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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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番外編『宮本さんと風間さん⑥』


 その日、俺はちょっとした用があって下山していた。

 俺のような人間が『用』などという言葉を使うと、何かよからぬことをやっているように聞こえるかもしれないが、何のことはない。切れた日用品を買いに行っただけだ。要するに、ただの買い出しだよ。

 ・・・その日用品を買う金はどこから出てるんだって? ・・・まあ、それは色々だ、色々。

 盗み? そんなケチな真似はしない・・と言いたいところだが、ヤクザや半グレの事務所に忍び込んで金を拝借したことは何度かある。・・・自白だろうが何だろうが、好きにとらえればいい。理由があってやったことだ。その辺を深く話すつもりはない。

 話を戻すぞ。

 俺は買い出しを終え、帰路についていた。時刻は夕暮れ時だった。

 途中、※※町の住宅街を歩いていた時だ。妙な連中を見かけた。

 そいつらは、まるでセキセイインコのような派手な髪色をしたバカ共で、酒瓶や缶ビールを片手に大騒ぎしていた。単なる前後不覚の酔っ払いでないことは一目見ただけで分かった。連中の目は据わっていて、体格は格闘技をやっている人間のそれだったからだ。

 土井山は元々治安が悪いが、この頃はそれが更に加速している。類は友を呼ぶんだろうな。一般人が目を背けるようなヤカラ丸出しの連中が、白昼堂々我が者顔で市内を練り歩いているのをよく目にするようになった。

 俺は、絡まれるのも面倒だと思い、元来た道を引き返そうとした。踵を返すと━━



 俺のすぐ後ろに、小さな女の子が立っていた。



 それが、菜々子だった。

 あの子の顔を見た瞬間、俺は思わず仰け反ってしまった。後ろに人がいてびっくりしたわけじゃない。誰かがついてきているのは、随分前から分かっていたからな。

 ・・・いや、あの子は俺をつけていたわけではないよ。単に、俺と菜々子の歩く方向が一緒だっただけだ。完全な偶然だよ。もし、神の悪戯とやらが本当に存在するのなら、まさしくアレがそうだったんだろう。



 ・・・随分と、残酷な悪戯もあったものだがな。



 菜々子は、俺のことなどまるで見えていない様子だった。ガラス玉のような瞳で、じっとどこかを見据えながら、歩調を緩めることなく俺の側を通り過ぎていった。

 その時、俺は冷や汗というものを久しぶりにかいた。

 似ていたんだよ。

 顔立ちのことじゃない。表情が似ていたんだ。俺の知っている『あの子』にな。

 ・・・。



 『あの子』について、アンタに話すつもりは一切ない。頼むから、二度と触れないでくれ。



 とにかく、俺はたまらなく嫌な予感がして、慌てて菜々子の姿を目で追った。

 菜々子は機械仕掛けの人形のようにゆっくりと歩いていた。・・・が、よく見ると違和感があった。俺から見て右側、そこの重心が不自然にズレている。上着のポケットに、何か『重い物』を入れているようだった。

 何だ、と眉根を寄せる俺の目の前で、菜々子はふいに上着の中へ手を伸ばした。

 中にあった『重い物』を取り出した瞬間、それが陽光に反射してキラリと光った。



 出刃包丁だった。



 菜々子の目は、真っ直ぐにセキセイインコ共へ注がれていた。

 それに気付いた瞬間、俺はあの子の側に駆け寄って、包丁を取り上げていた。

 「・・・」

 菜々子は無言のまま、俺を見上げていた。

 「・・・何の理由があるのか知らんが、よせ」

 「・・・」

 そう言うと、菜々子は無表情のままじっと俺の目を覗き込んできた。ガラス玉のような瞳だった。だが━━



 その眼の奥に、俺に対する明確な殺意があった。



 菜々子の目は、「邪魔をするな」と語りかけていた。

 人形のような無表情。ガラス玉のような瞳。一見、感情が死んでしまっているように見えるが、心の奥には燃えたぎるような怒りと憎悪を隠している。



 何もかもが、『あの子』と全く同じだった。



 俺は菜々子の手を掴んだまま、阿呆のように沈黙していた。頭の中に、これまでのありとあらゆる種類の後悔が走馬灯のように駆け抜けていって、俺はただ押し黙ることしか出来なくなってしまったんだ。


 ふいに、背後から複数人の足音が聞こえてきた。


 我に返って後ろを向くと、イラついた表情のセキセイインコ共が、俺たちの背後にずらっと並んでいた。

 最初は、俺のことを子どもに危害を加える変態だと勘違いしたのかと思ったが━━

 「おいっ、ガキ。てめぇ何の真似だ?」

 セキセイインコ共は、俺ではなく菜々子を睨んでいた。

 その言葉を聞いて、俺は心の中で舌打ちする。どうやら、先程菜々子が刃物を取り出していたのを見られてしまったらしい。

 「・・・何でもない。ただの子どものイタズラだよ」

 俺は菜々子の背を押して、その場から逃げようとした。しかし、

 「待てや、おいっ!」

 セキセイインコの一人に、肩を掴まれてしまった。

 「光り物なんぞ出しておいて、『イタズラでした』で済ませられるわけがねぇだろうがよ? 舐めんじゃねぇぞ、おい!」

 言っていることは正論だが、連中の顔には下衆な笑みが浮かんでいた。俺の肩を掴んでいたそいつは、電子タバコなのか葉っぱなのかよく分からん、甘ったるい匂いのする息を俺に向けて吹きかけると、

 「誠意見せろや、おっさん」

 と言って、口の端を吊り上げた。そいつのもう片方の手には、スマホが握られていた。画面は通話モードになっていて、そこには『110』と表示されていた。警察に通報されたくなければ金を用意しろとでも言いたいのだろう。

 無視して土下座でも何でもすればよかったと後で激しく後悔したが、その時の俺はそれを目にした瞬間、大きく舌打ちをしてしまった。暴力と犯罪で飯を食ってるゴミどものくせに、こういう時だけ恥ずかしげもなく警察を頼りやがる━━その腐った根性が、たまらなく不愉快だったんだ。

 しまった、と思った時にはもう遅く、案の定、セキセイインコ共は一切に「あん?」と、目を剥き始めた。そして、チンピラのお手本のように前屈みで一気に距離を詰めてくる。

 アンタも警官なら分かるだろうが、この手の奴らがこうなってしまったら、もう手のつけようがない。

 俺は諦め混じりのため息を吐いた。そして、

 「・・・一応、こちら側に非があるわけだから、一度だけチャンスをやる。何も見なかったことにして、とっとと失せろ」

 と言った。

 セキセイインコ共は、全員ポカンとした表情を浮かべていた。しかし、一拍の後、突然「・・ぷっ」と吐き出すと、

 「ギャハハハハハハッッ!!!」

 と、腹を抱えて大爆笑し始めた。

 俺はうんざりして天を仰いだ。

 端から連中が大人しく引き下がるなんて思っちゃいなかったが、それでもこうなることは避けたかった。


 俺は頭を振りつつ、無言で先頭のインコの顔面に一発入れた。


 わざと大きな音がするように殴った。ガードレールを思い切り殴りつけたような音と共に、セキセイインコ共のバカ笑いがぴたりと止まる。



 俺が殴ったインコは、()()()()()()()()()()()



 顔面は鼻から下が陥没している。・・・()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どういう意味だと問われても、言葉通りだとしか言いようがない。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 そういう『技術』があるんだ。

 俺はざっくりとした歴史しか知らんが、元はちょっとした怪我が致命傷になるような古い時代、当時のヤクザ者が()()()()()()()()()()()()()()()()ために編み出した『技術』らしい。現代では『不殺法』などと、いかにも善人が使う技のように呼ばれているが、所詮は下衆の技だ。現代でも『不殺法』なんぞ使っているのは、俺のような半端者か、拳で会話するタイプの営業職、もしくは拷問を生業としているろくでなしくらいのものだろうな。『殺法』だろうが『不殺法』だろうが、用途は何も変わらんということだ。

 ・・・少し話が逸れてしまったが、とにかくその『技術』を用いれば、血が噴き出ても大した怪我じゃない、骨が折れたような痛みがしても折れていない、顔面が腫れ上がるまで殴られても翌日には元に戻っている━━そういうことが出来るようになる。

 ・・・到底信じられない? まあ、そうだろうな。それが普通の反応だ。

 だが、アンタは実際に『それ』を目にしてるだろう?



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 ・・・。

 確かにアンタの言う通り、怪我の程度がどうあれ、暴力は暴力だ。法治国家で許される行いではないだろうよ。



 だが、それは理由があってやったことだ。



 その話をするためには、もう少し話を進める必要がある。

 俺の一発で顔面を『一時的に』潰されたインコは、白目を剥いたままゆっくりと地面に倒れ込んだ。その様子を、周りのインコどもは呆然と眺めていたが、すぐに我に帰って襲いかかってくる。インコは全部で十羽いた。


 俺はそのうち六羽を、なるべく『派手に』片付けた。


 十羽のうち七羽が、血溜まりの中で痙攣している。それを目にした残りの三羽は、ガタガタと震えて動かなくなってしまった。

 連中の戦意が完全に喪失したのを確認すると、俺は残ったインコに問うた。

 「で? お前らは結局、この子にいったい何をやったんだ?」

 菜々子のような小さな女の子が、刃物を持って殺そうとまでしてきたんだ。よっぽどのことをされたに違いないと、その時の俺は思っていたのだが━━

 「し、知りません! そんなガキ・・い、いや、そんな子、俺たちは見たこともありません!!」

 インコ共はそう言って、一斉にぶるぶると首を振り始めた。

 それを見て、俺は眉根を寄せる。嘘をついているようには見えなかったからだ。

 (・・・どういうことだ?)

 菜々子の方へ目を向けると、



 ()()()()()()()()()()()()()()()()



 まるで憧れのアイドルを目にしているかのように、菜々子はキラキラした眼差しで俺のことを見つめていた。

 俺はその視線に、何故かゾッとするものを覚えた。

 「お前、コイツらに何かされたのか?」

 背後のセキセイインコ共を親指で指差しつつ、俺は菜々子に訊ねた。

 菜々子は笑顔のまま、首を横に振った。

 胸中に、嫌なものが広がっていく。

 「・・・何もされてないなら、どうしてコイツらを殺そうとした?」

 菜々子は口の端を「にいっ」と吊り上げると、



 「ゴミが息してんのが不愉快だから」



 と、答えた。

 それは、心が遠い彼岸に行ってしまった者の笑みだった。




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