幕間② その2
「・・・イヤな予感しかしねぇんだけどよぉ、何で俺は籠を背負わされてんだ?」
籠を背負った神楽野が、不審も露わな表情で言う。みーこは、それを見てニタニタと笑い、
「昔、誰かがブログに書いてたんだけど、そいつの出身の愛媛の山奥にある小学校では、運動会の競技に人間が背負ってる籠へ玉を入れる『人間玉入れ』ってのがあったんだって。『人間玉入れ』は、籠を背負った奴が円の中を逃げ回って、その籠に玉を多く入れた方が勝ちっていうルールなんだけど、これは普通の玉入れと違って、籠を背負ってる人間の顔面や手足に玉をぶつけて動きを止めるのがルール上オッケーされてるのよ。ちなみに、投げた玉で相手を怪我させたり泣かせたりしたらノーコンになるんだって。どう? 面白そうじゃない?」
「・・・吹かしてんじゃねぇのか、それ? 愛媛は薩摩やスパルタじゃねぇんだぞ? んな野蛮なルールの玉入れなんてやってるわけねぇだろがよ」
「私に言われても知らないわよ。どっかの愛媛出身の奴がブログに書いてたことなんだから。それに、吹かしだろうがガチだろうがどうでもよくない? 現実的に、玉入れに使える棒がないんだからさ、『人間玉入れ』をやるしかないじゃん?」
「何がやるしかないじゃんなんだよ、意味が分からねぇよ。そんなの、玉入れ自体をやめりゃいいだけの話だろうがよ。そもそもよぉ、百歩譲ってその『人間玉入れ』をやるとして、何で俺が籠を背負う役なんだよ? 言い出しっぺのお前がやるのが筋だろうが」
「『人間玉入れ』で籠背負う役は、男子って決まってんの。こんなの女の子にやらせられるわけないでしょう? 怪我でもしたらどうすんのよ?」
「唐突な女尊男卑やめろや。男子だってこんなくだらねぇ競技で怪我なんかしたくねぇよ。・・・つーかてめぇ、何が『女の子』だよ? ボノボの亜種があんま笑わせんじゃね━━ヴォェッ!!」
みーこの玉が神楽野の顔面にクリーンヒットしたのを皮切りに、私たちは一切に『人間玉入れ』を開始する。勿論、誰も籠なんて狙っちゃいなかった。全員が、赤とか白とか関係なく、手当たり次第に神楽野に向かって玉をぶち当てる。神楽野は、「薄々分かってたことだけどよぉ!!」とブチ切れ、こういうのが大好きなよっさんは、
「女の子みてぇに内股でくねくねしながら避けてんじゃねぇぞ、このノンデリクソホストがよぉ!! てめぇも男なら男らしく野球のキャッチャーみてぇにM字開脚してどっしり構えてろや!! この私様が、てめぇの股間にある汚ねぇもんをジョイトイしてやっからよぉ!!」
と、よく分からないことを喚いた。神楽野はよっさんに中指を立てて放送禁止用語を叫んでいた。
最初はみんな「とりあえずコイツに当たればいいや」みたいな感じで適当に玉を投げていたのだが、よっさんが執拗に神楽野の股間を狙ってるのを見て、「玉にはやっぱ玉だよな」と、方針転換した。神楽野は一極集中し始めた玉から玉を守るために急な強風からスカートを守る女の子みたいな動きでくねくねし、「アレが噂のクネクネってやつか」「キモすぎて発狂しそう」と、散々なことを言われていた。キレた神楽野は籠を地面に叩きつけ、「いい加減にしろ、この猿どもが!! 子どもが作れない身体になったらどうすんだよ!!!」と、ブチ切れた。みんなは、「てめぇの遺伝子なんか後世に残せるわけねぇだろうが、このクソゴミカスサイコパス野郎がよぉ!! 人類全体のDNAのためにも、テメェは大人しく末代になっとけや、バーーーカ!!!」と、煽った。神楽野は歯をギリギリとさせ、「こんの、日光猿軍団落第生どもがよぉ!!」と、地面に落ちてた玉を拾って反撃し始める。私たちはキャーキャー言いながらそれを交わし、応戦した。神楽野はけっこう粘ったが、何しろ多勢に無勢である。背後から近づいてきたまーちんに一瞬の隙をつかれ、スライディングからの蟹挟みで転倒させられた。神楽野は即座に起き上がろうとしたが、それより早く、たすきが腕を取り、そのまま腕ひしぎ逆十字の要領で拘束する。それを見たみんなは餌の時間が来た猫のように一斉に神楽野へ群がり、思い思いの関節技をかけ始めた。たすきの逆十字同様、ガチで決まってるやつばかりだった。神楽野は地面を早押しクイズのように何度もタップしたが、誰も力を緩めない。そんなアイツをたすきは指差し、
「あーっ!! コイツ、いま私の胸触った!!」
「てめぇが腕ひしぎ逆十字かけてるからだよ!! 触ったんじゃなくて当てられてんだよ、バーーーカ!!!」
「んなこと言って、実はテメェ喜んでんじゃねーんスか? こんな沢山の美少女に寝技かけてもらえるとか、えっちなお店でプレイしようもんならどんだけかかると思ってんスか?」
もももが、神楽野の頭を太ももでギチギチと挟み込みながらニヤニヤ笑っている。そんなもももをキッと睨みつけ、
「何が美少女だ、ホモサピエンスの恥晒しがよぉ!! お前の足はなんかうっすらジョリジョリするし、なんかうっすらくせえんだよ!!! 身体のケアもまともに出来ねぇ女が美少女とか片腹痛ぇ━━ヴォェッ!!」
身動きが一切取れない神楽野に向け、もももの精密機械のようなパウンドが顔面に炸裂する。「クソが!! クソどもがよぉ!!」と、神楽野がバタバタと身をよじっていると、
「よっしゃ!! ここで真打のウチの登場やで!!!」
と、赤だしが何故か竹馬を担いで現れた。その横には、はっちが立っていて、
「竹馬を挿れる専門家を連れてきたぞ!!」
と、訳の分からないことを言った。
私は『竹馬を挿れる専門家』とやらが何のことかさっぱり分からなかったが、赤だしはみんなから盛大な拍手をもって迎えられた。眉根を寄せる神楽野に、赤だしはニッと笑ってしゃがみ込むと、
「お前、初めてだろうから特製ローション塗ったるわ」
と言って、竹馬の先端に唾を吐き、それをやらしい手つきで上下に塗りたくり始めた。それを見たみんなは手を叩いて大喜びし、
「しゃぶる前の洋モノみてぇ」「おーいぇい、おーいぇい」「シーハーwwシーハーww」「アヒャ、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!!」
と、大盛り上がりし始めた。神楽野はドン引きが極まった表情で「頭おかしいんじゃねぇのかコイツら?」という目を向けている。
「はぁ・・」
その光景を見ていられなくなった私は、額を押さえてため息を吐いた。
ご覧の通り、私の『班』はどうしようもなく下品でバカな女の集まりなのである。
そう、あの子たちは本当に、下品でバカでどうしようもなかった。でも━━
みんな、いい奴らだったのだ。
※※※
※※
※
私は乱痴気騒ぎには参加せず、少し離れたところで様子を見守っていた。
それにしても、神楽野が酷い目に遭うのを見るのって、何でこんなに楽しいのだろう?
あまりにも下品すぎて目を逸らしていたのに、いつの間にやら私の口の端は吊り上がっていた。神楽野は大の字に抑え込まれ、「力抜けやオラァ!!」と、竹馬を構える赤だしに恫喝されている。うっかり水槽を飛び出してしまった金魚のように暴れまくる神楽野の口を手で抑えながら、はっちは「天井のシミを数えている内に終わるよ」と、優しい声で囁く。はっちの手のひらの間から、死ねというシンプルな暴言が漏れた。私はガムをくっちゃくっちゃと噛み、みんな楽しそうだなーと思いながらその光景を見ていると、服をちょいちょいと掴まれた。
振り向くと、そこにリンちゃんが立っていて、オドオドとした眼差しを私に向けていた。
「円香ちゃん・・。いっちゃん、大丈夫かな?」
まるで迷子の子どものような、不安げな声で言う。
私はその頭をそっと撫で、「死にゃしないから大丈夫よ。たぶん」と、あんまり慰めにならないことを言った。リンちゃんの大きくてどんぐりのような綺麗な目に、不安の色が宿る。そして、教育テレビに出てくる森に住む二足歩行の畜生みたいなふわふわした動きで、「はわわ・・」と言った。
リンちゃんは、何故か神楽野のことを『いっちゃん』と呼ぶ。
アイツのフルネームに擦りもしないのに何で『いっちゃん』なのだろうと不思議に思った私が神楽野に訊ねてみると、アイツは苦虫を噛み潰したような顔をして、
「知らん」
と、答えた。どう見ても知らんことはない顔だった。
これは何か面白い秘密が隠れているに違いないと感知したみーこは、リンちゃんにくすぐり拷問を決行し、なんで『いっちゃん』と呼んでいるのかを吐かせようとした。
しかし、いつもなら十秒もしないうちに何でもゲロするリンちゃんが、この時はいつまで経っても何も吐かなかった。
ムキになったみーこが「意地でも吐かせちゃる!」と言って、三倍速のこちょこちょを開始したのだが、リンちゃんはあんまり女の子的によろしくない声を上げて転げ回るばかりで、一向に何も吐かなかった。それを執拗に追い詰めている内に変なスイッチが入ったのか、発情した顔のみーこがリンちゃんの下着の中に手を入れようとしたので、脳天に拳骨を叩き入れてレフェリーストップとした。
以降、神楽野がリンちゃんに『いっちゃん』と呼ばれている謎は棚上げになってしまったのだが、割と本気でどうでもいいことなので現在に至るまで放置されている。それはともかく。
私は、どうしよどうしよとあたふたするリンちゃんを適当に慰めながら、「もっといいモノ見つけてきたぞ!」と言って、どこかから持ってきた三角コーンをドリルのようにぐわんぐわん回転させているガタ子を見るともなしに見ていた。と━━
━━━ふいに、夜の暗さが増した気がした。
目を向けると、いつの間にかリンちゃんの側にオトちゃんが立っていた。
二メートルを優に超えるオトちゃんの細くて長い背丈が影となり、星の光を遮っていたのだ。
「・・・」
オトちゃんは、いつものように何も喋らない。ただじっと、双子の姉の側についている。
「オトちゃん、それ大丈夫? 暑くない?」
私はオトちゃんに声をかける。オトちゃんは夏だろうが冬だろうが真っ黒いマントで全身をすっぽりと覆い隠しており、その姿を滅多に私たちの前に晒すことがない。
「・・・」
まるで大きな黒い筒のように見えるオトちゃんは、いつものように少しの間だけ黙った後、
「はい、大丈夫です」
と、まるで機械音声のような感情のない声で答えた。
「・・・そう。暑くなったり、喉が渇いたりしたら、私かリンちゃんにすぐに言うのよ? 日射症になっちゃうからね?」
「はい。暑くなったり、喉が渇いたりしたら、私は下北沢さんかお姉ちゃんにすぐに言います。日射症にならないように気をつけます」
「うん、よし」
私は、オトちゃんの身体をそっと叩く。その側で、リンちゃんがオトちゃんのマントを掴み、
「オト、私と円香ちゃんが近くにいない時は、いっちゃんか他の女の子にちゃんと言わないとダメだからね? 日射病は怖いから絶対に無茶はするなって、いっちゃんから口を酸っぱくして言われてるでしょ? ちゃんと言わないとお姉ちゃん怒るからね?」
「はい、お姉ちゃんと下北沢さんが近くにいない時は、お兄ちゃんか他の方たちにちゃんと言います。日射病は怖いです。お兄ちゃんの忠告は守ります。お姉ちゃんに怒られるのも嫌なので、ちゃんと言うようにします。はい」
オトちゃんがそう言うと、リンちゃんはニッコリと笑い、「ならよし!」と言った。そうして、オトちゃんを抱きしめるようにして頬ずりする。マントの奥に隠れていて表情は見えないが、オトちゃんはきっといつものように能面のような無表情を浮かべているのだろう。
感情に合わせてコロコロと表情を変える姉のリンちゃんと異なり、妹のオトちゃんは何があろうとも表情が変わることがない。
オトちゃんは、自分で考えて行動するということが、生まれつき出来ない子だった。
なので、こういう風に逐一何かを指示してあげないといけなかった。
しかし、オトちゃんは自分で考える力がないわけではない。
一見、ロボットのように見えるオトちゃんだが、ちゃんとした感情があり、心があった。
神楽野はオトちゃんのことを「アイツは分かりにくいいだけだ」と言い、リンちゃんは「オトは分かりやすい子だよ」と言う。双方矛盾しているが、オトちゃんに心があるということについては同意見だった。その意見は、私も賛成である。
ただ、神楽野の言う通り、オトちゃんのことが分かりにくい時もあれば、リンちゃんの言うように分かりやすい時もある。しかし、今は間違いなく後者の方だった。
オトちゃんがリンちゃんの側に寄ってきたのは、リンちゃんの不安を敏感に感じ取ったからだ。
オトちゃんは、そういう子だった。
だから、みんなはこの子を愛し、気遣い、そして、受け入れていたのだ。
他の『班』の連中から頻繁に揶揄されるオトちゃんの外見的な特徴など、私たちは気にもならなかった。
「えへへ・・」
リンちゃんは猫のようにオトちゃんに頬擦りし、幸せそうな表情を浮かべている。オトちゃんは微動だにしなかったが、場の空気が先程よりも緩くなっていた。きっと、オトちゃんなりに喜んでいる証だろう。
オトちゃんが側に来ると、何故か空気がピンと張り詰めたような感じになる。
それは、『上』の人間と対峙した時の感覚に似ていた。
オトちゃんは書類の上では私たち同様『影腹』の一員であるが、リンちゃん同様荒事に参加したことはない。そういう訓練を受けてもいない。
それなのに、オトちゃんは『上』の人間と同じ、重くて独特な空気をうっすらとではあるが纏っていた。それは、当時の私には終ぞ理解出来なかった不思議な感覚だった。
━━━だが、今ならその理由が分かる。
後年。
裏社会の頂点に君臨する五人の怪物━━『裏五皇』五名の内、二名を単独で殺害。現・『裏五皇』最強にして最怖の存在であり、<<虐殺者>><<惨劇の緑ヶ丘>><<死を告げる者>>等、数多の二つ名で呼ばれる絶対凶者━━
緑ヶ丘美音。
その片鱗が、すでにこの頃から顕れていたのだろう。
「えへへ、オト〜」
しかし、この後に待ち受ける過酷な運命をまだ知らない私は、仲良さげに抱き合う━━主にリンちゃんが一方的に抱きついているだけなのだが━━姉妹を、微笑ましげに見つめていたのだった。
「あ・・」
不意に、リンちゃんが何かに気が付いたように、オトちゃんから身体を離した。口元に手を当て「はわわ、どうしよどうしよ」と、慌てている。私がどうかしたの?と訊ねると、リンちゃんはオトちゃんのお腹の辺りを指差し、
「チビちゃんたち、起こしちゃったかもしれない」
と、言った。
それで改めて目を向けると、オトちゃんのお腹の辺りが、かすかにもぞもぞと動いているのに気付く。
オトちゃんの頭がわずかに下を向き、マントの隙間から大きな手がゆっくりと出てきた。オトちゃんの手は非常に特徴的で、指の長さが常人の二倍以上ある。その指に乗っかるような形で、二つの毛玉がピクピクと動いていた。
その毛玉は、ミンクのように上質な肌触りの茶色い毛並みをしており、それを一周するように、トレードマークの二本の縞模様が入っている。お姉ちゃんの方は赤い線、妹ちゃんの方は青い線だった。
毛玉はしばらくオトちゃんの指の上でピクピクと動いていたが、やがてまったく動かなくなってしまった。少し心配になってくる。
「今のは、ただの寝相です」
それを察したように、オトちゃんが口を開いた。
「この状態の伽奈さんと紗姫さんは、滅多なことでは起きません。恐らく、朝までこのままでしょう」
私は二つの毛玉に顔を近づけ、まじまじと観察する。この子たちは普段も可愛いけど、この状態━━私は毛玉モードと名付けている━━も、とても愛らしい。見ている内に何だかムズムズしてきた私は、オトちゃんに、
「触ってみても大丈夫かな? 起こしちゃったりしない?」
と、訊ねてみる。オトちゃんは小さく頷き、
「はい、大丈夫です。少し触ったくらいでは、伽奈さんも紗姫さんも起きることはありませんので。はい」
と、答えた。
その言葉に甘え、私は紗姫ちゃんをやんわり撫でてみた。ぷにぷの感触とサラサラした毛皮が堪らなく心地良い。私の頬が、自然と緩んでくる。
「えへへ、伽奈は可愛いね〜」
リンちゃんも、隣で眠る伽奈ちゃんを愛おしそうに撫で撫でしている。その幸せな光景を見て、私は心が洗い流されるような気持ちになった。しかし━━
「九人に勝てるわけねぇだろうが!! 大人しくケツ出せやゴラァ!!!」
「馬鹿野郎お前!! 俺は勝つぞお前!!!」
そんな気分を台無しにするバカどもが、未だギャーギャーと乱痴気騒ぎを繰り広げていた。
私は「はぁぁぁ」と深いため息を吐き、猫カフェで癒しを求める鬱病のOLのように、紗姫ちゃんを無心で撫で撫でし続けたのであった。
その後。
神楽野と女子九名は、二十世紀初頭の塹壕戦のように激しくもつれあった結果、双方共に服が乱れに乱れ、何だか18禁っぽい様相を漂わせてきたため、我が『班』きっての常識人である薫とさっつんによりジャッジメントされた。リンちゃんはオトちゃんの肩によじ登り、「はわわ、えっちなのはいけないんだよぉ」と言って、オトちゃんを目隠ししていた。




