表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/70

幕間② その5

 

 「・・・何かへんじゃねぇか?」

 よっさんに聞かれて、私は「うん」と頷き返す。

 私たちの視線の先には神楽野がいて、今はもももと一緒にオクラホマミキサーを踊っている。それ自体は━━もももがやけに大人しいことを除いて━━特に異常はないのだが、その横にダンスを終えた女子がずらっと並んでいて、何とも形容しがたい微妙な表情を浮かべて神楽野を見つめているのだ。



 全員が、何か言いたそうな顔をしている。



 が、それが何なのかが皆目見当もつかない。

 首を捻る私たちの前で、もももがダンスを終えた。

 「・・・」

 もももは、いつものように暴言を吐くこともなければ暴力を振るうこともなく、そそくさと神楽野の側を離れていった。そして、何とも形容しがたい微妙な表情を浮かべる女たちの列に加わる。

 それを見て、よっさんが「うーん・・」と唸る。

 「アタシ、がっつり見てたわけじゃねぇんだけど、あのノンデリクソホスト、まだ誰にも一発入れられてねぇよな?」

 「私もそんな見てたわけじゃないけど、誰からもぶん殴られてないし、暴言も吐かれてないと思うわよ?」

 私が頷くと、よっさんは「だよなぁ」と言って頭を掻いた。

 「っかしーな。いつもならトムとジェリーが始まってる時間だぞ?」

 私たちはお互い腕を組んで頭を捻り、この不可思議な現象はいったい何なのだろうかと考える。

 神楽野相手に暴力も暴言もなしとか、普段の『班』の女子たちからは考えられない反応だった。

 何も変わらなかったのは、森の畜生のようにキャッキャしてるリンちゃんだった。オクラホマミキサーの始めから終わりまで、リンちゃんはずっとキャッキャしていた。オクラホマミキサーが終わった後もキャッキャしていた。というより、永遠にキャッキャしていた。

 その他にも、オトちゃんとさっつんも変わりがないように見えた。もっとも、この二人は顔が隠れているせいで、表情がまったく見えないのだが。

 「・・・あの三人は参考にならねぇな」

 よっさんの言葉に、私は無言で頷く。

 次の相手役はガタ子だった。

 ガタ子はよっさんの次に気性が荒い。今度こそ、トムとジェリーのオープニングが始まるぞと、よっさんは悪い笑みを浮かべていたのだが━━



 何も起きなかった。



 オクラホマミキサーは何事もなく終わり、ガタ子はそそくさと退散していく。そして、他の女の子と同じように、何とも形容しづらい微妙な表情で神楽野のことを見ていた。

 「・・・アタシ、何か怖くなってきたんだけど。いったい何が起こってんだ、コレ? クトゥルフ的なアレじゃねぇよな?」

 よっさんが不安げな眼差しで訊いてくる。私は無言で肩をすくめ、お手上げと言わんばかりに両手を上げた。



 ※※※

 ※※

 ※



 よっさんの番が終わり、遂に私の番がやって来た。

 「・・・」

 私の視線の先にはよっさんがいて、他のみんなと同じく、何とも形容しがたい微妙な表情を浮かべてコチラを見ていた。どうやら、よっさんも取り込まれてしまったらしい。

 これはいよいよもっておかしい。よっさんの言う通り、クトゥルフ的な何かが起こっているのやもしれない。

 正直パスしたかったが、班長という立場上、芋を引くことは出来なかった。私は仕方なしに神楽野の手を取り、オクラホマミキサーを踊り始める。と━━



 ハッとするほどの至近距離に、神楽野の顔があることに気がついた。



 思わず息を呑む。

 月明かりが強く光っていた。それにつられるように、私はいつもは務めて見ないようにしているアイツの顔面を直視してしまう。



 ━━━神楽野は、恐ろしく顔が整っていた。



 イケメンなどという安っぽい言葉では、到底届かない程に。

 『班』の顔合わせの際、初めてアイツを見た時のことを思い出す。

 あの瞬間、全員がハッと息を呑んだ気配がした。

 不意打ちにも程があった。それまで、私を含めて、『班』の女の子はみんな薫のことを考えていたように思う。それが、神楽野によって、一瞬で書き換えられてしまった。



 私も━━『班』のみんなも、王子様を夢見る程、純粋ではいられなかった。



 けれど、少女時代のどこかの段階で、私たちはみんな、そういう『王子様的な存在』に憧れていた。そんな時代は確かにあったのだ。その時に夢見た王子様の像。ありえないと夢見たそれを、軽く飛び越えてしまうほどの凄まじい美形が、私たちの目の前に立っていた。私たち『草』は、他人への興味が薄い。にも関わらず、



 みんながあの瞬間、神楽野にやられてしまっていた。



 それは多分、薫ですらも例外ではなかったと思う。

 薫は口を半開きにし、呆然とした表情を浮かべていた。そして何故か、



 ━━━かすかに、目が潤んでいたように見えた。



 『先生』からの紹介が入る。

 神楽野は「どうも」とか「よろしく」とか、そんなようなことを言って軽く頭を下げた。全員が、馬鹿みたいにそれに合わせて頭を下げたのを憶えている。もしもあの場に大きな鏡があったなら、全員の頬が赤く染まっているのが見えたことだろう。

 自分の心臓の鼓動が早くなる。みんながこれからのことに不安と戸惑いと━━そして、それらを上回る期待を抱いているのが手に取るように分かった。



 私も、そうだったからだ。



 でも━━



 ※※※

 ※※

 ※



 「・・・」

 オクラホマミキサーの緩い音楽が流れている。私は流れ作業のようにダンスをこなす。

 今まで散々ぶん殴ったり関節を極めたりしているのに、この時、私はアイツの存在を今までで一番近くに感じた。

 近すぎて、顔がまともに見れなかった。

 それなのに、私の意思に反し、目は勝手に神楽野の顔を追ってしまう。心と身体が、おかしな矛盾を起こしていた。

 神楽野の表情は、いつも大体めんどくさそうにしてるか、苦虫を噛み潰しているか、眠そうにしているか、キレ散らかしているかの四パターンしかない。

 けれど今、私の目に映るアイツの顔は、それらとはまったく別のものように見えた。

 夜だとか月明かりのせいだとか、そういう表面的なものでなく、もっと根本のところで、いつもとは何かが違っている気がしたのだ。



 その時の神楽野の表情は、私の目にはひどく優しく映った。



 その時、その瞬間━━



 ━━━私の心が、すべて受け止められているような気がした。



 時折、思う。



 コイツは、本当は何もかも全部分かっているのではないか、と。



 自分がどう思われているのか、どう見られているのか、『班』の女の子の気持ちも私の気持ちも━━何もかもすべて分かっていて、何も分からないサイコパスのフリをして女の子を猿呼ばわりするような最低の悪態をついているのではないか? そう、思わずにはいられなかった。その直感は恐らく━━いや、間違いなく、正しい。



 それを、私は分かっていた。



 みんなも分かっていた。



 ━━━全員が分かっていることを分かっているからこその、それは神楽野なりの遠回しで無意識な『謝罪』だったのだろうと思う。



 私の番が終了する。

 「・・・」

 みんなの何とも形容しがたい微妙な表情に迎えられながら、私は『負け組』の列に加わった。

 先までは分からなかったが、今ならみんなの目に浮かぶ感情の正体が分かる。

 みんなの目には、自分たちと同じ境遇である私に対する同情と共感、そして、いつまで経ってもトドメを刺してくれない神楽野に対する非難が込められていたのだろう。



 ━━━冷たい夜風が吹く。



 その風に流されるように、月を覆う雲がすうっと引いていく。一際強さを増した月光が、手と手を取り合う二人を夜の闇の中から映し出す。



 ━━━神楽野と薫の、両名の姿を。



 ああ、と、思わずため息を吐いてしまう。

 月明かりに照らされた二人の姿は、例えようがないほど美しかった。

 薫はいつものように、貴族令嬢のように優雅な笑みを浮かべている。

 けれど、その笑みにはどこか、いつもとは違う、ぎこちなさのようなものが感じられた。

 薫は笑みを絶やさない。けれど、その目が神楽野を捉えることはなかった。それは、私や他のみんなのように、気恥ずかしさからくる『逃げ』ではなく、もっと別の理由による『逃げ』なのだと感じた。

 神楽野は、薫を追わなかった。

 責めるような素振りも見せず、ただ薫を『逃げ』るがままにさせていた。

 ダンスが終盤を迎える。

 二人が手を離そうとする。



 ━━━が、その手が一瞬だけ、名残を惜しむように止まった。



 それは、ほんの瞬きする間のことだった。

 けれどその瞬間、二人が作り出していたベールのように薄い壁が、ふっと何処かへ消えてしまっていた。

 神楽野と薫の視線が交わっていた。



 ━━━その目と表情から、二人の心がしっかりと繋がっているのが分かってしまった。



 どちらからともなく、目を閉じる。

 そうして今度こそ、二人は手を離した。

 オクラホマミキサーの場違いに緩い音楽が流れている。

 それを聞くともなしに聞きながら、どうしてこの二人は手を取ってしまわないのだろうかと考える。



 ━━━取ってしまえばよかったのに。



 取って、私たちを諦めさせてくれればいいのにと、心の中で恨み言を呟いた。



 けれど、私は━━私たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、口を閉ざすしかなかったのだ。



 ダンスを終えた薫が、神楽野の元から離れていく。その途中、



 薫は、りんちゃんとすれ違った。

 


 私からは、りんちゃんの背中しか見えない。りんちゃんはいつものようにフラフラと身体を揺らすこともなく、ぴたりと静止していた。

 あの子が今、どんな表情を浮かべているのかは分からない。

 けれど、りんちゃんとすれ違った際、薫は一瞬、すっと目を逸らしたように見えた。



 その時に浮かんだ表情の種類は、紛うことなき罪悪感だった。



 私は視線を逸らす。そして、胸に迫る痛みから逃げるようにして目を瞑った。

 オクラホマミキサーのBGMは、いつのまにか止まっていた。



 ※※※

 ※※

 ※



 帝場中学体育祭のオクラホマミキサーは既に終了している。

 にも関わらず、下北沢円香と緑ヶ丘美鈴は、屋上のフェンス前に立ったまま微動だにしない。

 やがて沈みゆく太陽が給水塔の背に隠れ、二人の姿を濃い闇で覆い尽くす。



 下北沢円香は悔恨していた。



 『班』のみんなは良い子たちだった。下品でバカで暴力的で、どうしようもないところが沢山あったけれど、それでも人の心を失っていなかった。『草』の生まれという過酷な環境にありながら、それを保つことがどれほど大変なことなのか、それは、同じ生まれである私には嫌というほどよく分かる。

 私の『班』は、奇跡のような存在だったのだと、つくづく思う。

 もしも、人の心のない者が一人でも混ざっていたならば、私の『班』は、ああも温かな空気に包まれることはなかっただろう。早々に、全員の色々な関係が瓦解していたはずだ。全員が人の心を持ち、人を思いやれる心を持っていたからこそ、あのような強烈なサークルクラッシャーみたいな男がいたにも関わらず、みんなの関係が最後まで瓦解することはなかったのだ。

 けれど、そんな奇跡のような温かな『班』は、家族は、()()()()()()()は、もうほとんど残っていない。残っているのは━━



 下北沢円香

 緑ヶ丘美鈴

 緑ヶ丘美音

 朝霞奈沙月

 そして━━



 神楽野龍馬(かぐらのたつま)



 他の仲間は死んだ。死んでしまった。そうなってしまったのは━━



 ━━━私がしくじったせいだ。



 下北沢円香は、後ろで組んだ手を強く握りしめた。表面上は黒い手袋を嵌めているようにしか見えない自身の呪われた右腕を、強く強く、握り潰すかのように強く握りしめた。

 失ったもののあまりの大きさに、心が膝をつきそうになる。けれど、彼女には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 そのために、下北沢円香は『冥道』の頭首代行になったと言ってもいい。

 確かめねばならないこと━━()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、下北沢円香が立ち止まることは許されないのだった━━



 ※※※

 ※※

 ※



 長い時間が過ぎた。



 眼下の運動場に、生徒の姿はまばらにしか見えない。

 ふいに、何かを思い出したかのように、下北沢円香が呟いた。

 「・・・神楽野のやつ、今どこで何やってるんだろうね」

 答えは長く返ってこなかった。



 「円香ちゃん」



 ややあって、囁くような声がした。



 「やめて。・・・お願いだから」



 隣の影は、震えていた。

 屋上を、夜の闇のような濃い影が覆っている。その影を取り払った先に、彼女がどういう表情を浮かべているのかは分からない。

 下北沢円香は目を瞑る。

 神楽野は『あの日』━━あの大虐殺が起こった日から約十年の間、『表』からも『裏』からも姿を消した。

 それがひょっこり戻ってきたと思ったら、あの男は訳の分からないことを裏でコソコソとやり始めた。当初は何をやっているのかまるで意味が分からなかったが、今ならアレは必要なことだったのだと理解できる。



 ━━━神楽野は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 しかし、去年の夏の夜━━()()全ての因縁にカタがついたあの日以降、神楽野龍馬は再び姿を消した。

 下北沢円香は、てっきり『例のアレ』の件で、朝霞奈沙月から逃げ回っているのだろうと思っていた。しかし━━



 「いっちゃんは、たぶんもういない」



 ある時、緑ヶ丘美鈴がそう言った。

 下北沢円香は、その言葉の真意を問うことが、どうしても出来なかった。



 夕闇が色濃くなる。

 校庭には、もう誰の姿も残っていなかった。

 下北沢円香はわずかに身体を動かすと、

 


 「・・・ごめんね、りんちゃん」



 と、言った。

 それきり、二人の間で言葉が交わされることはなかった。

 陽は沈み、夜がやってこようとしている。

 二人の女性は、いつまでもそこに佇み続けていた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ