第十七話 『月島さんとごへいもちん⑮』
『のの子クッキング同好会』発足初日、僕は月島さんの手料理を初めて食べさせてもらえることになった。
テーブルには八種類の料理が並べられており、そのどれもが今まで見たことがない形をしていた。
そして、やたらと色が青かった。
僕が、これは何ていう名前の料理なの?と訊ねると、月島さんはワイングラスに注いだコーラを一口あおり、
「三十八番から四十五番」
と、答えになってないことを言った。
僕が「どういうこと?」と訊ねると、月島さんは何故かムッとした顔で僕を睨み、
「私の考案した料理の名前。そんなことも知らないの?」
と、言った。
知るわけがなかった。というか、知ってた方が怖いと思う。
ここを深掘りしても得るものは何もないと確信した僕は、もう一つの気になっていたことを訊ねてみた。
「この料理、やたらブルーハワイっぽい色してるけど、食紅でも使ってるの?」
そう訊くと、月島さんは眉根を寄せて、
「食紅って何?」
と、聞き返してきた。
「食材に色をつける添加物のことだけど・・えっ、ちょっと待って。それじゃあ、この青って、何の青色なの?」
月島さんは小首を傾げ、
「何の青も何も、調理してたら普通こんな色になるでしょ?」
と、答えた。
そんな風に『な、何故お前がその大魔法を使えるんだ!!』という小物の問いに対し、『? こんなの初歩的な魔法でしょ?』みたいなリアクションをされても困るのだが、月島さんは本当に分かっていない様子だった。
その表情を見て、「あれ? これ本当に食べても大丈夫なやつなのかな?」という疑念が湧いた。
「ふぁふぁ、ほいひければなんらっていいひゃん」
しかし、ひと足先に月島さんの料理を貪っていた安西が、頬をハムスターのようにして喋ってるのを見て、まあいいかという気持ちになった。毒見がすんでいるのなら問題ないだろう。
正直、僕は月島さんの料理を早く食べたくて仕方なかった。
家庭科室中に、パン屋さんの匂いを美味さ三千倍にしたような匂いが充満している。月島さんの料理は独特な形と色をしているが、じっと見続けると何故か自然と口の中に唾が溜まってくる。そして、脳みその奥から「これは絶対美味いやつ!!」という謎の大合唱が聞こえてくるのだった。
「月島さん、僕も食べていいかな?」
辛抱たまらなくなった僕がそう訊ねると、月島さんはワイングラスの中のコーラをゆっくりと回し、ちょっとだけムカつくドヤ顔で「いいわよ」と頷いた。
許可を得た僕はいそいそと席につき、月島さんの料理を一口食べる。すると、
「うぴゃああああ!!」
思わず、黄色い悲鳴を上げてしまった。
僕が食べたのは、パイの包み焼きに似た『何か』だった。
それを口の中に入れた瞬間、僕は海を感じた。
世界中に生息するありとあらゆる魚介類が魚介類補完計画されたような━━そんな深い味わいの料理だった。今日使った食材に魚介類は一切なかったし、調理器具はフライパンと鍋しか使っていないことに目を瞑りつつ、僕は感動の涙を流していた。
(美味い! 美味すぎる!! こんな美味い料理がこの世に存在していたなんて!!!)
涙を拭いつつ二人に目を向けると、
「・・・」
月島さんと安西は「何コイツ、キモ・・」という表情をして、僕のことを見つめていた。
僕はそっと身体を縮こませ、
「・・・すいません。調子に乗りました」
と、小さな声で謝罪した。月島さんは、
「・・・ちっ」
と舌打ちして、ワイングラスに注いだコーラを一気に飲み干した。さっきから何でワイングラスでコーラ飲んでんの?と聞ける雰囲気では無かった。
『のの子クッキング同好会』の料理は、学校の生徒たちに無償提供された。
月島さんの料理は評判に評判を呼び、同好会には連日「俺も! 私も!」と言って、たくさんの生徒たちが押し寄せてくるようになった。月島さんは無限の体力とブラックカードの力を駆使して来るもの拒まずで対応していたのだが、ある時、家庭科室にあまりに多くの人が詰めかけてしまったため、教室のドアと窓がゾンビ映画のように割られてしまうという事故が発生した。幸い大した怪我人は出なかったものの、その結果、職員会議で同好会の存続が議論されることになってしまった。その話を聞いた月島さんは、僕と安西が止めるのも聞かずに出刃包丁と理科室からくすねて来た人体模型を手に職員会議に乱入し、「これは千切りの練習をしているだけだから」と言って、教師たちの目の前で人体模型をつま先からシュレッダーのように細かく切り刻み始めた。青ざめる教師一同の中で、一人だけ会議室の隅で一升瓶を片手にスルメを炙っていた緑ヶ丘先生がめんどくさそうに立ち上がり、月島さんの頭を拳骨で思い切り殴りつけた。月島さんは頭を抑えてキッと睨みつけたが、緑ヶ丘先生の目が冷え切っているのを見て、叱られた幼稚園児のようにしゅんとなってしまった。緑ヶ丘先生は月島さんの首根っこを猫のように引っ掴むと、そのまま引きずるようにして会議室を出て行った。僕と安西は「失礼しました!!」と元気よく挨拶して後に続いた。
その後、どういう話し合いがもたれたのかは定かではないが、『のの子クッキング同好会』は、一応存続を許可された。
ただし事故後は、月島さんの料理を食べられるのは選ばれし者のみとなった。
具体的には、女子は昼休みに開催されるじゃんけん大会に勝ち残った上位五名、男子は目突き金的なしの素手ゴロトーナメントを勝ち抜いた上位五名に、その権利が与えられることとなった。女尊男卑ここに極まりだが、意外にも反発の声は上がらなかった。昼休みになると、女子たちが黄色い声を上げてきゃあきゃあとじゃんけんで盛り上がっているのに対し、野郎連中は運動場や校舎裏で黙々と本気のバリトゥードゥを繰り広げていた。
それでしばらくは回っていたのだが、ある日、またまた事件が起きる。
※
月島さんは完璧主義で、料理を作ってる最中は絶対に他人の手を借りない。
野菜を洗うとか、食材を切るとか、そういう誰にでも出来そうなこともすべてNGだった。
だから、僕が手伝えることといえば、皿洗いなどの後片付けか、ワイングラスのコーラを定期的に補充するくらいしかなかった。後者は、何の意味があるのか未だに不明であるが。
その日も、僕は二リットルのコーラのペットボトルを給仕係のように脇に抱え、月島さんがワイングラスに口をつける度に、中身を継ぎ足し継ぎ足ししていたのだが━━
「みかん君っ! ののちゃん! すっごい食材見つけたよ!!!」
安西が、興奮した様子で家庭科室に飛び込んで来た。
何だろうと思い目を向けると、安西が他校の制服を着た小さな女の子を両脇で抱え込んでいた。
その小さな女の子はダボダボのセーラー服を着ていた。身体が小さすぎるせいで制服のサイズがまるで合っておらず、やり過ぎの萌え袖みたいになっている。その制服には見覚えがあった。僕の近所の中学の制服だった。
というか、安西に抱っこされている女の子自体に見覚えがあった。
女の子はおかっぱ頭で、右上にぴょんと飛び跳ねたアホ毛がついている。これは、「お前はアホなんだからアホって一目で分かるようにアホ毛をつけておけ」というキャン姉ちゃんのアイディアである。安西が「かわいー」と言って頬ずりする度、そのアホ毛が独立した生き物のようにピョンピョン跳ねていた。
「・・・」
小さな女の子は両手で自分の顔を隠しながら、無言で俯いている。僕が近づくと、
「・・・」
女の子はあからさまに顔を背けた。じっとりと汗をかいているのが分かる。僕はため息を吐いた。そして、女の子の名前を呼ぶ。
「・・・何やってんの、ニャンちゃん?」
そう呼びかけると、ニャンちゃん━━僕の幼馴染である桜川猫猫猫猫は一瞬びくりと身体を震わせ、
「・・・ひ、人違い、です・・」
と、苦しい嘘をついた。




