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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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29/70

番外編『宮本さんと風間さん①』


 警察署の取り調べ室でうたた寝をしていた風間菜々子は、ふいに何かの気配を感じ取って、びくりと身体を震わせた。

 「・・・? キャン様?」

 この場にいない人間の名前を呟く。今しがた察知した気配は、自分がよく知る女性のもののように思えたのだが・・。

 桜川子犬からガチ説教を食らった時のトラウマを思い出し、風間菜々子は無意識に二の腕をさすった。

 丁度その時、取り調べ室のドアが開き、見知った婦警が中に入って来る。

 部屋に入るなり婦警━━宮本静佳は、訝しげに眉根を寄せた。

 「・・・アンタの相方、どうしたの?」

 彼女の視線の先には、取り調べ室の隅にうずくまる、柳田おれんじの姿があった。

 「・・・〜、・・・〜」

 柳田おれんじは親指の爪を噛みながら、先程からよく分からないことをぶつぶつと呟いている。

 風間菜々子は肩をすくめて、

 「何か知んないけど、浮気されてる気がするんだってさ」

 と言った。

 それを聞いて、宮本静佳の顔にますます困惑の色が広がっていく。

 「・・・コイツ、カレシ出来たの? 人間?」

 「知らね。柳田のカレシとか、コンビニの跡地に何が出来るのかとかと同じくらい興味ねぇわ」

 「あら、そう? 私は、結構興味あるわよ?」

 「宮もっちゃん変わってんなー。あんなの、どうせ美容院か零細の事務所の二択でしょ? 次、何が出来るんだろうってワクワクが全然ねぇからつまんねぇじゃん?」

 「最近は、それに葬儀場を加えての三択かな? アンタの言ってることも確かに分かるけど、確変で飲食店ってパターンもあるからね。新しく出来たお店が町中華だったらラッキーじゃない?」

 「あー・・それは、確かに嬉しい。でも、今のご時世、新しい町中華なんて出来っかなぁ・・」

 風間菜々子と宮本静佳が緩いトークに花を咲かせていると、突如としてスチール製の机がバンッと叩かれた。

 「私にカレシなんかいないっ!!!」

 柳田おれんじが、顔を真っ赤にして二人を睨みつけていた。

 「いないけどっ!! お前ら二人とも、ちょっとは興味を持て!! 土井山の生きる聖少女伝説こと、柳田ちゃん様にカレシが出来たかもしれないんだぞ!! もっと慌てふためけ!! 質問攻めにしろ!! ヤッポーニュースのトップに上がってもおかしくない話題なんだからね!!!」

 柳田おれんじが鼻息荒く捲し立てると、風間菜々子と宮本静佳の両名は、小馬鹿にしくさった表情で鼻を鳴らした。

 「おいっ!! 何だお前ら、そのバカにしくさった表情はっ!!!」

 風間菜々子は、はいはいと手を振って柳田おれんじを適当にあしらうと、宮本静佳に再び目を向けた。

 「・・・んで? 宮もっちゃん、何の用? 頼んだカツ丼きた?」

 「そんなもの来るわけないし、頼んでもいないでしょうが・・。そうじゃなくて、釈放よ、釈放。もう帰っていいわよ」

 宮本静佳は、面倒臭そうにしっしっと手を振る。それを受けて、風間菜々子は「おっ」と口を開け、

 「今日早かったな。もうちょいかかるかと思ってたわ」

 と言って、背伸びをした。その横から、柳田おれんじが身を乗り出して抗議する。

 「だいたい今回のって、別に逮捕されるようなことじゃなくない? 盗撮犯のクソキモ眼鏡もやしを、正義の美少女JC二人組が成敗してやったってだけの話なのに」

 「何が成敗よ、このクソバカ。捕まえた盗撮犯をコインランドリーの洗濯機に突っ込んで、『回ってる間にカップ麺をこぼさず食べれたら許してやる』って、無茶苦茶なこと言ったんでしょ? で、その様子を動画で撮影してゲラゲラ笑ってるところをお縄にされたような奴らが、正義とか抜かしてんじゃないわよ、バカタレが」

 そう言って、宮本静佳は柳田おれんじの頭を軽くチョップする。

 「あー!! 暴力!! 暴力だぁ!! 私は今、警察官に暴行を受けましたぁ!!!」

 ぎゃあぎゃあと喚く柳田おれんじの後頭部を、今度は風間菜々子が引っ叩く。

 「うるせぇ。・・・何を苛ついてんのかしんないけど、宮もっちゃんにあたんな、バカ」

 柳田おれんじは頭を抑えながら尚も何かを言いかけたが、風間菜々子にひと睨みされると、唇を尖らせたままそっぽを向いた。

 その様子を見て、風間菜々子は面倒臭そうに髪をかき上げる。

 「コイツ今日ダメだわ。悪かったわね、宮もっちゃん」

 「今更この程度で腹なんか立たないし、別にいいんだけど・・。今日も何も、柳田がダメじゃない日なんてあるの?」

 宮本静佳が呆れたようにそう言うと、風間菜々子はぷっと吹き出して「違いねぇわ」と笑った。

 「んじゃ、もうOKなら私ら帰るわ。お疲れっしたー」

 風間菜々子はそう言うと、「暴言!! 暴言頂きましたぁ!!」と言って暴れる柳田おれんじの首根っこを引っ掴み、取り調べ室を出て行こうとする。

 「ちょっと、勝手に出て行かないでよ!! ああ、もうっ・・」

 宮本静佳は、髪をがしがしとかきむしりながら後を追う。

 二人を追いかけて取り調べ室を出ると、廊下に何人かの刑事が立っていて、風間菜々子と柳田おれんじを憎々しげに睨みつけているところだった。

 「ちーっす、お疲れさんでーす」

 並の人間なら縮み上がってしまうようなその視線を、風間菜々子は手をひらひらさせながら受け流す。イキがってるのでも強がっているのでもなく、本気で何とも思っていないのは、そのバイト上がりみたいな表情を見れば明らかだった。

 一方、風間菜々子にキャリーケースのように引きずられて行く柳田おれんじは、両手で中指を立てて舌を出している。

 風間菜々子が立ち止まって頭を引っ叩くと、柳田おれんじは「舌出してる時に頭叩くのやめろ!!」とギャーギャーし始める。その頭を鷲掴みながら、風間菜々子は心底うんざりしたようにため息を吐いた。

 「・・・アンタ、今日ホントにどうかしてるわね? マジでどうしたの?」

 流石に行き過ぎているという自覚があったのか、柳田おれんじはうっと呻いて動きを止めると、

 「・・・何か分かんないけど、さっきからずーっと、旦那が職場で新人の巨乳OL相手に鼻の下を伸ばしてるのを目撃した主婦の気持ちみたいになってるというか何というか・・」

 と言って、指をつんつんし始めた。

 風間菜々子は「はあ?」と眉根を寄せる。

 「結婚どころか、男とデートすらしたことない奴が何言ってんの?」

 「意味わかんないこと言ってるのは分かってんのよ!! ・・・でも、そうとしか表現出来ないんだって・・」

 そう言って、柳田おれんじは「うー」と頭を掻きむしり始める。

 「・・・」

 風間菜々子はその様子を無言で見つめながら、尿検査をやってもらったほうがいいのだろうかと考えている。

 「うっせぇぞ、ガキどもっ!! さっさと帰れや!!!」

 廊下でくっちゃべってる二人に、刑事の一人がたまりかねたように声を荒げた。

 それを受け、風間菜々子は「あ゛?」と据わった声を出す。

 「か弱い女子中学生相手に大声出して怒鳴ってんじゃねぇぞ、薄汚えおっさんがよぉ!! ストレス溜まってんならバッセンか風俗でそのショボいバットブンブン振り回して一汗かいてろや、このクソ公僕が!!!」

 眼に、『二中の大狂犬』が宿っていた。

 今にも刑事に飛びかかろうしている風間菜々子を、先程とは真逆に、柳田おれんじが「ばっか・・!」と、服を掴んで引き留めている。

 刑事の方も、たかが中学生の小娘にここまで舐めた口を叩かれては引くに引けない。一触即発の空気が署内に流れ始めた、その時━━



 「いいかげんにしなさい」



 宮本静佳が、二人の頭を鷲掴む。途端、風間菜々子と柳田おれんじは顔を青くする。大した力は込められていないのに、風間菜々子と柳田おれんじ両名の顔から、つうっと冷や汗が滴り落ちる。

 二人が借りて来た猫のように大人しくなったのを確認すると、宮本静佳は次いで刑事たちの方へ目を向けた。

 「・・・」

 たったそれだけで、半グレやヤクザを相手に一歩も引かない強面の男たちが、まるで高校生のヤンキーに初めて絡まれた中学生一年生のように一斉にすっと目を逸らした。

 全員の矛が収まったと見るや、宮本静佳は「もうよろしいですね?」と、冷たい声で問うた。全員がうんうんと頷くと、彼女は風間菜々子と柳田おれんじの頭を掴んだまま、悠々とその場を後にする。

 宮本静佳。

 男性警察官の間で密かに行われている『結婚したい婦警ランキング』と『何でも相談出来る頼れる婦警ランキング』第一位にして、『コイツだけは絶対に怒らせてはいけない婦警ランキング』第一位の三冠王。

 署長ですら一目置く彼女と事を構えようとする人間など、土井山警察署内には存在しないのである。



         ※



 「あー、ストレス!! ストレスが溜まる!! ラーメン食べたい!! 二郎系のえっぐいやつが食べたいいい!!!」

 「うっさいわね・・。食いたきゃ勝手に食えばいいでしょうが・・」

 「お小遣いが、ない!!」

 「知るかよ、バカ」

 柳田おれんじは、「ななち、奢って!!」と言って、風間菜々子の背中に抱きつく。風間菜々子は「うっっぜ」と顔を顰めて振り解こうとするが、柳田おれんじは子泣き爺のように背中にホールドして離れない。

 「奢って奢って奢って!!」

 「うるせぇ!! 離れろ!!」

 土井山警察署の入り口で、宮本静佳はぎゃあぎゃあと喚きながら帰って行く二人の女子の背中を見つめている。

 (こうやって見ると、あの子たちはお調子者のただの女子中学生にしか見えないんだけどな・・)

 宮本静佳は苦笑する。しかし━━



 現実は、『ただの』では全くない。



 少年課だけでなく、土井山警察署の全ての部署で『要注意人物』として警戒される二人組━━風間菜々子と柳田おれんじ。

 『オマケ』の柳田おれんじはともかく、風間菜々子の方は極めて危険な存在として、署内に広く知れ渡っていた。



 風間菜々子。



 署内で初めて彼女の名前が記録されたのは、七歳の時である。

 ただしその時は、風間菜々子は『加害者』ではなく、『被害者遺族』として記録されている。

 痛ましい事件だった。

 彼女の弟━━まだ幼稚園児の幼い子どもが、とある事件に巻き込まれて命を落としたのである。

 当時、宮本静佳は警察学校を出て、土井山警察署に配属されたばかりだった。事件が起こった際、彼女は風間菜々子ともう一人の被害者、北野桝塚(きたのますづか) (めぐみ)の聞き取りを担当していた。本来そのような役目は刑事課が担うものだが、厳つい見た目のおっさんだけでは女の子が怯えてしまうということで、当時署内で最も若い女性警察官だった宮本静佳にお鉢が回ってきたのである。人によって意見は異なるだろうが、宮本静佳自身は、そういう役目を負わされることに不満はない。むしろ、そういうのは自分のような女性警察官でなくては出来ないことだと思っている。しかし━━



 あの時ばかりは、自分を抜擢した者を少しだけ恨んでしまった。



 ガラス玉のような瞳で、糸の切れた人形のように座り込む幼い風間菜々子。

 葬儀の間中、ずっと泣きながら「ごめんなさい」と繰り返していた北野桝塚恵。

 そして━━

 知らずのうちに、宮本静佳は唇を噛んでいた。

 当時のことを思い出すと、未だに腑が煮え繰り返るような気持ちになる。

 親が親なら子も子━━とは、様々な人間を見てきた警察官の自分からは口が裂けても言えないが、アレらに関しては正にその通りだった。


 加害者とその家族。


 加害者の少年は、当時高校生。地元で有名な不良グループに属していた真性のろくでなしで、暴走族にも所属していた。当然のように何度も補導され、少年課からは要注意人物としてマークされていた。そんな輩であるのだから、累積で『お勤め』は長いことになるだろう。誰もが、そう思っていたのだが━━



 そうはならなかった。



 その加害者の父親は、息子と同じような『経歴』を辿って来た筋金入りのバカなのだが、どういうわけだかブン屋方面に大きな伝手を持っていた。

 女子高生を無理やり連れ去ろうとした挙句、止めに入った幼稚園児に激しい暴行を加えて殺害したような産業廃棄物である自分の息子がしでかしたことに対し、奴らが取った行動は謝罪とはまったく真逆の行いだった。



 奴らは、被害者を()()()攻撃したのである。



 曰く、女子高生と加害者は元々付き合っていて、事件は痴話喧嘩の延長だった。その際、勘違いで止めに入った幼稚園児を誤って転ばせてしまっただけであり、身体に残る無数の傷跡は、男児の姉である風間菜々子との喧嘩によって出来たものである。だから━━



 被害者である風間隆が亡くなった直接の原因は、加害者の少年ではなく、姉の風間菜々子にある。



 初めてその記事が載ったゴシップ誌を見た瞬間、宮本静佳は雑誌をその場で破り捨て、普段なら絶対に吐かないような暴言で口汚く罵った。

 無論、記事のような事実は一切ない。

 加害者と北野桝塚恵は付き合っているどころか完全な初対面である。また、風間菜々子と風間隆が喧嘩をしていたのは事実であるが、彼女は弟に手をあげたりなどしていない。すべては出鱈目だった。

 腹が立って仕方ない。土井山警察署の職員全員が怒りに震えていた。

 しかし、まともな知能を持ってる人間ならば、このような記事など誰も鵜呑みにはしないだろう。無視して問題ない。宮本静佳だけでなく、署内の警察官の誰もがそう思っていた。しかし━━

 間の悪いことに、当時はSNSが権力を持ち始めていた時代だった。

 この事実無根の記事はSNSで一斉に拡散され、あれよあれよという間にネットニュースに、次いで、民放のテレビ局にまで取り上げられてしまう事態になった。

 しかも、連中の論調は、記事の欺瞞を暴くことではなく、むしろ支持する方向だった。



 ━━━不幸な男子高校生が、殺人犯にされようとしている。



 いつのまにか、そんな世論が形成されてしまっていた。

 加害者はろくでなしの不良で、記事の内容は一切がデタラメである。そう、警察が発表出来ればまだマシだったかもしれない。しかし、様々な法的なしがらみのせいでそれも叶わず、加害者とその家族の正体については不自然なほどに報道がなされなかった。

 確証はないが、あれはわざとだったのではないかと、宮本静佳は今でも疑っている。

 頭のネジが外れたチンピラが幼稚園児を暴行死させたなどという『ありふれた』ものではなく、善良な男子高校生が幼稚園児の死の責任を取らされようとしている。その方が、センセーショナルで興味をひけると考えたのだろう。吐き気を催すような考え方であるが、連中はそういうことをやる。平気でやる。その結果が、どのようなことになろうとも。

 


 そこからはもう、地獄だった。



 風間菜々子の家には連日マスコミとマスコミに類する得体の知れない連中が詰めかけ、毎日毎日ありとあらゆる種類の罵詈雑言と誹謗中傷が向けられた。ネット上でも同様だった。

 『恥を知れ』『可哀想。男子高校生が』『この親にしてこの子ありとしか思わん』『姉の方は明らかに精神に問題がある』『この一家は本当は自分たちが悪いって分かってるんじゃないかな?』『ここ見てんだろ? 何か言えやてめぇら』etc

 その攻撃は連中が他の話題で飽きるまで続けられ、嵐が止んだ頃には身も心も何もかもがボロボロになった風間菜々子と、その家族だけが残された。

 もう一人の被害者である北野桝塚恵のように一家離散こそしなかったものの、家族仲は修復不能なほどに破壊され尽くしていた。



 一方、加害者は世論に後押しされるような形で大幅に減刑され、幼い子どもを殺したとは思えないほどの軽い刑で済まされた。



         ※



 裁判が終わり、事件が決着してからも、宮本静佳は折に触れ風間菜々子の様子を影から見守っていた。

 直接話しかけてしまったら彼女のトラウマに触れてしまう危険があったので、あくまでも見守るだけにとどめていた。彼女はパトロールの最中にそれとなく近くを通り、帰宅する風間菜々子の様子を伺った。

 事件前の風間菜々子のことを、宮本静佳は何一つ知らない。知らないが、彼女の顔を見るたびに、この子は本来はこういう子ではなかったはずだという思いがした。

 ガラス玉のような瞳と、能面のような無表情。

 風間菜々子は幼い頃から整った顔立ちをしていた。アイドルとしてデビューしたり、銀幕でスターになることも夢ではないくらいに。

 そんな、輝かしい未来と将来を予感させる女の子が、感情のすべてを失ってしまったような表情で歩いている。その姿を見るたび、宮本静佳は胸を痛めずにはいられなかった。

 ある時、宮本静佳はパトロールの最中、立ちつくす風間菜々子の姿を目撃した。

 「・・・」

 何の変哲も無い、住宅街沿いの歩道だった。そこのゴミ捨て場と街路樹のちょうど真ん中辺りに立ちつくし、風間菜々子はじっと何かを見つめていた。

 宮本静佳がその視線を追うと、道路を挟んだ向かい側に、一目でバカだと分かる派手な頭をしたヤンキーが数名、自販機の前でたむろしているのが見えた。

 何故だか言いようのない不安に囚われた宮本静佳は、相方の警察官に断りを入れてパトカーを止め、小走りに風間菜々子の元へ近づいていった。

 「菜々子ちゃん?」

 宮本静佳が声をかけても、風間菜々子は反応らしい反応を見せなかった。一瞬だけ、ちらりと彼女へ目をやっただけである。宮本静佳は彼女の目線に合わせてしゃがみ込むと、

 「菜々子ちゃん。お姉さんと一緒に帰ろうか?」

 と言って、風間菜々子の小さな手を握った。

 「・・・」

 風間菜々子は何も抵抗せず手を握り、大人しく宮本静佳についていった。しかし━━



 その目はずっと、自販機の側でたむろするヤンキーたちへ注がれていたのである。



 それからというもの、宮本静佳は度々似たような光景を目にすることになる。

 ヤンキー、暴走族、半グレ、ヤクザといった、反社の匂いがする人間を何をするでもなくじっと見つめている。

 宮本静佳は、彼女のそのような行動をトラウマからくる恐怖によるものだと解釈していた。

 きっとあの子は、あの手の人間を目にするだけで、心が凍りついて動けなくなってしまうに違いない━━



 しかし、宮本静佳がそう解釈したのも無理からぬ話だが、事実はまったく異なっていたのである。



         ※



 一度、宮本静佳はパトロールの最中に、風間菜々子が近所の悪ガキたちに絡まれているのを目撃したことがある。

 本来、警察が子どもの喧嘩に口出しすることはない。しかし、これはあまりに悪辣すぎる。宮本静佳は制止するべく急いで車を降りたのだが━━



 その時、一人の女の子が猛ダッシュで悪ガキの群れに飛び込んできた。



 「ぶるわあああああああああ!!!」

 その女の子は、風間菜々子同様、ひどく顔立ちの整った子だった。

 女の子は五人いる悪ガキを殴る蹴るのオンパレードで一瞬にして蹴散らすと、泣いて逃げる悪ガキたちに向かって中指を突き立てて、大人でもギョッとするような暴言を浴びせかけて唾を吐いた。悪ガキたちの姿が見えなくなると、女の子は風間菜々子にくるっと振り向き、歯を見せて笑った。風間菜々子は相変わらず無表情だったが、その目にほんの少し、温かい色が宿ったように見た。女の子は二言三言何事かを話した後、風間菜々子の手を取り、並んで帰っていった。

 「・・・」

 その様子を眺めていた宮本静佳は、目を潤ませずにはいられなかった。そして、味方になってくれる誰かがいて本当によかったと、心の底から安堵した。



 その女の子が、柳田おれんじという変わった名前の女の子で、風間菜々子の隣に住んでいる幼馴染だと知るのは、それからすぐのことである。



         ※



 裁判が終わって半年が経った頃、町で奇妙な事件が発生するようになった。



 ━━━橋で、全裸の男性が宙吊りにされている。



 そんな事件が相次いだ。

 被害に遭ったのは全員がマスコミ関係者、もしくはルポライター気取りの一般人で、連中には『ある共通点』があった。



 ━━━風間菜々子の独占インタビューを狙って、彼女をつけ回していた。



 署内の誰もが気が進まなかったが、担当刑事二名と宮本静佳は風間家を訪問した。

 結論からいうと、得られるものは何もなかった。

 風間菜々子とその両親、ともにやつれ果てていて、とてもではないがそんな犯行を行えるようには見えなかったからである。

 それに、被害者━━あのような輩を被害者と表現するのも業腹であるが━━には、共通の証言があった。



 ━━━ヒグマのような大柄な『何か』が突然覆い被さってきて、気付いたら橋の下に吊るされていた。



 その証言に当てはまる者は、風間家にはいない。

 被害者が無辜の一般人ならともかく、連中はろくでなしの類である。本来なら、風間一家に念入りな事情聴取を行うところだが、それをすることもなく、捜査は形だけ行われた。

 その最中、宮本静佳は刑事の付き添いで、隣に住む柳田おれんじの家を訪れている。



 インターフォンを押すと、中からヒグマのような巨漢の女性が姿を見せた。



 女性は柳田おれんじの母親で、最近まで中東とアフリカに『出張』に行っており、日本に帰ってきたのはつい先日であると話した。事件については心当たりがないという。

 刑事と宮本静佳は無言でメモを取り、「何かお気付きのことがありましたら、こちらまでご連絡ください」と言って名刺を渡し、柳田家を後にした。誰も何も言わなかったし、報告もしなかった。

 全裸の男性が橋に吊るされる事件はそれからしばらく続いたが、半年が経つ頃になるとピタリとやんだ。事件は迷宮入りした。



          ※



 ある時、宮本静佳は風間菜々子の両親から相談を受けた。



 ━━━娘が、妙な男と会っているらしい。



 そのような内容だった。

 事件が起きてからというもの、風間菜々子は学校が終わると一切寄り道することなく、真っ直ぐ帰宅するようになった。

 それがこの頃、めっきり遅くなった。

 陽が落ちてから帰ってくるのは当たり前で、酷い時など夜の10時を超えることさえあった。

 風間菜々子の両親は、こんな遅い時間までいったい何をしているのだと娘を問い詰めたが、彼女は貝のように固く口を閉ざし、一切何も喋らなかった。

 ほとほと困り果てた両親が、隣に住む仲良しのお友達━━柳田おれんじに何か心当たりはないかと訊ねてみたところ、



 「ななちなら、『()()()()()』のところに通ってるよ?」



 と、答えた。

 二人に、『おじさん君』という名前の人物に心当たりは無かった。

 それはいったいどこの誰なのかと訊ねると、柳田おれんじは邪気のない笑顔で、

 「『おじさん君』は、山奥のばっちいボロ小屋に住んでるクソニートだよ!! でも、クソニートのくせに、『アレ』がすっごく強くて、教え方も上手なの!!」

 と、答えたそうだ。

 血の気が引いた風間菜々子の両親が、柳田おれんじに『アレ』とは何かを問いただしたところ、

 「んー? 古武術? 抜刀術? 暗殺術? なんかよく分かんないけど、厨二っぽい『アレ』のことだよ?」

 と、小首を傾げながら答えた。

 両親はほっと一息ついた。しかし、すぐに首を横に振る。子どもの言っていることなど鵜呑みには出来ないし、柳田おれんじが見ていないところで、自分の娘が『おじさん君』とやらに何をされているのか分かったものではない。風間菜々子の両親は娘に『おじさん君』とかいう男と絶対に会ってはならないと念入りに釘を刺し、警察署へ相談に訪れたのだった。



 風間菜々子の両親の訴えはすぐに受理され、数日後、土井山警察主導の大規模な山狩りが行われた。

 しかし、付近の地理に詳しい地元の有志を加え、丸一日がかりで山を捜索したにも関わらず、『おじさん君』という不審人物も、男が住んでいる小屋とやらも発見することは出来なかった。

 警察は真っ先に柳田おれんじの虚言を疑ったが、

 「『おじさん君』は引きこもりのクソニートだから、人がいっぱい来てびっくりして逃げちゃったんだろうね!!」

 と言って、何がそんなにおかしいのかアヒャヒャヒャヒャヒャ!!!と大爆笑した。

 流石にムッとした若い刑事が注意をしようとしたが、署内で『ヤマさん』と呼ばれる『ヤマさん』にしか見えない年配のベテラン刑事がそれを制した。

 「言動はどうあれ、この子が嘘をついてるようには見えねぇんだよなぁ・・」

 その意見には、宮本静佳も賛成だった。

 柳田おれんじは、この子の頭と将来は大丈夫なのだろうかと心配になるほどエキセントリックな少女だが、その態度は嘘をついているようには見えなかったからだ。

 その後も付近の山々の捜索は定期的に続けられたが、『おじさん君』という不審者のしっぽを掴むことは出来なかった。

 ここまで来ると、やはり『おじさん君』は柳田おれんじの虚言なのではと疑うところなのだが━━



 それが出来ない『事実』があった。



 『おじさん君』の存在を把握してからというもの、風間菜々子の両親は彼女を一人で外出させなくなった。

 学校の登下校の際は必ず母親が送り迎えし、家に着いたら自室に鍵をかけて彼女を軟禁した。

 明らかにやりすぎであるが、そこまでしなければ風間菜々子は勝手に『おじさん君』の元へ行ってしまうのである。両親だけでなく、宮本静佳や他の警察官がどれだけ駄目だと言いきかせても、彼女は言うことを聞かなかったのだ。

 それ故の、文字通りの苦肉の策だった。

 だがこれで、風間菜々子の身に危険が及ぶことはない。皆が、そう安堵していたのだが━━



 ある日、風間菜々子が自室から姿を消した。



 扉につけていた鍵は外付けの南京錠で、その南京錠は()()()()爆破されたように破壊されていた。夕食が出来たことを告げに部屋を訪れた母親は、鍵が破壊されていることに気付いて半狂乱となった。

 通報を受けた警察はすぐに緊急網を敷き、風間菜々子の行方を捜した。

 当然、捜索の手は『おじさん君』とやらが住んでいるとみられる山の中にまで及んだが、彼女が見つかることは無かった。

 風間菜々子が姿を消す際、彼女はどれだけ遅くなっても日付が変わる頃には帰って来たのだが、その日は午前一時を回る頃になっても帰って来なかった。

 土井山市内には、近隣から続々と応援の警察官が駆けつけ、サーチライトを照らしたヘリを飛ばすほどの大捜索となった。


 その夜、宮本静佳は風間家にいた。


 何かあった時の連絡要員であり、夫婦が早まったことをしないよう見守る、監視の役目も兼ねてのことだった。

 細長いダイニングテーブルの両端に、風間菜々子の両親は向き合うように座っている。両者共に俯いたまま、一言も声を発しない。

 一度、宮本静佳は「お茶をお入れしますね」と言って台所を拝借したのだが、ティーカップに注いだ紅茶は手付かずのまま冷め切ってしまっている。

 「・・・」

 遠くから、何台ものパトカーのサイレンが聞こえてくる。それ以外は、時折思い出したように唸りを上げる冷蔵庫の稼働音しか聞こえない。宮本静佳は幾度か慰めの言葉を口にしたが、二人は一切の反応を見せなかった。その内、彼女も口を閉ざした。

 時計の針が二時を回った頃だった。

 ふいに、風間菜々子の母親が口を開いた。

 「・・・先月、あの子の誕生日だったんです」

 その言葉を聞いて、宮本静佳は笑みを浮かべる。

 「それは、おめでとうございます。誕生日のプレゼントは、何をあげたんですか?」

 宮本静佳が訊ねると、母親は少しの間沈黙し、

 「・・・何も。私も夫も、あの子の誕生日を忘れていたんです」

 と、暗い声で言った。

 宮本静佳は、何も言うことが出来なかった。

 「あの子は、きっともう帰ってきません・・」

 それきり、母親が口を開くことはなかった。



          ※



 捜索は明け方まで続けられた。

 閉められたカーテンの隙間から、朝の光が漏れてくる。宮本静佳が立ち上がってカーテンを開けようとした、その時、



 みしっ、と、二階で誰かの足音がした。



 宮本静佳は、はっとして上を見上げる。彼女はうたた寝などしていないし、気を緩めてもいなかった。にも関わらず━━



 二階に、誰かがいる。



 その事実に気付いた瞬間、宮本静佳は無線機を手に取っていた。

 だが、彼女が捜査本部に連絡するより早く、風間菜々子の両親はダイニングを飛び出していた。

 「待ってください!!」

 宮本静佳は無線機を手にしたまま、二人の後を追って階段を駆け上がる。両親は他の部屋には目もくれず、真っ直ぐ風間菜々子の部屋へ飛び込んで行った。

 二人は、部屋の入り口で立ち尽くしていた。

 一瞬遅れて、宮本静佳が追いつく。両親の肩越しに部屋を覗くと━━



 そこには、幸せそうな顔で寝息を立てる、風間菜々子の姿があった。



         ※



 風間菜々子は昼過ぎまで目を覚まさなかった。

 すぐに起こして事情を訊くことも検討されたが、風間菜々子の両親は警察側の要望を強く却下した。

 彼女が目を覚ますまでの間、両親は微動だにせずに、風間菜々子の枕元に座っていた。

 昼の一時を回った頃、風間菜々子はバネ仕掛けの人形のように突然バッと起き上がった。

 彼女は驚く両親や警察官たちに一切目を向けず、その場で背伸びをしながら大きな欠伸をした。そして、目をゴシゴシと擦り、



 「お腹すいたぁ!!!」



 と、大声で叫んだ。



 「・・・」

 明らかに普段とは違う風間菜々子の様子に、誰もが戸惑っていた。

 そんな一同を他所に、風間菜々子はテーブルに並べられた料理を物凄い勢いで食べていく。五人前はあったのではなかろうか。彼女は六号炊きの炊飯器を空にし、冷蔵庫にあった即席のおかずをすべて平らげてしまった。

 「足りない足りない!! もっと頂戴よぉ!!!」

 風間菜々子はぶぅぶぅと唇を尖らせ、茶碗を箸でドラムのように叩いている。

 「・・・ちょ、ちょっと待っててね? いま、何か作ってあげるから・・」

 青ざめたまま動けなくなってしまっている両親に代わり、宮本静佳が台所に入る。彼女は冷蔵庫をざっと確認し、頭の中のレシピと照合する。有り合わせの材料で簡単な料理をいくつか作ってあげると、風間菜々子は大喜びでそれを食べ始めた。

 「うまーいっ!! ・・・あれ? そういえば、宮もっちゃんって結婚してんの?」

 宮本静佳は引き攣った笑みを浮かべながら、首を横に振る。

 「えっ、そうなんだ。意外ー。でも、絶対いいお嫁さんになれるよ、宮もっちゃんは。私が保証したげる!!」

 風間菜々子はそう言って、歯を見せて笑った。

 「あ、ありがとう・・」

 宮本静佳は肩を縮めるようにしてお礼を述べつつ、そっと風間菜々子の顔色を確認した。

 (・・・薬物を摂取した形跡は、一応見られない、か・・)

 精密検査を行わなければ確かなことは言えないが、瞳孔や顔色に不審な点は見つからなかった。

 風間菜々子のことを何も知らない人が今の彼女を見たならば、ただの元気でヤンチャな女の子としか思わないだろう。しかし━━



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 それが、今や別人のようだった。

 「宮もっちゃん、ホント料理上手だよね〜。将来の旦那さんが羨ましいわ」

 以前、風間菜々子の両親に訊ねたところによると、彼女はどちらかというと内向的な性格で、大声で笑ったり話をしたりするような子ではなかったという。

 性格が、()()()()()()()()()()()

 心底美味しそうに食べ物を口に運ぶ風間菜々子を見つめながら、その場の全員が思っていた。

 


 ━━━()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 「ふー、食った食った。お腹いっぱい!!」

 風間菜々子はオムレツを食べていたスプーンを皿に放り投げると「ごちそうさまでした!!」と叫び、ぱんっと両手を合わせた。

 それを見て、宮本静佳は背後に控える刑事たちに目配せする。事情聴取を開始しても良いかを訊ねる合図だった。

 刑事たちがそっと頷いたのを確認し、宮本静佳は視線を風間菜々子に戻した。

 「・・・菜々子ちゃん。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 「んー? いいよー」

 「・・・昨日のことなんだけど、菜々子ちゃんは、どこにいたのかな?」

 「『師匠』のとこー」

 風間菜々子はテーブルに足を上げ、ぷらぷらと身体を揺らしながら答えた。常ならばお行儀が悪いと注意をしなければいけないところだが、今は無視する。

 続けて、宮本静佳は「『師匠』っていうのは、『おじさん君』って人のことかな?」と訊ねた。

 「『おじさん君』って・・それ、柳田が言ってるんでしょ? 『おじさん君』ってヒデー呼び方だよなぁ!! まぁ、『師匠』は確かにおじさんだけどさぁ、それにしたって『おじさん君』はねぇよ、『おじさん君』は」

 風間菜々子は、くつくつと笑った。

 「菜々子ちゃん」

 宮本静佳は、声に少しだけ真剣味を持たせた。

 ここからが本題だった。

 宮本静佳はテーブルの下でそっと拳を握り締め、緊張を包み隠す。

 「その『師匠』っていう人に、変なことされなかった? 変な味の飲み物とか食べ物とか、そういったものを食べさせられたりとかしてない?」

 宮本静佳がそう訊ねると、風間菜々子はキョトンとした表情を浮かべ、次いで腹を抱えて笑い始めた。

 「あはははははははは!!! 何、何? 宮もっちゃんも刑事のおっさんも、『師匠』のこと変質者だと思ってんの!? ウケるー!! んなわけねぇじゃん、あの人ほど、そういうのから遠い人はいねぇって!!」

 何がそんなにおかしいのか、風間菜々子は足をバタバタさせながら笑い続ける。

 その異様な様子に、ダイニングに集まった全員が気圧される。

 そうしてひとしきり笑った後、風間菜々子は、

 「あー、腹痛え・・やっべ、笑いすぎて涙出て来た」

 そう言って、目元の涙を拭った。

 その様子を見た宮本静佳は小さく首を振り、風間菜々子の顔をまっすぐに見据える。

 「あのね、菜々子ちゃん。よく聞いて。その男は、あなたが思っているような人ではないと思うの。たぶん、その男は━━」



 「『師匠』は変態なんかじゃない」



 顔が、宮本静佳のよく知る風間菜々子に戻っていた。

 能面のような無表情。ガラス玉のような正気の抜けた目。

 その人形のような顔が、じっと宮本静佳を見据えていた。

 「何も知らないくせに『師匠』のことを悪く言わないで」

 声に、一切の感情が感じられなかった。

 しかし、それを一枚めくった向こう側に、怖気を催すような殺意が隠れているような気がして、宮本静佳は無意識に二の腕をさすっていた。

 「・・・」

 全員が黙っていた。

 百戦錬磨の刑事たちすら、バケモノを見るような怯えた目で彼女を見ている。

 それは風間菜々子の両親でさえ、例外ではなかった。

 彼女の視線から逃れるように室内を見回していた宮本静佳は、どうか自分はそのような表情を浮かべていませんようにと神に祈った。



 もしそうなってしまっていたら、彼女があまりに可哀想だから━━

 


 ふいに、風間菜々子が相貌を崩した。

 そして、ニカッと歯を見せて大笑する。いつの間にか、先程までの風間菜々子に戻っていた。・・・果たしてそれを、『戻った』と表現するのが適切であるかどうかは定かではないが。

 「腹いっぱいになったら眠くなっちった。ふわぁ〜」

 風間菜々子は大きな欠伸をしながら、「私寝る〜」と言って、椅子から降りた。

 入り口を塞ぐように立っていた刑事たちが、逃げるように道を開ける。彫像のようになってしまった両親には一切目を向けず、風間菜々子は鼻歌混じりに自室へ戻ろうとする。

 「菜々子ちゃん、待って!!」

 その背に、宮本静佳は声をかけた。

 「寝る前に聞かせて。・・・菜々子ちゃんは昨日、『師匠』といったい何をしてたの?」

 それだけは、何としてでも聞いておかなければならない気がした。

 「・・・」

 風間菜々子は立ち止まってしばらく黙った後、くるりと宮本静佳の方へ振り向くと、何かを掴むように両手を天高く伸ばした。そして、



 ━━━()()()()()()()()



 と言って、笑った。

 風間菜々子は天を仰ぎ、宮本静佳には見えない何かを見つめている。

 ・・・何かは分からない。

 分からないが、その言葉を聞いた瞬間、得体の知れない巨大な機械の歯車が回り始めたような音を、宮本静佳は確かに聞いた気がした。





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