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第五話 『月島さんとごへいもちん③』


 柳田おれんじ。役場に書類を提出する際、毎回一回は確認の電話がかかってくるキラキラネーム。僕と同じ二年生であり、月島さんと同じ土井山三大天の特級美少女。そして━━



 つい先日、僕が盛大にフラれた相手でもある。



 正直、クソ気まずい。

 僕は今、故あって犬になっているが、たとえ犬になっていなくても柳田さんとこうして顔を合わせるのはキツイ。みじめに振られた男がその上を行くみじめを晒したところで今更どうということはないように思うかもしれないが、そんなことを言う人はお前もやってみろといいたい。きついぞ、これは。

 暗澹たる気持ちの僕とは対照的に、柳田さんはいたっていつも通りだ。・・・訂正。格好は全然いつも通りではないけれど、態度はいつも通りの柳田さんだった。

 「・・・ああ、これね」

 柳田さんは首にぶら下げたプラカードをプラプラいじりながら、うんざりした表情でため息を吐いた。

 「お母さんがね、学校やってる時間はこれをつけて町内をぐるぐる回ってなさいっていうのよ・・」

 プラカードに書かれた『私はバカの低脳です』という言葉が、陽光に反射してキラリと光った。そういえば、この人停学になったんだよなと思い出す。

 「文字だけで柳田さんのお母さんの怒りが伝わってくるんですけど、いったい何をやって停学になったんですか?」

 僕がそう訊くと、柳田さんは「うっ」と喉に何かが詰まったような声を出した。しばらく眉根を寄せて何かを考えるような素振りを見せた後、柳田さんは四つん這いになった僕の前にしゃがみ込むと、

 「まず一つはっきりさせておきたいんだけど、アレは! 私は! ガチの! マジで! 何も悪くないんだからね!! あれは全部、私の幼馴染の風間菜々子って女が悪いの!! 全部、ななちが悪い!!」

 そう言って、僕の肩をぐわんぐわん揺らして来た。頭に乗っかってるコーラを落としたら削られるんでやめてくださいと言おうとしたら、

 「そんな風に『俺は悪くねぇ!!』って言う奴でホントに悪くねぇ奴を見たことがないにょにょん」

 僕の上(いやらしい意味ではない)でポテチを食べていた月島さんが、心底どうでも良さそうな声でそう言った。

 柳田さんは眉根を寄せる。

 「何アンタその喋り方? V tuberでも始めたの?」

 「ふふっ・・ぐぇっ」

 つい忍び笑いを漏らしてしまった僕の脇腹に、月島さんの踵がめり込んできた。

 「V tuberを始めたわけではないにょにょん。決して決して、そんなことはないにょにょん。これはただ━━」

 月島さんは首に巻かれたチョーカーを柳田さんに見せると、

 「この補声器が勝手に『にょにょん』って語尾をつけているだけだにょにょん。私の意思ではないにょにょんよ。分かったか低脳? 分かったら、このことは誰にも言うんじゃねぇにょにょんよ? 言いやがったら、南米の麻薬カルテルも真っ青なやり口で報復してやるにょにょんよ?」

 と、言った。

 「いや、アンタ如きに遅れを取ったりなんかしないから、別に報復でも何でも好きにすればいいけど・・」

 柳田さんが眉根を寄せて言った。何やら引っかかっている様子だ。どうしたのだろうと思っていると、月島さんも同じ疑問を抱いたらしく、

 「・・・何にょにょんか?」

 と、胡乱げに訊いた。

 「いや、さ・・」

 柳田さんは頬をかきながら、



 「月島。アンタさぁ、何か今日やけに大人しくない?」



 と、言った。

 月島さんは、「ハァ?」と、心底意味が分からないといった様子で柳田さんを睨んだ。

 「大人しくしてない方がいいのかにょにょん? なら、今からここでお前と決着をつけてやってもいいにょにょんよ?」

 月島さんは、そう言って立ち上がった。常人ならば震え上がるような怒気を放っていたが、柳田さんはどこ吹く風で首を傾げている。

 「・・・やっぱ今日ちょっとおかしいわね、アンタ。いつもなら、昭和の五歳児みたいに問答無用で私に突っかかってくるくせに。何かあったの?」

 「何もねぇにょにょん! おかしな因縁つけるなにょにょん!!」

 「いや、因縁つけてんのはアンタの方でしょうが・・」

 と、その時、柳田さんは思い出したという風に僕へ目を向けた。そして、僕を指差すと、

 「もしかして、そこで首輪つけて四つん這いになってるゴミクズに何かされたの?」

 と、言った。・・・ひでぇ言われようだった。

 「僕は何もやってないです」

 「性犯罪の被害にあったにょにょん」

 嘘やろ?という目をして、僕は月島さんを見やった。

 「あの、月島さん・・今のご時世、そういう嘘は洒落にならないんで、やめてもらってもいいですか?」

 「てめぇの脳みそはダチョウかにょにょん? 保健室でのことをもう忘れたのかにょにょん?」

 「あれは事故みたいなものじゃないか! 僕は何もしてないよ!!」

 「何?何? アンタら保健室で何があったの?」

 柳田さんが目をキラキラさせて割り込んできた。この人は人間性がマイナスに振り切れているので、こういう話題になると水を得た魚のようになるのだ。

 月島さんはぐいぐい来る柳田さんをうざったそうに押し返すと、

 「お前には関係ないにょにょん」

 と、言って舌打ちした。そして、横目で柳田さんを見やると、

 「というか、お前。露骨に話題逸らしやがったにょにょんけど、そんなプラカードぶら下げて町内歩かされてるってことは、余程のことをやったにょにょんよね? 柳田。お前、いったい何やって停学になったにょにょんか?」

 と、言った。

 柳田さんは、「うっ」と唸って仰け反った。

 「・・・いや、あの・・それは・・」

 左右の人差し指をつんつんしなが、柳田さんは目を泳がせている。先程は風間さんが全面的に悪いみたいなことを言っていたが、この分だと少なくとも『全面的に』ではなさそうである。

 僕と月島さんは、無言で柳田さんをじっと見やった。

 その圧力に負けたわけではあるまいが、柳田さんは「う〜」と唸った後、

 「何度でも言うけど、アレはななちが全部悪いんだからね!! あいつが・・」

 そう言って、髪をわしゃわしゃと掻きむしり始めた。

 「あー、もう!! こんなこと、どう説明すればいいのよ・・」

 何だか知らないが、柳田さんはひどく言いづらそうだった。思ったことを思ったまま言うので有名な柳田さんにしては珍しいことである。

 「風間が悪いってのはさっき聞いたにょにょん。いいからさっさとゲロしろにょにょん」

 柳田さんは、月島さんを恨めしそうに見やった後、

 「ご、誤解しないように聞いてほしいんだけど・・」

 「はよ言えやにょにょん」

 「あの、えっと、その━━」



 「・・・ち、小さい女の子を教室に連れ込んで、お、お着替えのお手伝いをしてる所を、誤解されたというか、な、何というか・・」



 と、言った。

 しん、とした静寂が辺りを支配する。

 数秒の後、

 「何で逮捕されてないんですか?」

 「くたばれペド野郎にょにょん」

 僕らは、これ以上はないという蔑んだ目で柳田さんを見やった。

 「だから違うっていってんでしょ!! 字面にしたらヤバいのは百も承知なんだけど、本当にそういうんじゃないんだって!! 事情があんのよ、事情が!!」

 「性犯罪に事情もクソもあるかにょにょん」

 「うるせぇ!! とにかく、色々な事情があって、私からはこれ以上は何も言えんの!! だから、詳しいことを聞きたいなら、ななちに聞け!! 何百回でも言ってやるけど、私は本当に悪くないの!!」

 ぜぇぜぇと息を切らしながら、柳田さんはそう言った。「・・・必死な様子が怪しいにょにょん」という月島さんの呟きに、僕は危うく同意しそうになる。このままでは水掛け論になりそうなので、元凶(仮)の風間さんに連絡を取ることを提案しようと思ったが、よくよく考えたら柳田さんが停学になった理由を別にそこまで知りたいわけではないので、どうしようかなと考えていると、

 「・・・つーかさぁ・・」

 突然、柳田さんの空気感が変わった。そして、四つん這いになっている僕の両肩をがっしりと掴むと、

 「ななちで思い出したんだけどさぁ、私、三郎くん・・じゃなかった、ゴミクズくんに、今度会ったら是非聞かなきゃなって思ってたことがあったんだよね・・」

 と、言った。爪が食い込んですごく痛い。けれど、やめてくださいと言えないくらいの凄みが柳田さんの笑顔に宿っていた。

 僕が、いったい何のことでしょうかと訊ねると、柳田さんはこう答えた。



 「ねぇ、ゴミクズくん。キミ、ななちに何かしたでしょ?」



 

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