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柳田さんに取り憑かれた日のこと  作者: せなね


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第十六話 『月島さんとごへいもちん⑭』


 一学期の期末テストの際、月島さんが安西に突然勝負を挑んできた。

 安西はキラッキラの笑顔で勝負を受け、「じゃあ負けた方が『ナマコごっこ』のナマコね!」と、謎なことを言った。

 月島さんは氷の女王様のような顔をして、「分かった」と厳かに頷いた。

 安西がるんるんで去っていくと、僕は月島さんの服をちょいちょいと摘んで、「ナマコごっこって何?」と、気になって仕方なかったことを訊ねた。

 月島さんは氷の女王様らしい堂々とした態度で、

 「知らない」

 と、答えた。



 期末テストの結果は言うまでも無かった。

 全教科ほぼ満点の安西に対し、月島さんは全教科一桁であった。何ならゼロもあった。

 月島さんは机に並べられた恥の権化のような答案用紙を前に、遠足のバスの車内で上も下も我慢している人のような顔をして黙って俯いていた。

 その日の放課後、月島さんは安西に肩に腕を回された格好で何処かへ連れて行かれた。横にいた緑ヶ丘先生が、「NTRモノの冒頭みてぇだな」と呟いたのを僕は聞かなかったフリをした。

 僕は緑ヶ丘先生と一緒に月島さんがドナドナされていくのを見送りながら、「月島さん、何であのザマで勝てると思ったんですか?」と訊いてみた。

 緑ヶ丘先生は「さぁ?」と肩をすくめて紫煙を吐き、

 「バカの考えてることなんて分かんねぇッス」

 と、答えた。

 翌日。

 月島さんは普段と違い、何だかぼうっとした様子だった。

 反対に、安西は肌がツヤツヤで絶好調だった。

 僕は虚な目で天井を見つめている月島さんの肩を指でちょいちょいと叩き、

 「ナマコごっこって、結局何だったの?」

 と聞いた。

 すると、月島さんは顔を真っ赤にしていきなり立ち上がり、「変態ッ!!」と叫んでビンタしてきた。その衝撃で、僕は椅子から転げ落ちた。首が吹っ飛んだかと思った。

 僕が頬を押さえて呆然としていると、「どしたどした?」と言って安西が近づいて来た。

 どしたも何もナマコごっこって何って訊いただけだと答えると、今度は安西が顔を真っ赤にし、

 「変態ッ!!」

 と叫んで、反対側の頬をビンタしてきた。意味が分からねぇにもほどがあった。

 僕は「コイツらどうかしてるよね?」という顔をして周りを見たのだが、

 「・・・」

 クラスの全員が、僕のことを変質者を見るような目で見つめていた。

 「ナマコごっこのことを女子に訊くなんてありえねぇよ・・」「幻滅した。そんな人だったなんて・・」「ナマコごっこ委員会に報告しないと・・」

 教室中から、ひそひそ話が聞こえてきた。

 (えっ・・もしかして、ナマコごっこが何か知らないのって、僕だけなの?)

 月島さんを抱きしめながら「よーし、よし」している安西を横目に、僕は形容しがたい恐怖に襲われていた。

 調べるのも聞くのも何だか怖かったので、僕は『ナマコごっこ』が何なのかを未だに知らずにいる。

 


          ※



 二学期。三年生は部活を引退する時期なのだが、僕と月島さん、そして安西の三人は、何故か新しい同好会を立ち上げていた。

 同好会の名前は、『のの子クッキング同好会』だった。

 設立のきっかけは家庭科の授業だった。

 家庭科の時間、『和洋中』という雑にも程があるテーマで料理を作れという課題に対し、月島さんは『満漢全席』という言葉で作成したAI画像みたいな何かすごいのを作っていた。安西を含めた班の女子たちが「うぴゃあああ!!」と黄色い声を上げながら月島さんの作った料理を貪り食ってるのを横目に、僕はべっちゃりした自作の炒飯をもちゃもちゃと食べていた。炒飯は美味くもなければ不味くもなかった。「ちょっと味見させてよ」と言う間もなく、月島さんの料理はあっという間に全部なくなってしまった。満足そうにお腹をさする安西たちの横で、一人後片付けをしていた月島さんは「あれ? 私の分は・・」と、呟いていた。

 翌日。安西は席に座った月島さんの太ももに頬ずりしながら、「ののちゃんの料理美味しかったなぁ〜、また食べたいなぁ〜」とおねだりしていた。気のせいだろうか? 例の『ナマコごっこ』以降、この二人、妙に距離が近い気がする。言いようのない恐怖を覚えている僕の横で、月島さんは安西の頭を猫のように撫でながら、「べ、別にいいけど・・」と言って、頰をかいた。

 すると、安西は突然ガバッと起き上がり、

 「よっしゃっ!! 言質取ったよ!!」

 と言って、教室を飛び出して行った。



 そこからの安西の行動は早かった。



 僕らはあと半年もしない内に卒業だというのに、安西は謎のコミュ力を駆使して強引に同好会を立ち上げ、あまつさえ家庭科室の使用許可までぶんどってきた。部員は安西と月島さん、そして何故か僕の名前が書かれていた。何で?と訊くと、「数合わせ!」と即答された。あと、僕は一応天文部なんだが?と言うと、安西は親指をぐっと突き立てて、「大丈夫。私が代わりに移籍の申請しといたから!!」と、更に勝手なことを言った。僕は頭が痛くなった。

 「・・・まあ、天文部なんて今更どうだっていいんだけど・・。でもお前、いくら月島さんの手料理が食べたいからって、わざわざ同好会まで立ち上げなくてもよかっただろう? 何でそこまでする必要があったのさ?」

 そう訊くと、安西は「浅いなぁ〜、みかん君」と言って、立てた人差し指を左右に振り「ちっちっちっ」と舌を鳴らした。そして、耳を貸すようジェスチャーしてくる。仕方なく屈んでやると、安西は僕の耳に手を当てて、

 「同好会の活動ってことにしとけば、毎日ののちゃんの手料理が食べられるんだよ? それってもう、私たちは実質結婚してるってことになると思わない?」

 と、意味不明なことを述べた。わざわざ小声にする意味も分からなかった。

 僕は立ち上がって、「そんなわけあるか」と言い、安西の頭を軽くチョップした。安西は「ひゃん」と言って頭を抑え、次いで唇を尖らせた。僕ははぁとため息を吐き、

 「同好会でも何でも好きにすればいいけど、月島さんに料理作ってもらうんなら、せめて材料費くらいはお前が出しとけよ?」

 と、言っておいた。

 すると、安西は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、「あ」と言った。そして、恐る恐るといった口調で、

 「部費の申請って、今から立ち上げた同好会でも出来るよね・・?」

 と、聞いて来た。

 僕はゆっくりと首を横に振り、

 「普通に無理なんじゃないの? 部費の配分って年初にガチガチに決まってるはずだから、出来たばかりの同好会じゃ一円たりとも下ろしてもらえないと思うぞ?」

 と、言った。

 安西は、力尽きたように机に突っ伏し、

 「・・・ですよねー」

 と言った。

 「あー、どうしよう・・。安西ちゃんは女の子だからお金がないのです・・」

 「女の子だからとか関係ないだろ・・」

 「あるのです・・。女の子は色々とお金がかかるのです。野郎には分からんのです・・」

 安西は「はぁ・・」とため息を吐くと、

 「仕方ないなぁ・・。ののちゃんの手料理と事実婚のためだもんなぁ・・。安西ちゃんが小学生の時からコツコツ貯めて来たブタさんの貯金箱を割るしかないかー。小学二年生の頃から大事に大事にしてきた、お気に入りの貯金箱を割るしかないかー。ないかー」

 そう言って、安西はチラッチラッと僕の方を見てきた。・・・あれ? コイツもしかして、僕にお金を出させようとしている?

 いい性格にも程があるだろと思っていると、

 「どうしたの?」

 月島さんがやって来た。

 安西は、月島さんの姿を見るや、うるうると目に涙を滲ませ、「ののちゃん!!」と言って飛びついた。



 「みかん君がね、家にお金を入れてくれないの・・」

 「何の話をしてんだ、お前は」



          ※



 結論から言うと、お金のことは何とかなった。

 「材料費? それくらいなら私が出すわよ」

 月島さんはそう言って、財布から例のブラックカードを取り出した。

 それを見た安西は悪代官のように「ひぇぇ」と悲鳴を上げ、地面に平伏した。

 「頭が高いよ!! みかん君!!」

 「バカ」

 安西を適当にあしらいつつ、僕は月島さんに「それはあんまりよくないんじゃないかなぁ」と、告げた。月島さんは「何で?」と言って首を傾げる。

 「関係が対等じゃなくなるから。特に、お金のバランスが取れてないのはよくない」

 僕がそう言うと、月島さんは今までに見せたことのない表情を見せた。

 あの表情を何と表現すればよいのだろうか? 怒っているようでもあり、悲しんでるようでもあり・・そして何故か、申し訳なく思っているようにも見えた。

 困惑する僕の前で、月島さんはついと目を逸らすと、

 「料理の練習したいって思ってたから、丁度いいの」

 と、言った。

 「いやでも・・だからって、材料費全額月島さん持ちは流石にマズイから・・」

 安西も、僕の横でうんうんと頷く。しかし、月島さんは僕らの顔をギロリと睨むと、

 「私がいいって言ったらいいの!」

 と言って、頬を膨らませた。



 その後。僕は緑ヶ丘先生に、どうしたものかと相談しに行った。 

 「あー・・」

 緑ヶ丘先生は吸っていたタバコを揉み消し、宙を見つめて何事かを考え始めた。

 しばらくすると、緑ヶ丘先生は後頭部をかきながら、ゆっくりと口を開いた。

 「・・・まあ、マジで気にしなくていいんで、お嬢の好きにさせてやってください。前にも話したッスけど、お嬢は金だけは腐るほど持ってるんで。部活用の材料費なんて、お嬢にとっては、うみゃあ棒一本分くらいのもんッスからね」

 「いや、でも、だからと言ってですね・・」

 尚も食い下がろうとすると、緑ヶ丘先生は「サブちゃん」と僕の名を呼び、

 「いいから」

 と言って、優しい笑みを浮かべた。

 あの時、あの山の頂上で、緑ヶ丘先生と初めて会った時に見た、あの表情だった。

 「・・・」

 何も言えなくなってしまった僕は、黙って頷くことしか出来なかった。





 

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