第二十三話 『月島さんとごへいもちん㉑』
キャン姉ちゃんは月島さんに何度「無理」と言われても、料理習得と桜川家のエンゲル係数改善を目的に『のの子クッキング同好会』に通い詰めた。
「むぅ・・。具のないスープを煮込んでいるだけなのに、いつの間にか揚げ物が出来上がっているのは意味が分からんな!! これはどういう原理なのだ!!」
キャン姉ちゃんが訊ねると、月島さんは例によって小首を傾げ、
「どういう原理も何も、煮込んでいたら普通に揚がってくるでしょ?」
と、答えた。キャン姉ちゃんは腰に手を当てて大笑し、
「フハハハハッ!! そんなわけがあるか!! まったく、お前は意味が分からんな、『セダン』!!」
と、言った。すると、
「ふぁふぁ、ほいひければなんらっへいいひゃん?」
「ふぁふぁ、ほいひいひゃらなんらっへひひんらよ」
安西とニャンちゃんが、仲良く頬をハムスターのようにしながら口を挟んできた。
未だに二人の間には微妙な距離が開いているが、最初の頃に比べると、ニャンちゃんの態度も随分軟化したようである。・・・単においしいものを食べて上機嫌なだけかもしれないが。
「フハハハハッ!! それもそうだな!! おいしければ何も問題あるまい!! おいしいは正義だ!!」
僕は心の中で「そうだよね」と頷いて、月島さんが作った青い揚げ物を一口食べた。骨付き肉の一番美味しいところを重ね合わせたようなミルフィーユ風のジューシーな唐揚げだった。僕は目を瞑って「うぴゃあ・・」と感嘆の息を漏らし、今日の料理には鶏肉どころか水と塩しか使っていないことに目を瞑った。
その月の満月の日。
正門の前に、いつもの月島さんの姿が無かった。あれ?と思って首を傾げていると、ピロリンとスマホが鳴った。開いてみると、
『山の頂上まで一人で来い』
との、メールが届いていた。
何だろう? 用事でも出来たのかなと思いつつ踵を返すと、再びスマホがピロリンと鳴った。
ポテチとコーラ買って来いとか言うんじゃないだろうなと思いつつメールを開くと、
『ポテチとコーラを買って来い』
と、案の定なことが追記されていた。
「・・・はいはい」
僕は苦笑しつつ、ポテチとコーラを買うためにスーパーへ向かった。
買い出しを終えて山頂に辿り着くと、そこには誰の姿も無かった。
来るのが早すぎたかなと思いつつ荷物を降ろすと、
「痛っ」
後方から、石つぶてが飛んできた。すわ天狗の仕業かと思い、石が飛んできた方を見やると、木の幹からにゅるりと飛び出した白くて細い腕がこっちに向かっておいでおいでしていた。
これが噂の心霊体験というやつだろうか? 恐る恐る腕の方へ近付くと、木の影から月島さんが野生動物のように飛び出してきた。
正直この展開は読めていたのだが、予想外なことが一つあって、僕は不覚にも「うわっ」と情けない声を上げてしまった。
月島さんは何故か、キャン姉ちゃんみたいな黒のゴスロリを着ていたのである。
「・・・」
月島さんはスカートの裾を押さえながら、少しだけ頬を赤らめて僕のことを上目遣いに睨みつけていた。とりあえず何か会話をしなければならないと思った僕は、「その服どうしたの?」と当たり障りのないことを訊ねてみた。
「・・・桜川姉から貰った」
大方の予想通りの返事が返ってきた。僕としては「うんうん、それで?」という気持ちでいたのだが、月島さんは黙りこくったまま何も言わない。この空気どうしたものかと思っていると、
「・・・に、似合う、か・・?」
月島さんが、口をモゴモゴさせながら、そう訊いてきた。
「え? そりゃあ、もちろん。似合ってるよ」
似合わないはずが無かった。金髪碧眼の西洋人形のような顔立ちの月島さんに、黒のゴスロリはとてもよくマッチしている。
僕がそう答えると、
「そ、そう・・」
と言って、月島さんは照れくさそうな顔をして、髪の毛を指でくるくるし始めた。
この日の月島さんは過去一上機嫌で、滅多に見れないニッコニコの笑顔でポテチとコーラを貪っていたのだが━━
やがて陽が落ちて、夜になった。
月島さんの全身が淡い光に包まれて、中からゴスロリを身に纏ったデカいカカポが現れる。
クソほど面白かった。
僕が半笑いで、「月島さん。SNSにアップとかしないから、写真一枚いい?」と訊くと、
「・・・」
月島さんは無言で僕に近づき、流れるような動作で足払いをかけると、精密機械のようなパウンドでボッコボコにしてきた。「ごめんて」と何度謝っても変身が解けるまで許してくれなかった。あの時は、我ながらよく死ななかったなと思う。
※
これは後に安西から聞いた話なのだが、月島さんと安西、そしてクラスの女子数名がカラオケに行った際のこと。
安西が、嫌がっているようでそうでもない顔をしている月島さんに無理矢理マイクを握らせて一曲歌わせてみたところ━━
チビるほど上手かったそうである。
これはお金を払わなければいけないやつだと気付いた安西と女子数名は、跪いて「お納めください」と言って、フードの中でわりかし高い、焼いた食パンにアイスと生クリームを乗っけたやつを恭しく月島さんに献上した。月島さんは「急にどうした?」という目で安西たちを見ていたが、焼いた食パンにアイスと生クリームを乗っけたやつがとても美味しそうだったので気にせず食べた。口についた生クリームを指ですくってペロペロしている月島さんの動画を撮りながら「これ男子に売ったらいくらになるかな?」と邪悪なことを呟いた安西が他の女子たちに袋叩きにされている中、気をよくした月島さんがもう一曲いくかとマイクを手に取った瞬間━━
『お待たせしました!! お待たせしすぎたかもしれません!! 月一恒例の皆様お待ちかねの時間がやって参りました!! 第三十一回、Y田ちゃん主催『宦官カラオケ大会』を開催したいと思います!!!』
隣の部屋から得体の知れない催し物の開催宣言が聞こえてきて、次いで高崎山を四畳半に圧縮したような「うきゃきゃきゃきゃきゃ!!」という黄色い歓声と拍手が聞こえてきた。
『Yちゃーんっ!! 待ってたぞっ、この時をよおっ!!』『Y田ーっ!! お前、中途半端なイニシャル使って本名隠してんじゃねーぞ!! ひよってんのかぁ!?』『Y田さーん!! 今月は裁判所から何通お手紙来たのー?』『Y田ちゃんっ!! SNSで負け犬煽って遊んでたら炎上しちゃったから対処法教えて!!』
・・・隣の部屋にやべー奴らがいる。
月島さんを除く全員が顔を青くしていると、
『おーけー、おーけー。落ち着け、クズども。何度も言うけど、私はSNSやってねぇからな? 裁判所からお手紙が来たこともねぇからな? あとNち。どこで誰に盗撮されてるか分かんないんだから、本名を公の場で口にしないなんて今のご時世基本中の基本の自己防衛だかんな? ひよってるとか関係ねーかんな? それと股を閉じろ。開くな。見えてっかんな?』
『あーっ!! Yちゃん、余計なこと言わないで!! せっかく眼福だったのに!!』
『うっせー、K清水。Nちのぱんつなんかで興奮してんじゃねーぞ・・・って、おいっ、Nち!! 言ってる側からスカートパタパタすんな!!!』
『はぁ? いいじゃん別に。女子しかいねーんだからさ』
『よくねぇよ、ばーか。監視カメラがあるでしょうが。店員に見られてんぞ、お前』
『ん? あー、アレか・・。うぃーす!! お仕事ご苦労様でーす!!』
『カメラに向かってスカート捲し上げんな、バカっ!! 酒飲んでんのか!!!』
『飲んでないでーす! ウェーイ!!』
『だから、スカートひらひらさせんのやめろって!! 座んなさいよ、バカ!!』
『お? 何だ何だ? 今日はやけに私に対してあたりが厳しいな? もしかしてお前、先月私に三十連覇阻止されたこと根に持ってんのか?』
『はぁ? 持ってねーし。速攻で王者奪還してやんし。・・・でも正直言うとNち。お前が先月披露した『赤まむし三本入れた状態でウッキウキで泡風呂に行こうとしたら当日急な歌の仕事が入って不貞腐れながら一曲歌い切る草食系(笑)バンドマンのモノマネ』は最高に面白かったぞ!! あれ以来、何でもない時にちょいちょいお前のモノマネ思い出して大変だったわ!!』
『あっ、それすんごい分かる!! 私も担任の先生がホームルームで『戦争はよくない』って話をしてる時に、何でかN子ちゃんのモノマネ思い出しちゃって、笑い堪えるの大変だったよ!!』
『芸術点高かったなー、あのモノマネ。特に、歌の終盤で急にしゃがみ込んで「ああああ!!」って発狂し出すとこ、あの手のクソ男の幼稚さと異常性を的確に表現していて、K清水さんは死ぬかと思うくらい笑ってしまったのですよ』
『Nちのモノマネの凄いところはそれだけじゃないかんね? 歌の合間の「ここならバレへんやろ」ってところで、ちょいちょい小さな舌打ち入れてんの、私はちゃんと気付いてたからな? まったく、Y田ちゃんじゃなきゃ見逃してたね!!』
『おっ、そこに気付くとは流石Y田だな!! アレは舌打ちの間隔を短くしつつ、音をちょっとずつ大きくしていくのがミソなのよね。この前振りがあっから、最後のおもちゃ買ってもらえなかった幼稚園児みたいな「ああああ!!」が際立つんよ』
『あの「ああああ!!」メールの着信音にしたいくらい超好き!! Nちゃん、アレもう一回やってよ!!』
『待て待て待て。トップバッターは主催者であるY田ちゃんって、百万年前から決まってんでしょーが?』
『お、圧力か? Y田ちゃん、もしかして焦ってるぅー?』
『焦ってねーよ、バーカ!! 見てろよ、このファッションクズどもが!! 今からこのY田ちゃん様が、ホンモノのライン越えってやつを見せてやっからよぉ!! そんじゃあ、聞いてください!! 未成年にry(以下検閲)』
「・・・」
一同が硬い顔をして黙りこくっている中、安西が皆を代表するように、
「・・・フロントに言って、部屋変えてもらおっか?」
と、言った。
異議を唱える者は誰もいなかったそうだ。
みんなで部屋を移動している最中、ふいに月島さんが立ち止まった。
「? どうしたの、ののちゃん?」
安西が訊ねると、月島さんは不機嫌が限界突破したような表情で、
「やっぱり気に食わない。〆にいく」
と言って、踵を返した。
安西は慌てて月島さんの肩を掴んだ。
「駄目だって、ののちゃん!! 聞いてたから分かるでしょ? 絶対ヤバい奴らだって!! 関わらない方がいいって!!」
「関係ない。アイツの声も言動も何もかもが気に食わない。一分一秒たりとも生かしておいてはいけない奴だって、私の中の何かが囁いている」
「無視して!! そんな声無視して!! みんなっ、ちょっと来て!!!」
騒ぎを聞きつけた他の女子たちが加勢にやってくる。全員に必死に説得されると、月島さんは歯をギリギリさせながらも仕方なしに矛を収めた。安西はホッと一息つき、やっぱり部屋を変えるんじゃなくて別のカラオケボックスに行こうと提案した。月島さんを除く全員がボブルヘッドのように何度もうんうんした。
別のカラオケボックスに入ると、月島さんはウサを晴らすようにマイクを握り続けた。お金を払わずに聴いているのが申し訳なくて、安西と他の女子たちは終始正座で拝聴していた。
時間が来て部屋を出ると、廊下にずらっと人が並んでいた。全員が正座していた。安西がビクビクしながらお店の制服を着ている人に「どうしたんですか?」と声をかけると、その人は「お金を払わずに聴いているのが申し訳なくて・・」と答えた。月島さんを除く全員がうんうんと頷いた。
お会計の後、そのお店から割引券が束になったやつを貰った。ちょっとだけ怖いなと思ったが、お金のない女子中学生が割引券の引力に逆えるはずもなく、それ以降も月島さんたちはちょいちょいそのカラオケボックスを利用しているそうである。




