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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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第二十話 『月島さんとごへいもちん⑱』

 

 「うわああああああああああああ!!!」

 通称『たまちゃん殺害未遂事件』と呼ばれている、ニャンちゃんの黒歴史の中でも五本の指に入る強エピソードを披露している最中、ニャンちゃんはぐるぐるパンチでこれでもかと言わんばかりに妨害してきた。しかし、何度も言うようにニャンちゃんのSTRはゼロなので、どれだけ殴られようが僕にダメージが入ることはない。よって、口が止まることもない。

 僕が語り終えると、ニャンちゃんはスカートを両手で掴みながらプルプルと震え、

 「ひ、ひどいよ、しゃぶちゃん!! その話は誰にもしないでって言ったのにっ!!」

 と言って、恨めしそうに睨みつけてきた。僕は軽く肩をすくめながら、

 「こんなのニャンちゃんの黒歴史デッキの中じゃ、割と笑える方の話だろ? 何をそんなに怒ってるのさ?」

 と、言った。すると、ニャンちゃんはキッと目尻を釣り上げ、

 「恥ずかしいからに決まってるでしょ!!」

 と、大声で叫んだ。

 (恥ずかしい、か・・)

 ニャンちゃんの口から「恥ずかしい」という言葉が聞ける日が来るなんて、昔は思いもしなかった。「んあー」が口癖だった頃のニャンちゃんは、恥という感情が抜け落ちたような女の子だったのに。僕はトマトのように顔を真っ赤にしたニャンちゃんの顔を見つめながら、少しだけ感慨深い気持ちになった。

 「ニャンちゃんは黒歴史の総合デパートなんだから、今更『たまちゃん殺害未遂事件』くらいで恥ずかしがってるようじゃ、この先の人生を生きていけないよ? この程度で恥ずかしいなら、『フランクフルト号泣事件』とか『猿のおひねり事件』とかどうなんのさ?」

 僕が全く笑えない方のエピソードをあげつらえると、ニャンちゃんは再び「うわああああ」してきた。

 「その話はダメっ!! 本当にダメっ!! お願いだから言わないでっ!!!」

 僕は、暴れるニャンちゃんの頭とアホ毛を押さえながら、「はいはい」と頷いた。ニャンちゃんの口から沸騰したやかんのような「きーっ」という声が漏れた時、

 「おい」

 いきなり、後ろから月島さんにお尻を蹴られた。

 痛っ、と言って振り返ると、月島さんが土鍋を片手に呆れたような表情で僕を見ていた。

 「いじめすぎ。かわいそう」

 月島さんはそう言って、僕を軽く睨んできた。

 「そうだよ、みかん君!! もっふーがかわいそうだよ!!」

 安西が、ここぞと言わんばかりにSNSのエセ正義マンのように便乗してくる。

 「そんなこと言って・・。お前が隅でクスクス笑ってたの、僕はちゃんと見てたからな?」

 僕が指摘すると、安西はムッとした顔をしてニャンちゃんを背後から抱きしめ、

 「安西ちゃんはそんなことしません!! ねー、もっふー?」

 と言って、頬ずりし始めた。

 完全初対面の人間にまるで竹馬の友のように馴れ馴れしく纏わりつかれて、ニャンちゃんは「う、うん・・?」と、戸惑った声を出した。目が、「何だコイツ?」と訴えかけている。

 これでニャンちゃんの安西に対する態度は決まったなと思っていると、月島さんが、

 「邪魔」

 と言って、僕を押しのけてニャンちゃんの前に立った。

 「・・・」

 月島さんは、無言でじっとニャンちゃんを見下ろしている。

 その姿を見るなり、ニャンちゃんのアホ毛が危機を察した猫の尻尾のようにピンっと逆立った。・・・毎回思うのだが、アレはいったいどういう原理なのだろうか?

 「・・・あ、あの・・ボクに、何かご用でしょうか?」

 月島さんの、人を人とも思わないような冷たい眼差しを受けて、ニャンちゃんの身体がガクガクと震え出す。僕はもう慣れたものだが、初対面の人間に月島さんの無言は結構キツい。いくら顔が整っているとはいえ、月島さんは目力が強過ぎるので、殺す方法を吟味している殺し屋のようにしか見えないからだ。

 間に入るべきなのだろうか? 僕がそう思い始めた時、月島さんはニャンちゃんの側にあったテーブルに向かって何かを放り投げた。

 一瞬ビクリとしたが、よくよく見ると、それはただの鍋敷きだった。

 月島さんはビクついているニャンちゃんの前で、手に持った土鍋を鍋敷きの上に置くと、

 「・・・えっと、桜川」

 と、何故か恥ずかしそうにニャンちゃんの名前を呼んだ。

 「は、はいっ!!」

 月島さんに名前を呼ばれると、ニャンちゃんは背筋をピンっと伸ばした軍隊式の最敬礼で返事をした。ニャンちゃんは度々これをやるのだが、これはいったい何のつもりでやっているのだろうか? キャン姉ちゃんは右翼っぽいところがあるのでその影響なのかなと思っていると、ふいに月島さんは顔を綻ばせ、



 「お前は運がいい。今日は滅多に作れない『二十七番』が作れた」



 と、謎なことを言った。



          ※



 ニャンちゃんが目だけで「二十七番?」と問いかけてきた。

 それを受けて、僕は小さく首を横に振る。ごめんねニャンちゃん。それは、僕にも分からないことなんだ。

 ただ、二十七番という数字は、月島さんが考案したオリジナル謎料理の名称である。

 それがいったいどんな料理で、何故全部番号で呼んでいるのか、その辺のことはまったく不明であるが。

 困惑する僕とニャンちゃんを他所に、月島さんは上機嫌な顔をして鍋の蓋を開ける。すると、



 「ぎゃあああああああああああああっ!!」



 ニャンちゃんを背後から抱きしめていた安西が、女子らしからぬ悲鳴を上げて飛び上がった。

 安西ほどではないが、僕も思わず「うわっ!」と声を上げてしまう。土鍋の中に浮かんでいたモノ、それは━━



 マーブルチョコレートみたいな色とりどりの斑点が全身に浮かび上がった、青い色をした巨大なグロいトカゲだった。



 「・・・あの、月島さん、これはいったい、何でございましょうか?」

 僕が恐る恐る訊ねると、月島さんは何故かドヤ顔で、「二十七番」と答えた。いや、それはもう聞いたから・・。

 「そうじゃなくて、このトカゲだよ、トカゲ。こんなの見たことないんだけど、コレ大丈夫なやつなの? 条約とかに引っかかるやつじゃないよね?」

 僕がそう言うと、月島さんは、

 「・・・条約?」

 と言って、小首を傾げた。

 「ワシントン条約とか、そういうやつ」

 「・・・ワシントン条約?」

 この人どうやって帝場の編入試験クリアしたんだと思いつつ、「貴重な野生動物を保護するための条約のことだよ」と、教えてあげた。

 「・・・ああ、それね」

 月島さんは知ってましたよ感を出してきたが、絶対にそうではないことは泳いでいる目を見れば明らかだった。僕は諦めの息を吐いた。

 「条約とかはもういいや。・・・で? このトカゲはどこから持ってきたの? 今日の食材の中には、こんなヤバいもの入ってなかったよね? 今までどこに隠してたのさ?」

 すると、月島さんは「・・え?」と心底不思議そうに眉根を寄せ、

 「アレから出てきた」

 と、台所の方を指差した。月島さんが指さす先━━そこには、卵のパックの空箱があった。スーパーで売られているような普通の鶏卵である。

 「いやいやいやいや・・ご冗談を」

 僕が引き攣った笑みを浮かべてそう言うと、月島さんはますます訳がわからないといった風に眉根を寄せた。

 「卵を割ったら、たまに出てくるじゃない?」

 「出ねぇよ」

 つい、強めのツッコミが口をついて出てしまう。そんな、一個の卵から二個分の黄身が出てきました!みたいなノリで言われても困るのだ。

 「いいかい、月島さん」

 僕は余っていた卵を一個取り出し、月島さんの目の前に見せつける。

 「コレは鶏卵です。ニワトリの卵です。こんな小さな卵から、あんなバケモノみたいなトカゲが出てくるわけないでしょ?」

 ため息混じりにそう言うと、月島さんはむぅと頬を膨らませ、

 「・・・出てくるもん」

 と言って、そっぽをむいてしまった。

 ・・・何だ、その五歳児みたいなリアクションは? 僕が月島さんの急な変化に戸惑っていると、



 「ぎゃあああああああああああああっ!!」



 安西の事件性の高い悲鳴が、再度家庭科室内に響き渡った。

 ギョッとして声の方を見やると、壁に貼りついた安西が、青い顔をしてニャンちゃんを見つめていた。

 視線を追うと、そこには悪趣味なグロ映画のような光景が広がっていた。

 「んあー・・」

 ニャンちゃんが、ハイライトの消えた目をして、トカゲの頭にかぶりついていたのである。




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