏡見てこい、鏡!! ・・・つーか、びすけ。アンタ、私がサブの名前出す度、すぐにそうやって、あの子のことを自己顕示欲のバケモノだの金の亡者だのとか言ってこき下ろすけど、間違ってるからねっ!! あの子は優しくて頑張り屋さんの、誰かさんとは全然違う、ちゃんとした子なの!!」

 「何ですか、そのホス狂が担当を褒める時みたいなふんわりした賞賛は? 生馬の目を抜くような芸能界で飯を食っていこうとする奴なんて、頭お花畑の間抜けか、金と女のことしか頭にないろくでなしだと相場が決まっているのです(個人の感想です)。そんな奴がちゃんとした子どもとか、久喜原はちゃんちゃらおかしいのですよ」

 「関係各所を敵に回す発言やめろ!! 裏方とはいえ、私だって芸能界で生きてる人間なんだからね!? ・・・まぁ、そういう碌でもない奴がいるのも事実だけど、サブは━━あの子は本当に、そういうのとは違うからね? ・・・本当に」

 久喜原立夏の口調に、悲しみの色が混ざる。自分の娘に、みかん畑三郎のことを悪く言われるのが耐えられないのだろう。

 それ程に、久喜原立夏にとって、みかん畑三郎という少年は大きな存在なのだ。

 その反応を見て、久喜原びすけっとは更にイライラを深めていく。

 (あー・・これは、ホンマにアカンやつだなぁ・・)

 その様子を見守っていた宮本静佳は、まあまあまあと、久喜原びすけっとを抑えに入る。

 彼女は頬を赤くし、歯をギリギリと鳴らしながら拳を握りしめていた。

 何か言ってやりたいけど、それを言った瞬間、自分の中にある嫉妬やら寂しさやらが露呈してしまいそうで、何も言えなくなってしまっているのだと、宮本静佳は気付いていた。

 ちらりと後ろを振り返り、久喜原立夏を見やる。

 彼女は訝しそうな顔をして、自分の娘を見ていた。たぶん、何をそんなに怒っているのだろうと、不思議がっているに違いない。

 その様子を見て、宮本静佳は内心で頭を抱える。

 (りっちゃんは人の心の機微が読める人なんだけど、昔から、へんなところが鈍いというかなんというか・・)

 思わずため息を吐いてしまう。娘━━久喜原びすけっとの方は、もう完全にそっぽを向いてしまっていた。

 聡い子なのだ。

 宮本静佳が自分の心の内を理解しているのに気付いていて、それを指摘されたくなくて、そんな態度を取っているのだろう。

 宮本静佳はどうしたものかと頬をかく。

 別に、久喜原立夏の心が娘から離れてしまったわけではない。今も昔も、彼女にとっての一番は久喜原びすけっとである。それは変わらないし、これからも変わらない。宮本静佳は、そう断言出来る。

 しかし、久喜原立夏が愛媛野伊代香として活動するみかん畑三郎のマネージャーになってからというもの、その『比率』が少しだけ減ってしまったと、彼女は感じていた。

 減少、という表現を使うのは適切ではないかもしれない。

 たぶん、久喜原立夏の心の比率の『変化』は、自分にもう一人子どもが出来た時と同じ変化なのだと、宮本静佳はそう考えている。

 久喜原立夏は、みかん畑三郎のことを自分の息子のように思っていた。

 あくまでも比喩である。よくない芸能マネージャーにありがちな、自分の担当タレントへの狂信ではなく、彼女のそれは健全なものであった。

 愛媛野伊代香というタレントは、デビュー当初から順風満帆だった訳ではない。今の立場を得るまでに、それなりに嫌なこともあったろうし、苦労も沢山あったはずだ。そのすべてを、久喜原立夏は彼と一緒に乗り越えてきたのだ。二人の間に家族のような絆が芽生えるのは自然なことと言えた。

 しかし、その『絆』が、久喜原びすけっとは気に食わない。

 それは、兄弟姉妹がいる家なら当たり前に起こり得る問題━━通過儀礼のようなものでもあった。



 長々と語ってしまったが、要するに、久喜原びすけっとは母親をみかん畑三郎に取られたような気がして、やきもちを焼いているのだ。



 (今この場では絶対にそんなこと指摘出来ないし、かと言って、りっちゃんと二人きりの時にそれとなく伝えるのもなぁ・・。りっちゃん、結構ノンデリなとこあるから、そんなこと言ったら調子に乗っちゃうだろうし・・)



 『一人娘のくせに嫉妬なんかしやがってよぉ!! そんなに私にかまって欲しいなら、素直に甘えてこいやコラァ!!!』

 『んがああああああああああっっ!!!』



 ・・・という地獄絵図が頭に浮かび、宮本静佳はぶんぶんと頭を振った。と━━



 「・・・あ、あの、すいません・・」



 遠慮がちな声がした。

 あ、と思って声の方を見やると、北野桝塚恵が申し訳なさそうな顔をして、おずおずと手を上げていた。

 宮本静佳は『やっべ、忘れてた』という表情を一瞬見せた後、すぐにしれっと『恵ちゃんのことはちゃんと覚えていたからね?』という顔をして「どうしたの?」と訊いた。宮本静佳はそういうところがあった。

 北野桝塚恵は『この人絶対私のこと忘れてたよね』という表情をした後、久喜原びすけっとに視線を移すと、

 「あ、あの・・色々と、ありがとうございました」

 と言って、深々と頭を下げた。

 その振る舞いは、完全に回復した人間の姿のように見えた。

 それを見た宮本静佳と久喜原立夏は安堵の笑みを浮かべる。が━━

 「・・・」

 久喜原びすけっとは、無表情に北野桝塚恵の顔を見ているだけだった。先のように照れている風でもない。

 その様子に、宮本静佳は言い知れぬ不安を抱く。

 「・・・久喜原は車に戻っているのです」

 結局何も言うことなく、彼女は北野桝塚恵を無視するような形で背を向けると、そのまま病室を出て行こうとした。

 「ちょっ、ちょっとアンタ、車に戻るったって、鍵どうすんのよ、鍵は?」

 久喜原立夏が待ったをかける。久喜原びすけっとは懐から何かを取り出すと、それを母親に向けてプラプラして見せた。久喜原立夏が慌てた様子で自分のポケットをまさぐる。いつの間に掏られたのか、娘が手にしているのは、ポケットに入れていたはずの車の鍵だった。

 その鍵には、娘が贈ってくれたお守りが大事そうに付けられている。

 「びすけっ!! アンタまた勝手に━━」

 「じゃ、そういうことで、なのです」

 待てコラッ!という母親の声を無視し、久喜原びすけっとはさっさと病室から出て行ってしまった。

 久喜原立夏は、ぴしゃりと閉まったドアをしばらく見つめ、

 「まったく、あのダボは・・。何だってあんな子になっちゃったのかしらね・・」

 と、深いため息を吐いた。

 宮本静佳は、「そうだね」とも言えず、ただ曖昧な笑みを浮かべて幼馴染を労う。



 ━━━確かに、昔はあんな風な子では無かった。



 よく笑い、よく懐き、少しだけ生意気なところはあったけれども、甘えん坊なところのある普通の女の子だったのだ。それを━━



 あの忌まわしい夜━━()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 墨のような黒い空に浮かぶ赫い眼。アレを思い出す度、宮本静佳は身震いする。

 『ベルゼブブの二十一秒間』で感じた邪悪。それは、前回のモノとは比較にならぬ程に凶悪なものだった。

 (アレは、私にはどうすることも出来ない・・。例えもう一度、剣の『極』に足を踏み入れることが出来たとしても・・)

 知らずの内に震え始めた身体を、宮本静佳は必死に抑えていた。

 赫い眼が空に浮かんでいた時間━━それは僅か二十一秒という極めて短い時間だったにも関わらず、まるで永劫の地獄のように感じられた。

 『ベルゼブブの二十一秒間』が終了し、夜空が通常の色を取り戻しても尚、宮本静佳はしばらくその場を動くことが出来なかった程だ。

 彼女を正気に戻したのは、久喜原立夏からの着信である。

 


 「びすけがいないっ!!」



 半狂乱になった彼女の声を聞いた瞬間、宮本静佳は走り出していた。

 何のあても無かった。

 あてが無かったから、彼女は夜の街を━━未だベルゼブブの困惑から抜け出せない混乱した夜の街を、久喜原びすけっとの名前を叫びながらひたすらに走り続けた。そして━━



 泥だらけで泣きじゃくりながら歩いている久喜原びすけっとの姿を、彼女は見つけたのだった。



 その姿を見た瞬間、心臓が止まりそうになった。

 宮本静佳はすぐにその身体を抱きしめると、何があったのかを彼女に問うた。

 久喜原びすけっとは泣きじゃくるばかりで、その口から出てくる言葉は不明瞭なものばかりだった。宮本静佳は黙って彼女を抱きしめ続けた。そして━━



 ━━━許さない。



 ポツリと、久喜原びすけっとが呟いた。

 宮本静佳が身体を離すと、久喜原びすけっとは身体を震わせながら、強く唇を噛み締めていた。

 「()()()()()・・絶対に、絶対に、許さないのです・・」

 久喜原びすけっとはそう言うと、再び大声で泣き始めた。



 その時、彼女にいったい何があったのかは分からない。



 宮本静佳や久喜原立夏がいくら問い詰めても、久喜原びすけっとは口を割らなかったのだ。

 彼女が今のようになってしまったのは、それからである。

 以降、久喜原びすけっとは『修行』と称し、今のようなおかしな振る舞いをするようになってしまった。

 分からないことだらけだった。

 分からないことしかないと言ってもいい。『クソ女』というのがいったい誰のことで、そいつといったい何があったのか? 宮本静佳は何も分からない。分からないが━━



 ━━━()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 それだけは、『同類』の勘で分かっていた。



 ※※※

 ※※

 ※



 ━━━『ベルゼブブの二十一秒間』が起こった日のこと。



 その日。久喜原びすけっとは歓喜していた。



 ━━━ようやく自分の願いが叶う日が来た。



 その予感に、彼女は踊り出したい気分になる。

 しかし、そんな彼女の幸福な予感とは裏腹に、空には不吉な色をした赤い月が昇っていた。

 その日の月はやけに赤く、見る者を不安にさせるような色をしていた。



 それは、この先起こることを予言しているようでもあった。



 上等、と、久喜原びすけっとは、赤い月を見上げながら不敵に笑う。



 ━━━何故なら『それ』こそが、()()()()()()()()()()()()()()()()()だからである。



 やがて気温が真冬のように下がり、夜空が墨を垂らしたような歪な黒に染まる。

 その様子をわくわくしながら見守りつつ、久喜原びすけっとは「早く来い」と、心の中で催促する。



 ━━━久喜原がぶっっっ殺してやるから、早く来い。



 未だ姿を現さない赫い眼に向け、彼女はそう呟いた。

 その時だった。



 「やめといた方がいいんじゃない?」



 後ろから、誰かの声がした。

 振り向くと、そこに知らない少女が立っていた。

 歳の頃は、久喜原びすけっとと同じくらいだろう。美しい黒髪をした、お人形さんのように可愛らしい女の子だった。

 その少女は、真冬のように凍えた夜空の下で、何故かビスケットサンドアイスクリームをもしゃもしゃと食べていた。

 何だこの女、と、眉根を寄せる久喜原びすけっとの前で、その少女は、



 「死んじゃうよ? ・・・()()()()()()



 と言って、性根が腐ったようた笑みをニタリと浮かべたのだった━━。




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久喜原立夏って姫路出身?「ダボ」は播州弁だから気になっちゃって。
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