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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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幕間② その4


 その後も、『タイガーの穴』から何度か神楽野宛に薄い本が届いた。

 それらは性癖が限界突破したものから、「これは少年誌です(目逸らし)」と言ってもギリ通用するレベルの比較的マイドルなものまで多種多様に及んだが、そのどれもに半袖半パンの男の子(あるいは畜生)が必ず描かれていた。隠す気がなくなったとしか言いようがなかった。『タイガーの穴』から薄い本が届く度、神楽野は『班』のみんなから制裁を受けた。神楽野は、「よく考えたら俺が暴行を受ける意味なくないか?」と言ったが、全員から無視された。届けられた業の深い薄い本は、チェストの上に置くのが習わしとなり、その役目はぽんずが担った。ぽんずは薄い本を置く度、まるで生贄の心臓を捧げるアステカの神官のような動きをするので、ちょっとした祭事みたいになった。薄い本はその日の夜か、遅くとも翌日の朝には消えていた。チェストは誰も使わなくなった。それはともかく。

 ある日、私はふと気になって、神楽野に訊ねてみた。

 「さっつんが毎回毎回アンタ名義で購入してるのって、それ何か相当な恨みを買ってるってことでしょ? 何やったの? ヤリ捨てした?」

 神楽野は、するわけねぇだろうが、と即答する。

 「髪がピンク色なんだぞ? あんな目に見えてる核地雷を誰が踏むかよ」

 「ピンクじゃなかったら出すんだ?」

 「出さねぇって! お前といい、『班』の奴らといい、何で俺をそういうキャラクターにしたがるんだ? 俺は誰にも手は出してねぇよ!!」

 「・・・」

 私は疑わしげな目で神楽野を見る。コイツはこんなことを言っているが、絶対に『班』の誰かと寝ていると私は踏んでいた。特に、薫が怪しい。

 「無言やめろ、何か言えや。・・・つーか、あのメンヘラピンクが俺の名前使って薄い本注文してんのは、別に俺に恨みがあるとか、そういうことじゃないと思うぞ?」

 「? だったら、何だって言うの?」

 神楽野はおもむろにポケットから財布を取り出すと、何から一枚のカードを引き抜いて見せてきた。それを見て、私は「・・ああ」と察する。

 免許証(偽造)だった。

 「年齢認証を突破する必要があったから、か・・」

 神楽野は、いつもの苦虫を噛み潰したような顔で「ああ」と頷く。

 「前までは、車のダッシュボードの中に放り込んでたからな。そこから失敬して使ったんだろ。まったく、迷惑な話だよ・・」

 神楽野は頭を振る。そして、非常に言いにくそうな顔をすると、

 「なぁ、このままでいいのか・・?」

 と、訊いてきた。

 「あー・・」

 神楽野が言わんとしていることは分かる。あのメンヘラピンクが色々なものを拗らせた結果、『こと』に及ぶのではないかと危惧しているのだ。だが━━

 「そりゃ、良くはないけど・・」

 私は頬をかいて、目を泳がせる。何とかしなければならないのは分かっていたが、この問題には触れたくないというのが本音だった。

 さっつんと膝を突き合わせ、「こういうのは許されないことなんだよ? どうしてもやめられないのなら、専門のお医者さんがいる病院に行こ?」と、教え諭せれば良いのだが、その三秒後くらいに刃物がキラリんと光ったり、担当から切られた水商売の女がホストクラブのフロントで泣きながらブレイクダンスを踊っているのと同じ光景が繰り広げられる様が容易に想像出来るので、私は本当に本当に心の底から触れたくなかったのだ。

 「・・・気持ちは分かるけどよぉ」

 私の目が泳ぎまくってるのを見て、神楽野は気まずそうに頬をかき、

 「俺がわざわざ言わなくても分かってるだろうが、『班』のメンバーのやらかしは連帯だから、アレが何かやらかしたら、お前も責任取らされるんだぞ? それは、お前だって嫌だろう? 『上』への報告書に、『児童に対する云々』とか書かれるんだぞ? それでいいのか?」

 いいわけがない。『影腹』の班長とはいえ、私は所詮、先のない『草』なのだから、自分の経歴の傷とかそんなものはどうでもいいのだけれど、流石に自分が関与していない連帯責任上のこととはいえ、賞罰の欄に『児童に対する云々』と書かれるのはイヤだ。

 「イヤに決まってんでしょうが。でも・・皆まで言わなくても分かるでしょ?」

 「分かるよ。クッッッソ面倒くさいことになるのは目に見えてるよ。でもなぁ、どげんかせんといかんぜよ、これは」

 「唐突な宮崎弁と土佐弁のハイブリッドやめろ。・・・っていうかさ、そんなに言うなら、アンタがさっつんと膝突き合わせればいいじゃないのよ?」

 「イヤだよ。何で俺がそんなことやらなくちゃいけないんだよ? 班長はお前なんだから、お前がやれよ。班員のケアもお前の仕事の内だろうがよ」

 「班長の仕事に、班員の性癖の矯正は含まれてないの。憲法でそう決まってるんだから」

 「どこの国の憲法だよ・・。つーか、そんなにイヤだってんなら、もういっそのこと『先生』に相談して━━」

 と、そこまで言いかけて、神楽野は口をつぐんだ。口に手を当て、何かを考え込むような仕草をする。そして、

 「ダメだな」

 「ダメね」

 私たちは、同時に深く頷いた。



 『先生』は頭が良く、理路整然と喋る人なのだが、微妙に人の心がない人だった。



 そんな『先生』が、さっつんと膝を突き合わせようものなら、『なぜ半袖半パンの男の子(あるいは二足歩行するケダモノ)をアレな対象にしてはいけないのか』ということを、長時間に渡って理詰めで説かれるに違いない。配慮とか手心とかオブラートとか、そういう心のセーフティネットを一切合切取っ払った上で、だ。バケモノを退治する時は、バケモノにバケモノをぶつけるのが定石だが、その後に予想される惨劇は考えたくもなかった。

 私と神楽野はしばらく黙り込み、やがて顔を上げると、お互い晴れやかな顔で「うん」と頷いた。



 ━━━これはもうどうしようもないな。忘れてしまいましょう。



 お互いの目は、そう物語っていた。

 話し合いはそれでお開きになった。一応、薄い本の表紙に『血が出てるタイプのやつ』が届くようになったら、その時はお互い肚をくくろうと約束した。幸いというか、『最後』まで、その手の本当にシャレにならんやつが届くことは無かった。



 ━━━後年。



 この時、さっつんの悪癖をちゃんと正してあげていれば、みかん畑さんに多大なご迷惑をおかけした、あの悲惨極まりない大惨事が起きることもなく、さっつんが弁当持ち(隠語)になることもなかったのにと後悔する羽目になるのだが、それはまだまだ先の話である。



         ※



 昭和のテレビのような過激な競技はさっつんにより正式に禁止令が出されてしまった。

 じゃあ、次はどうするかとみんなが頭を捻っていると、



 ふいに、どこかから緩い音楽が流れてきた。



 皆が音のする方に目を向けると、薫が携帯を片手に笑みを浮かべていた。そして、

 「オクラホマミキサーなんてどうだい?」

 と、言ってきた。

 それを聞いて、みんなはキョトンとした表情になる。

 オクラホマミキサー。

 経験者は皆無だが、全員がぼんやりとではあるが知っているダンスだった。

 「・・・いいかも」

 誰かがそう言ったのを皮切りに、次々に賛同の声が上がっていく。

 「神楽野の足踏めるし」「鳩尾に肘入れられるし」「後頭部で頭突き出来るし」「画鋲仕込んだ手で握れるし」

 みんなは口々にそう言って、キャッキャと盛り上がり始める。そんな中、

 「審判長」

 真面目くさった顔をした神楽野が、さっつんに向かって手を挙げる。さっつんは「え、私のこと?」と言った感じに自分を指差していた。

 「これはルール違反です。ルール違反が行われようとしています!」

 神楽野は、そう抗議してきた。それを受けたさっつんは「うーん・・」と腕を組んでしばらく唸っていたが、やがて、

 「セーフで」

 と、無情の判決を下した。

 神楽野は「異議を唱えます!」と食らいついたが、

 「「「「「却下」」」」」

 ほぼ全員からそう言われ、力なく肩を落とした。

 かくして、オクラホマミキサーをやることが決定した。

 BGMは薫の携帯。私たちは動画サイトに上がっていた『オクラホマミキサーの踊り方』で軽く予習をし、いよいよ競技(?)開始となったのだが━━

 「・・・」

 開始と言っても、男子はウチに一人しかいない。神楽野は心底うんざりした表情で棒立ちし、縦に並ぶみんなを見つめている。

 「オクラホマミキサーって、円形に並ぶんじゃなかったか? 動画でもそうだったぞ」

 「この人数で円になっても仕方ないでしょ。縦でいいって」

 「・・・へいへい、左様ですか」

 神楽野は、どうでもよさげに肩をすくめた。色々な意味で「好きにしてくれ」と、思っているのだろう。

 私は列の最後から二番目に並んでいた。不参加を決め込みたかったが、

 「オクラホマミキサーは全員が参加するものだよ」

 と、薫に言われ、仕方なく参加した。最初は最後尾だったが、トリを飾るのがイヤだったので、薫に代わってもらった。

 夜の校庭に、オクラホマミキサーの緩いBGMが流れている。それを聴くともなしに聴いていると、ふいに薫が私の肩を叩いてきた。振り向くと、

 「こういうのは、普通は班長がトリを飾るんじゃないのかい?」

 と、薫が訊いてきた。私は肩をすくめる。

 「薫は『副長』だし。それに、こういうのは班長とかじゃなくて、一番ツラが良い奴が務めるものって、日本国憲法で決まってんのよ」

 「日本国憲法にオクラホマミキサーに関する項目があるとは初耳だね。・・・しかし、円香。ボクの容姿を褒めてくれるのは嬉しいのだが、ボクとキミの容姿にそんなに違いはないだろう? キミは十分に魅力的だ」

 「お褒めの言葉どーも」

 私は手をひらひらとやって薫の言葉を適当に受け流し、再び前を向いた。後ろから、薫の困った風なため息が聞こえた。

 私は、自分の容姿に自信がないわけではない。ぶっちゃけていうと、ある。すごくある。あるのだけれど━━



 薫には、絶対に勝てない。



 元カタギの神楽野とリンちゃんオトちゃんの三人を除けば、私の『班』の中で『草』の出身でない者は二人しかいない。それは、



 『鬼座頭』を束ねる宗家・『朝霞奈(あさかな)』の生まれである、さっつん。



 『上』だけでなく、『表』の政財界からも引くて数多の名門・『美藤(みとう)』の生まれである、薫。



 この二名だ。

 薫に出会うまで、私は『美藤』の人間を見たことがなかった。しかし、噂として、一族の人間は皆、眉目秀麗で頭脳明晰であると聞いていた。

 『班』の顔合わせで初めて薫を見た時、私はその噂が真実であり、そして、過小されていると知った。



 薫は美しかった。恐ろしいと感じてしまうほどに。



 その圧倒的な美貌は、女として嫉妬する気も起きないほどだった。

 流れるような黒紫色の美しいロングヘアーに、陶磁器のような白い肌。すべてが整った顔のパーツに浮かぶ紫色の瞳は、見る者すべての心を掴んで離さない。それは、同性であろうとも例外ではなかった。顔合わせで薫が皆の前に出てきた時、全員がポケーっとした表情を浮かべていた。私も例外ではなかった。

 だが一方で、「これはマズイことになるかもしれない」と、私は内心で危惧していた。

 『草』の女は男嫌いが多い。それを拗らせて百合に走った者が、女を巡って血を見る争いを起こすことが度々あった。私の『班』でもそれが起きるのではないか? そう、危惧していたのだが━━



 結論から言うと、そんなことにはならなかった。



 ならなかったが、ある意味、百合戦争よりも厄介な『火種』を、私の『班』は抱える羽目になってしまった。

 私は、その『火種』に目を向ける。



 『火種』━━神楽野は、警戒と諦めと面倒くさいが入り混じった複雑な表情をして、ぼんやりとオクラホマミキサーを踊っていた。



 『班』の顔合わせの前、私は『先生』から、「男が一人加わる」と聞かされた。

 それを聞いて、私は『先生』の前であるにも関わらず舌打ちしてしまう。

 継承権のない『上』のバカボンボンが、女のみで構成された『班』に混じってきて、『班』を無料の風俗店に作り変えてしまうパターンは往々にあると聞いていた。それをやらさられると思ったのだ。

 しかし、私の思考を読んだ『先生』が、「違う」と即座に否定する。



 「彼は『上』の人間ではない。カタギだ」



 それを聞いて、私は目が点になった。

 カタギが『影腹落ち』するパターンは珍しいことではない。しかしそれは、表の社会で借金やら犯罪やら何かしらのヤバいやらかしをした奴らが『骨壷』という隠語で呼ばれる『影腹』の中でも最底辺の扱い━━生贄として採用されるパターンがほとんどである。私は、

 「近い内に『骨壷』が必要になるような『任務』があるんですか?」

 と、にわかに緊張を帯びた声で『先生』に訊ねたのだが、その時『先生』は珍しく笑って、

 「いや、そうではない。彼は『骨壷』ではなく、私たちの『班』の一員になってもらうつもりだ」

 と、答えた。

 私は再度、目が点になった。『先生』の意図が、まるで分からなかったからだ。

 『先生』がいったい何を考えてカタギの人間を『影腹』などに迎え入れたのか? そこには何かしらの意図があったはずなのだが、それが何だったのかは未だに分からない。探ろうにも━━



 それを知る機会は、永久に失われてしまったのだ。



 

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