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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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第二十七話 『月島さんとごへいもちん㉕』


 体育祭は滞りなく進行した。

 僕は可もなく不可もなくの体で参加し、適当に頑張って適当に結果を残した。

 競技中、ちらりと観覧席の方へ目を向けたが、ニャンちゃんの姿はどこにも見当たらなかった。昼食を摂った場所には別の家族連れが座っていたので、たぶんもう帰ったのだろう。

 僕は心に鈍いものを感じたが、極力それを意識しないようにした。

 そうこうしているうちに体育祭は終盤を迎え、後は三年生全員参加のオクラホマミキサーを残すのみとなった。

 しかし、すぐに帰ってくると思われた月島さんが、予想に反して中々帰ってこない。

 これはオクラホマミキサーまでには間に合わないなと、僕と小清水さんが諦めかけたその時だった。

 


 ガンッガンッガンッ、と、何かがこちらに向かってくる、大きな音が聞こえた。



 その場にいる全員が、ギョッとして音の方へ目を向ける。

 校舎を囲うフェンスの向こう側、住宅街の方向に、砂塵が竜巻のように舞い上がっているのが見えた。

 何かが、凄まじい破壊音を立てながら、こちらに向かって猛スピードでやって来ようとしている。

 生徒だけでなく、保護者や教師までもが色めき立っていた。混乱する一同の前に、やがて『それ』が、榴弾のような爆撃音と共に、運動場の真ん中に飛び込んで来た。


 「・・・はぁ、はぁ・・」


 砂埃が晴れると、そこには結構な大きさのクレーターが出来ていて、その中心には、肩を激しく上下させる月島さんの姿があった。

 いったい何があったのか? 月島さんは全身汗だくで、身体中が泥まみれだった。

 クレーン車で運ばれて行った時も酷かったが、今の月島さんは先程よりも更にボロボロである。

 校内にいる全員が、どうしたのだろうとオロオロしている中、そんな空気など知らないと言わんばかりに、月島さんは僕らの方へ歩いてきた。

 「・・・まだ?」

 開口一番、月島さんは僕らに向かってそう訊ねた。

 何のことか分からずに首を傾げる僕の横から、小清水さんが顔を覗かせる。

 「オクラホマミキサーのことですよね? 大丈夫です! ギリギリセーフですが、間に合いました!!」

 それを聞いた途端、月島さんの顔がぱあっと輝く。

 しかし、すぐにハッとした表情を浮かべると、誤魔化すように咳払いした。

 「そ、そう・・。別に、どうでもよかったけど・・」

 「・・・どうでもいい割には、えらく急いでなかった?」

 そう言うと、月島さんはキッと僕を睨みつけ、向こう脛を思い切り蹴ってきた。

 蹲る僕に、小清水さんは「んふふふふふ」という不気味な笑い声を立てながら、背中をバシバシ叩いてくる。

 僕はそれをやんわり振り払い、痛む足を押さえながら立ち上がった。そして、月島さんに声をかける。

 「ところで月島さん。何かボロボロになってるけど、それどうしたの?」

 「ああ・・」

 月島さんは不愉快そうに顔を歪ませると、

 「ババアをブラジルまで沈めてやろうと思って追いかけてたんだけど、逃した」

 と言って、ちっと舌打ちをした。

 やけに帰りが遅かったのは、緑ヶ丘先生とトムとジェリーをしていたかららしい。

 次は逃がさんと息巻く月島さんに、ほどほどにしときなよと声をかけ、僕はやれやれと首を横に振った。



         ※



 話は先日まで遡る。

 小清水さんが、僕にオクラホマミキサーに関する話を持ってきた時のこと。

 「月島さんと踊る権利を巡って、男子たちの間で争いが起きている。そして、みかん畑さんと踊る権利を巡って、女子たちの間で争いが起きている━━ということは、ですよ? みかん畑さんと月島さんのお二人がペアを組んでしまえば、問題は解決するのではありませんか?」

 小清水さんは眼鏡をくいっくいっとやりながら、ドヤ顔でよく分からないことを言った。

 「それで何が解決するのか全く分からないんですけど・・。僕と月島さんがペアを組んで、いったいどうしろっていうんですか?」

 「お二人には『特別枠』として、運動場の真ん中に設置した特別ステージでオクラホマミキサーを踊っていただきます。ほら、中世ファンタジー系のアニメとかでよくあるじゃないですか? 王子様と追放令嬢が、お城の舞踏会でみんなから注目を集めながら二人っきりの世界で踊るやつ。アレですよ、アレ。みかん畑さんと月島さんには、アレをやっていただきたいのです」

 「いや、だから・・それに何の意味があるんですか? そんなんで何も解決しないでしょう?」

 「解決しますよ? みかん畑さんと月島さんを『特別枠』として他から隔離すれば、オクラホマミキサーの順番で揉めることはありませんからね」

 それは確かにそうかもしれないが、やり方があまりにも回りくどすぎる。

 「そんなことをするくらいなら、普通に両者不参加でいいんじゃないですか?」

 「それだと、今度は別の理由で炎上してしまいますよ?」

 「別の理由?」

 「『みかん畑さんがこんなことで仲間外れにされるなんて可哀想!! これも全部、月島さんのせいよ!!』『月島さんがこんなことで仲間外れにされるなんて可哀想だろ!! これも全部、みかん畑のせいだ!!』という声が、方々から上がってくると思われますが?」

 「あー・・」

 僕は思わず眉間を押さえる。そして、めんどくせぇという言葉を意志の力で飲み込んだ。

 「どっちみち面倒なことになるのが避けられないなら、可能な限り穏便に収まる道を選ぶべきだと私は思うのですよ。で、その穏便な道というのが━━」

 僕と月島さんが、ペアを組んで踊るということか。

 お互いがお互いを独占する形になるが、これならば、『相手がみかん畑なら仕方ない』『相手が月島さんなら仕方ない』で、一定数の生徒は納得してくれるだろうというのが、小清水さんの読みだった。『参加しない』という一番簡単な選択肢を取れない以上、『特別枠』という形で他から隔離してもらうのは、案外良いアイディアなのかもしれない。

 懸念があるとすれば、お互いの過激な信者から更なる恨みを買ってしまうことだが・・これはまあ、今更心配しなくても大丈夫だろう。

 フィジカルモンスターの月島さんに危害を加えようとする命知らずなんていないだろうし、



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 「いかがでしょうか? 晒し者にされるみたいで、気は引けるだろうとは思いますが・・」

 小清水さんはそう言って、申し訳なさそうに身体をくねらせる。

 「僕は晒し者にされるのは慣れているから別にいいんですけど、月島さんが何て言うかな・・」

 「それでしたら、ご心配なく。月島さんからは、すでにご承諾をいただいておりますので」

 小清水さんが、ポンっと手を叩いて言った。

 どうやら僕よりも先に、月島さんの方に話を通しに行っていたらしい。それを聞いて、僕は少しだけ意外な感じがした。

 「月島さん、そういうのは嫌がると思ってたけど・・」

 「最初はお断りされたんですけどね〜。でも先程、月島さんがいきなり授業中に私の教室に乱入してきまして━━」



 ━━━やっぱり、やる。



 と、一言だけ告げて、何事もなかったかのように去って行ったそうだ。

 「そういえばあの人、さっき授業中に突然立ち上がって、どっか行ってたな・・」

 今日の月島さんは、何やら難しい顔をしてうんうん唸っていて、僕はお腹が痛いからトイレにでも行ったのかなと思っていたのだが、まさかそんなことをしていたとは・・。謝る義理もないのだが、僕は一応、小清水さんにご迷惑をおかけしました、と頭を下げておいた。



 そうして、今に至る。



 小清水さんが用意した『特別ステージ』とやらは、一言で表現するなら、盆踊りのステージを六畳間に圧縮したような奴だった。

 四隅には木製の柱が立てられ、それを囲うように派手な色のイルミネーションケーブルがぐるぐるに巻き付けられている。気合い入りすぎの一般家庭のクリスマスイルミネーションのような代物を何ともいえない気持ちで眺めていると、周囲のざわざわという声が耳に入ってきた。何だ?と思い振り返ってみると━━

 「うぇっ・・!」

 そこにいた月島さんの姿を見て、思わずのけ反ってしまう。

 「・・・何?」

 月島さんが、不機嫌そうに眉根を寄せる。僕は心拍数の上がった心臓を抑えながら、

 「何って・・。それは、こっちのセリフだよ、月島さん・・」

 と言って、月島さんからそっと目を逸らす。


 月島さんは何故か、エロ釣り目的のエアロビクス動画みたいな、うっすい黒のスポーツウェアを着ていたのである。


 ハレンチな谷間、ハレンチなお腹、ハレンチな太もも・・月島さんのハレンチな部分が、色々とあらわになっていた。うっすらと汗ばんだ白くて健康的な肌があまりにも眩しすぎて、僕は思わず目を瞑った。正直、下着にしか見えない。

 「・・・その服、何なの?」

 「? 何って、ウチで運動する時に着てるやつだけど?」

 月島さんは、キョトンとした表情で小首を傾げた。

 「いや、そういうことを訊いてるんじゃなくて・・。何でそんなものを着てるのかってこと」

 「体操服が汚れたから」

 「換えの体操服とか持ってこなかったの?」

 「これでいいかと思って」

 月島さんは、スポーツキャミの紐の部分をギターの弦のように弄びながら答える。よくない。何一つよくない。

 周囲に目を向けると、案の定、男子生徒は全員、クラウチングスタートみたいな格好でうずくまっていた。男の男たる所以が、絶対にしょーりゅーけんしてはならない場面で真・しょーりゅーけんしてしまったら、男はみんなこの情けない格好を晒すしかないのである。ゆっくりと首を振る僕の目の前で、何人かの生徒が奇行種のように何処かへ駆けていくのが見えた。それを見て、僕は心底げんなりする。今日の男子トイレは、絶対に使いたくねぇ。特に個室は。

 「・・・ん、ん、ん」

 月島さんはそんな男子たちの様子を完全に無視し、ラジオ体操のように腕を伸ばしながらストレッチをしている。月島さんの真っ白で健康的なあれやこれやが強調され、僕はいけないと分かっているのに思わず凝視してしまう。すぐに我に帰って目を逸らしたが、今しがた見た強烈な光景が目に焼き付いて離れない。僕は、ニャンちゃんが「きゅうりは何もつけずにそのまんま食べるのが一番だよね!」と言いながらバカほどマヨネーズをつけて食べていた時のことを思い出して何とか内なる獣を押さえ込んでいたが、決壊は時間の問題と思われた。

 僕はこの状況を何とかしてもらうべく、小清水さんの姿を探す。色々と目立つ人なので、すぐに見つかったのだが━━

 小清水さんは何故か、男子たちと同じ格好でうずくまっていた。

 口元を押さえた手のひらの間から、血がポタポタと滴り落ちている。何だ死ぬのかと思いながら見ていると、小清水さんはプルプル震えながら腕を上げ、こちらに向かってニッコリとサムズアップしてきた。僕は舌打ちし、三つ編み眼鏡は本当にクソの役にも立たねぇなと心の中でキレ散らした(個人の感想です)。

 この分だと、どうせ安西も似たようなことになっているだろう。どうしよう? こんな格好の月島さんと二人っきりでオクラホマミキサーなんて、絶対無理だ。踊っている最中に下の部分がアイガーアッパーカッにでもなったら、大恥をかくだけでなく、目の前のエロ枠に頭を潰されてしまうだろう。そうなる前に、適当なことを言って逃げてしまおうか? そんなことを考えていると、



 突如、ピーっというホイッスル音が辺りに鳴り響いた。

 


 ビクッとして音の方へ目を向けると、タオルケットのようなものを抱えた安西が、黄色のホイッスルを吹きながらこちらへ向かって走ってくるところだった。

 「はい、イエロー。これは、イエローカードです!!」

 安西はそう言うと、戸惑う月島さんをテキパキとタオルケットで包み込み、背中を押してどこかへ連れて行こうとする。

 月島さんは目を白黒させながら、

 「オクラホマミキサーは・・」

 と呟いたが、安西は問答無用と言わんばかりに首を横に振った。

 「はいはい、それは後からね。・・・みかん君!!」

 安西はふいに立ち止まると、僕の方に振り返り、

 「いつまで鼻の下伸ばしてるの!! カッコ悪いよ!!!」

 と言って、キッと睨みつけてくる。

 僕は顔がかあっと赤くなるのを感じ、慌てて口元を押さえた。そんなことはない、と言えない自分が、とにかく情けなかった。

 「・・・ごめんなさい」

 僕が頭を下げると、安西はふんと鼻を鳴らし、月島さんを連れて校舎の方へ歩いて行った。

 「・・・? ???」

 月島さんは終始、何が起こってるのか分からず混乱していた。



 安西に連れて行かれた月島さんは、それから五分ほどで戻ってきた。

 「・・・暑いんだけど」

 胸元をパタパタさせながら、ウンザリした様子で呟く。帰ってきた月島さんは、冬用のジャージを着用していた。

 「脱ぎたい。・・・でも、脱いだら本気で怒るって安西が言うから、脱げない」

 月島さんはそう言って、口を尖らせる。

 「・・・安西の言うことが正しいよ、月島さん。帝場の平和のために、どうかそのままでいてください」

 月島さんは、「・・むぅ」と頬を膨らませる。僕はため息を吐き、先程から強烈な視線を感じる方向へ目を向ける。

 「・・・」

 安西が両手を腰に当て、思いっきり僕を睨みつけていた。顔に、「へんなことしたら許さねぇぞ?」と、書かれていた。僕は頭を軽く振り、そんなことは致しませんという意思を示した。

 何だろう? いつもおちゃらけてるくせに、今日の安西はやけに真面目だ。これが先程「ののちゃん、産んで!! 私のこどもを卵で産んで!!」と叫んでいた異常者と同一人物とはとても思えない。ロケの最中、普段はボケ担当の芸人が、周りがあまりにも使いモノにならなさすぎて仕切りに回るのと同じ現象だろうか? だが何にせよ、安西の言ったことが全面的に正しい。

 先程の僕は、あまりにもカッコ悪過ぎた。

 子どもの頃から芸能界で様々な性的なあれやこれやを見聞きしてきた僕が、同級生の女の子のハレンチな姿で興奮してしまうとは不覚にも程がある。僕は両手で自分の頬を張り、気合いを入れ直した。

 「・・・よしっ」

 顔を上げると、怪訝そうな表情の月島さんと目が合った。

 「オクラホマミキサーって、そんなに気合いが必要なものなの?」

 僕はその問いに、思わず吹き出してしまう。

 「普通は気合いを入れる必要なんてないよ。・・・でも、月島さんとする時は別かな」

 僕がそう言うと、月島さんは「え」と小さな声を出した。そして、何故か頬を赤らめてもじもじし始める。

 「え、え、そ、それって、どういう・・」

 「内緒」

 僕は人差し指を唇にあて、片目を瞑る。それを見た月島さんは、何かをぐっと飲み込んだような反応を見せた。

 僕は「え、え、え、え」と、夜中の鳥みたいに連呼する月島さんを放置し、オクラホマミキサーが始まるのを精神統一しながら待ち続けた。



 ━━━あなたの身体がハレンチだからです。



 そんなことは、口が裂けても言えまい。

 言えば、確実にぶっ殺されるからだ。




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