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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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第二十二話 『月島さんとごへいもちん⑳』


 翌日。

 『のの子クッキング同好会』にて、僕がいつものように料理を作る月島さんの横で2リットルのコーラを手に給仕係の真似事をしていると、外からガヤガヤと何やら騒がしい声が聞こえてきた。

 「何かな?」

 安西が首を傾げながら、ちょっと様子を見てくると言って立ち上がった。その姿を見て、僕も同行するべきかなと迷っていると、



 「たのもーっ!!!」



 という、クソデカボイスと共に、家庭科室の扉が勢いよく開かれた。

 廊下から、タッパのデカいゴスロリ女が堂々とした足取りで入室してくる。

 その後方には縄でぐるぐる巻きにされたニャンちゃんがいて、老衰を間近に控えた犬のような表情をして俯いていた。

 月島さんと安西はポカンとした顔で二人を見つめ、僕は軽い頭痛を覚えて眉間を押さえた。そして、



 「何やってんの、キャン姉ちゃん・・」



 と、言った。



          ※



 「フハハハハハハハッ!! 昨夜振りだな、三郎!!」

 そう言って、腕を組んで笑っているキャン姉ちゃんをげんなりしながら見つめていると、後ろからちょいちょいと誰かに服を引っ張られた。

 振り向くと安西がいて、キャン姉ちゃんをこっそり指差しながら、

 「あ、あの人って、土井山高校の『黒桜陛下(こくおうへいか)』だよね・・」

 と、小声で囁いてきた。

 そう言われて、「あー・・」と思い出す。

 「・・・そういえば、そんなあだ名で呼ばれてるって、前に聞いたことがあるな・・」

 黒桜陛下というご大層なあだ名で呼ばれているこのゴスロリは、桜川(さくらがわ) 子犬(キャンキャン)といい、ニャンちゃんの一つ上のお姉さんである。

 僕とは苦楽(主にニャンちゃん絡み)を共にした間柄で、ニャンちゃん同様、長い付き合いのある幼馴染だ。

 キャン姉ちゃんは、妹と比べれば多少はマシなキラキラネームであるが、それでも酷い名前であることには変わりない。ニャンちゃん同様、こんな名前になってしまったのには理由があるのだが━━まあ、それは今言わなくても構わないだろう。

 桜川姉妹は色々な意味で対照的である。

 妹の方は、マスコット系女子の道をひた走る、いい意味でも悪い意味でも人間扱いされない女子であるが、姉の方は真逆で、高身長かつ、高校生とは思えない大人びた美貌の持ち主である。古い言葉を使えばスーパーモデルというやつに近いだろうか? ブランドものの仕立ての良さそうな服を着せれば、あとは化粧もヘアメイクも何も無しで一流どころのランウェイを歩けてしまいそうな気品とオーラを有している。しかも、見てくれだけのどこかの誰かさんとは異なり、学業スポーツその他諸々すべてが優秀、まさに才色兼備の権化である。キャン姉ちゃんの通う土井山高校にて、上位三名の特級美少女に与えられる称号━━通称土井山三大天の『筆頭』に()()()()から選ばれた実力は伊達ではない。キャン姉ちゃんは男女問わず人気があり、宗教のように崇拝している人も多いと聞く。しかし━━



 キャン姉ちゃんには、妹同様、いくらか様子のおかしいところがあった。



 まず、一番最初に引っかかるのは服装である。

 キャン姉ちゃんは、常に黒を基調としたゴスロリを身に纏っている。

 これは自身の趣味ではなく、昔危ないところを助けてもらった『恩人』の生き方に習っているのだそうだ。

 その『恩人』は数年前に亡くなった地下アイドルの女性で、その人は仕事でもプライベートでも、常に黒を基調としたゴスロリ衣装を身に纏っていたそうである。

 キャン姉ちゃんは小学生の頃からその人の生き方を模倣し、中学になってからも「私はゴスロリ以外は着ない!!」と言って、頑なに制服の着用を拒んだ。

 そのため、キャン姉ちゃんは帝場に受かるだけの学力があるにも関わらず、近隣の土井山三中の入試すら拒否され、仕方なく、服装に関する規定の緩い隣町のヤンキー中学━━土井山ニ中にわざわざ入学した過去がある。そして、それは高校受験の際も同様で、『ゴスロリを着て登校しても大丈夫』という理由だけで、※※県のスクラップヤードこと、土井山高校に迷うことなく入学したのであった。

 キャン姉ちゃんは極めて優秀であるのに、ゴスロリを着て登校してはいけないという理由だけで、中高共にまともな学校から受験を断られ、本人はさぞや気落ちしているに違いないと思われがちだが、

 「そのようなことは全くないぞ!! 将来にとって何の役にも立たん中高の名門に受かることよりも、私にとっては『あの人』の生き方をなぞることの方が百万倍大事だからな!! 三郎、お前には常日頃言っているが、人間にとって一番大事なのは学歴ではないぞ? 大事なのは魂だ、魂!! それに、バカとヤンキーしかいないと言われるニ中も案外捨てたものではなかったぞ? 見どころのある奴はたくさんいた!! 特に、お前とニャンの同い年で『じばやん』と『リサポン』という幼馴染の仲良し女二人組がいるのだが、奴らは稀に見る傑物だったぞ!! 二人とも頭のブレーキが完全に焼き切れていて、言動も行動も常軌を逸していたが、奴らには熱い魂が確かにあった!! この前などは、女癖が悪いので有名な薄気味の悪い髪型と目つきをしたご当地男性アイドルグループのコンサート会場で『(くだ)にセメダイン突っ込んでセルフパイプカットしろや、このクソ性犯罪者どもがよぉっ!!』と、二人で拡声器を持って二時間大暴れした結果、警察に御輿のように担がれて連行されていったからな!! 全く、恐れを知らぬあっぱれな奴らよ!! 奴らは将来、偉人になるか大犯罪者になるかの二択だが、どちらにせよ歴史に名を残す人間になるのは間違いない!! 今度、お前にも紹介してやろう!!」

 僕は断固として断ると言って、豪快にフハハハハッ!!と笑うキャン姉ちゃんからそっと目を逸らした。そして、ニャンちゃんの姉を長くやりすぎたせいでおかしくなってしまったんだなと、僕は少しだけ悲しい気持ちになった。それはともかく。

 


 ・・・で、そのキャン姉ちゃんが、何故に帝場中学にいるのであろうか?



 正直、何となく想像は出来るのだが、僕は一応尋ねてみた。

 「ウチの穀潰しが世話になったと聞いてな!! 一言礼を言いにきた!!」

 やっぱりそういう話か。僕は「はあぁぁ」と深いため息を吐いた。

 「・・・キャン姉ちゃん。昨日の夜にも言ったけどさ、月島さんにお礼を言うなら学校の外でやってくれないかな? わざわざ校内に不法侵入しなくてもよかったでしょ?」

 昨日の夜。僕は、窓に何かが当たるカンッカンッという硬い音で目を覚ました。

 カーテンを開けて外を見ると、庭にポン刀を肩に担いだキャン姉ちゃんが立っていた。

 何だろう? 厨二病的な能力に目覚めて、これからオークでも狩りに行くのだろうか? 僕がちょっとだけワクワクしながら外に出ると、

 「・・・三郎」

 と、キャン姉ちゃんは俯いたまま、ひどく暗い声で僕の名前を呼んだ。

 これはふざけてはダメなやつだと瞬時に察した僕は、「どうしたの?」と、恐る恐る尋ねた。すると、キャン姉ちゃんはゆっくりと顔を上げ、

 「ニャンが、ニャンニャンされてしまったかもしれん・・」

 と、よく分からないことを言った。

 これからソイツをぶち殺しに行くのだと、冷たい表情で息巻くキャン姉ちゃんを何とか宥め、僕はとにかく何があったのか最初からちゃんと説明してくれと頼んだ。すると、

 「ニャンが・・ニャンが・・」

 「うん・・ニャンちゃんが、どうしたの?」

 キャン姉ちゃんは両手で顔を押さえながら、



 「お腹がいっぱいだから、今日のご飯はいらない、と言ったんだ」


 

 と、呟いた。

 「あの穀潰しが、ご飯をいらないと言うなんて、天地がひっくり返っても有り得ない。きっと『フランクフルト号泣事件』の時みたく、安い食べ物に釣られて、どこぞの変態について行ったに決まっているのだ。あの時はお前がいてくれたから何とかなったが、今回は、たぶん・・」

 キャン姉ちゃんはそう言って、身体を震わせ始めた。

 『フランクフルト号泣事件』というのは小3の時に起こった『笑えない方』の事件である。

 ある日の放課後。ニャンちゃんは、真夏にトレンチコートを着た一目で変質者だと分かる顔のぼやけたオッサンに、「お嬢ちゃん、フランクフルトを食べさせてあげよう」と言われてほいほいついて行った。たまたまその現場を目撃していた僕は急いで後を追い、コートを広げようとしていた変質者に※※※した。変質者は僕が※※※したせいで頭の配線が完全に飛んでしまったらしく、倒れ込んだまま空をじっと見つめ、



 「怨怨怨怨怨怨怨怨ッ!! ドゥードゥルドゥードゥードゥードゥー!!!」



 と、訳の分からんことを延々と喚いていた。

 僕は変質者から目を逸らし、ニャンちゃんの方へ「大丈夫だった?」と言いながら振り向いた。すると━━

 


 ニャンちゃんは電柱の影に隠れるようにしてしゃがみ込み、両手で顔を隠してガタガタと震えていた。



 よっぽど怖かったのだろうなと思った僕は、ニャンちゃんに近づいて「大丈夫?」と声をかけた。ニャンちゃんはびくりと肩を震わせ、そして火のついたように泣き始めた。普通の泣き方ではなかった。通りすがりの人の通報で駆けつけた宮本さん━━『たまちゃん殺害未遂事件』で大変お世話になった婦警さんだ━━や、キャン姉ちゃんが、いつまで経っても泣き止まないニャンちゃんをどうしたのだと言って宥めていると、ニャンちゃんは泣き腫らした顔をゆっくりと上げ、「しゃぶちゃんが」と繰り返した。キャン姉ちゃんが「三郎がどうかしたのか?」と訊ねると、ニャンちゃんは何かを迷っているような表情で僕とキャン姉ちゃん、そして宮本さんを交互に見やり、「うー」と言いながら立ち上がると、髪をわしゃわしゃと掻き毟り始めた。そして、何かを決意したようにキッと目を瞑ると、



 ━━━ボ、ボク、フランクフルト食べたかったのに、しゃぶちゃんが邪魔したぁっ!!!



 と、何故かヤケクソ気味に叫んだ。

 後に、ニャンちゃんが『人生で一番怒られた日』と回顧する『フランクフルト号泣事件』の、これが顛末であった。

 この件がトラウマで、野良猫と仲良く残飯を分け合っていたようなニャンちゃんが、唯一フランクフルトだけは食べられなくなってしまった。・・・それはともかく。

 「違う違う。キャン姉ちゃん、そうじゃなくて、実は━━」

 僕は、今日の放課後にあったことをキャン姉ちゃんに話して聞かせた。流石に『道』だの『冥』だののことはよく分からなかったので、その辺はボカして聞かせたが、話を聞き終えたキャン姉ちゃんは、

 「穀潰しッッ!!!」

 と怒鳴り、鞘を抜き捨てて自分の家に戻って行った。

 翌朝。

 玄関前にキャン姉ちゃんとニャンちゃんの姿が無かった。珍しいなと思って首を捻っていると、家からおばさんが出て来て、

 「あら、三郎くん。ウチのバカどもなら、早朝から滝行に行ってくるって言って出て行ったわよ?」

 と言われた。僕は、「あ、そうなんですか」と言って、昨日の夜にキャン姉ちゃんがウチの庭に捨てて行った鞘を返しておいた。



 そうして、今に至る。



 「む? 不法侵入ではないぞ? ちゃんと許可はとってある!!」

 そう言って、キャン姉ちゃんは明らかに手書きだと分かる『入校許可証』と書かれたプラカードを見せてきた。右下の方には『緑ヶ丘』という印鑑が押されていた。ちらりと月島さんの方を見やると、

 「桜川が自由に入って来れるよう、ババアに言って持たせておいた」

 と言った。なら問題ないかと思ったが、よくよく考えてみればこの許可証はニャンちゃんのためのものなのだから、キャン姉ちゃんが不法侵入していることに変わりはないのではと気付いたが、そこを深掘りしても無駄な時間を過ごすだけのような気がしたので黙っておいた。

 「おおっ!! お前が月島のの子か!! ニャンの言った通り、確かにソシャゲのエロ枠みたいな女だな!! 私同様キツめの顔をした美人だが、『美人すぎて抜けない』と言われる私と違って、お前は絶妙に抜きやすい見た目と身体をしているな!! これでは帝場の男子どもは毎晩勉強が手につかなくて大変だろうな!! フハハハハハハハッッ!!!」

 大声で下劣なセクハラをかますキャン姉ちゃんを、月島さんは迷惑系配信者を見るような表情で見つめていた。僕はキャン姉ちゃんの背後で頭を指でクルクルするジェスチャーをして、この人は可哀想な人だから怒らないであげてと目で訴えた。横にいるニャンちゃんは最終回を迎えたパトラッシュのようになっていた。

 周囲の空気などお構いなしに一人上機嫌なキャン姉ちゃんは、ラジオ体操のように腕を何度か大きく振るい、

 「どれ、お近づきの印というやつだ!! ここは一つ、『闘姫注入』といこうではないか!!」

 と言った。

 月島さんは眉根を寄せ、説明を求めるような眼差しで僕を見た。

 『闘姫注入』というのは、キャン姉ちゃんの憧れの人である地下アイドルの女性が、ファンイベントで行っていた『ファンサ』のことである。その『ファンサ』とは━━

 「論より証拠というやつだ!! 『闘姫注入』がどのようなものか見せてやろう!! 三郎っ、来いっ!!」

 キャン姉ちゃんは僕を指差して、人差し指をくいっくいっとやった。僕はげんなりして、

 「・・・ここでやるの?」

 と、言ったのだが、

 「今朝は穀潰しを滝行に連れて行ったせいでやりそびれてしまったからな!! 丁度いいだろう!!」

 これはいくら断ってもこちらが承諾するまでぐいぐい来るパターンだなと察した僕は、ため息を吐いて「・・分かったよ」と言った。

 月島さんと安西が「何をする気だコイツら」という目で僕らを見つめる中、キャン姉ちゃんは僕の眼前につかつかと歩み寄ってくると、



 僕の身体を、全力で抱きしめてきた。



 キャン姉ちゃんの肩越しに、月島さんと安西がポカンと口を開けているのが見えた。やっぱり人に見られながら『闘姫注入』されるのは恥ずかしいなと思っていると、キャン姉ちゃんはいつにも増して力をギチギチと込めてきた。正直痛い。痛いのだが、質の良い整体のように、その痛みは心地良さを伴うものだった。キャン姉ちゃんがハグを解くと、僕の全身からぶわっと汗が吹き出した。まるでサウナ上がりのような爽快な発汗である。僕は軽く汗を拭い、乱れた服装を直した。キャン姉ちゃんの『闘姫注入』は、やった後に何故かお互い服が乱れる。

 「・・・ふぅ」

 桜色に頬を上気させたキャン姉ちゃんが、至ったような声を出す。そして、僕同様に乱れた服を直すと、

 「次はお前だ!! 来い!!」

 と言って、月島さんをビシリと指差した。

 鳩が豆鉄砲を食らった上にビー玉で追撃されたような顔した月島さんは、勢いに押されるままふらふらとキャン姉ちゃんに近付き、『闘姫注入』を受けた。

 「・・・むっ」

 月島さんをハグするキャン姉ちゃんから、電流が走ったような声がする。『闘姫注入』を解くと、キャン姉ちゃんは月島さんの肩を両手で掴み、

 「これは参った!! お前はすごいな!!」

 と言って、破顔した。

 「これほどの魂を持った奴に出会ったのは初めてだ!! 三郎や『じばやん』のような訳のわからんものではなく、お前の魂はただただひたすらに大きいな!! 私はこれまで、『リサポン』より強い魂を持つ者はいないだろうと思っていたのだが、お前はそれをあっさり超えてきたな!! いやぁ、参った参った。これは敵わぬわ!!!」

 キャン姉ちゃんは妙なことを一気に捲し立てると、腰に手を当てて大声で笑い始めた。

 僕は訝しげに眉をひそめる月島さんにそっと近づき、

 「・・・キャン姉ちゃんの言うことは七割くらい聞き流していいからね? あの人は基本、フィーリングで生きてる人だから」

 と、言った。

 「・・・」

 月島さんはちらりと僕に目をやっただけで、何も答えなかった。

 キャン姉ちゃんは、「よしっ!」と、大きく手を叩くと、

 「月島のの子!! お前は世界中の若い男の部屋のゴミ箱を丸めたティッシュでいっぱいにする魅力を秘めているな!! よって、お前のあだ名は『セックス大陸弾道ミサイル』、略して『セダン』だ!!」

 と、言った。

 月島さんは小さく「・・え?」と言って、戸惑った風に僕を見た。

 これも例の地下アイドルに倣ってのことなのだが、キャン姉ちゃんは『闘姫注入』した相手に、必ずと言っていいほど意味不明なあだ名をつける。しかも、そのほとんどが本名から大きくかけ離れたものばかりである。先程からちょいちょい名前が出ている『じばやん』や『リサポン』とかいうろくでなしどもも、たぶん本名はまったく違うものであるはずだ。

 「フハハハハッ!! これからよろしく頼むぞ、『セダン』!!」

 そう言って、月島さんの肩をバシバシ叩くキャン姉ちゃんは、当の本人の、

 「・・・え、本気で嫌なんだけど・・」

 という呟きをガン無視し、次いで安西に目を向けた。

 「よしっ、次はお前だ!! そこの眼鏡、来いっ!!」

 キャン姉ちゃんに指差されると、安西は涎を垂さんばかりのだらけきった顔で、「え、わ、私もいいんですかぁ?」と言って、不気味に笑った。

 「わ、私なんかが、黒桜陛下のお身体に触ってもいいだなんて・・どうしよう。安西ちゃんの安西ちゃん、我慢できるかなぁ・・」

 「何を言っとるのか分からんが、とにかくよし!! さあ、来るがいいっ!!」

 キャン姉ちゃんがそう言って腕を広げると、安西はふひひと舌なめずりしながら、

 「じゃ、じゃあ遠慮なく」

 と言って、腕を広げてキャン姉ちゃんに近づいて行った。動作も言動も何もかもが気持ち悪かった。安西はこういうの大好きだよなと思って見ていると、

 「んん?」

 ふいに、キャン姉ちゃんが首を傾げた。

 安西が腕を広げた格好のまま、「あれ? どうかしましたか?」と訊くと、キャン姉ちゃんは小さく首を横に振り、

 「いや、すまん。なんでもない。・・・よしっ、やるか!!」

 と言って、『闘姫注入』した。

 しかし、安西への『闘姫注入』が終わると、キャン姉ちゃんはまたもや首を傾げた。

 「・・・お前は『眼鏡』だな。私は今まで老若男女問わず、たくさんの眼鏡に『闘姫注入』してきたが、お前ほど『眼鏡』な人間には今まで出会ったことがない!! よって、お前のあだ名は今日から『眼鏡』だ!! ・・・それはともかくなのだが」

 キャン姉ちゃんは、口に手を当てた格好で、安西の顔をじっと見つめ、



 「『眼鏡』。お前、()()()()()()()()()()()()()?」



 と、訊いた。

 その瞬間、安西はびくりと大きく身体を震わせて「いっ・・」と変な声を漏らすと、

 「い、いやぁ・・。人違いではないですかね・・。私は、黒桜陛下にお会いするのはこれが初めてですので・・」

 と言って、あからさまに目を泳がせた。

 「ん? そうか? ・・・うーん、お前の顔、どこかで見たような気がするのだが・・」

 尚も首を傾げるキャン姉ちゃんに、

 「いやいやいや!! 絶対に人違いですって!! ほらっ、私の顔って、割とどこにでもあるタイプじゃないですか!! きっと誰かと間違えてるんですよ!!」

 安西は両腕を動かしながら、必死に()()()()()()()()

 キャン姉ちゃんはしばらく眉根を寄せて考えこんでいたが、

 「まあよかろう!!」

 と言って、手を叩いた。

 安西が、あからさまにホッとした表情でため息を吐いた。

 その様子を見ていた僕の腕に、何かがあたった。

 目を向けると、ニャンちゃんのアホ毛が独立した生き物のように動いていて、僕の腕をペチペチしていた。だからそのアホ毛どうなってるんだよと思いつつニャンちゃんを見やると、

 「・・・」

 ニャンちゃんは、何故かひどく不機嫌そうな表情をして僕のことを見つめていた。

 何?と訊くと、ニャンちゃんは憮然とした顔のまま、



 「()()()()()()()()()()()()()()()?」



 と、言った。

 その言葉を聞いて、僕は驚きに目を見張る。そして、誰に対しても愛想のいいニャンちゃんが、安西に対してだけやけにあたりが強かったのは、()()()()()()()()()と納得する。

 僕は苦笑し、

 「いいんじゃないの?」

 と、答えた。

 「・・・」

 ニャンちゃんはしばらく不服そうにしていたが、

 「・・・しゃぶちゃんがそう言うのなら、いいけど」

 と言って、そっぽを向いた。

 視線の先ではキャン姉ちゃんが、

 「おお!! それが噂のニャンを腹一杯に出来る料理か!! 我が家のエンゲル係数改善のため、是非とも参考にさせてもらおう!!」

 と言って、嫌そうな顔をする月島さんにグイグイ身体を寄せていた。

 「・・・参考にならないから。作れないから。だから離れて。邪魔」

 「ハハっ!! よいではないかっ!! よいではないかっ!!」

 「・・・よくない」

 仲良さげな二人の横で、安西は一人、居心地が悪そうに身体をくねらせていた。




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