第二十四話 『月島さんとごへいもちん㉒』
体育祭を目前に控えたある日の話。
月島さんは体育祭の練習でカカポ人間らしい超人的な身体能力を皆に見せつけた。見せつけ過ぎて禁止カードになった。
その結果、運営委員の間で話し合いがもたれ、
①月島さんが参加するのは男子の競技のみ。
②競技毎に月島さんが所属するクラスを変更する。
③ 月島さんがどのクラスでどの競技に参加するのかは、別途くじ引きにより決定する。
という話で落ち着いた。
しかし、体育祭の予行練習の際、月島さんと一緒に競技に参加することになった男子たちが軒並み保健体育の授業中にうっかり性に目覚めてしまった男子小学生のようになってしまうことに全女子が激怒し、男子の参加者全員に素手による去勢を要求してきた。当然そんな要求が通るはずもなく、男子側から猛抗議が巻き起こった。長時間に及ぶ激論の末、投薬による化学的な去勢という線に落ち着きかけたが、「それをやったら新聞に載る可能性がありますので、みんな一旦ちょっと落ち着きましょうか?」という、生徒会長の小清水さんによるナイスカットインにより去勢は阻止、再度の話し合いの結果、月島さんには女子の競技にPッコロのマントみたいなやつをつけて参加してもらうことで話がまとまった。
僕は月島さんに「大丈夫なの?」と訊いてみたが、「バカほど重い石仏背負ってゴビ砂漠をフルマラソンしたことに比べたら何でもない」との返答が返ってきた。僕は「ならいっか」と言って背伸びをした。
これで問題は全て解決、後は体育祭当日を待つばかり━━となったのだが、直前で新たな問題が浮上する。
ある日、小清水さんが僕のところにやって来た。
「どうも〜」
小清水さんは育ちの良さが滲み出た品の良い笑みを浮かべて、僕にぺこりと頭を下げてきた。
小清水九重。
帝場中学の生徒会長にして、クラスの女子から安西の季節限、もしくは有料課金DL衣装と揶揄される、三つ編み眼鏡のお嬢様系女子である。
「はぁ、どうも」
僕はそう言って、おじきを返した。生徒会長なのだから当然顔は知っているのだが、小清水さんと会話するのはこれが初めてのことだった。何の用事だろうと僕が内心で首を捻っていると、小清水さんは両手の指を顔の前で合わせて、
「唐突なお話で大変恐縮なのですが、みかん畑さんにお願いがありまして〜」
と言って、身体をくねくねし始めた。僕は少しだけ嫌な予感を覚えつつ、「はぁ、何でしょうか?」と、応じた。
「体育祭の最終盤に、『オクラホマミキサー』があるのはご存知ですよね?」
「あー・・」
そういえば、帝場の伝統か何かで三年生全員参加のオクラホマミキサーがあるんだっけか。何かでちらっと話を聞いたことはあったが、全く興味がなかったので今の今まで忘れていた。
「知ってはいますけど、それがどうかしたんですか?」
「実は、そのオクラホマミキサーを巡って、今ちょっと厄介なことになってまして・・」
「厄介なこと、ですか?」
「はいはい、そうなんですよ。とてもとても、厄介なことでして・・」
小清水さんは頰に手を当てて、「はぁ・・」とため息を吐くと、
「実は、オクラホマミキサーの『順番』を巡って、男子たちの間で前田光世方式のバトルロワイヤルを開催する動きが水面下で広がっているのですよ」
「何がどうなってそうなった」
※
今更説明不要だと思うが、オクラホマミキサーとは、輪になった男女が流れ作業のようにパートナーを取っ替え引っ替えしながら進行する海外版の盆踊りのようなものである。
三年生は全員強制参加のため、当然月島さんもこれに参加するのだが、オクラホマミキサーは参加者全員とダンスをするわけではない。曲が流れる時間は限られているので、必然的に月島さんと踊れる者も限られてくる。
これが、争いの火種になった。
「つまりはそういうわけでして・・月島さんと『オクラホマミキサー出来る権利』を巡って、いま色々と、きな臭いことになっているのですよ・・」
小清水さんはそう言って、再度ため息を吐いた。
僕は、「はぁ」と頷いた。何やら大変なことになっているのは理解したが、それが僕への『お願い』にどう関係するのかがまったく読めない。僕が内心で首を捻っていると、それを察したかのように小清水さんは、
「そしてですね、実はもう一つ、もっともっと、厄介な火種がありまして・・」
と言い、何故か申し訳なさそうに僕の顔を上目遣いに見やった。
「みかん畑さんと『オクラホマミキサー出来る権利』を巡って、現在女子たちの間で無法地帯の後宮のようなえげつない暗闘が水面下で繰り広げられているのですよ」
「・・・」
それを聞いて、僕は一瞬思考が停止した。
次いで、「何で?」という当然の疑問が口をついて出た。
「何で、と仰られましても、鏡を見ろとしか・・」
小清水さんはちょっとだけ毒が混ざったことを言うと、困った風に小首を傾げた。
「・・・僕はそんな大したものではないですよ」
僕がそう言うと、小清水さんは「いやいやいや・・」と手を振った。
「みかん畑さんは、はちゃめちゃにオモテになるではないですか?」
今度は僕が「いやいやいや・・」と手を振る番だった。
「そんなことはないです。僕なんて全然です。ただのモブ男子一号です」
そう言うと、小清水さんは少しだけ呆れたような表情で僕を見て、
「かつて日本中の女の子を虜にした元・芸能人のみかん畑さんが、モブ男子なわけないじゃないですか?」
と、言った。
「・・・」
「引退して何年も経つのに、未だに帝場の正門辺りにファンの女の子が立ってるし、SNSではみかん畑さん関係のハッシュタグが毎日のように検索上位に上がってくるんですよ? ウチの学校の女の子も、ほとんどの子が愛媛野さん━━みかん畑さんに熱を上げているのに、そんなことを言うのは無理がありますよ?」
「・・・」
(愛媛野さん、か・・)
面と向かってそう呼ばれたのは、随分と久しぶりな気がする。
小清水さんが言っていることは概ね事実であるが、所詮は昔の話である。あの頃に対する未練はまったく無いし、それになにより、アレは姉さんに『お願い』されてやっていたことだ。僕の意志でやっていたことではない。まるで他人の話を聞いているような気分だった。自分でも驚く程に、何の感情も湧いてこなかった。
「謙遜も過ぎると嫌味になってしまいますよ? 土居山どころか県内━━いえ、日本国内で、みかん畑さんのことを知らない人なんて誰もいな・・あっ」
ふいに、小清水さんは何かを思い出したように目線を上に向けた。
「・・・自分で言っておいて何なんですけど、みかん畑さんのことを一生憶えられない子が、私の周りに一人だけいましたね」
そう言って、小清水さんは苦笑する。
「その子は『ソースは便所の落書き! 妄想! アカシックレコード(自分)!!』な、まとめサイトやゆっくり解説が大好物の芸能ゴシップマニアなんですが、何でか愛媛野さんのことだけは一生憶えられなくて・・」
━━━愛媛野伊予香って、誰?
「・・って、みかん畑さんのことが話題にのぼる度、毎回そう言ってくるんですよね〜」
「それ、単に僕のことを蛇蝎のように嫌ってるだけなんじゃないですか?」
実際目にしたことは無いが、僕のアンチスレは今でも日に10スレッドくらい消費されているらしい。世の中にはそれだけ僕のことが嫌いな人がいるのだから、小清水さんの身近に僕の名前を聞くのすら不愉快だという人がいても別に不思議でもなんでもないだろう。
「私も最初、そういうことなのかなぁって思ってたんですけど・・」
小清水は少しだけ表情を曇らせると、
「その子とは小学校以来の長い付き合いだから分かるんですけど、その子はとぼけてるとか知らないふりをしているとか、そういうのじゃなくて、本気でみかん畑さんのことを憶えられない・・いえ、ちょっと違いますね。あれはまるで━━」
━━━みかん畑さんのことが、まったく認識出来ない。
「そんな感じなんです」
「・・・」
「私とその子の共通のお友達で、ななちゃんって子がいるんですけど、その子はみかん畑さん━━愛媛野さんの大ファンでして、愛媛野さんが写ってる雑誌の切り抜きや動画が保存されているDVDを引くほど持ってるんですが、そのななちゃんが、その子に布教と称して無理やり愛媛野さんの出演されている映画を見せたことがあるんですね。その時、その子がちょっと変な感じになってしまいまして・・」
━━━愛媛野さんが出演しているシーンだけ、その子の目からふっと光が消えるんですよ。
「比喩とかではなく、本当にふって消えるんです。目の焦点が急に合わなくなるとか、そんな風な感じで・・。私、それを初めて見た時、何かの病気なんじゃないかって心配になってしまいまして、その子のご両親にお知らせしたんですよ。そうしたら、これは何かおかしいぞってことになって、病院で精密検査をすることになったんです。けれど・・」
どれほど入念に検査しても、身体的には何の異常もなかったそうである。
「ただ、どう考えても普通ではないので、大きな病院に入院させて様子を見ようということになったんです。でもその子、入院初日にやらかしてしまいまして・・」
「やらかした?」
「はい。・・・あの、これあんまり大きな声では言えない話なのですが・・」
小清水さんはそう言って声を潜める。深刻な話なのだろうかと僕が身構えていると、
「その子、ナースステーションで看護師さんと一緒に『細かすぎて伝わらない立ちんぼモノマネ選手権』を開催して、業務に支障が出るレベルのどんちゃん騒ぎを巻き起こしてしまったんですよ」
想像してたのとは全く違う、クソみたいな話が飛び出してきた。
「その結果、病院の回線がパンクするほどの苦情が殺到して、その子は病院から追い出されてしまったんですね。その件はそれのせいでうやむやになってしまいましたが、その子は今でも、愛媛野さんのことをまったく認識出来なくて・・」
そこまで話して、小清水さんはハッと我に返ったように顔を上げた。
「あっ、申し訳ありません、長々とおかしな話をしてしまって・・。いけませんねぇ・・。私、みかん畑さんと初めてお話して、少々テンションが上がりすぎてしまったようです」
そう言って、小清水さんはペロリと舌を出した。これは中々あざと慣れしてるなと僕が思っていると、
『ああああああああああ!!』
という、ホストクラブを出禁にされた風俗嬢みたいな発狂ボイスが聞こえてきた。
僕がちょっと仰け反りながら、「え、何?」と言って音源を見やると、小清水さんは「やっべ」と小さな声で呟いて、大急ぎでスマホを取り出してポチポチし始めた。
「・・・」
僕がじーっとその様子を眺めていると、小清水さんは誤魔化すように「あはは・・」と笑って頬を掻き、
「・・・じ、実はですね、今朝私のスマホがハッキングに遭ってしまいまして、こんな風に急に変な声が流れるようになっちゃったんですよ・・」
と、言った。
「普通、ハッキングされたらスマホの操作は一切出来ないはずなんだけど・・」
「あ、あはは・・。えっと、これはですね、ハッキングはハッキングでも、相手のメールの着信音だけを変えるという、とても悪質なヤツでして・・」
「へぇ、そんなのあるんだ?」
「は、はい、そうなんですよ・・」
「ふーん・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
お互いしばらく黙った後、小清水さんは恐る恐る、
「・・・あ、あの、すみません。今のは聞かなかったことにしていただけませんか・・」
と、言って深々と頭を下げてきた。
僕は「ああはい」と適当に頷いて、やっぱり三つ編み眼鏡には変なやつしかいないなと改めて思った(個人の感想です)。
小清水さんは頭を上げると、この話はもうおしまいと言わんばかりにパンパンと大きく手を叩いた。
「そ、それでですね、本題の方に移りたいと思うのですが・・」
そうして小清水さんは、自称『三日三晩寝ずに考えた』という『解決案』を披露してきた。
どう考えても三日三晩は盛っているな、と思える内容だった。
※
そうして体育祭当日がやってきた。
月島さん用に用意されたPッコロのマントみたいなやつが思っていたよりもPッコロのマントみたいなやつで、僕は「これ著作権的に大丈夫なんですか?」と側にいた小清水さんに訊ねたのだが、
「いえいえいえ!! 何をおっしゃいますのやら!! 全然オッケーですよ!! ほら、色だって白じゃなくて、ちょっとグレーっぽい感じになってますし、肩のとんがってるところも、本家に比べて気持ち少し上を向いているじゃありませんか!! 大丈夫ですって!!」
まるで自分に言い聞かせているような慌てっぷりだった。
まあ、何かあった時に怒られるのは僕ではないのだからどうでもいいやと思って小清水さんから視線を逸らすと、安西がどこかから持ち出してきた一眼レフを使って月島さんをパシャパシャしていた。
「ののちゃん産んで!! 私の子どもを卵で産んで!! 産んでください!! お願いします!!!」
クソ気持ち悪いことを大声で叫ぶ安西を、月島さんはゴミを見るような目で見つめている。僕は汚物を視界からシャットアウトし、改めて月島さんを見やった。
著作権的な問題を抜きにするなら、月島さんにPッコロのマントみたいなやつを被せたのは大正解だったと思う。
何故なら、胸とかお尻とかの月島さんの元気な部分が、完璧に隠れているからである。
僕も一応、年頃の男子中学生だ。体育の授業の後に隣の席の月島さんからふいにいい匂いが漂ってきた時に「あ、」ってなることがあるし、安西が後ろから抱きついてきて「だーれだ?」してきた時に「あ、」ってなることもあるし、やたら目覚めのいい朝にキャン姉ちゃんに闘姫注入された時に「あ、」ってなることもあるのだ。
そういう時は、僕は頭の中で般若心経を唱えるか、ニャンちゃんが犬の小便のかかっている木苺を食べて「甘じょっぱいっ!」と叫んでいた時のことを思い出して事なきを得るようにしているのだが、僕だって「あ、」ってなる時は「あ、」ってなるのだ。
なので、元気な部分がくっきりしている体操服姿の月島さんが、僕の側に寄ってくるのは正直キツイ。
体育祭に限った話ではないのだが、月島さんは普段から、何かにつけて僕の側に寄って来ようとする。
別にそれ自体は構わないのだけれど、体操服の時はやめてくれと心の底からそう思う。
万が一、僕の男の子の部分がうっかり恥兵衛になってしまった時、これが安西やキャン姉ちゃんなら、お互い気まずい思いをするだけで済むのだろうが、月島さんだった場合そうはいかない。「こいつはいけねぇ、うっかりだ!」と言っても、たぶん絶対許してもらえないだろう。その一秒後に、格ゲーの超必みたいなのが飛んでくるはずだ。
「・・・何?」
僕の視線に気付いた月島さんが、訝しげな目を向けてくる。僕は慌てて手を振って、
「いや、そのPッコロのマントみたいなやつ、重くないのかなぁって・・」
と、誤魔化す。
「別に。大したことない」
月島さんはそう言って、その場でジャンプしてみせた。ジャンプする度、ドンッドンッと重い音がして、両足が地面に沈み込んでいく。どうやら原作に忠実なのは、見た目だけではないらしい。
「・・・大変そうだけど、無理はしないでね」
僕がそう言うと、月島さんは「ふんっ」と鼻を鳴らし、
「丁度いいハンデだ」
と言って、不敵に笑った。
「あっ、産まれる!! ののちゃんのお口から、私とののちゃんの子どもが産まれちゃうよぉ!!!」
安西は興奮しすぎて狂ったらしく、何もない空間をパシャパシャしながら訳の分からんことを叫び散らかしていた。
僕は小清水さんに向かって、安西を親指で指差し、
「小清水さーん、生徒会長の出番ですよー。あの不審者片付けてくださーい」
と言って、月島さんと一緒にその場を後にした。
去り際にちらりと後ろを振り返ると、シャベルを持った小清水さんが安西の背後にゆっくりと近付き、今まさに凶器を振り下ろそうとしているところだった。
それを見て、やっぱり三つ編み眼鏡に碌な奴はいないんだなぁと、改めて思った(個人の感想です)。




