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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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第二十五話 『月島さんとごへいもちん㉓』


 運動会本番。月島さんはカカポ人間らしい超人的な身体能力を発揮し、異世界チートもののような獅子奮迅の大活躍をするはずだったのだが━━

 「ぜぇ、ぜぇ・・」

 一種目目のハードル走を終えた後、月島さんは地面に四つん這いになって荒い息を吐いていた。

 練習の時はサバンナの動物のような動きで陸上部の男子すら圧倒していた月島さんが、まさかまさかの最下位で終わってしまった。

 もしや体調が悪いのではないかと思い、僕は慌てて月島さんに駆け寄ったのだが━━

 月島さんの腕が地面に手首までめり込んでいるのを見て、思わずギョッとしてしまった。

 グラウンドはぬかるんでいるわけではない。乾燥してカッチカチである。にも関わらず、これだけめり込んでいるということは、月島さんの身体には相当な負荷がかかっているはずである。

 「・・・絶対に、おかしい・・」

 月島さんが、息も絶え絶えに言う。

 「このマント、時間が経つにつれてどんどん重くなっていく・・。洒落にならんくらい重い。絶対トンまでいってる・・」

 月島さんは、キッと顔を上げると、

 「ババアッ!! てめぇの仕業だろ!!」

 と、顔を真っ赤にして叫んだ。

 放送席で酒を片手に長机に足を乗っけていた緑ヶ丘先生は、悪の親玉のような表情でニヤリと笑うと、放送委員の人が持っていたマイクをひったくり、

 「お嬢、どうッスか? ウチのワックワクさんどもが開発した『時間経過でバカみてぇに重くなっていく金属』の感想は?」

 と言って、ハウリングよりもキーーンってなる声で大爆笑した。凄いとは思うが、何のために発明したのかまったく分からない代物だった。

 「『冥道』の金使って訳わかんねぇゴミ作ってんじゃねぇぞ、ババアっ!! ぶっ殺すぞ!!!」

 月島さんが怒鳴ると、緑ヶ丘先生は「あん?」と低い声を出し、

 「てめぇ、ウチのワックワクさんどもが一生懸命作ってくれたモンをディスってんじゃねぇぞ、コラッ!! アイツらはなぁ、『パワハラがひどいので訴えます』って直訴してきた時に、『おぅ、いい度胸だな? やってみろや』って言ったら、何も言わずに職場に戻ってくれた心の優しい奴らなんだぞ!! そんな良い奴らが、お前のために五徹して作ってくれたものをゴミとは何だ、ゴミとは? 何様だてめぇ!!!」

 「お前の言ってることは何もかもが意味が分からねぇんだよ!! くたばれや、クズ!!」

 月島さんは、その場にいる全員の心の内を代弁したようなことを叫ぶと、緑ヶ丘先生に一発入れるべく走り出そうとする。しかし、あまりの重量にバランスを崩してしまい、月島さんは顔面から盛大にずっこけてしまった。安西と小清水さんも大慌てで駆け寄ってくる。月島さんは、心配する僕らを振り払うようにして立ち上がると、

 「クソが・・」

 と吐き捨てて、緑ヶ丘先生を憎々しげに睨みつけた。膝が産まれたての子鹿のように震えていた。僕は咄嗟に身体を支えようとしたのだが、

 「うげっ」

 Pッコロのマントみたいなやつの肩の部分を持った途端、腕がもげるかと思うくらいの凄まじい重量がのしかかってきた。

 「・・・お前じゃ危ないから触んな」

 月島さんはそう言って、しっしっと手を振ると、Pッコロのマントみたいなやつの首元を掴んでガチャガチャやり始めた。どうやら脱ごうとしているらしいが、いくら引っ張ってもガチャガチャという金属音がするだけで一向にパージ出来ない。

 「脱げねぇぞ!! おいっ!!!」

 月島さんが激ギレした表情で怒鳴る。緑ヶ丘先生は手を叩いて爆笑し、

 「簡単に脱げるように作ってるわけねぇだろが、馬鹿がよぉ!!!」

 と言って、学校中のスピーカーが音波兵器になったかのような高笑いを辺り一面に響かせた。

 「クソが・・」

 月島さんは身体を震わせながら、目の前で拳を握りしめる。緑ヶ丘先生は高校球児のような曇りのない笑顔で月島さんに中指を突き立てると、奪ったマイクを放送委員の人に放り返した。

 『・・・えーっと、続いては借りパク競争です。参加する生徒は、指定の場所に集まってください』

 これも月島さんが参加する予定の競技だった。

 月島さんは何度目か分からない「クソが」を呟くと、腰をやってしまった人みたいな動きで集合場所に向かおうとした。僕と安西、そして小清水さんは、棄権した方がいいのではと提案したのだが、月島さんは、

 「それは私のプライドが許さん」

 と言って、首を横に振った。

 結果は言うまでもなく最下位だった。



 午前の部が終わる頃になると、月島さんは一歩も動けなくなってしまった。

 動けないというより、身体が完全に地面にめり込んでしまった。

 安西はうつ伏せの状態で地面にめり込んでいる月島さんに顔を寄せ、プロレスのレフェリーのように「ギブアップ?」と何度か問うた。月島さんは指を振って「ノー」の意思を示していたが、やがて、

 「ギブです!! ギブアーーップ!!」

 安西が腕を頭上で交差するようにぶんぶん振り回し、月島さんのギブアップを高らかに宣言した。その横で、小清水さんはどこかから持ってきたゴングをカンカン鳴らしていた。

 「カッカッカッ!! お嬢、もうギブアップっスか? 根性ねーなー、おい?」

 ヤニを吹かしながら緑ヶ丘先生が近付いてくると、月島さんは地面にめり込んだ腕をゆっくりと上げ、震える指で中指を突き立てた。

 それを見た緑ヶ丘先生は大好物を目の前にした猿のような表情で大笑し、僕の肩をバシバシ叩いてきた。

 「超おもしれぇ」

 僕はよかったですねと答え、肩についた汚れを払った。

 「・・・もう十分楽しんだでしょう? そろそろ解放してあげましょうよ?」

 僕がため息混じりにそう言うと、緑ヶ丘先生は名残惜しげに舌打ちし、まあしゃあねぇかと言って白衣のポケットから電子キーのようなものを取り出した。それをPッコロのマントみたいなやつの鍵穴に差し込もうとしたのだが、

 「・・・ありゃ?」

 反応がない。緑ヶ丘先生は小首を傾げながら、「鍵これで合ってるハズだよなぁ・・」と言って再度差し込んだのだが、やはり反応がない。緑ヶ丘先生はしばし沈黙した後、顔を上げると、

 「やっべ。壊れてるわ、コレ」

 と言って、ウェヒャヒャヒャ!!と、月島さんの頭をバシバシ叩きながら大笑いした。

 「※※※※※※※※※※」

 ぷるぷると中指を突き立てる月島さんから、放送禁止用語の詰め合わせが聞こえてくる。僕と安西は「うっわ」と言って顔をしかめ、小清水さんは「ぶほぉ!!」と盛大に吹き出していた。安西はそんな小清水さんの頭を引っ叩き、耳を掴んでその場から離れていった。先程のシャベルのくだりから薄々察していたが、やはりこの二人は知り合いらしい。

 僕は、腰に手を当てて何やら説教っぽいことを話している安西と、俯きながら唇を尖らせている小清水さんの姿を見つめながら、やはり三つ編み眼鏡はダメだなと再認識していた(個人の感想です)。



          ※



 その後。

 月島さんは、災害救助に使われるような小型のクレーン車で何処かへ運ばれて行った。その光景を見て、僕はニューネッシーの写真を思い出す。アレはサメの死骸ということでほぼFAらしいが、ちゃんとした調査をしていたらどうなっていたのだろうか? そんなことを考えていると、

 『これにて、午前の部は終了となります。これより、昼休憩に入ります。なお、午後の部は━━』

 という、アナウンスが流れてきた。

 生徒たちが、昼食を取るために各々の家族の元へ集まって行く。僕もそれに続こうとしたのだが、


 後ろから、誰かに背中をぺちぺちと叩かれた。


 振り向くと、そこにニャンちゃんがいた。

 「あれ? ニャンちゃん、どうしたの?」

 僕が訊くと、ニャンちゃんは訝しげに眉根を寄せた。

 「リャイン見てないの?」

 「リャイン? 見てないよ。今日は体育祭だから、スマホはずっとロッカーの中」

 僕がそう言うと、ニャンちゃんは「あ」と口を開け、「冷静に考えたらそうだよね」と言って、自分のスマホを僕に見せてきた。

 リャインにはウチの母さんからのメッセージが書かれていて、父さん同様急な仕事で行けなくなったので、代わりにキャン姉ちゃんとニャンちゃんに、妹を体育祭に連れて行ってくれるよう頼む旨が書かれていた。

 僕はスマホから顔を上げ、辺りを見回す。しかし、妹とキャン姉ちゃんの姿はどこにも見当たらなかった。僕が内心で首を捻っていると、それを察したようにニャンちゃんが口を開いた。

 「お姉ちゃんは家を出る直前に『急な用事が入った』って言って、キャンセル。チビちゃんは、ここに来る途中でいきなり『地球がピンチだ!!』って叫んで、何処かへ走って行った」

 「またか」

 僕はやれやれと頭を振った。

 ニャンちゃんの言う『チビちゃん』とは、僕の妹のことである。身長たいして変わらないのに何がチビちゃんなのだろうと思うのだが、それはまあいい。

 キャン姉ちゃんの方は知らないが、妹が地球と人類がどうのこうの言って飛び出して行くのは、今に始まったことではないのだ。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 心配ではあるが、()()僕にはどうすることも出来ない。たぶん沙月さんも一緒のはずだから、よっぽど危ないことはないと思うが・・。

 などと考えながらニャンちゃんの後ろをついて行くと、ビニールシートとソフトタイプのクーラーボックスが置かれた小さなスペースに辿り着く。一目でここだと分かった。何故ならビニールシートとクーラーボックスの両方に、芸能人時代の僕の顔がデカデカとプリントされていたからである。

 「・・・普通のビニールシートとクーラーボックスにしていただけませんかね・・」

 「ボクに言われても困るよ。用意したのは、しゃぶちゃんのおばさんなんだから」

 ニャンちゃんはそう言って、肩をすくめる。

 「そりゃ、ごもっとも」

 僕は顔面を押さえて、「はぁ」とため息を吐いた。せめて裏面にしようと思ってシートをめくって見たが、そこにも僕の顔があった。どうやらリバーシブルのようである。誰が何の目的で何の需要を見越して制作したグッズなのか定かではないが、今の僕にとっては嫌がらせでしかない。僕は心を無にして自分の顔の上に座った。

 「しゃぶちゃん、めっちゃ見られてるね? みんなから自己顕示欲のバケモノだって思われちゃってるね?」

 ニャンちゃんがメスガキのような笑顔で煽ってくる。奇異な目で見られているのは僕と一緒にいるニャンちゃんもそうなのだが、そこは都合よくフィルタリングしているらしい。

 「・・・この程度で恥ずかしがってるようじゃ、芸能人なんてやってられないよ」

 僕は、自分の顔がプリントされている水筒からお茶を注ぐと、それを静かに飲み干した。別に強がっているわけではなく、割と本気でどうとも思っていなかった。その様子を見たニャンちゃんは不満げに口を尖らせて「つまんないの」と呟くと、クーラーボックスの中から重箱を取り出し始めた。ご丁寧にも、重箱にも僕の顔がプリントされていた。

 「・・・」

 オチが読めている僕は、白けた目で重箱を並べるニャンちゃんの姿を眺めている。

 「ほい。ご飯にしよ」

 そう言って、ニャンちゃんが重箱の蓋を開けると、予想に反して普通におかずが詰まっていた。僕はその光景を見て、「マジか・・」と絶句する。

 「絶対、全部食われてるオチだと思った」

 僕がそう言うと、ニャンちゃんは重箱の蓋を僕に投げつけてきた。



 「そんなことするわけないでしょ!!」

 「去年それやっただろうが!!」



 去年の体育祭。

 妹に「もっふーも来るの!! 来ーるーの!!!」と、せがまれたニャンちゃんは、僕の両親と一緒に帝場の体育祭にやって来ていた。

 ウチの妹の一番のお気に入りの動物であるニャンちゃんが側にいてくれたお陰か、いつもは無意味にそこら中を走り回っているヤンチャな妹が、その日は大人しく観覧席に座っていた。妹は時折ニャンちゃんを犬用のぬいぐるみのようにしばき倒したり噛みついたりしていたが、それ以外は、「中坊ども、がんばえー」と声援を送るなど、普段からは考えられないくらい、お行儀よく過ごしていた。しかし━━

 昼休憩の直前くらいだったと思う。小さい子どもを連れた保護者向けの参加型競技があって、両親と妹とはそれに参加するために席を外した。

 席にはニャンちゃんと、お弁当の入ったクーラーボックスだけが残された。

 競技を終えた両親と妹が戻ってくると、何故かニャンちゃんは土下座をしていた。

 この時点でオチは読めていたが、僕の両親が一応「どうしたの?」と訊ねると、ニャンちゃんは神妙な顔つきで顔を上げ、「お弁当を全部食べてしまいました」と答えた。

 両親は「ぶっちゃけこうなるんじゃないかと思ってた」と言って、近くのコンビニに買い出しに出かけた。妹は「もっふーが私の子持ちししゃも全部食べたぁ!!!」と言ってギャン泣きした。ギャン泣きし過ぎて地球が揺れた。

 その後、ニャンちゃんは電話でキャン姉ちゃんに自首をした。

 話を聞いたキャン姉ちゃんは抜き身のポン刀を手に帝場に入ろうとしたが、途中で警備の人に見つかって警察沙汰になった。そのまま警察署にドナドナされそうになったが、僕の両親が必死に頭を下げて何とか許してもらった。ポン刀は没収された。両親がへとへとになって帰ってくると、体育祭はすでに閉会していた。妹は泣き疲れて爆睡し、ニャンちゃんは銅像のように土下座したまま動かない。僕は両親に「お疲れ様です」と言って労をねぎらい、妹を背中に背負った。妹は口をモゴモゴと動かしながら、「もっふー、それはガソリンだよぉ・・」と謎な寝言を呟いていた。キャン姉ちゃんはビニールシートの上で土下座したまま動かないニャンちゃんを小籠包のように包んで背負って帰った。途中、小籠包をドブ川に放り投げようとしたので、僕は「不法投棄はよくないよ」と言って思いとどまらせた。キャン姉ちゃんはしばらく無言でじっとドブ川を見つめていたが、やがてゆっくりと歩き始めた。僕はその背中を眺めながら、ニャンちゃんが一番悪いみたいな感じにしてるけど、今日のやらかしMVPはどう考えてもキャン姉ちゃんだよなと思った。

 その日の夜、隣の家からヨットスクールがどうのこうのという話し声が聞こえてきた。僕は何も聞かなかったことにして寝床に入った。



 去年の話を持ち出すと、ニャンちゃんは土下座して動かなくなってしまった。

 僕はそんなニャンちゃんを横目に、紙の小皿に分けた料理を一人で食べ始める。

 「ニャンちゃんさぁ、前々から聞いてみたかったんだけど、自分の両親が『ウチの娘が大変なご迷惑をおかけして申し訳ございません』って土下座するのを見るのってどんな気持ちなの? ニャンちゃんって、たぶん世界で一番その光景を見てる人間だよね?」

 卵焼きをもちゃもちゃ食べながらそう訊くと、ニャンちゃんは「はい」と神妙に返事をし、

 「慚愧に堪えない気持ちで一杯であります。一時は、愚姉を道連れに命を絶とうとも考えておりましたが、現世への未練捨て難く、恥ずかしながら実行に移すことは叶いませんでした。重ね重ねのお詫びとなりますが、その節は、しゃぶちゃんとそのご家族様に多大なご迷惑をおかけして、大変申し訳ございませんでした」

 と言って、さらに深く土下座してきた。

 「ん」

 僕は軽く頷いて、おにぎりを頬張った。

 「まあ、僕も大人げなかったよ。怒鳴ったりして悪かったね。・・・でもね、ニャンちゃん。あれからたった一年しか経ってないのに、主犯に『そんなことするわけないでしょ!!』なんてキレられたら、誰だって『ハァ?』ってなる。ガンジーだってなる。あっ、やっぱりコイツ全然反省してないんだなーって、誰でも思う。助走つけてドロップキックされても何も文句言えないからね?」

 「それはおっしゃる通りなのですが、ボクは毎日のようにお宅の妹さんからドロップキックを食らっております。それについてはどうお考えですか?」

 「それはごめんて。でも、それとこれとは話が別だから」

 若干旗色が悪くなってきたのを感じつつ、僕は小皿にニャンちゃんの好物の卵焼きと肉巻きポテトをよそってあげた。

 「ほら。土下座はもういいから、食べよ? 昼休憩終わっちゃうよ?」

 僕はニャンちゃんの前に、大好物でいっぱいになった小皿を差し出す。ニャンちゃんは土下座した格好のまま、「いただくわけには参りません」と固辞していたのだが、



 ━━━グゥルルルルルルルル



 と、封印されたバケモノの唸り声みたいな音が、ニャンちゃんのお腹のあたりから聞こえてきた。

 「・・・」

 ニャンちゃんは耳を真っ赤にしている。僕は「はぁ・・」とため息を吐き、

 「今更だろ・・」

 と言って、ニャンちゃんのアホ毛をポンと叩いた。

 ニャンちゃんは俯いたままゆっくりと顔を上げ、

 「・・・ご馳走になります・・」

 と、小さな声で呟いた。




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